実験と言う名のレッスンが始まり数日が経過した。早速ではあるがアイドル達の身体に変化が表れる。
「……筋肉痛ですね」
新田美波、諸星きらり、前川みくの身体を調べてみたところ、疲労が溜まっているようで本来の動きができなくなっていた。理由だけ見れば、ただの筋肉痛だが彼女達の場合は少し意味が違ってくる。普段からレッスンをしているので多少の事なら筋肉痛にはならないからだ。
「今日は、レッスンの方はやめておきましょう。その代わり、身体の整備に回します。ストレッチを行った後、ゆっくりと身体を休めて下さい」
「……ダメですか?」
「ふにゅ~、Pちゃんにめーわくかけたくないけどぉー、ちょっとざんねんさんだにぃ、ぐすん」
「ふにゃぁ~、猫ちゃんパワーで頑張りたいけどPちゃんは心配するよね?」
三人からレッスンの要望はあるが叶える事はできない。
「レッスン量が増えていますので筋肉痛になることは不思議ではありません。ただ、今回は事情が事情ですので様子を見たいと思います。それに今回の筋肉痛の個所からもう一度内容を見直してみます」
「仕方ないですね。きらりちゃん、みくちゃん、今日はストレッチだけしましょう」
「にょわわ~、せめてストレッチだけはガンバルにぃー」
「早く良くなるからね、Pちゃん!」
三人とはレッスン場で別れ、オフィスに戻り改めて考える事にする。プロジェクト・クローネのアイドル達も最初の頃は似たような事があった。ただ、その時には美城常務やマスタートレーナーのような知識などがある人間が居た。数日ではあるが自分の予想を彼女達は良くも悪くも変える。不安がどうしても残ってしまう。撮っていた映像を見ながら不安を取り除く方法を考える。
「――プロデューサー。今、大丈夫?」
北条加蓮が部屋にやって来た。今日は、レッスンは休みのはずだ。
「どうかされましたか?」
「えっと、その……少し相談。今、忙しくない?」
「かまいませんよ」
加蓮を席に招き、ソファーへと移動する。
「それで、どうかされましたか?」
「あのさ、ライブの事なんだけどソロがあるでしょう? ちょっと心配になっちゃって」
加蓮にとっては、初めてのソロになる。曲は、既存のもので加蓮の好きな曲でもある。レッスンで見た限りでは問題点は特にはない。細かいところは、レッスンでトレーナーが調整しているはずだ。
「北条さんなら問題ないと思います。細かい点は、トレーナーの方で調整して頂けていますから」
「……そうなんだけどさ、他の皆もあるじゃん? だから比べられると思うと心配で。凛は、言わなくてもわかると思うけど凄く上手いよね、いろいろと。文香も歌声が綺麗だと思うしさ。アーニャだって歌っているところとか可愛いし。だから、心配なんだ」
「私には、北条さんの歌声も、姿も素敵に思えますが?」
「プロデューサーに言われたら嬉しいよ? 信頼もしてるから少しは自信も湧くし。でも、不安なものは仕方ないじゃん! ねぇー、なにかこの不安を取り除く方法はない?」
考えてみるが浮かばない。ライブに対しての不安ならともかく、他の人間と比べての不安ならこれから先も普通に持つ感情だ。決して慣れる事はないだろう。
「北条さん。残念ながらその不安は消える事はありません。それこそ慣れる事もないでしょう。これから先もその不安は常に傍にあるはずです」
「じゃあ、ずっとこの気持ちのままでいなくちゃいけないの?」
「いいえ、それではダメです。不安は心を蝕みますから。この不安に対する方法としては、ほどよく付き合う事です。決して逃げてはいけない。だからと言って気にしすぎてもいけない。その合間を見極めて付き合って行く事がこれから先アイドルとしてやっていく上で必要になります。誰でも持つ不安だという事を覚えておいてください」
「言ってることが難しい……どうやっていけばいいかわかんないよ」
