プロジェクト・クローネのプロデューサー   作:変なおっさん

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第17話

アイドル達との会議は、美城常務をはじめとした運営側や指導するトレーナー達との会議と並行して何度も執り行われた。アイドル達の意見をまとめては、会議でいろいろと言われるのが恒例となった。ただ、幾つかの意見は通った。

 

例えば、北条加蓮の提案である質の向上だ。彼女は、より高度な物を求めた。元々病気がちで体力の面に不安があった彼女が自らより運動量の激しい物を求めた。確かに最近は、体力面の問題は見られなくなってきた。それでも不安がないわけではない。しかし、加蓮の意志は強くそれを尊重する形になった。

 

もう一つは、鷺沢文香の提案。こちらは提案と言うよりも挑戦に近い。彼女は、一人でステージの上に立つことを求めた。前の失敗から持ち直したとはいえ、彼女もまた不安のある身だ。ただ、彼女は自分の意思と願いを貫くために美城常務達の居る本会議にまで参加した。そこで、直接意見を言った彼女の考えを美城常務は認める事となった。

 

「皆すごいね……」

 

それらの会議に塩見周子は、武内のアシスタントとして参加した。彼女の目には、それらの会議がどう見えたのだろう? 誰もが最高のステージを用意しようと考え行動する、意見する場所に居て何を思うのだろう。予定している会場の下見へと向かう途中の車内で、ポツリと周子は言葉を漏らす。

 

「ステージは一度だけ。そこに誰もが全力を注ぐ。塩見さんが参加された秋のアイドルフェスティバルやそれ以外のステージも同じように多くの者達の意思があります」

 

その中には、周子の意思もあったはずだ。ただ、彼女はそれに気づけていない。

 

「……あたしにもあったのかな?」

 

アイドルになりたくてなったのではない。だからこそ気づけないのだろう。

 

「……それを共に探しています」

 

別に難しい話ではない。ただ、本当の意味で見つけられるのは彼女自身にしかできない。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

予定している会場へと着く。346プロダクションは、ある程度なら大抵の事を自前で出来る程に大きな会社だ。今回は、346プロダクションのスタッフ達がイベントを行う事になっている。そのため、顔なじみも多く比較的簡単に話が進む。

 

「今回もよろしくね」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

何度も仕事を一緒にしている責任者と現場で落ち合う。今日は、会議を下に作られた草案を見ながら全体的な物を決めていく。もちろん一度だけで決まる事はない。これから何度も会議に提出しては突き返される行為をすることになるだろう。

 

「それで、そっちはアイドル? 見た事あるけど?」

 

「塩見周子さんです。今日は、社会勉強の一環で来ています」

 

「よろしくお願いします」

 

周子は、姿勢を正して挨拶する。その動作の一つ一つは、一朝一夕で身につくものではない。

 

「礼儀正しい子だね。でもよかった、またとっかえたと思ったよ!」

 

わざとらしく小指を立てる。

 

「違いますよ」

 

「ははは、だろうね。相変わらず硬いね。まあ、だからこそ信頼もできるけど。案内するから付いてきて」

 

責任者に付いていき会場内へと入る。

 

会場内には、既に他のスタッフが作業しており草案を下に点検や確認などを行っている。本番まで時間はあるが、準備を考えると早めに全体の形を決めておきたいのだろう。

 

「今回は、6名。ユニット数は、どれぐらいで行くの?」

 

「いろいろと試したいですね。既存の物もそうですが、この機会に他の方とも組んで行ってもらいますので」

 

「つまり決まってないの? 当日まで決まらないとかは勘弁してくれよ」

 

「必要とあらばお願いします」

 

「……相変わらず面倒だな」

 

責任者の人に案内を兼ねた説明を受けてから周子と二人で実際のステージを見学する。

 

「此処で、皆が歌ったりするんだよね」

 

周子は、ステージ下から眺めている。まだ何もない殺風景な場所だ。

 

「そうなりますね。せっかくですから上に行きましょう」

 

「いいの? 上がっちゃって?」

 

「立つ場所で見る景色は違います。一緒に行きましょう」

 

周子を連れ、ステージへと上がる。

 

「……広いよね」

 

周子の目には、大きく開く景色がある。その景色の中には、ライブに向けて動いている人達の姿もある。

 

「ええ、とても広いです」

 

会場の規模としては、周子が経験したことのあるもののなかでは特別大きいというわけではない。むしろ普通か小さいぐらいだろう。ただ、人も機材もない静かな場所をステージ上から見るとそう思える。

 

「あたしも此処で、皆と歌ったり踊ったりしたんだよね?」

 

周子の目には、当時の景色がある。

 

「楽しかったよね……本当に……」

 

そう思う。それは、今もあの時も変わらない。

 

「でも、今は何にもない……」

 

生まれて初めて頑張れることがあった。でも、それも終わった。それからは、どうも本気になれない。

 

「本当にあるのかな? あたしが本気になれる元?」

 

周子の顔には不安がある。彼女も欲しいのだろう。忘れたくはないのだろう。あの時の気持ちを。

 

