プロジェクト・クローネのプロデューサー   作:変なおっさん

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第10話

この前の事を踏まえて、少しやり方を変えることにした。これは、新田美波からの提案なのだが先ずは信頼関係を築きたいとの事だ。確かに有効的な方法ではある。しかし、簡単な方法ではない。上辺だけの関係なら問題はないだろう。だが、今回必要なのはそれではなく深い物になる。本来であるならもう少し様子を見てからの方がいいが、美波の言葉を信じようと思う。彼女は、シンデレラ・プロジェクトをまとめるリーダーに相応しいだけの人格者だ。

 

「――これなんて、私のオススメなんですよ」

 

「……なるほど。こういうのもあるのですね」

 

レッスン自体は、基礎力を上げるものを行っている。これなら精神面はあまり関係ないからだ。今は、同じ時間を過ごしながら距離を縮めていきたい。

 

「プロデューサーさんは、何を持ってきましたか?」

 

「私ですか――」

 

美波に言われ、持ってきた本を二人の前に出す。ちなみに今やっているのは、お互いの読んでいる本を持ち寄り、互いに相手を理解するというものだ。本が好きな鷺沢文香には、合うものだと思う。ここ最近は、レッスンが終わると休憩を兼ねて、オフィスで読書会を行っている。

 

「――主に仕事関係の物ばかりですね。仕事の役に立ちそうな物か? 資料になりそうな物ぐらいでしょうか?」

 

「……ほとんどがビジネス物ですね。でも、女性雑誌などもあるんですね」

 

「やっぱり、流行などを調べているんですか?」

 

「そうですね。仕事柄、女性の流行は知っておかなければいけません。……あとは、こういうのでしょうか――」

 

本当なら出したくはない。だが、文香と向き合う以上は仕方がない。恥ずかしいが覚悟を決める。

 

「……女性との関わり方。若い娘との接し方に対する注意点」

 

「……プロデューサーさん……私は、いつでも相談に乗りますからね。何でも言って下さい!」

 

美波が優しい言葉をくれる。嬉しいよりも恥ずかしい。

 

「……いろいろとありましたから」

 

この程度の恥なら甘んじて受ける覚悟はある。大事なのは、彼女達なのだからな。

 

「……読んでみてもいいですか?」

 

文香は、あまり感情を表には出さない。しかし、こうして関わるようになったからか彼女は人一倍好奇心の強い人間だとわかった。自分や美波が持ってきた本に対して興味を持っている。

 

「かまいません。私もいいですか?」

 

「どうぞ。……気に入ってもらえるといいのですが」

 

文香が持って来る本は、古い本が多い。これは、彼女の祖父が古本屋を経営している影響なんだそうだ。小さい頃に祖父から渡された本に興味を持ち、それからは飽きることなく読み耽っている。

 

「私は、この前のお話の続きが聞きたいです。文香さんは、とても本に詳しくて面白いですから」

 

「……私は、別に……」

 

文香は、手に持つ本で顔を隠す。美波に褒められて恥ずかしいのだろう。感情を上手く出せないだけでないわけではない。

 

「私も聞きたいですね。鷺沢さんの話は、私も好きですから」

 

文香の本に対する知識と感想は、仕事として成立するだけのものがあると思う。聞いていて考えてみるが、今後の仕事へと繋がるだろう。

 

「……恥ずかしいですけど……頑張ってみます」

 

文香なりに前を向こうとしている。人前で、本を通してとは言え自分の想いを口にするのだ。これも立派なレッスンと言えるだろう。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

(おかしい……)

 

ここ最近、文香に会っていない。

 

橘ありすは、プロジェクト・クローネの待機場所で思案を巡らせている。最近、なかなか顔を出せなかった。そのため、ユニットを組んでいる文香と会う機会がなかった。でも、こうして顔を出しても会う事がない。いや、最近は仕事を一緒にする事もない。

 

(何かの事件に巻き込まれた?)

 

文香は、しっかりしていない。本を読んでいると周囲に対して無防備になる。プロジェクト・クローネの問題児である塩見周子と宮本フレデリカの二人に巻き込まれ、自分に対して何かしらをするように。もちろん、文香は一切関わりがないので、悪いのは二人だけだ。

 

「どっか、したのー?」

 

その問題児の一人である塩見周子がソファーに寝転がりながら聞いて来る。

 

「なんでもありません。少し、考え事をしていただけです」

 

「もうつれないなー。シューコも拗ねちゃうよー?」

 

「勝手に拗ねててください」

 

まともに相手をすると相手の思うつぼだ。認めたくないが、今の自分では彼女達には勝てない。

 

「おーいっ! ……ありすちゃんが冷たい」

 

「――橘です! 下の名前で呼ばないでください」

 

