「しまむー、私は今重要な事に気づいた」
「どうしたの、未央ちゃん?」
本田未央は、シンデレラ・プロジェクトの待機場所に来るまでに買ってきたポッキーをタバコのように咥えながら、同じくポッキーを食べている島村卯月に視線を送る。
「こうしている間にも、しぶりんを含めトライアドプリムのみんなも成長して行っている!」
加えていたポッキーをパキリと折る。
「……そうですね」
「そうですねじゃないよ、しまむー! 最近、ライブに向けて忙しいからって合同でレッスンできてないんだよ?」
「でも、私達もやってますよ? プロデューサーさんからも指導を受けてますし」
「……それもそうなんだけど」
未央は、何かが引っ掛かる感じがしてモヤモヤする。最近、ニュージェネレーションでレッスンをしているとそのモヤモヤが強まる。
「最近、大変そーだもんねー」
「ねー。フレちゃんにはムリそー」
最近、暇な時に来るようになった大槻唯と宮本フレデリカが二人の話に加わる。この二人は、この前のもてなしを気に入ったようだ。
「ねぇ、唯ちゃんとフレちゃんは、どんな状況か知らないの?」
「んー、いつも疲れてる感じかなー。それ取ってよ」
「はい、あげる。そっだよね~、クタクタさんだよねー」
二人は、興味なさげに雑誌を読んでいる。
「奏さんは、何か知っていますか?」
「――私?」
卯月に声を掛けられた速水奏は、雑誌を閉じて考える。一応、奏は二人の保護者役として来ている。決して、他のプロジェクト・クローネのメンバーがレッスンで居なくなり、二人も居なくなると一人で寂しくなるからではない。(本人談)
「……そうね。文香から聞いた話だと相当厳しいそうよ? それこそ、まともなのが凛ぐらいなもので。こういう言い方もどうかと思うけど、周子はああ見えて意外と真面目にレッスンはしていたから少し疑問はあるわ」
「しぶりん以外本当に大変そうだもんね」
「アーニャちゃんも疲れてました」
なんだか卯月まで心配になってきた。せっかく追いついてきたのにまた離され、置いて行かれるのではないかと。
「見に行くのって大丈夫かな? こう、邪魔しない感じに入り口の小窓からさ」
未央の提案に卯月は心を揺り動かされる。
「それなら、私も少し見て見たいわね。正直な所、彼が行っているレッスンは気になるから」
「彼って、プロデューサー?」
「ええ、私は受けた事がないから」
「じゃあ、一緒に見に行こう。しまむーは、どうする?」
「……私も行きます。邪魔をしないように気を付けて」
「よし! じゃあ、行くとしよう」
未央、卯月、奏の三人は、現在レッスンが行われているであろう場所へと向かう。
♢♢♢♢♢
346プロダクションにあるレッスン場の一つへと来る。此処までなら誰でも来られるが、中に入るとなると別だ。
「なんだか緊張しますね」
変に緊張している卯月を見ていると、二人まで緊張してくる。
「島村さん。そこまで意識しなくてもいいと思うわ」
「しまむーが緊張すると、こっちまで緊張してくるよー」
「ごめんなさい。でも、なんかこういうのってドキドキしません?」
「隠れて覗き見るから?」
「……奏さんが言うとなんだか別の意味でドキドキするなー」
「あらっ? 本田さんは、何を想像したの?」
「……そ、それは、なんでもないよ! ホントに!」
「未央ちゃん、顔が真っ赤です」
いつもはからかう側だからか、奏にからかわれて未央はテンパる。
「ふふっ、可愛いわね。本田さんは」
「……からかわないでよー」
「……未央ちゃんがなんだからしおらしいです。奏さんには勝てそうもないです」
勢いの減った未央を最後尾に目的の場所へと着いた。
「確か、此処ね」
奏の案内で目的の場所に着いたわけだが、扉に付いている小窓はそれほど大きくないので一人ずつしか見られない。
「誰から見るの? 私は、後でいいけど」
「未央ちゃんから見ますか?」
「えっ!? 私から?」
「未央ちゃんが最初に言いましたから」
「……そうだったね。じゃあ、先に見るね」
未央は、小窓の近くに寄り、少し高めの所にあるので背伸びをして覗く。
「どうですか?」
「――ちょっと待ってて」
未央は、中を覗く。
「……未央ちゃん?」
未央が中を覗いて少し経ったが、未央は何も言わない。ただ、小窓の中を覗いている。
