プロジェクト・クローネのプロデューサー   作:変なおっさん

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ライブに関しては、アニメやデレステで脳内補完をお願いします。




第36話

本番に向けてすべての者達が動いている。既に会場には必要な機材や備品などが運び込まれている。飾りつけなども落ちたり倒れたりして危険かもしれない物以外は既に設置されている。アイドル達が着る衣装なども点検は済んでいる。これから本番が終わるまでは気を抜けない時間になる。

 

「――どうですか?」

 

武内は、会場内の確認から戻るとマスタートレーナーにアイドル達の状況を聞く。

 

「予想通りと言えるだろうな。北条の仕上がりは正直なところ完全とは言えない。だが、代わりに華と自信を手に入れたようだ。どうやって手に入れたかは知らないがステージでの見栄えは問題ないだろう。鷺沢に関しては、本番になってみないとわからないな」

 

会場内の確認のために最終リハーサルには参加できなかった。仕方がないとはいえ苦い思いだ。

 

「そんな顔はするな。今日は早めに帰した。明日、本番までの時間で見ればいい」

 

「そうですね」

 

マストレの言葉に中身はない。本番前もおそらくは参加できない。それは、マストレもわかっているのだろう。だが、それでも可能性がある以上は参加してみせろと暗に言われている。

 

「私は、他のスタッフ達と話があるから失礼する。お互いに頑張ろう」

 

マストレは、そう言い残すと演出家達の居る所へと向かう。

 

「私も自分の仕事を」

 

現場の事はスタッフの方に任せておけばいい。何かあればこちらに連絡があるはずだ。後は関係者などとの連絡などだろう。特に今回はメディアやスポンサー関係の人間が大勢来る。それに伴い、346プロダクションからもそれなりの人間が来る事になっている。やる事は山のようにある。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

公演は、夕方から行われる。会場の出入り口には、一般用と関係者用の二つがある訳だが武内は美城常務と共に関係者用の方で要人を迎えている。本当なら本番の直前までアイドル達の傍に居たいが常務からの命令では従う以外にない。

 

「これで最後のようです」

 

招待客リストの最後の名前にチェックを入れる。

 

「では、私は上の方に行くとする。現場の事は君に任せていいな?」

 

「お任せ下さい」

 

「君が手掛けたプロジェクト・クローネの今を見せてもらうとしよう」

 

美城常務は、部下を伴い関係者用のVIP席へと向かう。そこでは、武内では与り知らぬ話が行われるはずだ。

 

(急ぎましょう)

 

美城常務の姿が見えなくなったのを確認すると急いで楽屋まで移動する。既に時間は残り僅か。今日はまだ挨拶程度しか話せていない。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

楽屋では既に着替えを済ませたアイドル達の姿がある。

 

「プロデューサー」

 

最初に渋谷凛が気づき、他のアイドル達も武内の方を見る。

 

「申し訳ありません。最後に見る事が出来なくて」

 

最終リハーサルもそうだが、本番前の確認にも参加できなかった。美城常務の下で要人の対応をしていたからだが。

 

「別に大丈夫じゃない? それとも不安なの? 少なくとも私は、そんな甘い物をやってきた記憶はないんだけど?」

 

「そうそう。あれだけやったんだからさー、十分でしょー? シューコちゃんの事を信用してよね?」

 

「プロデューサーは、心配性なんだよな。まあ、そこがいいとこでもあるんだけどさ」

 

「プロデューサーさんから教えて頂いた物は私の中にあります。たとえ傍に居なくても支えはここにあります。ねぇ、ありすちゃん?」

 

「そうです。私が失敗なんてするわけがありません。プロデューサーさんにあんなに教えてもらったんですから」

 

「Держите глаза。見ていて下さい、プロデューサー。今の私の全てを」

 

アイドル達の言葉に焦っていた気持ちが癒されていくのを感じる。自分と違い、彼女達は既にステージの事を見ている。

 

「プロデューサー」

 

北条加蓮が武内の前に歩いて来る。既に着替えを済ませている加蓮は、物語の登場人物のような美しさがある。

 

「本番で成功させるから。絶対にプロデューサーに恥をかかせないから」

 

未だに成功はしていない。ただ、今の加蓮ならやってくれる気がする。それだけ強い意志を瞳に宿している。

 

