プロジェクト・クローネのプロデューサー   作:変なおっさん

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第12話

「ふーーーん」

 

別に予想をしていなかったわけじゃない。この時間は、プロジェクト・クローネの人間のために割り振られた時間だ。本当ならシンデレラ・プロジェクトで独占したい。しかし、この部屋の主は、今や両方の担当プロデューサーだ。

 

「どうかしたのか、凛? そんなとこに居ないでこっちに来なよ」

 

部屋に入った所で立ち止まっていた渋谷凛を神谷奈緒が呼ぶ。

 

「遠慮なんていらないよ? 凛もプロジェクト・クローネなんだからね」

 

北条加蓮は、シンデレラ・プロジェクトからの差し入れであるお菓子に手を伸ばしている。

 

「遠慮なんてしてないよ」

 

凛は、空いている席へと移動する。

 

「これは、どうやって解くんでしょうか?」

 

「……これは、ですね――」

 

空いている席は、宿題をやっている橘ありすと教えている鷺沢文香の隣だ。残念ながら同じユニットを組んでいるトライアドプリムスの加蓮と奈緒の方は、だらしなく占領しているので空いていない。二人は、奈緒や他の人達が持ち寄ったマンガを読んでいる。

 

(これでいいの?)

 

別にちゃんとしなければいけない決まりなどはない。むしろ、気を楽にできた方がいいだろう。実際、シンデレラ・プロジェクトの人間も此処には気分転換に来ている。

 

ただ、なんだか納得いかない。そもそもこの部屋の主は、この状況を特に気にする事もなくデスクで仕事をしている。忙しいのはわかる。シンデレラ・プロジェクトだけではなく、一部とはいえプロジェクト・クローネの方も担当しているのだから。

 

「ねぇ、今後の事について話さない?」

 

「今後の事?」

 

「なんか話す事とかあったか?」

 

「こう……方針とか?」

 

「プロデューサーに聞けばいいよー」

 

「だよなー。なんかあったら聞いてくれるしさ。そん時でいいんじゃない?」

 

元々、トライアドプリムスの方針は美城常務が決めていた。それを考えれば、意見を求められるようになっただけ今の状況の方がマシだろう。必要な時は、ちゃんと場を用意してくれるのだから。

 

(なんだろう……この納得のいかない感じは……)

 

問題はない。順調だろう。隣に居る二人も今はあまり問題がなさそうに思える。まだレッスンをシンデレラ・プロジェクトの新田美波と共にやっている。目標であるステージの為に。ただ、ありすが加わってからか、文香の気持ちに余裕が見られるようになった。今もこうして勉強を教えられるほどに。

 

(――プロデューサーのバカッ!)

 

なんだかムカつくので口には出さないが怒る。相手は、素知らぬ顔で仕事を続けている。

 

「――そうだ、忘れてた」

 

突然、加蓮が何かを思い出す。

 

「プロデューサー」

 

どうやら武内に用事らしい。

 

「……なんでしょうか?」

 

「今度、服を選んでほしいんだけどダメ?」

 

「服ですか?」

 

「ほら。プロデューサーって流行とか詳しいでしょ? だから一緒に選んでほしいなーって思ったんだけどダメかな?」

 

「――ちょっと、加蓮! プロデューサーは、忙しいんだからそういうのはダメだよ!」

 

「……そんな大きな声で言わなくても――わかった! 凛も行きたいんでしょう?」

 

「――えっ?」

 

「違うの? てっきり自分も行きたいけど、行けないから怒ってるんだと思った」

 

「――ち、違う! 私は、純粋に忙しいと思ったからで……そういうのは……」

 

凛は、次第に言葉が小さくなる。

 

「もし行くんだったら私もお願いしたいかな? 自分で選ぶのとか面倒なんだよな」

 

「奈緒のは、アタシが選んであげるよ! とびっきり可愛いの!」

 

「……前に嫌だって言ったろ? あんなフリフリなの着られるかよ」

 

「えー似合ってたよ! ……ほら、可愛いじゃん」

 

その時にスマホで撮った写真を奈緒に見せる。

 

「――ああ、もう! 消したんじゃないのかよ!」

 

「消すわけないじゃん。アタシのも撮ったでしょ?」

 

「……それは……まあ、そうだけどさ……」

 

「ねえねえ、プロデューサー。少しだけでいいからダメかな?」

 

「……今度、仕事の合間に時間が空くと思います。仕事で特に問題がなければ少しだけならかまいません」

 

「――本当に? やったね、凛!」

 

「……あっ、うん」

 

加蓮に振られても、頷くしかできない。

 

「そうなると、アニメのボックスは諦めるかな? ……いや、でもなー」

 

「買い物してから決めればいいじゃん。良いのがあるかわからないんだし」

 

「そうだな。そうするか」

 

よくわからないが、加蓮の提案で仕事の合間とは言え買い物をする事になった。

 

「――やっと、終わりました!」

 

「お疲れ様です」

 

こっちで話しているうちにありすの宿題は終わったようだ。

 

「――待っていてください。今、紅茶を淹れますから」

 

「お願いします」

 

ありすは、宿題を見てくれたお礼を兼ねて文香の為に紅茶を淹れる。

 

「プロデューサーさん」

 

「……なんでしょうか?」

 

「プロデューサーさんも……飲みますか?」

 

「……お願いします」

 

「――はい!」

 

ありすは、武内の分も淹れる。

 

「――どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

先ずは、文香の方に持って行き。

 

「頑張って淹れました」

 

「ありがとうございます」

 

今度は、武内の下へと持って行く。

 

(私達には、聞かないんだ)

 

凛の思いを知らないありすは、元の場所に戻ると自分の分を口に運ぶ。別に悪気がある訳ではないのだろうが、いつの間にか自分と武内の評価がありすの中では変わっている。と言うよりも、文香とあまり変わらない気さえする。

 

(なんだかモヤモヤする)

 

プロジェクト・クローネのメンバーもシンデレラ・プロジェクトのメンバーに負けないぐらい好きだ。ただ、この光景を見ているとモヤモヤしてくる。

 

(――プロデューサーのバカッ!)

