比企谷八幡は朝学校に到着すると、教室を経由せず部室棟四階、文研部部室に
向かった。理由は登校中、桐山から『学校に到着次第即部室に集合!(強制)』なる
メールが届いたからだ。
2日連続して人格入れ替わりなる現象が発生してからの今日の呼び出しだ、
正直嫌な予感しかしない。
部屋に入ると、ぽけーっと焦点の定まらない永瀬がソファーに身を預けていた。
あまりに脱力しているためか、存在まで虚ろに感じられる気がした。
「あっ、えっと……ヒッキーで…いいよね?」
俺に気が付いた永瀬が声をかけてくるが、昨日事が原因なのか、普通なら
あり得ない疑問形の質問をされていた。
「あぁ、お前も永瀬…だよな?」
変な会話だと、我ながら思う。
ほんの1分程で残りの奴らが部室へと駆け込んでくる来る。
「うぇいっす、みん……」言いかけて永瀬は言葉を切った。
部室に入ってきた青木、稲葉、八重樫、桐山は倒れる寸前の貧血患者のように
顔面を蒼白とさせていた。それは一昨日あった出来事の繰り返しのようであった。
「お前らみんな大丈夫か?」俺はおそるおそる声をかける。
「おっけー……だいじょーぶ……な訳ないでしょっっっっっ!」
口調が明らかにおかしかった。信じたくはないがこれは……
「えっと……もしかして唯……なのかなー…なんちゃって」
永瀬がわざとらしい明るめの声で訊く。
3日前の青木と桐山の入れ替わりが再び起こったというのか。
「そうよっ!あたしは桐山唯よ!」そう【青木】は告げる。
「俺は八重樫太一だ!」と【桐山】が
「アタシは稲葉姫子だ」と【八重樫】が
「俺は青木義文だ!」と【稲葉】が声を荒げながら順番に告げていく
「お前らの言ってたことは本当だったんだな!?」
稲葉【八重樫】今まで見せたことの無いような焦り方で迫ってくる。
てか日を増すごとに入れ替わる人数が増えてるような気がするぞ。
「ねぇ」
突然永瀬が声をかけてくる
「なんだ」
「もうすぐホームルーム始まるよね」
「あぁ」
「流石にこっちを放っておく訳には…」
「……いかないだろうな」
「だよねー……」
俺と永瀬は顔を見合わせ深く溜息を吐き、同時に呟いた。
「「めんどくさいなぁ」」
いや、ホントに面倒の一言以外に言葉が見つからなかった。
この後、文研部全会一致で、一時間目の集団サボりが決議されたのであった。
その日の昼休み、俺たち文研部の面々はそれぞれのクラスの担任に呼び出されていた。
理由はいたって簡単。文研部の6人が一、二時間目を無断欠席し、三時間目から
出席していることが把握されたからだ。
「うん、まあ、アレだ。必要はないと思うが俺にも体面があるからな、
事情聴取って形だけ取らせてくれ。あっ、俺は蕎麦食うぞ。蕎麦だからな、伸びるもん」
こいつの名前は後藤龍善(通称ごっさん)。
俺、八重樫、永瀬、稲葉の所属するクラスの担任であり、文研部の顧問でもある。
「わたしもお腹減ったな……」俺の隣にいる永瀬が呟く
「で?さっさと要件済ませろ、後藤」
「稲葉。何度も繰り返すが、俺はフランクで親しみやす教師を目指してるから生徒に『ごっさん』なんぞ呼ばせているが、呼び捨てを許可した覚えはないぞ」
「そんな偉そうなことを言うのは、きちんと自分の仕事を全うしてからにしろ。
文化祭でクラスの会計処理を結局やったのは誰だ、後藤」
「あ、その節は大変お世話になりまして、稲葉さん、ははは。
……後できればそのことはあんまり他の先生のいるところでは言わないでね。」
友達感覚過ぎて、教育者として問題アリだと思うぞ。
「それで、なんだっけ?あ、そうそう。結局お前らなにしてたんだ?