思わず反応してしまった。ありすと言う名前に嫌な記憶があるからか、下の名前で呼ばれると咄嗟に言葉を返してしまう。周子のニヤニヤ顔に腹が立つ。

 

「やめなさい、周子。あまり、からかうものではないわ」

 

部屋に居るもう一人のクローネのメンバーである速水奏が周子を叱る。

 

「おこられたーん。ごめんね、ありすちゃん」

 

「橘です……もういいです……」

 

関わると負ける。

 

「でも、確かに何か考えていた顔をしていたわね? 橘さん、悩みでもあるの?」

 

奏は、優しくありすに訊ねる。ありすとしては、奏は好意的な相手だ。

 

「最近、文香さんと会っていない気がして」

 

「……そういえば、そうね。最近、二人が一緒に居るところを見ていないわね」

 

「文香さんの事ですからサボりなどではないと思います。だから、心配で……」

 

文香は、メールやlineなどはあまりやらない。仕事などの連絡で使うぐらいだ。だから、連絡もなかなか取れないし、どう話せばいいかもわからない。相手は、年上の女性なのだ。子供である自分では、どのような話をすればいいかがわからない。

 

「文香なら今日も来ているわよ」

 

「――そうなんですか!? でも、此処には来ていませんよ?」

 

プロジェクト・クローネの一員である以上、此処で待機する決まりになっている。

 

「……そういえば知らないのね。文香は、今は此処を利用していないわ。文香は、シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーの所に居るから」

 

「シンデレラ・プロジェクトのプロデューサー?」

 

「あれー、ありすちゃんは知らないんだっけ? シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーが、プロジェクト・クローネのプロデューサーもやってるんだよー。あたしは、会ったことないけどね」

 

「そんなことになっていたんですか……」

 

「詳しくは、本人から聞いてみたらどうかしら? レッスンが終わった後は、読書会をプロデューサーのオフィスでしているはずよ?」

 

「読書会ですか?」

 

文香らしいと思えるものだ。ただ、なんで読書会なんてしているのだろうか?

 

「行くなら案内するけど?」

 

「……大丈夫です。私には、これがありますから!」

 

ありすは、肌身離さず持っているタブレットを自慢気に見せる。これさえあれば、大抵の問題は解決する。

 

「そう。じゃあ、気を付けてね」

 

「さらわれないようにねー」

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

勢いで来てしまった事を後悔している。よくよく考えたらシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーと面識がない。そんな人の所をこれから訪ねるのだ。

 

(どうしよう……)

 

話した事はないが、見かけた事なら何度でもある。秋のフェスティバルや仕事先で背の大きな男性がアイドル達と話をしていた。

 

(怖い……)

 

自分よりも遥かに背が高い大人の男性。子供のありすにとっては、恐怖の対象と言ってもいい。

 

「――あれ? 橘さん?」

 

急に声を掛けられ振り向く。そこには、プロジェクト・クローネのメンバーでもある渋谷凛の姿がある。彼女は、シンデレラ・プロジェクトのメンバーでもあるので此処に居てもおかしくはない。

 

「――凛さん」

 

思わずホッとする。知っている顔に会えた。

 

「どうしたのこんな所で?」

 

「――あっ、その……此処に文香さんが居ると聞いて」

 

「文香に? だったら丁度いいね、私も用があるから」

 

「用ですか?」

 

「借りてた本を返しに来たんだ。最近じゃ、うちのところはちょっとした読書ブームなんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「文香って、いろいろと知ってるから皆で面白そうな本を聞いてみたんだ。そしたら面白くてね。じゃあ、一緒に行こうか?」

 

凛は、扉を叩くと中へと入る。ありすを連れて。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

部屋の中は、オフィスとは思えない空間だった。テーブルの上には、お菓子や飲み物が置かれており、本も幾つか置かれている。それぞれが好きな本を読みながら、それらをたしなみながら過ごせるように。まるで、何処かの喫茶店のようだ。

 

「文香、お客さんだよ」

 

鷺沢文香は、新田美波と本を見ながら話をしていた。

 

「……お客さんですか? ありすちゃん?」

 

文香は、ありすの下の名前を言える。秋フェスの時にありすの許可が下りた唯一の例外だ。

 

「こんにちは」

 

ぺこりとお辞儀をする。文香だけならともかく、他にも人が居る。

 

「プロジェクト・クローネの子ですよね?」

 

「はい。私とユニットを組んでくれている橘ありすさんです」

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくね、橘さん。私は、新田美波です」

 

文香とは別の意味で大人の雰囲気がある。

 

「橘さんもゆっくりしていきなよ。何か飲む?」

 

