「ねー、アーちゃん。少し聞いてもいい?」
「какие。何を、ですか?」
塩見周子は、アナスタシアにソファーで寝そべりながら訊ねる。
「シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーってさー、どんな人なの?」
「プロデューサー、ですか? Это право。そうですね、とても優しいです。それに、Надежный。とても頼りになります」
「そーなんだー。ふ~ん」
「それが、どうかしましたか? 周子も、Я хочу встретиться。会いたいですか?」
「どうかなー」
最近、プロジェクト・クローネの待機場所では度々話題に上がっている。話しているのは、プロデューサーの担当のアイドル達だ。
「私は、会いたいです。今は、история。話だけしか、できませんけど」
アナスタシアは、手を胸の前で組んで目を閉じる。その閉じられた瞼の裏には誰が居るのだろうか?
「どうしよーかなー」
気にはなる。ただ、会ってどうするつもりなのだろうか?
♢♢♢♢♢
「来ちゃったけど、どうしよーかなー」
特にやる事もないし、フラフラしていたら目的の場所に着いた。目的と言っても来るかどうかは微妙な所だったが。
「悩んでも仕方ないかー、お邪魔しまーす」
扉を叩いて部屋に入る。
「……あれっ? 居ない?」
部屋の中には誰も居ない。
「なんだー、来て損したな~」
周子が部屋から出ようとすると、テーブルの上に出したままになっていた物が目に映る。
「……写真?」
ソファーに座り、写真を手に取ってみる。
「これって、秋フェスの時のだ」
周子の手には、自分もプロジェクト・クローネの一員として参加した秋のアイドルフェスティバルの時の写真だ。
「そう言えば、見た事なかったな」
初めてのステージという事もあって、本番までレッスンばかりやっていた。それに宣伝に必要な仕事も。だから終わった後は、何もする気がないほどに気が抜けた。
(あたしのもあるのかな?)
シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーが撮ったかもしれない写真。それに自分が写っているかは微妙な所だろう。でも、なぜか探してしまう。
「……あった」
それは、偶然に撮られたものだ。シンデレラ・プロジェクトのアイドルを写した時に偶然に写り込んだものだ。
「……楽しかったな」
本当に大変だった。それこそ生まれて初めて頑張ったと思う。
「……別人みたい」
周子は、写真を下の場所へと戻すとソファーに横になる。
「……つまんないなー」
秋のアイドルフェスティバルが終わってからそう思う。なんだか、やれる事はやり切った気さえする。だからだろうか、最近は退屈で仕方ない。そのせいで、橘ありすをからかったりもしてしまう。
「……最低だよねーあたし」
でも、他にする事も浮かばない。そもそもアイドルになったのも、なりたいからではない。早い話が家出である。実家に居ると親から小言を言われるので家を出た。ただ、住む場所の心当たりもなかった。そんな時にアイドルにスカウトされた。別にアイドルには興味はなかった。ただ、三食付きで寮に住めると聞いたのでやる事にした。本当にその程度のものだった。
「……楽しかったんだけどなー」
レッスンは大変だった。それまでの自分が何もしていなかったと思い知らされた。でも、なんだか楽しかった。プロジェクト・クローネの一員になってからは、一緒にやる仲間もできた。クローネの仲間達は好きだ。一緒に何かやるのも好きだ。でも、今はいまいちになっている。
「……飽きたのかな……それとも燃え尽きちゃったのかなー」
人生で初めて頑張った。そして、結果も出せた。もしかしたらそれで満足してしまったのかもしれない。
「……これからどうしよう」
最近、そう思う時がある。
「……帰ろうかな……帰れないから此処に居るんだった……」
なにも浮かばない。何もしたくない。
♢♢♢♢♢
急な呼び出しで部屋を開けてしまった。別に泥棒などが此処まで来るとは思わないが、誰かが訪問する場合がある。仕事の相手にそのような態度をとれば、今後に響くかもしれない。
「……塩見さん?」
オフィスに戻って来た武内の目には、ソファーで横になり眠っている周子の姿がある。
(なぜ此処に?)