「期待しています。北条さんも、他の皆さんも」

 

彼女達は成長している。それを自分が信じなくてどうする。

 

「最後に何か言ってほしいかな? 心に響くのを頂戴、プロデューサー」

 

凛の言葉で他からも期待の目で見られる。

 

「……特別な言葉はいりません。皆さんにとっては、当たり前の場所ですから。アイドルとして、ステージに立つ。ただそれだけです。ただ一つだけ言わせてもらえるのなら、今の皆さんは他の誰よりも輝いています。私も皆さんのステージを一人のファンとして楽しみにして見る事にします」

 

「……悪くないかな? でも、プロデューサーだって事は忘れないでね?」

 

上手く言えたかはわからないが時間が来る。ここからは、彼女達だけが行く事の許させる場所。自分は、その姿を見守る事しかできない。ただ、そこに不安などはない。今は、彼女達が最高のステージを創りあげる事を期待して見守る事にする。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

「なんだか人が少ないねー」

 

「なんでなのかな? カナデちゃん、わかるー?」

 

「話したはずだけど?」

 

大槻唯、宮本フレデリカ、速水奏は関係者席から今日のステージを見る事になっている。これは、美城常務から直接伝えられたことだ。

 

「今日は、関係者向けの物だから人は少ないのよ。客層の半分は、そうじゃないかしら?」

 

奏達が居るのは会場の前の方だが後ろの方まで関係者席は続いている。これは、見る場所で違う景色を見せる為にわざと距離を取るように設けられている。上に居るVIP席の者達が最終的な判断を下すが、下に居る生のライブを体験した者達がその判断材料を集めるからだ。もちろん、こんな面倒な事をするのは自信の表れでもある。本来なら関係者たちを一か所に集めて、そこだけに最高のステージを提供すればいいのだから。

 

「ふーん、そんなんだっけ?」

 

「それよりもいつ始まるのかな? 楽しみだね!」

 

唯とフレデリカは、関係者に配られたパンフレットなどを見始める。そこには、アイドル達のプロフィールやライブの順番などいろいろな物が書かれている。

 

「すぐに始まると思うわ」

 

奏は、今もまだ浮かれている二人に冷ややかな視線を送る。楽しむこと自体は良い事だ。ただ、美城常務がわざわざ直接自分達にこのステージを見せる意味を考えればそんな気分にはなれない。

 

「見せてね、プロデューサーさん。貴方の魔法を」

 

奏は、此処に居ない者へ言葉を送る。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

いよいよライブが始まる。ステージは、プロジェクト・クローネの気品を表すために青や紫、黒などの落ち着いた色を基調として創り上げられており、それぞれに合わせた衣装を身に着けたアイドル達がステージの上に現れ歌やダンスなどを披露する。

 

初めは、参加するアイドル達全員が一斉に自分達の持つ魅力を集まった者達へと見せる。曲は、まだ持ち歌が少ない為に既存の物を使用している。但し、プロジェクト・クローネに合わせてアレンジされており、音と共に色が変わる世界で彼女達は唯一つの自分だけの色を表に曝け出す。創られた色の中で、それぞれのアイドルとしての色が合わさり別の世界を見せてくれる。その衝撃に会場中の者達があてられるわけだが、その中で二人だけは別の形で受け取る。

 

「……知らない……ゆい、これ知らないよ……」

 

「……楽しそう……」

 

唯とフレデリカは、ステージが始まってからしばらくはそれをただ見ていた。否、見る事しかできなかった。知らなかったわけではない。彼女達が何をしていたかは知っている。でも、今ステージの上に居る彼女達は自分の知る者とは別人のように思える。

 

(当然といえばそれまでよね)

 

落ち着きのない普段と違って、今の二人は大人しく目の前で行われている物を見ている。二人とも、アイドルを楽しんでやっている。でも、本気ではやっていない。だからこそ、二人には声が掛からなかった。いくら才能があろうともやる気を出すかどうかは本人次第だ。

 

(どうなるのかしら?)