凛は、持ってきた本をテーブルに置くと、ありすのために飲み物を準備する。

 

「……プロデューサーは、居ないんですね?」

 

この部屋には、文香と美波だけしかいない。

 

「プロデューサーさんは、用事があって留守にしているけど、プロデューサーさんに用事?」

 

「――いいえ、違います。……その……最近、文香さんに会っていなかったので」

 

「もしかして、私に会いに来てくれたんですか?」

 

「……はい」

 

「ありすちゃん」

 

文香の表情が和らぐ。普段とは違い彼女の感情がそこにはある。

 

(橘さんって、文香には懐いてるよね)

 

そんな光景を凛は見ている。プロジェクト・クローネの中で、ありすが心を許しているのは、文香だけだ。自分や奏などにも好意はあるが、文香ほどではない。実際、下の名前では呼べていない。

 

「――はい、これ。じゃあ、私は戻るから」

 

ありすの飲み物を用意した凛は、適当に本を選んで部屋から出て行く。

 

「ありすちゃん。此処のお菓子は、シンデレラ・プロジェクトの方が作ってくれた物らしいですよ」

 

「……これをですか?」

 

目の前には、クッキーをはじめ、様々な種類のお菓子がある。中には、小さいながらもケーキもある。

 

「かな子ちゃんに教えてもらいながら皆で作ったの。もしよかったら食べてみて」

 

「……いただきます」

 

美波に言われ、お菓子の一つを手に取る。

 

カップケーキに生クリームとイチゴでトッピングをしている物を選ぶ。

 

「……美味しいです。本当に手作りなんですか?」

 

「かな子さんは、本当にお上手ですよね。お菓子作りの本もたくさん持っておられましたし」

 

「私も一緒に作ったことはあるけど、かな子ちゃんほどはできなかったかな。どう、橘さん? 気に入ってもらえた?」

 

「――はい。もう一つ頂いてもいいですか?」

 

「ありすちゃんは、イチゴが好きなんです」

 

「そうなんですか? だったら、今度はイチゴを使ったお菓子を皆で作ってみようかな?」

 

「イチゴのお菓子ですか?」

 

「楽しみにしててね」

 

「――はい! ……いいえ、その……楽しみにしています」

 

思わず大きく返事をしてしまった。大好きなイチゴのお菓子と聞いて期待で声が大きくなった。でも、仕方がない。だって、美味しいから。

 

それからは、お菓子を食べながら文香と美波の話に耳を傾けた。二人は、本を読みながらその内容について話し合っている。ここがいい、こういう考えもある。そんな感じの会話ではあるが、二人の姿はとても大人に見えた。

 

(これが大人の女性……)

 

ありすの年頃にもなれば、大人に憧れもする。文香は、そんなありすの大人の理想像の一つでもある。知的で綺麗で、でもどこか放って置けないそんな文香に好意を持っている。

 

(新田さんは……)

 

それに比べて、美波は別の魅力がある。なんというか色気?がある。仕草の一つ一つが小さな胸を跳ねさせるほどに妖艶だ。

 

(奏さんと似ているのかな?)

 

プロジェクト・クローネの速水奏も似たような魅力を持っている。奏もありすにとっては、魅力のある人間だ。ついでにいえば、凛もそうだ。

 

(私も、此処で本を読めば大人になれるのかな?)

 

テーブルに置かれている本を手に取る。本は、ジャンルがバラバラで、どの需要にも応えられそうだ。

 

「――ただいま戻りました」

 

急にした男の声に持っていた本を落としそうになる。

 

「おつかれさまです、プロデューサーさん」

 

「……おつかれさまです、プロデューサーさん」

 

文香と美波に習い自分も頭を下げる。

 

「……橘さんですか?」

 

目が合う。

 

「――はっ、はい。橘です……」

 

座っている事もあり、見上げるようにして目が合う。

 

「ありすちゃんは、私に会いに来てくれたようです」

 

「そうですか。ゆっくりしていって下さいね」

 

それだけ言うと、武内はデスクへと向かう。

 

(やっぱり、大きいですね)

 

遠くからでも背が高かった。近くで見たらもっと大きく見えた。

 

(どんな人なんでしょう?)

 

様子を見て見る。デスクに座ると、すぐに作業を始める。その動作には無駄がなく、仕事ができる大人みたいだ。表情も真剣そのものだ。少し怖いけど。

 

それからは、特に関わり合いもなく時間が過ぎて読書会は終わる。お菓子を食べて、置いてあった本を読んで、文香と美波の話を聞いて、プロデューサーの様子を見て終わった。

 





アーニャの出番がなくなった。代わりに凛が出た。
普通に書くよりもロシア語を調べる方が時間が掛かった。
おかげで内容が少し変わった。

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