プロジェクト・クローネのプロデューサー   作:変なおっさん

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熊本弁は、触り程度なのでご了承ください。




第14話

ある程度なら予想はしていた。美城常務は、人を見て態度を変えるから。もちろん、立場で変えると言う意味ではない。常務は、人柄や実力のある者には機会を与える。そうでない者には、厳しい態度を取るけど。だから、そんな人間から機会を与えられ続けるとするならば、彼は優秀な人間だと言える。

 

「いいでしょー! プロデューサーに選んでもらったんだ―」

 

「……そうなんですか」

 

「奈緒もそうなんだよ!」

 

「私は別に……自分で選ぶのが面倒だっただけで……」

 

「私も頼めば選んでもらえるんでしょうか? できれば、大人っぽく見えるのがいいんですけど」

 

どうやら北条加蓮と神谷奈緒は、シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーと買い物へと行ったようだ。加蓮も奈緒も行く前から話していたが、実際に服を着ているところを見ると気に入ったのだろう。それを鷺沢文香と橘ありすに見せている。別に彼女達に自慢したかったわけではない。偶々服を着てきた日に此処に居ただけだ。

 

「ねぇ、奏はどう思う?」

 

「……そうね」

 

速水奏は、加蓮を見て考える。どうやら奈緒もそうだが大人し目に抑えられている。それこそありすが言ったような大人の女性が着るような。

 

「それは、彼の趣味なのかしら?」

 

「んーどうだろう? 普段と違う格好がいいって言ったからだけど……そうなのかな?」

 

「でもそうだとすると落ち着いた感じの人がいいのかな?」

 

「プロデューサーさんの性格で考えればそうかもしれませんね。物静かで知的な……文香さんみたいな人でしょうか?」

 

「……私ですか? ……私なんて……」

 

それぞれが意見を口にし始めるが真実を知っているのは一人だけだろう。

 

(彼の話をするようになったわね)

 

他のプロジェクト・クローネのメンバーと居る時は今までと変わらない。ただ、彼を知っている者同士の場合は、自然とその話になる。

 

(欲しいものをくれたから?)

 

加蓮と奈緒は、同じトライアドプリムスの渋谷凛に対抗心を持っていた。初めは、ライブで見た凛の姿に憧れていただけ。でも、同じ場所に立つようになってからは目標になった。そして、共に歩むうちに嫉妬を覚えるようになった。それは、とても自然なもの。憧れは、嫉妬へと繋がるから。ただ、それは届かないからこそ身に宿る感情だ。手に入らないから憧れる。嫉妬する。でも、二人はそれを手に入れた。正確に言えば、そのきっかけをだ。

 

文香に関しては、少し前に行われたシンデレラ・プロジェクトの新田美波とありすと共に挑んだステージでもう一度前に踏み出せた。失敗によって恐れを抱いていた彼女は、今にも消えてしまいそうな程に弱々しかった。力になりたかったが、残念ながら私にはできなかった。だから、彼の下へ行くように言ってみた。加蓮や奈緒に与えたように、文香にも与えられるかもと思ったからだ。結果として言えば、与えられた。余計な物も一緒に与えられた気もするけど。

 

ありすに関しては、背伸びをしなくなってきた。前と違い、できない事は無理にせずに頼るようになった。まだ名前の事に関しては変わらないが、もしかするとそれも変わる時が来るのかもしれない。

 

(どんな人だったかしら?)

 

会って話したのは、秋に行われたアイドルフェスティバルの時だけ。文香が体調を崩した時に動いてくれた。その時に少しだけ話をした。「私の方でなんとかしますので、鷺沢さんをよろしくお願いします」と言われただけ。私は、それに一言お礼を言っただけ。でも、安心できた。どうしていいかわからなくなった時に掛けられた言葉は今でも憶えている。背が高く、無表情な男性。少し強面だけど、あの時の彼は誰よりも必死で動いていた。

 

(――確か、会うのよね?)

 

今日と言う日をもしかしたら心待ちにしていたのかもしれない。彼ともう一度会う日を。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

「我が友よ! 我の言葉に耳を傾けるがよい(聞いて下さい、プロデューサー!)」

 

「なんでしょうか?」

 

「我がグリモワールに新たな英知が記された。禁断の果実を得る資格を持つ汝にも与えてやろう(頑張って描いたんですけど、見てもらえますか?)」

 

「確か、今度のライブの衣装でしたか?」

 

「我らに言葉など(そうですよ)」

 

武内と神崎蘭子は、車で撮影場所へと向かっている。本来であるなら送迎は美城常務から与えられたスタッフに頼むのだが、蘭子の場合は会話に少し問題がある。彼女は、自分の言葉に誇りと拘りを持っている。ただ、それは一般の人には理解が難しく会話間での問題が起きる。それに加え、蘭子は心が繊細で弱い。自分の言葉をやめる事はできないが、それによって起きる問題にはとても怯える。だから、それを理解できない者を彼女の担当にはできない。特に神崎蘭子は、一人で仕事をしている。誰かが傍に居ないと彼女はたった一人で前に進まなくてはいけない。