青木と桐山もサボりみたいだし」
「なんということはない。昨日6人で分けたミニチョコパンが腐っていて、
全員腹を壊して遅刻した。それだけだ」
流石稲葉だ。よくもこう口から出まかせを平然と言えるものか。多分俺や
八重樫はギリギリ行けると思うが、青木ならすぐにバレているだろう……
あいつ等大丈夫かな…
「それって青木と桐山に聞いても同じ答え帰ってくるか?」
「もちろん」
そこら辺は事前に打ち合わせ済みである。
「どうやら同じみたいですよ、サボりの理由」
「ありゃ平塚先生」
彼女の名前は平塚静先生。青木と桐山のクラス担任だ。
「青木も桐山も全く同じことを言っていましたよ後藤先生」
「ふむ…まぁそれを嘘だと証明することはできん訳だし、
お前らがそうと言うならそういうことにしておこう。もう行っていいぞ」
ごっさんは持っていた箸でくいと出口の方を指す。俺たちが職員室から出る際、
平塚先生が「次サボる時はバレないようにな」と言ってきた。
アレ絶対にバレてるな。稲葉もその事に気付いたのか「後で青木を締めるか」
とつぶやいていた。あわれなり青木……
場所は変わり俺たちは教室へ戻り、各自遅めの昼食をとっていた。
しかしこうしていると、今朝あった『4人の人間間での【身体】と人格のシャッフル』
という世間に知られでもしたら大騒ぎになるどころではない済まない出来事を体験
したというのに、八重樫達の間になんら変化が起きてないようにも思える。
だがそれは明らかに『思える』だけであって、表面から見えないところでは、
今も現在進行形でなにかが変わってしまっているのだろうが。
でもまあ、実害がない限りは ̄。
 ̄それは、まさに、瞬きの間というが如き、一瞬の闇の訪れ。
光が戻ると、目の前には見知らぬ女子の顔があった。着席しているようなのだが、
座高は普段より低くなっている気がする。
「どうしたの、【唯】?急にぼうっとしちゃって?」
実害はそろそろ出てくるかもしれない。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってくる」
「ん?どうしたの急に?気分でも悪くなった?」
「いや、別にそういう訳じゃ……ないけど…」
「あたしも一緒に行こうか?」
「いい、いい!一人で行くからっ!」
またもやおこった唐突なる俺と桐山の入れ替わりという危機を、トイレと言って
緊急避難的に回避。すぐさま稲葉から桐山の携帯電話に向けて電話がかかり、
それに出ようとしたところで―元に戻った。
時間にして3分少々。
それはまさしく疾風のような出来事だったが、いや、疾風のような出来事
だったからこそ、圧倒的な破壊力を持って、俺たちのなにかを、変えた。
放課後、日直である八重樫を除き再び俺たちは文研部室へと集まっていた。
このくだり何回目だろうか…正直こうも同じ事を繰り返している今日も何か
おきそうだと、嫌でも考えてしまう。現に永瀬が部室に来てから、わなわなと
震えながら黙りこんでいた。
「遅くなってすま―のわっ!」
八重樫が到着すると同時に永瀬が猛烈な勢いで迫っていった。
「八重樫太一!貴様に……貴様に聞きたいことがある!」
「な、どうしたんだ永瀬?」
「昨日私が教室に乱入する前…、藤島さんとなにがあったぁぁぁ」
うん、どうやら昨日の入れ替わりで八重樫が何かやらかしたらしい。
てか永瀬、お前も充分やらかしていると思うが…今は言わないでおこう。
「いや、それは大したことではなく」
「大したことじゃないかは私が決めるっっっ!」
何故だろう永瀬にかつてない程に鬼気迫るものを感じた。
「うわーん!胸揉まれたー!お嫁にいけないよー!」
「あの時自分の状況を確かめるには仕方がなかったんだよ!」
要約すると、俺、永瀬、八重樫が入れ替わった際、八重樫は【永瀬】の身体で、
胸を揉んでいたと……なんだそれ、うらやま…じゃなくてけしからん!
