プロジェクト・クローネのプロデューサー   作:変なおっさん

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第30話

鷺沢文香から言われたこともありプロジェクト・クローネのレッスンを見学することにした。既に本番までの調整段階なのでそれほど厳しいものは行っていない。ユニット間の僅かなズレや個人で感じる違和感を取り除くような段階だ。今日は、衣装合わせを兼ねて衣装を着て本番の時のように披露してもらう。

 

「――どうでしたか?」

 

文香のソロが終わり、曲も止まる。文香が心配そうにこちらを見ているが問題点は見当たらない。しいて言うなら――

 

「――そうですね。もう少し視線を動かさないようにしてみてはどうでしょうか?」

 

どうも文香は人と目を合わせるのが苦手だ。何度か視線が合ったがすぐに逸らされた。

 

「それはさー、大丈夫じゃないの?」

 

武内の横で同じように文香のレッスンを見ていた塩見周子が寝転がりながらこちらを見る。彼女は、既に今日の分は終わらせている。

 

「ねー、ふみふみ?」

 

周子の言葉に文香は顔を隠すように俯く。

 

「それなら特に言う事はないですね。よかったです、鷺沢さん」

 

よくわからないが一緒に居る時間が長い周子の方がわかっているのだろう。

 

「ありがとうございます。すみません、着替えてきます」

 

文香はそう言うと小走りでレッスン場から出て行く。

 

「今度は、私もお願いします」

 

橘ありすが入れ替わるように武内の前に立つ。

 

「今度は、ありすちゃんかー。頑張ってねー」

 

周子が手を振って声援を送る。

 

「下の名前で呼ばないでください!」

 

「でも、プロデューサーはOKじゃん?」

 

「いいんです! プロデューサーさんは!」

 

周子にニヤニヤして見られた上に横腹を突かれる。

 

「うらやましいな~、コノコノー」

 

どう返せばいいのかがわからない。

 

「Вы начинаете делать。はじめますか?」

 

アナスタシアが曲を流すために準備している。

 

「そうですね。ありすさん、準備はよろしいですか?」

 

「はい。お願いします」

 

「わかりました。では、アナスタシアさんお願いします」

 

「да。行きます」

 

アナスタシアが曲を流すとありすがそれに合わせて曲を歌いながら振付を行う。ありすは、プロジェクト・クローネの中では正直なところ全てにおいて低いと言っていい。ありすの価値は、プロジェクト・クローネの中に一つの色を添えるところにある。本人は文香や速水奏、渋谷凛などの大人らしいクールな女性に憧れているがその姿が愛らしいものであることを本人は知らない。クローネは、ある意味では品格を形としている所がある。ありすは、その品格のあるクローネを親しみやすくさせる入り口となる。背伸びをした少女が居るだけでより親しみやすくなる。このことは本人には言えないが。

 

「可愛いよね~。ううん、もっと可愛くなったよね~」

 

隣で見ている周子の言葉には納得できる。今のありすは、初めの頃に比べると表情が柔らかくなった。

 

「そうですね。いい笑顔です」

 

アイドルに慣れたからか? それとも文香をはじめ多くの人と関わるようになってきたからか? 理由はわからないが良い傾向だ。

 

曲が終わり、ありすは一息つく。

 

「よかったです、ありすさん。ありすさんは、他の方と組んでライブを行います。ありすさんの立ち位置は、全体の調整役となる中央になります。他の方の動きを見るのを忘れないでください」

 

「ありがとうございます」

 

ありすは、丁寧に頭を下げる。

 

「可愛かったよー」

 

周子の声にありすは、顔を背け着替える為に外へと向かう。ただ、その表情は嫌がっているのではなく恥ずかしそうに赤いものだ。

 

「今度は、アタシの番ね」

 

部屋の隅で調整を行っていた北条加蓮が最後にやって来る。

 

「気合十分だな」

 

「奈緒。レッスンだからって油断しちゃダメだよ」

 

加蓮に付き添っていた神谷奈緒と渋谷凛もこちらに来る。

 

「プロデューサー。ダメな所があったら言ってね」

 

「わかりました。アナスタシアさん、お願いします」

 

気合十分な加蓮の姿を見ると、聞くこちら側も気が引き締る思いだ。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

「――どうだった?」

 

加蓮の歌が終わる。しばらくして曲も終わるわけだがどう言えばいいかがわからない。

 

「……もしかしてダメだった?」

 

加蓮が心配そうにこちらを見る。

 

「……いえ、素晴らしいと思います。ただ、少し調整した方がいいかもしれません」

 

