暗闇の中、落ちるアルトリウスはふと、地に足が付く感覚がする。身体に、世界が掛ける重さがのしかかる。行き交う命の残響。耳で音を捉えては、遠くへと微かに消えてゆく。アルトリウスはゆっくりと目を開けた。
人々が歩く大路にポツリと佇んでいるアルトリウスは、その大きさも相まって、多くの人が、彼にちらりと目をやり、やりように困ったように通りすぎてゆく。アルトリウスは、目覚めたばかりの動物の様な、立つことさえままならぬような気だるさを、感じながら、一挙一動するにも大変な苦労を要しながら、自らの身辺について確認を始めた。
記憶が正しければ動くはずの右手右腕、そこには、あのあまり感じの良くない女神がいたところではつけていたはずのガントレットもカノンもひいては他の鎧一式、全てなく、その下に着ていた瑠璃紺のギャルベゾンがある。左腕は、予想通り動くことはなく、良く見れば左肩のところは大きく裂けて、いくらか地肌が見えていた。みすぼらしい。いま着ている衣類全てが、使い古されて擦れていたりほつれていたり、綺麗な所はなかった。
アルトリウスは一つ大きく息を吸い込み、深く息を吐いた。途端に、身体の節々に気が通る。滞っていた血流が思い出したように流れだした。
ーーあゝなるほど。確かに。生きている。そうか。やはり、生きているのか。夢現のまやかしでも見たかと思ったが、現実。実に、実に、苦しいな。
完全に取り戻しつつある五感の全てに悲しみを感じながら、改めてアルトリウスは辺を見渡した。石畳の大通り、レンガで組まれた家々、文化の差で驚くような光景ではなかった。
ーー良く良く見れば、私自身も背の高さを除けば、あまり目立つなりじゃないのか。……新たな世界で、情報を得るにも、なにより先立つ物がなければどうしようもないか。
「そこな人、すこし訪ねたいことがあるんだが……。」
アルトリウスは自らの近くを通りすぎようとした、一人の男性に声を掛けた。使い古したよれた麻の上下を来て、たれめでもってアルトリウスを見る男は、何か変な人にでも捕まったかなといった微妙な表情を浮かべていた。
「いや、すまない。手に職を付けたいのだが、遠方から来たばかりで右も左もわからないんだ。何か良い仕事は無いだろうか。」
多少、訝しげな顔をアルトリウスに向けたが、幾瞬の後に、アルトリウスの身の上を勝手に解釈したのか、にこやかな顔に変わり、元が冒険家であるならギルドに入って職業を選びクエストを選べば良いこと、またギルドの場所を教えてくれた。アルトリウスは深く礼をし、早速そのギルドの所へと行こうとすると、その背中に男が一つ声を投げかけた。それはお金をちゃんと持っているかということだった。加えて男は、ギルドに冒険者として登録するときにはお金が必要になる、もし、今路銀が付きているのなら、登録する以前の問題であると付け加えた。アルトリウスは、一つ顎に手を当てて、俯くと、ふと自分が過去に王より宝石の類いを賜ったのを思い出した。
「そうだな、金は無いが、幾つか売れる物がある。それで多少は賄えそうだ。」
男は頷いて、なら、良いレートで交換してくれる質屋を教えてやる、と男は言って、両手を使い大仰に道の説明をしてくれた。アルトリウスは、邂逅一番に良い人に会えたことに感謝し、深くお辞儀をしてその質屋へと歩を進めようとする。と、そこで一つ聞いておかねばならないことがあったのを思い出し、後ろでアルトリウスを見送ろうと立ち止まっていた男に振り向き、こう問うた。
「度々すまない。この町の名、なんという。」
男は明るく、朗らかな日差しのような笑みを浮かべると言った。
「ここは始りの街、アクセルだよ。頑張りな兄ちゃん、応援してるぜ。」
見送られた背に疾走るのは嫌悪でしかなく、始りという言葉が毒のように熱く身体に巡る。
ーー私は、生きてしまっている。私は、始まってはいけないのだ。私は、何時だって終わりに向かわねばならぬのだ。進まねば、そう、進まねば。
自らに残されているのは暗闇への一本道、快晴下の街道も、アルトリウスが進める歩は清々しい物にはならず、世界変わっても変わらずに、重く、見えない足枷が、常に解かれることなく引きずられていた。
楽しんでいただければ幸いです