「いや、……というか、そんなことすらどうでもいいんだった……。と、とにかく、
ふ、ふ、ふ、ふ、藤島さんが……あああああああ」
「だ、大丈夫か永瀬っ!?いったい何があったらそんな状態になるんだ!?
そしてなにより藤島は何者なんだ!?」
八重樫が今までにない焦りを見せていた。人格が入れ替わってもへらへら
笑っていられる永瀬をここまで追い込んでいるのだ。俺も藤島という存在の
見方を多少変えなければならないようだ。
「はいはい!んなことより太一に質問!」青木が声を張り上げる。
「伊織ちゃんの胸の大きさはどれく――ふべっ!?」
稲葉が青木に拳骨を叩き込んでいた。高校生にもなって拳骨を落とされている
人間を見ると、なんだか侘しい気持ちになる。
「んなしょうもないことに時間を使ってる場合かっ!知りたきゃアタシが
教えてやるよ!伊織はCカップだ!ついでに言っとくとアタシはBで唯はAだ!」
「あっ、あんた『ついでに』でなんてこと言ってくれてるのよっ!?」
パイプ椅子を蹴散らし、かん高く叫びながら桐山が立ち上がる。
「すまん、勢いだ」
「伊織のところまでならまだしも、勢いで『ついでに』はならないでしょうがっっ!」
頬を紅潮させてばんばん机を叩く桐山を、稲葉は楽しそうに
ゲラゲラ笑って眺めている。
「大丈夫だ、唯。胸はドンマイかもしんないけど、唯には魅力があるから!」
いや、元気付けるポイントおかしくないか…
「ドンマイってなによ!小さい方が可愛いってポイント高いときもあるんだから」
「へえ、俺、胸のカップっていう大きさの表し方がいまいちわからなかったんだよ。
稲葉がBで…、桐山がA…と」
「太一ぃぃぃぃぃ!あんたはなに冷静に観察してんのっゴホッ……ゴホッ……」
桐山が叫びすぎて咽ていた。
色々なことが起ったし、これからもいろいろなことが起っていくだろうが、
この部が騒がしいことだけは、当分かわりそうもないと思うのだった。
「じゃ、ここらで一旦まとめてみるか。アタシらの入れ替わりには今のところ
規則性はなく、いつ、どこで、何をきっかけに起るかすら分からない……
正直お手上げだな…」
「これって本当に俺たちだけに起きてることなのか?もしかしたら他にも
いるんじゃねえのか?」
「比企谷の言うとおりで、もしかしたら他でも何かが起ってるかもしれない。
けれどそれは推測であってアタシたちにそれを確かめるすべは無い…
これから入れ替わる人数が増えていくって最悪な事態は充分考えられるがな……」
「あ、その、ちょっと引っかかることが……」桐山がおずおずと口を開いた。
「どうせほとんどに根拠もクソもないんだから気にせず言え」
気遣っているんだかいないんだかよくわからない口調で稲葉が促す
「あたしはその…何回も巻き込まれたから気になってるのかもしれないんだけど、
伊織と太一と比企谷が入れ替わった時、【太一の身体】ががくんと折れて一瞬
完全に意識が落ちてたわよね。けど今日の入れ替わりではあたしは座り込んでは
いたけれど、地面には倒れこんだりはしていなかった。そして…」
俺はその言葉を引き継ぎ話し始める。
「確かに、俺も最初の入れ替わりでは机の上に倒れこんでいたけど、
桐山との時はちゃんと座ったままだった」
「慣れてきた、ってこと?」永瀬が首を傾げる。
「なるほど、言われてみればそうだな。ナイスだ、唯。
……しかしその入れ替わりに体制が出来るってのは、アタシらにとって
望ましいと言うべきことなのかねぇ」
稲葉の言葉が示唆するところは、余りにも重く俺たちにのしかかった。
この現象はいつまで続くのか。
そしてもし仮に続くのであるとすれば、いったい終着点はどこにあるのか。
「てか、人と人の中身がころころ入れ替わる現象の原因て、いったいどんなんだよ?