彼女が此処に来る予定はない。現在は、担当でもないので用件もないだろう。
「……このままではいけませんね」
なぜ居るかはわからないが、このままにしておくわけにもいかない。せめて、上着ぐらいは掛けておこう。
「申し訳ありません。今は、これで我慢してください」
寝てはいるが、女性に上着を掛ける事になる。断りを入れておく。
「……片付けますか」
呼び出される前まで、秋に行われたアイドルフェスティバルの写真を確認していた。別に仕事と言うわけではないが、参加したアイドル達に配ろうと思ったからだ。一応、資料などの為に撮った物なので一通り使い終わるまでは渡せなかった。今は、まとめておいて今度好きなものを持って行ってもらおう。
片付けも終わったので、デスクで仕事を始める。鷺沢文香と橘ありすの担当になるように正式に美城常務から言われ、仕事が増えた。慣れても増える。仕方がない事だが、もう少しなんとかしたい。
「――起こさないの?」
急に声がして驚くが、声の場所は一つしかない。
「起こしてしまいましたか?」
「……ううん、元々起きてた。上着、ありがと」
周子は、身体を起こし、掛かっていた上着を畳んで隣に置く。
「勝手に部屋に入って寝てたのに怒んないんだね」
「事情も知らずには怒れません。私に何か用ですか?」
「……どうなんだろう? なんか、来ちゃっただけなんだよねー」
周子は、上を見上げながらボーとする。
「何かありましたか?」
「……どうなんだろうね? 正直、よくわかんないんだー」
「……私でよければ、お話を聞きますが?」
「……いいの? あたしは、担当じゃないよ?」
「私は、プロジェクト・クローネのプロデューサーです。確かに担当ではありませんが、無関係ではありません」
周子は、視線を武内に向ける。
「つまらないんだー」
「つまらない?」
「前に秋フェスがあったでしょう? それが終わってからさー、なんだか何もする気になれなくて」
「……無気力という事でしょうか?」
「たぶんねー。だから、どうにかできないかなって。プロデューサーってさ、なんでもできるんでしょ? みんな、話してたよ?」
「なんでもは、できないと思います。……周子さんは、やる気を出す方法を聞きに来たんですか?」
「……そうかもしれない」
やる気を出す。どこか違う気もする。
「……やる気を出させる方法はあります。効果があるかはともかく。ただ、どれも塩見さんには効果がないと思います」
「なんで?」
「やる気を出させるというのは、元になる物が必要です。何かの為に人は、やる気を出せると思います。しかし、塩見さんは、ありますか? アイドルをしたいと思えるものが?」
武内の言葉が胸に届く。なんだか苦しい気分になる。
「……ないかもしれない。アイドルになりたくてなったわけじゃないし」
自分が此処に居るのは、家出した先を探した結果だ。アイドルになりたかったわけではない。
「……塩見さん、少しだけ私に時間をくれませんか?」
「時間? あたしの?」
「私は、塩見さんの事を少しは知っています。此処に居る理由を。ですが、それだけではないと思います。秋のアイドルフェスティバルに向けて行われたレッスンなどは、何もない者が乗り越えられるほど容易いものではありません。ですから、やる気を出す事には協力はできません。その代わり、やる気の元を探すことは協力できます」
「あたしにあるのかな? 自慢じゃないけど、あたしはそういうの向いてないよ?」
「既に塩見さんは、形を残しています。それは、ここにある写真にもあります」
「……ちょっとしか写ってなかったよ?」
「……この写真の中から探されたのですか?」
写真は、一枚や二枚ではない。なにせ、ライブの一部始終を撮ったのだから。
「……もしかしたら、探していたのかもしれませんね。あの場所にあった物を」
「……言ってて恥ずかしくならない?」
「いえ、事実であればなにも」
「……ふーん。じゃあ、やってみる? あたしと探し物?」
「はい。共に探しに行きましょう」
突然の来訪者と共に過去にあった物を探しに行く。それが何かはわからないが、確かにそれはあったはずだ。