「……今日は、この後にレッスンがあります。それを周子さんにも見学してもらいます」

 

言葉を掛ける事はできる。でも、できれば自分で気づいてほしい。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

「気を引き締めろ! 北条!」

 

「――はいっ!」

 

「鷺沢! 動きが悪い! もう一度頭からやり直せ!」

 

「――はい」

 

「橘! 振り付けは覚えてきたのか!」

 

「――すみません!」

 

レッスン場内では、トレーナーの叱咤の檄が飛んでいる。本番まで時間はあるが、彼女達の要望で内容は厳しいものへと変わっている。それこそ今までのままでは達成できない程に高い位置に設定してある。だが、彼女達の表情には後悔はない。自分達が選んだものだから。自分の描く最高のステージを創りたい。その意思だけで何度倒れても立ち上がる。

 

武内は、隣に居る周子を見る。

 

彼女は、此処に来てから一言も言葉を発していない。彼女がこの光景を見るのは今日が初めてだ。だからこそ言葉が出ないのだろう。秋のアイドルフェスティバルに向けて行われた物が厳しいものだったのは当時の資料を見ればわかる。ただ、今回はあの時とは違う。自分達で考えたものを実現するために困難へと自らの意思で立ち向かうと決めた者達の姿だ。彼女達は先に進んでいる。あの時よりも先に。

 

レッスンが終わると、誰も何も言わずに身体を休める。武内と周子が飲み物やタオルを配るが反応はよくない。限界まで体力を使い果たしているのだ。

 

「――まだ、足りませんね」

 

冷たいようだが事実だ。武内が評価した彼女達の今を、それぞれが自分の中へかみ砕き受け入れる。

 

「妥協案も用意はしてあります。私の判断で、そちらに切り替えることにもなりますので忘れないでください」

 

意地だけでステージを潰させるわけにはいかない。

 

「――わかってる。言ったのは、アタシだから……」

 

普段と違い。今の北条加蓮は、なりふり構わずに乱れている。お洒落に気を使う彼女からは程遠い姿だ。

 

「……まだ、やれます。やらせてください……」

 

文香は、呼吸を整えるので精一杯なのだろう。一度言葉を口にしたら再び呼吸を整え始める。

 

「……わかりました。身体の整備が終わりましたら休んでいてください。送る者が来ますので」

 

返事は返ってこない。でも、それも仕方ない。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

レッスンの見学も終わり、送迎の仕事へと向かう。今回は、打ち合わせもあるので武内が向かう事になる。まだ、ライブの仕事も残っているので周子も同行する。

 

「遅いよー」

 

控室に着くと、収録が終わりだらけている双葉杏が居る。今日は、一人での仕事だ。

 

「申し訳ありません。遅れたようで」

 

「そんなんじゃ甘いよ、プロデューサー。杏の世話をするのが仕事なんだからさー。だから、アメ頂戴、アメ。それで許してあげる」

 

彼女と仲が良い諸星きらりから預かっているアメを杏へと渡す。もっとも身体を動かす気もないようなので、口まで運ぶ。

 

「……それで、そっちは?」

 

「塩見周子さんです。今、アシスタントをしてもらっています」

 

「どうも、杏ちゃん」

 

二人は、秋のアイドルフェスティバルで面識がある。

 

「久しぶりだねー。でも、少しは杏にも教えてよ? アシスタントになったとか知らなかった」

 

「申し訳ありません。正式なものではありませんので、必要ないと思いました」

 

「……なんだ、アイドルを辞めたわけじゃないんだ」

 

杏の言葉が周子の胸を締め付ける。

 

「あくまでも一時的な物です。それでは、打ち合わせがありますので此処で待っていてください。塩見さん、何かありましたら連絡をお願いします」

 

武内は、杏の世話を周子に頼み打ち合わせへと向かう。

 

「……なんで、アシスタントなんて面倒なことしてるの?」

 

二人きりになった杏は、興味本位で聞く。

 

「……わかんない。プロデューサーに言われて始めたから」

 

「面白いの?」

 

「……初めは面白かったかなー? でも、今はつまんない……。なんだかモヤモヤする」

 

武内の下に付いて、ライブの為に動いている。初めは、新しい事を見たり聞いたりして面白かった。でも、今は違う。

 

「……モヤモヤねー」

 

杏は、ゆっくりと身体を起こす。と言っても体勢を変えただけでだらけているのは変わらない。

 

「――アイドルとどっちが面白かった?」

 

「アイドルと……」

 

「そう。どっちも経験している人っていないじゃん。だからさ、杏的には今後も考えて聞いておきたいんだよね。アイドルをいつまでやるかもわかんないし」

 

どっちが面白い。……考えるまでもないか。

 

「アイドルの方が面白かったよ」

 

「そっか……困ったな……」

 

杏は、アメを口の中で転がしながら考える。

 

「杏もさ、楽しいんだよね、アイドル。初めは何にもしたくなかったけどさ……そりゃ今もめんどうだけど。でも……杏は、今の自分が好きだよ? 周子ちゃんはどう?」

 