武内の言葉に加蓮は不安を募らせるがそうではない。

 

「北条さん。一つ聞きますが、物足りなさはありませんか?」

 

「物足りなさ?」

 

「はい。もう少しこうあったらいい。こうしたい、などです」

 

加蓮は武内の言葉に考え込み頷く。

 

「ある……かも? よくわからないけどもう少し頑張れるかもしれないとは思うかな?」

 

本人は気づいていないのだろう。

 

「北条さん。はっきり言いますが時間がありません。ただ、今の北条さんには余力が見えます。安定を考えれば今のままでいいですが、どうされますか? 挑戦してみますか?」

 

「挑戦?」

 

「少し、内容を見直すという事です。ただ、時間もあまりありませんので大変だとは思います。しかし、このまま出すには勿体ないと私は思います」

 

武内の言葉に加蓮は迷わず答える。

 

「アタシの返事は決まってるから。少しでもよくできるのならその方がいい。お願い、プロデューサー」

 

ここ最近で最も成長したのは、もしかしたら加蓮かもしれない。傍に凛と言うライバルがいるからこそだろう。

 

「すぐに用意します」

 

今は、彼女に合わせるようにこちらも動かなければいけない。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

トレーナーと話し合った後、美城常務へと話を持って行く。

 

「――なるほど。それで、どうする気だ?」

 

「時間はありませんが、北条さんにもう少し上の段階に行って頂こうと思います」

 

「主にサビの部分と最後の部分を変更するのがいいかと。少し動きが変わりますので歌声に影響があるかもしれない。それが懸念ではありますが」

 

具体的な話を武内、トレーナーから聞き考える。

 

「今度のLIVEは、次への通過点でしかない。だが、その価値はとても高い。より高く階段を上るためにもできる限りの事はすべきだ。任せてもいいな?」

 

「はい。お任せ下さい」

 

武内が頭を下げる。

 

「少し厳しいものになるが問題ないな?」

 

「はい。すぐに用意させます」

 

マスタートレーナーも頭を下げる。

 

「今度のLIVEは、プロジェクト・クローネにとって重要な物になる事を期待している」

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

とりあえず加蓮の件はマストレの方に任せて今は約束していたことに集中する。

 

「ここは、こうですよね?」

 

島村卯月が解いた問題を確認してみる。

 

「問題ありません、正解です」

 

「プロデューサーさん、やりました!」

 

問題ができる度にこんな感じになるのだが順調に進んでいると思う。

 

「……むぅー」

 

前川みくも反対側で勉強をしている。こちらに関しては猫耳を外し、眼鏡も掛け本気モードで勉強をしている。時々悩んでいるようだが、見ている限り問題はなさそうだ。

 

「もうダメー、わかんないよー。Pくん、助けてー」

 

城ヶ崎莉嘉は、これで何度目かのお手上げ状態になる。今回の勉強会の主役は彼女だろう。

 

「頑張りましょう」

 

「もう頑張り疲れたよー。ねぇ、遊ばない?」

 

莉嘉が甘えるように上目遣いで迫ってくるがそうもいかない。アイドルをする上で家族の同意を得るには重要な事だ。

 

「先ずは、宿題を終わらせましょう。遊ぶのはその後で」

 

「Pくんが言うなら頑張るけどさー」

 

莉嘉は、不満はあるようだがもう一度宿題に向き合う。数分は持つだろう。

 

「ねえねえ、こっちも助けてよー」

 

「プロデューサー」

 

加蓮と奈緒からも助けを求められる。人数が多い今日に限って、新田美波や鷺沢文香、速水奏が居ない。3人とも仕事だ。

 

「ここと、ここと、ここ。全然わかんないよー」

 

「私は、ここからここまでがわからない」

 

どちらも正解しているかはともかく他はできているようだ。

 

「これを参考にしてみてください」

 

事前に用意しておいたものを渡す。こういうのも初めてではないので、以前他のアイドルに教えた時に製作しておいた解き方を解説したものを渡しておく。これでダメならその時に改めて教えればいい。

 

「えー、教えてよー」

 

「別にいいじゃん。とりあえずやってみようぜ」

 

加蓮から不満の声は出るが、奈緒と一緒に紙を受け取り勉強を始める。

 

「プロデューサーって、他の仕事でもやっていけそうだよね」

 

意外と真面目に勉強をしている多田李衣菜に言われる。ただ、どう返していいかわからない。

 

「Pくん、助けてー」

 

再び、莉嘉に助けを求められる。

 

もしかしたら普段の仕事よりも大変かもしれない。

 


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