「どうかしたの?」
奏も気になって声を掛ける。
「……自分で見た方がいいかもしれない」
未央はそれだけ言うと、場所を譲るようにその場から離れる。
「……島村さん。次は、どうする? さっきも言ったけど、私は最後でいいわ」
「……私は――」
中を見た未央は、何かを考えるように口を開くことがない。気になる。あの中で何が行われているのか……でも、どこか見ない方がいいのではと思う。
「――見ます。その為に来たんです」
覚悟を決める。自分も未央のように何かを感じるとは思う。それでも、見なければいけない気がする。
「……どう?」
未央と同じように小窓を覗く卯月も、声を掛けてもなかなか反応しない。まるで、中の何かに心を奪われているようだ。
「……未央ちゃんの気持ちはわかりました」
卯月もその場から離れる。
(……何かあるのね)
ただ黙って、しかし何か考えている二人の様子を見るとそう思える。
「……来なかった方がよかったかしら」
今更だがそう思う。でも、ここで引くこともできない。2人が見たものが気にならないわけではないから。
(……そう――)
小窓から見える景色。それは――
♢♢♢♢♢
三人は、レッスンが終わり、プロジェクト・クローネの人間が武内の下に報告が終わったのを見計らって訪ねる事にした。
「……どうかしましたか?」
神妙な面持ちの3人を見ると、そう言葉が出る。
「プロデューサー、一つだけ教えて。今の私達と、しぶりん達はどれぐらい差が開いてるの?」
「それは、どういうことですか?」
「ごめんなさい、プロデューサーさん。今日のレッスン……覗いてしまいました」
卯月の言葉で理解する。彼女達は、あれを、今の彼女達を見てしまったようだ。
「しぶりんとは、ニュージェネレーションでも一緒にやるけどあんなのは見た事がなかった。もしかして、私達と居る時は手を抜いてるの?」
未央の考えに卯月も同意見なのだろう。未央が感じたモヤモヤは、今日のレッスンを見てわかった。
「私も少し聞きたいわ。周子達とは同じ時期からレッスンを始めているけど、私は今の彼女達を知らないわ」
奏も見た上で判断しているのだろう。
「……ここだけの話でお願いします」
隠しても逆効果だと思い話すことにする。
「彼女達は、美城常務が考えたプログラムを参考にレッスンを行っています。表向きは、次のライブの為ですが中身は違います」
周子のライブ参加の許可が簡単に下りた理由はここにある。
「今、彼女達のレッスンをしているトレーナーは美城常務がアメリカから連れて来られた方です。346プロダクションの基準で言えば、最高ランクのマスタートレーナーの方です」
346プロダクションには、指導をするトレーナーにランクが付いている。最低ランクから、ルーキートレーナー、一般トレーナー、ベテラントレーナー、マスタートレーナーの順だ。マスタートレーナーは、数えるだけしかおらず担当するアイドルはそれに相応しいだけの実力者になる。
「確か、有名なアイドル達を指導する人の事だよね? なんでそんな人がレッスンをやってるの?」
「本来ならありえない話です。マスタートレーナーを付ける場合は、実力によって決められます。新人に付けることはまずありません。ですが、美城常務の判断で付けることになりました。常務の持つ権力なら可能ですから」
「でも、私は初めて見たわ。プロジェクト・クローネのアイドルなのに」
奏の疑問もわかる。
「先ほども言いましたが、美城常務が考えたプログラムを参考にしています。そのため、私が常務の代わりに内容を判断しています。その理由から、速水さんにはマスタートレーナーが付いていません」
「……つまり、貴方の下に居ないと受けられないのね?」
「そうなります」
その言葉を聞くと、奏の顔つきが変わる。
「――私も受けたいんだけど」
力の籠る声からは、彼女の意志を感じる。
「……可能ではありますが、今は無理です。ご覧になられたのならわかると思いますが、今の彼女達とは差がありますので邪魔になります。ニュージェネレーションなどのように別の物であるのならば問題はありませんが、今の段階での途中参加は遠慮願います」