 

「我が友よ……」

 

話をしていた蘭子の言葉が小さくなる。

 

「我と汝は古き盟約を結びし仲。だが、我と共に戦場へと赴く堕天使達も同じ盟約を結んでいる。我だけが汝を手元に置くことが許されるのだろうか?(私だけこうして一緒なのはズルくないですか?)」

 

「神崎さんは、お一人で仕事をされています。皆さんも理解してくれていると思います」

 

「それが理か?(そうですか?)」

 

(……いつも一人で寂しかったけど、今は嬉しい)

 

蘭子は、今まで一人で寂しかった。他の人達が羨ましかった。だが、今はそれが報われたかのように内心では喜んでいる。少しは気が引けなくもないが、心に嘘は付けない。

 

「今日は、プロジェクト・クローネの速水奏さんと共に撮影が行われます。面識はありますよね?」

 

「堕天使達の饗宴で(秋フェスであります)」

 

「行きは、他のスタッフの方が付いていますが、帰りは私達と共に帰る事になりますのでお願いします」

 

「我が言の葉の理解者か?(お話とかできますか?)」

 

「……難しいと思います」

 

「……ふぇ……どうしよう……(黄昏の時か)」

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

撮影場所は、結婚式などでも使われる教会。346プロダクションでも懇意にしているブランドの撮影で、ドレスを着て行われることになる。蘭子は、天使をイメージした物と堕天使をイメージした物を。奏は、漆黒の姫君のイメージをした物を着る事になる。

 

撮影は順調に進行する。蘭子は、この手の衣装に慣れている事もあり自然と振舞えている。奏は、主にモデルなどの仕事を受ける事が多く、蘭子とは踏んでいる場数が違う。

 

(どちらも絵になりますね)

 

どちらも現実的な衣装とはお世辞にも言えない。どちらかと言えば、額縁に入れて飾るような絵としての価値だろう。写真が撮られる度に新しい絵が作られていく。

 

「お疲れ様です」

 

案の定、奏の方が早く撮影が終わる。化粧直しなどで、交代で行われたわけだが、奏の方が早い段階でカメラマンの想像の中に納まった。

 

「ありがとう。少し疲れたわ」

 

奏は、衣装を着替えずに用意されている椅子へと座る。

 

「神崎さんの様子は、どうかしら?」

 

奏の目には、今も続く撮影に挑んでいる蘭子がいる。

 

「そうですね。楽しんでおられます。神崎さんにとっては、好きな衣装ですから」

 

休憩中にいつも肌身離さず持っているスケッチブックを見せてもらった。そこには、蘭子が描いた次のライブで着たい衣装が描かれていた。今回着ている衣装もその系統の物だ。

 

「……楽しい……そう……」

 

確かに、撮影に挑んでいる蘭子は楽しそうに見える。場の雰囲気もそれに合うように和やかなものだ。

 

「速水さんは、違うのですか?」

 

「……どうかしらね。モデルの仕事は嫌いじゃないわ。自分を綺麗に着飾る事が出来るから」

 

でも、楽しいと思った事があるかと聞かれれば、それはないかもしれない。

 

「一つ聞いてみてもいい?」

 

「なんでしょうか?」

 

「あなたは、魔法が使えるの?」

 

どうして自分でもこんな事を聞くかはわからない。でも、自分の知る人達を彼は変えた。

 

「いえ、残念ながら使えません」

 

「……そうよね。ごめんなさい。変な事を聞いて」

 

返って来た言葉は当然のものだ。

 

(なんだかバカみたい)

 

答えなんて聞くまでもなかった。

 

「ただ、魔法を使える人なら知ってはいます」

 

「……えっ?」

 

思わず彼の方を見る。彼は、私の事は見ておらず真っ直ぐに前を見ている。

 

「私には、魔法は使えません。しかし、人を笑顔にする魔法を使える人なら――」

 

武内は、そこで言葉を止める。その視線の先を見れば、彼が言おうとしていたことがわかる。

 

「……そうかもしれないわね」

 

視線の先には、今もまだ撮影をしているアイドル神崎蘭子の姿がある。今も撮影が続いているのは、別に未だにカメラマンが満足のいく写真が撮れないからではない。いや、それも少し違う。

 

「――我の真実の姿を今此処に(これなんてどうでしょう?)」

 

「いいねー! これも悪くないねー。もう一つお願いしていい?」

 

「――人の欲とは深きものよ(わかりました!)」

 

カメラマンは、蘭子との撮影を楽しんでいる。とてもではないが仕事とは思えない光景だ。

 

「確かに魔法を使っているのかもしれないわね。あんな光景見た事ないもの。でも――」

 

彼女がそのような笑顔で振る舞えるのは、貴方が彼女に魔法を掛けたのではないの?

 

奏の目には、今も蘭子の様子を見ている武内の姿がある。

 

「――私も魔法を掛けてほしい……」

 

今すぐには無理だろう。でも、願いが叶うなら私も彼女達のように……

 


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