 

美城常務が彼女達をこの場に呼んだ理由は一つだけ。共に道を歩んでいた者達が遥か遠くへと行く様を見て何を思うのか? 二人の中にもあるであろう感情を表に出す為だけに此処に呼んだのだから。ただ、それは別に二人だけに限った話ではない。

 

「悔しいわね……」

 

奏もこのステージを見て何も思わないわけではない。奏も元は読者モデルからアイドルへとスカウトされただけだ。だからと言って二人とは違い真面目にアイドルをやっていた。奏にとっては良くも悪くもアイドルとはその程度のものだった。きっかけは偶然でもやるからにはやる。それだけのもの。だが今は違う。共に歩んでいた者達が自分よりも前に行く度に悔しい思いがあった。それからはレッスンも今まで以上に行ってきた。それでも差は縮まる事もなく広がっていった。悔しい。ただ悔しい。でも――自分もあの場所に行ける方法を知っている。その方法を手に入れる事が出来る。あと少しで。

 

(今は耐えましょう。これからの為に)

 

奏は、おそらくこの会場でただ一人。楽しむのではなく、先を歩くためにステージを心に刻んでいく。これからの糧とするために。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

「鷺沢さん、これから一人でステージに立つことになりますが大丈夫ですか?」

 

ライブは順調に進んでいる。次は、一つの懸念である鷺沢文香のソロの番だ。

 

「大丈夫です。私にできる事をしてきます」

 

文香の表情は落ち着いている。少し前までは、失敗による恐れにより消えかけていた光が、今では前以上に輝いている。

 

「頑張ってください! 此処で応援しています!」

 

「ありがとう、ありすちゃん」

 

そんな彼女の支えとなった橘ありすが今もこうして傍に居る。

 

「それでは、行ってきますね。プロデューサーさん」

 

「此処で見させていただきます」

 

文香は二人の思いを受けてステージへと向かう。ただ、最後に一度だけこちらを振り向き何かを口にしたように唇が動く。何を口にしたかは彼女以外知る者は居ない。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

文香のソロも終わり、最後の問題へと順番が回ってくる。最後のリハーサルでも成功はしなかった。マスタートレーナーの評価では他の物と合わせれば及第点だが本人は満足しないだろう。

 

「体調の方は大丈夫ですか?」

 

「もち、大丈夫だよ! これだけプロデューサーに心配されたら風邪をひく暇もないって」

 

既にステージを何度も踏んでいるが北条加蓮の調子に影響はない。むしろ、この時間が来るにつれ上がっているようにも見える。

 

「北条さんならできるはずです」

 

「わかってる。言われなくてもね」

 

今まで成功したことはない。ただ、だからと言って失敗する気もない。

 

「プロデューサーがここまでアタシを歩かせてくれたんだもん。ここからは、自分で歩かないとね」

 

加蓮は息を整えステージへと心を向ける。

 

「……ねぇ、一つだけ約束してもいい?」

 

「約束ですか?」

 

「他のみんなには悪いけどさ、上手く行ったら二人だけでお祝いしようよ。場所は、前に話してたプロデューサーのオススメのお店で」

 

「わかりました。予定は空けておきます」

 

武内の言葉を聞くと加蓮は前に踏み出す。

 

「絶対に守ってもらうからね!」

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

此処は、会場に設けられているVIP席。一般とは別に隔離された世界で選ばれた者達が見下ろすようにステージを見ている。

 

「悪くはないんじゃないかな?」

 

「どれも粒は揃っているように見える。特にソロでやっている子達はいいんじゃないかな?」

 

「好みは分かれるでしょうが、誰を推しても問題はないのでは?」

 

「この渋谷凛は確定として他は難しい」

 

ライブも殆どが終わり残るは最後に行われる締めだけだ。既にアイドル達の査定も終わり、今後について話し合われている。

 

「しかし、久しぶりに見る顔があったな。彼は、一線を退いたと聞いていたが?」

 

関係者の一人が美城常務へと問う。

 

「再び表舞台に上がる覚悟ができただけの事です」

 

「……なるほど」

 

事情は分からないが理由がわかればそれでいい。

 

「今回の物に関しては機会を改めて話すことになる。結果は期待してもらってかまわない」

 

「そうですか。皆様の御目に適って光栄です」

 

特に頭を下げたりはしない。結果だけが全ての意味を持っている。

 

「君の見せた魔法がどうなるのか楽しみだ」

 

このライブが今後にどのような意味を与えるか。それは誰も知らない。

 




これで、前編の半分が終わりです。
だいぶ省略したりしましたけど長かった。
時間があったら描写とか加えたいね。

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