「すぐに解決できるものではありません。ただ、人に話を聞いてもらう事で少しずつ距離がわかるものでもあります。私でよければいつでも話を聞きますので」
「話せばいいの? それだけでこの気持ちは良くなるの?」
「そうなるはずです。今、北条さんが思っていること、考えている事を話して下さい。先ほどのように不安を私に話してみてください」
「……わかった。でも、今はもうないかな? なくもないけど上手く言葉に出来ないし」
「では、待つとしましょう。北条さんが話してくれるまで。私は、いつでもかまいませんから」
「……ありがとう、プロデューサー。ねぇ、今は浮かばないから他の事でもいい?」
「もちろんかまいませんよ」
「だったらそうだな……この前、皆で服を見に行った時の話でもしようかな? あの時は――」
それからは、加蓮の話に付き合った。問題は解決していないが話して気が紛れたのか加蓮はいつも通りの様子で部屋を出て行った。
♢♢♢♢♢
加蓮が部屋を出て行ってから再び作業を開始した。ただ、しばらくすると再び来訪者が来る。
「――プロデューサーさん。今、大丈夫ですか?」
「かまいませんよ」
橘ありすがゆっくりと部屋に入ってくる。今日は、個人レッスンがあったはずだ。時間を確認してみると終わった後のようだ。とりあえず、話を聞くためにソファーへと移動する。
「どうかされましたか?」
武内の言葉にありすは、モジモジしている。言いたいことがあるのだろうがなかなか口を開けないようだ。ここは、彼女が話すまで待つとしよう。
「……その、相談なんですけど」
決心がついたのか、ありすは口を開く。
「私の事、皆さん『橘さん』って呼ぶじゃないですか? 最近思うんです。私だけが上の名前で、さんを付けて呼ばれているって」
橘ありすは、下の名前である『ありす』で呼ばれるのが嫌いだ。前に鷺沢文香から話を聞いたことがあるが、同級生に名前でからかわれたことがあるからとの事だ。ありすとしても悩んでおり、文香に相談などをしていた。さん付けに関しては、単純に呼び捨てが失礼だからだ。
「橘さんは、ありすと呼ばれてもかまわないのですか?」
「……わかりません。でも、なんだか寂しくて。私だけ他人みたいに思えるんです」
ありすとしても前に踏み出したいがなかなか難しい話だ。
「少しずつですが他の方で慣れていきますか? 鷺沢さん以外だと他に呼べる方はいますか?」
「えっと……奏さん、凛さん。それと、お菓子作りでお世話になっているかな子さんとか」
「では、その3人から初めて見るのはどうでしょうか? 確かに中には羨ましがる方もいらっしゃるとは思います。皆さん、橘さんと仲良くされたいと思いますから。ですが、デリケートな問題ですので無理はしない方が良いと思います」
「……でも、それだと他の方に変に思われませんか? なんで私はダメなんだろうって? 私は、その……皆さんに良くしてもらっています。嫌われたくはない、です」
「そうですか……」
ありすの言いたいこともわかる。下の名前で呼ぶことを許された者とそうでない者ではいろいろとあるはずだ。
「でしたら、私が呼ぶのはどうでしょうか? 私なら年齢、立場などもありますので他の方よりも不満はないのではないでしょうか? 橘さんが嫌であるならばやめておきますが?」
「プロデューサーさんが……私の名前を?」
ありすは、こちらを見ながら考え込む。ジッと子供の小さな目が真剣に見ている。今、ありすの中ではいろいろな事が考えられているのだろう。
「……プロデューサーさんなら下の前で呼ばれてもいいです」
「そうですか。では、これからは下の名前で呼びたいと思います。もしお嫌になりましたらいつでも言って下さい」
「はい」
どうやら一段落したようだ。これで上手く行ってくれればいいのだが。
「あっ、あの……」
ありすがこちらの様子を窺うように見ている。まだ、話があるのだろうか?