そんな異常事態の原因となる事なら、その原因となる事態が起った時点で、なにかしら
気づきそうなんだけどな」
「アホ太一。それがわからんから考えてんだろうが」
「う~ん、とりあえず漫画で入れ替わるときって、基本は走ってて
思いっきりぶつかった時じゃね?」
「アホ青木。略してアホ木。お前はなにアホな意見を……いや、この事態そのものが
アホみたいに突拍子もないことなんだから、的外れと断言することもできないか……」
的外れな意見でもないはずなのに、酷い扱いをされている奴がいた。
「クソッ、一個でもまともじゃないことを認めると、他のまともじゃないことまも
認める必要が出てくるのかっ」
苛立たしげに、稲葉は右手人差し指の爪を噛んだ。
「真面目に考えろ。あるはずなんだ、なにか原因が―」
―その時。
外から扉が開かれた。
瞬間的に、室内を緊張が駆け巡る。
俺の記憶が正しければ、この部へ入部した6月以降、この扉を開くのは文研部の6人だけだ。そんなある種6人だけの聖域への扉が、それ以外の誰かの手によって、開かれたのだ。
今、自分達に降りかかっていること。
そのタイミングで起こる『いつも』にはなかった出来事。
なにかが起ころうと、しているのか。
そして扉から顔をのぞかせた人物は―。
―一年三組担任兼、文化研究部顧問、後藤龍善だった。
「……はーい……。どうも……、と」
やたらとやる気のなさそうな声だった。
「~~~~~ってっっっめえ、オイコラ後藤っ!変なタイミングでこんなとこ
来るんじゃねえよ!ちょっとビビただろうが!」
肝が据わっているはずの稲葉も、今のはビビったらしい。
「いやいや、知らないですよそんなの……」
後藤の様子が少し、おかしい。全体的に覇気が感じられず、目もいつもの
半分くらいしか開いていない。
「……どうしたんだ、お前。体調、悪いのかよ?」
余りに顔色の優れない姿に、稲葉も心配したような面持ちで尋ねる。
「いやいや、体調はばっちりですよ……【この人】無駄に健康体ですし…。
ただ僕にやる気とか根気とか勇気とか生気とかそのほか諸々がないからじゃ
ないですかねぇ……」
明らかに【後藤】の話し方が、いつもと違っていた。話している内容も奇妙だ。
俺たちの間に、徐々に、あり得ない想像が染み渡っていく。
「あんた…だ―」
「お前は誰だ…」
言いかけた言葉を遮るように、俺は永瀬が言おうとしていたであろう言葉を継げる。
「……永瀬さんと比企谷さんは話が早くて助かりますよ、ホント……。
…色々と説明するのって面倒くさいですからねぇ……」
「オイ……なにふざけた真似やってん……だ?」
わずかな可能性にすがるかのように、稲葉が言葉を押し出す。
「いややいや、この上なくふざけた状態の皆さんが言うセリフじゃないでしょ…」
「ちょっと。ごっさん、どうしたのよ……?」
事態に付いていけてないのか、おろおろとした様子で、今度は桐山が尋ねかけた。
「どうしたのって、そりゃ皆さんがいい感じに『人格入れ替わり』でパニックに
なっているからやって来たんじゃないですか……。僕だって本当はこんなとこ来たく
ないですよ。あー……、それと僕のこと、後藤とかごっさんとか呼ぶの止めてくれます?僕その人じゃないですしねぇ……」
その【後藤の姿をした存在】の発した言葉は、俺達の『日常』の崩壊宣言として、
しっかりと6人の胸に刻み込まれた。
みなさん、こんにちは!
さて、今回は前回の宣言通り、物語の中枢をにぎるあの存在がでてきました。
さわり程度にしか出ていませんので印象薄いかもしれません(汗)
まあ、その分次の話で会話していきますので待っていてください!
余談ですが今回の話で俺ガイルを見た人なら分かる
ある人が出ています。今後物語りに絡んでいくかは不明です。
ネタをひらめいたら出すので、応援よろしくお願いします!