厳しい言葉だが仕方がない。彼女達は、ここまで血の滲むような努力と意地でやって来た。今では止める事もなく、細かく内容を見直して少しでも負担を調整するぐらいだ。
「……私は、わかったわ。今度のライブが終わったらまた話しましょう」
奏は、未央と卯月を残して先に出る。邪魔にならないように。
「なんで、教えてくれなかったの?」
「申し訳ありません。教える事はできました。しかし、何かしてあげる事が私にはできません。今、ニュージェネレーションに付いてもらっている方は、ベテラントレーナーになります。私の頼みを聞いて、特別にやって頂いている方です。私の持つ力では、ここが限界になります」
本来なら新人である彼女達には、一般トレーナーが担当することになっている。ベテラントレーナーもそれほど数が居る訳ではない。
「少しだけでもできませんか? 頑張りますから」
卯月の言葉に心が揺り動かされるがそうもいかない。
「私だけの力でできるのならばそうしたいです。しかし、最終的な判断は常務が下します。私の知らない知識を下にしていますので独断でやるには危険があると思います。限界を見極めて行うレッスンですので、マスタートレーナー、常務が欠けてはできません」
2人もわからないわけではい。ただ、心が納得してくれない。
「少しだけ待っていてくれませんか? 私もできる限りの事はします。それまでは、今考えられる最高のレッスンを受けて下さい。今行っているものも決して価値の低いものではありません。少しずつかもしれませんが確実に前に踏み出している事は、お二人ならご理解いただけていると思います」
「……私は……私は、プロデューサーさんの事を信じてます。だから、今を頑張ります……頑張ります!」
「……そうだよね。今できる事をやるだけだよね。――でも、一つだけ約束して、私達の事をちゃんと見るって。そしたら頑張れるから、お願い」
「……私は、シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーです。本田さんも島村さんもそうですが、他の方々も最後まで見届けます。歩き続ける限り」
「……だったら、安心だね。でも、何か頂戴。さすがにこのままだと気がすまないからさ」
「はい。何でもしますから!」
「……無理をしても結果に繋がるとは限りません。場合によっては、怪我など取り返しのつかない事になるかもしれません。トレーナーの方と話して他にできる事がないか考えてみます。少しだけ時間を下さい」
「わかった。待ってるからね」
「お願いします! プロデューサーさん」
先を歩こうとするアイドルの為に居るのが自分達プロデューサーだ。
「待っていてください。必ず皆さんを今以上に歩かせる方法を探してみせます」
なにができるかわからない。そもそもできる物があるかもわからない。それでも、進もうとする限りはその手助けをしたい。
♢♢♢♢♢
「――報告は以上です」
マスタートレーナーは、美城常務にレッスン内容の報告を済ませる。レッスンの時に取っていたデータと映像を渡して。
「……なるほど。順調のようだな」
「はい。ですが、彼は何処から? 主要な者は、今は空いていないはずですが?」
「……彼は、魔法使いの一人だ。最初の舞踏会を創りだした内の」
「……最初の舞踏会? ……今も続く舞踏会ですか? ……なるほど、なら納得はできます。彼は、良い目を持っています。彼女達の限界を見極めるだけなら今の私よりも上かもしれません」
「そうでなくては困る。今は、離れてはいるが彼らと共に居た。その時に学んだものは、今も彼の中にあるはずだ。一度の失敗で、潰すには惜しいとは思わないか?」
「そうですね。では、期待させてもらいます。それでは――」
マストレは、立ち去る前に一つ思い出す。
「――そう言えば、アイドル達が居たそうです。聞いた話ですが、本田未央、島村卯月、速水奏の3人が。既にレッスンが終わった後にレッスン場近く居たそうです」
「……そうか、報告ご苦労」
「――失礼します」
マストレは、頭を下げてから部屋の外へと出て行く。
「速水奏か……」
他の二人はともかく、彼女の事だから彼の下へ行く事になるだろう。彼女もまた、誇りのある人間だ。
「魔法使いの一人だった君の腕を見せてもらおう」