「なんでしょうか?」
「その、試しに呼んでみてもらっていいですか?」
「試しにですか? ありすさん。これでいいですか?」
「ありすさん……なんだか嫌いじゃないですね。ありすさん、ですか……えへへ」
どうやら嫌ではなさそうで安心した。どうやら他には特にないようだ。この後は、簡単に世間話をしながらありすの相談は終わる事になる。
尚、これは別の話になるが、突然ありすだけを下の名前で呼ぶようになったことで一騒動起きる事になる。それこそ、シンデレラ・プロジェクト、プロジェクト・クローネ以外の場所でも。
♢♢♢♢♢
《おまけパート③》もう書かんから許してなんでも島村卯月頑張ります
オフィスで作業をしていると懐かしい組み合わせが顔を出す。
「プロデューサーさん! カワイイ、ボクが来ましたよ!」
「……久しぶりだな」
「私は、この前会った……ちょっとだけだけど」
輿水幸子、星輝子、白坂小梅。昔、担当していた三人だ。ただ、最近はこの3人でいる姿も見なくなった。この3人でユニットを組んでいたことが懐かしく思える。
「どうかされましたか?」
「フフーン。久しぶりに3人でお仕事をしたので会いに来たんですよ! ほら、懐かしいでしょ! ……って、二人とも何処に行くんですか?」
輝子と小梅は、幸子を放って置いて武内の下まで行く。
「お邪魔します」
「私も」
輝子と小梅は、武内のデスクの下に潜る。
「此処は、初めてだけど……居心地は悪くないな……フヒ」
「私は、こういう所は慣れてないけど邪魔しちゃダメだもんね……うん、ここなら大丈夫だよ」
「プロデュ……じゃなかった。えっと、武内さん? ……なんだか言いにくいな。……親友でいいか、トモダチだし」
「私は、どうしようかな? ……そうだよね、今は違うもんね、残念」
輝子と小梅は、デスクの中で落ち着き始める。小梅は珍しかったが、この光景は懐かしい。仕事はし辛いけど。
「――ちょっと、なにやってるんですか!? プロデューサーさんのお仕事の邪魔しちゃダメですよ!」
「……幸子ちゃん、うるさい」
「うん、静かにしなきゃダメだよ?」
わざわざデスクの裏側まで来た幸子の方を見もせずに二人は自分の世界へと入る。
「……ボ、ボクだって……久しぶりにこうして話せるのに。最近は、仕事先でしか会えないのに」
「そう言えば、三村さんと緒方さんが輿水さんにお礼を言っていました。どうやら困っていた時にアドバイスを頂けたと」
「――当然です! あの二人は、カワイイボクの後輩ですからね! アイドルとしても! ボクの担当プロデューサーのアイドルとしても! いいんですよ? 先輩として頑張ったボクを褒めても! ほら、早く褒めて下さい!」
いつにも増して幸子のテンションが高い。
「……なあ、親友。此処にキノコって持って来ちゃダメか?」
「そうですね。前と少し状況が変わりましたから」
「そうか……残念だな……」
輝子は、落ち込んでデスクの奥へと消える。
「私は、新しいの見つけたんだ。……一緒に見れない?」
「申し訳ありません。此処には、テレビなどはありませんので」
「……そっか……そうだよね……」
小梅も輝子と同じようにデスクの奥へと消える。
「プロデューサーさん。なんだか冷たくないですか? 元とは言え、ボク達はプロデューサーさんの担当だったんですからね? ちゃんと甘やかして下さい」
とは言っても、キノコとテレビの件はどうしようもない。
「そういえば、なんで幸子ちゃんは、プロデューサーって呼んでるんだ?」
ひょっこりと輝子が顔を出す。
「そうだよね……なんだかズルい」
小梅もひょっこり顔を出す。
「ボクにとっては、プロデューサーさんは、プロデューサーさんなんです! たとえ担当でなくなっても、それだけは変わりません。いいですか、プロデューサーさん。この輿水幸子のプロデューサーであることは、もう決定事項なんです! カワイイボクが言うんですから間違いありません!」
「幸子ちゃんが一番会いたがってたからな」
「そうだね。足、速かったもんね」
「別にボクは会いたくなかったです……いえ、そうじゃなくて……会いたくない事もないですけど、プロデューサーさんが会いたいかなって思って来てあげたんです! だからボクをもてなして下さい! 今までの分もあるのを忘れないでくださいね!」
「……では、下のカフェでよければ一緒に行きますか?」
「カフェですか? もう仕方ないですね。カワイイボクは寛大ですから許してあげます! じゃあ、早く行きましょう!」
幸子に服の袖を引っ張られる。
「久しぶりだな……4人で何かするの……ヒャッハー! ハッピー過ぎで最高の気分だぜェエ!! ……頭ぶつけた……」
「そうだね。でも……4人じゃないよ?」
「ほら早く行きましょう! カワイイボクを待たせるなんて罪にもほどがありますよ! 話したいことはいくらでもあるんですからね!」
幸子に引っ張られるように輝子と小梅も連れてカフェで話をする。仕事はまだ残っているが、3人が楽しそうにしているのを見ると戻るに戻れない。
……もう一人も同じ気分なのだろうか?