 

こっちの気持ちも知らないで、当の本人は素知らぬ顔で今も仕事を続けている。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

文香の調子は、ありすが加わったことにより良いものとなってきた。新田美波の存在も大きく、相談ができる相手となっている。傍に居てくれる者。悩みを聞いてくれる者。その二つが今の文香を支えている。

 

「――素晴らしいです」

 

今日は、トレーナーは居ない。代わりに武内が客観的に3人のステージを見ている。場所は、レッスン場。衣装は、レッスン用の服。しかし、それぞれが自分の持てる物を出し切ってパフォーマンスを行った。

 

「プロデューサーさんにそう言ってもらえると安心します」

 

「……そうですね。プロデューサーさんの言葉なら」

 

「……私も大丈夫ですか?」

 

ありすだけは、不安があるようだ。無理もないだろう。美波と文香との差は、共にステージに立つありすが一番わかっている。

 

「――問題はないと思います。確かに技術的な問題はあるでしょう。しかし、それだけではありません。橘さんが居る事で全体的な質が高まります。自信を持ってください」

 

「――はい。これからも頑張ります!」

 

ちなみに曲は変えてある。ラブライカのMemoriesでは、ありすには合わないと判断したからだ。あくまでもこの3人でステージに立つことに意味がある。

 

「後は、細かい調整をしながら個人の力量を上げていく事になります。これ以上は、私ではなくプロに任せます」

 

「……それは、プロデューサーさんが離れるという事ですか?」

 

文香の表情に不安が表れる。

 

「いいえ、これまで通り私が見ます。全体的なものや調整は私がしますので。ただ、技術的な指導に関しては、私では限界がありますので」

 

「プロデューサーさんならできそうな気がしますけど?」

 

ありすがそう言葉にするが、それは難しい。いや、346プロダクションに居るプロのトレーナー達の実力を考えれば、比べる事すら憚られる。今もそうだが、彼らの助言を下にしている。

 

「橘さん。気持ちは嬉しいですが、こればかりは専門家には勝てません。全てを自分一人でできれば、それは凄い事です。しかし、できないとわかっているのなら他に協力を求めるのが正しい道だと思います。橘さんも無理はしないでくださいね。私や鷺沢さん、新田さんもいるのですから」

 

「――はい」

 

「では、最後にもう一度通しでやってみましょう。それで、今日は終わりにします」

 

彼女達は、アイドルとしてステージへと立つ。その度に問題に遭遇していく事になるだろう。そんな彼女達の力になれるようにしていきたい。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

レッスンが終わり、家路につくことになる。今日は、美波さんもありすちゃんもいない。プロデューサーさんと二人だけだ。

 

「――今日は、どうでしたか?」

 

車を運転しながら、鏡越しにこちらを一瞬だけだが見る。その瞬間に目が合う。

 

「……楽しかったです……とても……」

 

また、こういう気持ちになる事が出来たのは、今も傍に居てくれる人のおかげだろう。

 

「そうですか。楽しんで頂けたらなによりです」

 

鏡越しではっきりとは見えない。でも、喜んでくれている。

 

「……ありがとうございます。プロデューサーさんのおかげで、私はこうしてまだ歩いて行けそうです」

 

恥ずかしいけどお礼を言いたい。もし彼が居なければ、私はもう一度あの灰色の世界に戻っていたのかもしれないのだから。

 

「……そうですか。ただ、一つだけいいですか?」

 

「……なんでしょうか?」

 

「私は、特別な事はしていません。鷺沢さんが、最後まで諦めなかったからこそ今があります。――シンデレラの話を知っていますか?」

 

「――はい」

 

私が一番好きな本の名前だ。

 

「シンデレラは、確かに美しい姿をしていたのかもしれません。しかし、灰を被り続けても決して諦めずに生き続けたからこそ魔法使いに出会う事が出来ました。最後まで諦めない気持ちこそが私は、魔法なのだと思います」

 

「……そうかもしれませんね。……でも――」

 

言っている言葉はわかる。でも、私は少し違うと思う。

 

「――私にも魔法使いが来てくれたんだと思います」

 

あの時の私は、諦める寸前だった。でも、そこから立ち上がらせてくれた人がいる。

 

「魔法使いですか?」

 

「――はい」

 

私を灰色の世界に行かせずにいてくれた魔法使いは、今も私の為に鉄の馬車を走らせてくれる。場所は、お城ではなく家だけど。でも、今はこれ以上の事は言えない。言えるのは――

 

「ありがとうございます。プロデューサーさん」

 

その言葉だけは、伝えておきたい。

 


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