「あたしも好きかな……前の自分はもっとつまらなかったから」

 

「つまらないか……わかんなくもないかな? でも、それだけじゃないんじゃない?」

 

「……それ以外にもあるの?」

 

「……ふーん、だからモヤモヤするんだね」

 

杏は、自分の荷物をガサゴソ探すと先ほど武内から貰ったアメと同じ物を取り出し、周子に渡す。

 

「それ、杏の友達がくれたアメ。美味しいからあげるよ」

 

「……ありがとう」

 

貰ったアメを口に入れる。

 

「さっきの言葉、少しだけ訂正するね。杏は、アイドルよりもみんなと居る方が好きなんだ。みんなで一緒に何かをするのがさ。でもね、その為にもアイドルでないといけないんだ、なんでだかわかる?」

 

周子は、首を横に振る。

 

「みんなならアイドルを辞めても仲良くしてくれると思う。でもね、アイドルとしてみんなと居るのがいいんだよ。一緒に悩んで、一緒に仕事して、一緒に頑張って……一緒に何かができたらやっぱり楽しいからね。だから杏は、アイドルをやってるんだ」

 

言葉を口にする杏の表情は、その姿からは似合わない程ににこやかだ。

 

「周子ちゃんはどう? ……アイドルが好き?」

 

杏の言葉にモヤモヤが変わるのを感じる。

 

「……あたしは……あたしも……」

 

そうか、好きなんだ。

 

「好きだと思う」

 

モヤモヤがわかった。

 

「皆で、何かするの」

 

わかったらなんてことはない。

 

「……そっか、アイドルの自分が好きなんだね。皆と居られる」

 

だから乗り越えられたんだろう。どんなに大変でも辛くても、皆と共に居られるなら。

 

「……その顔の方がいいよ?」

 

控室にある鏡の中に自分が居る。

 

「でも、アイドルは笑ってないとダメだからね?」

 

「……そうだね」

 

鏡の中の私は――

 

「……今のあたしじゃアイドル失格だ……」

 

気持ちがわかって嬉しいのか安心したのかどうかもわからない。

 

「本当ならハンカチの一枚でも出すんだろうけどさ、必要なら杏の荷物にあるから使っていいよ? もう、自分でできるでしょう?」

 

「……ありがとう、杏ちゃん」

 

早く止めたくて服の袖で拭く。今はすぐにでもアイドルに戻りたい。戻ってみんなともう一度頑張りたい。みんなと一緒居たい。でも、気持ちがわかった安心からか涙が止まってくれない。それまでのモヤモヤが消えてなくなるまで。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

打ち合わせの内容により、ライブに関する仕事は中止となった。二人をそのまま女子寮まで送り届けるわけなのだが、杏の頼みで買い物に行く事になった。そのため、周子を女子寮に降ろし、今は二人でいる。

 

「――今日は、ありがとうございました」

 

「いいよ、別に」

 

杏は、携帯ゲームで遊んでいる。

 

「でもさ、なんでこんな面倒なことしたの? 直接教えてあげればよかったのに?」

 

「私では、立場が違います。この事に関しては、アイドルの方でないと伝わらないでしょう」

 

「ふーん。でもさ、アシスタントにしたのは?」

 

「それは、立ち位置を変える為です。立つ場所で景色は違って見えますから。傍にあるか、そうでないかで見える物も変わります」

 

「面倒なことするんだね。自分が居ない所で、他のアイドル達が頑張ってる姿を見せる為だけにさ。ごくろうなことだね」

 

「必要であるならばやります。おかげで、彼女の中では現状への不満がありましたから。本来なら居るはずの場所に居られない不満が彼女の中に溜まったはずです」

 

答えは初めから傍にあった。既に手の中にあった。でも、だからこそ気づけなかった。アイドルを好きになる前から既に持っていたからこそ、アイドルを好きになった後も変わらずにいた。無気力になってしまったのは、その事を知らずに目標を達成し見失ってしまったからだ。自分がアイドルとして、仲間達と共に何かを成し遂げる喜びを自覚する前に。

 

「……でも、なんで杏に頼んだの?」

 

「双葉さんが適任だと思った理由は幾つもあります。ただ、双葉さんもアイドルになりたくてなられたわけではありませんから」

 

「プロデューサーに無理矢理やらされたからね。でも、今は感謝してるよ。今、杏は楽しいからね。めんどくさがりな杏が頑張れるぐらいには、此処の居場所は良いよ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいですね」

 

「でも、約束は守ってよね?」

 

「わかっています。キャンディアイランドの方で仕事を取るようにします。もちろん、諸星さんや他の方とも。既に幾つかは企画段階ですが話は通っています」

 

「だったらいいけどさ、杏のアイドルをやるための原動力なんだからちゃんとしてもらわないと困るよ?」

 

「わかっています」

 

「……それと、もう少しかまってよね? プロデューサーは、杏の世話をしないといけないんだからさ」

 

杏は、その時だけゲームから目を離す。自分を変えるきっかけをくれて人を見る為に。

 




想定していた半分も書けてない気がする。
後半部分で取り返さんといかんね。

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