「――君の目から見てどう思う?」
「……そうですね」
美城常務と共にトライアドプリムスのレッスンを見ている。経験を多く積んでいる凛を中央とし、左右を加蓮、奈緒で配置している。レッスンとは言え、三人のパフォーマンスは人の目を、心を惹きつけるものだ。完璧なまでに考えられ作られた空間に相応しい者達だと言える。
「統一性のある歌声、それにパフォーマンスも合うものがあると思います。調和があるといいますか、互いの色でより深い色を表しています」
「……なるほど」
美城常務は、特に武内の言葉に顔色を変える事もない。
「ちなみに聞くが――何を足せばより深く染まり、輝くと思う?」
「技術的なものであるならば、彼女達の経歴を考えれば足りなくて当然とも言えます。しかし、彼女達ならすぐにそれを埋め、高き道を進めると思います。ただ、それ以外だと――」
正直な話、彼女達のレベルは高い所にある。渋谷凛に関しては、元々高いポテンシャルを持っていたことは知っている。なにせ、彼女がアイドルとして歩き出そうとした時から知っているのだから。今の彼女は、シンデレラ・プロジェクトとプロジェクト・クローネの二つの光を受け、より輝きを増している。
加蓮に関しては、動きに大きさはないものの丁寧な動作の一つ一つがある。指先まで意識された動きは、優雅さを持ちつつも、時には鋭さを併せ持つほどに澄んでいる。おそらくだが、ダンスの中にある一つの才能なのかもしれない。
奈緒は、他の二人に比べるとレベルは低いかもしれない。しかし、彼女の見せる姿は他の二人とは違う魅力がある。美しさの中に愛らしさのある彼女の動き、表情は、ある意味ではこの中でも目立つ物だろう。この三人のユニットとして最大限の価値を彼女は担っている。
「彼女達の魅力は、必ずしも完成された場所にあるとは限らないのではないでしょうか?」
「――それは、どういう意味だ?」
「僅かな時間ですが、彼女達と共に過ごしていて感じました。その理由は、すぐにわかるのではないでしょうか?」
「――なに?」
何か言いたげな目で見られるが、口で説明するよりも実際に見た方がいいだろう。
♢♢♢♢♢
レッスンが終わり、彼女達は休憩に入る。
「――どうぞ」
「――ありがとう」
武内は、最も疲労があると思われる加蓮から先に飲み物と汗を拭くためのタオルを渡していく。
「ごめんね、凛」
加蓮は、勝ち誇ったように武内からそれらを受けとる。
「……別に謝る必要なんて……」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなー。今じゃ、アタシの『プロデューサー』でもあるしね」
加蓮は、「ありがとう、プロデューサー」とわざわざもう一度お礼を言う。
「……お前は、子供か? ――ありがとう、プロデューサー」
加蓮の次には、奈緒に持って行く。奈緒も加蓮ほどではないが最後の方にふらつきがみられた。
「……ねぇ、なんで私が最後なの?」
最後に凛の所に来たが、見るからに機嫌が悪そうだ。
「北条さんは、この中でも体力が一番少ないです。身体の負担を考えると一番初めにケアが必要と考えました。神谷さんは、最後の方にふらつきがありましたので。渋谷さんは、最後まで安定して綺麗な動きをしていました」
「――そう……綺麗な……」
凛は、受け取ったタオルで顔を覆い隠すように拭く。
「――照れてるね」
「――ああ、照れてるな」
加蓮と奈緒が獲物を見つけた肉食動物のように凛に近づく。
「可愛いなー凛はー!」
「普段のクールな感じがまったくないな!」
「――ッ――プロデューサーのバカッ!」
凛は、加蓮と奈緒にちょっかいを出されながらも楽しそうだ。今の彼女達は、先ほどまでとは違い、年相応の少女の顔をしている。自然な本当の笑顔がそこにある。
「――でも、あれだな。私が、ふらついたのとかわかるんだな」
「そうだね。私は、気づかなかったな」
「……そう言えばそうだね? アタシもわからなかった」
「皆さんは、集中されていましたからね。それに終盤の方でしたから」
「……そうか? ほんの一瞬だった気がするけど?」
「プロデューサーは、そう言ったところはわかるんだよ。それ以外は、ダメだけど」
褒められたが、最後の方には痛い棘がある。
「やっぱり、プロなんだね。今までも人は付いてたけど、そういう所は言われなかったもんね」
「今までの方は、スタッフの方でしたからね」
「そうなのか?」
「プロデューサーの数にも限りがありますので、そう簡単には異動ができないんですよ」
「――そうだ。だから、彼を付けた」
それまで様子を見ていた美城常務がこちらまで歩いて来る。
「今までは、私が担当をしていた。しかし、より高みに行くために彼を迎え入れた。スタッフだけでは限界があるからな」
言葉だけなら嬉しい。実力が認められているとも取れるからだ。しかし、これまでの事を考えると素直には受け取れない。
「――期待に応えてほしいものだな」
視線が向けられる。その視線は、今までも何度も見てきた物だ。
「――応えて見せます。しかし、それは彼女達の事を考えた上でやらせて頂きます」
「……今は、君が彼女達の担当だ。君の好きなようにしたまえ。但し、結果を出してもらわなければ困る。それだけは、忘れるな」
それだけを言い残し、部屋から出て行く。
「……本当に仲が悪いね」
「……だな。間近で見ると、怖いもんだな」
「あれでも、まだマシだと思うけど」
凛の言葉に二人は驚くが、想像も出来なくはないので納得もしている。
「――ねぇ、プロデューサー」
「なんでしょうか?」
「プロデューサーの目から見て、誰が一番上手に見えた?」
加蓮の言葉に少し考える。
「なあ、そういうのやめとこう。……どうせ、凛が一番だし」
止めはするが、内容自体には興味がありそうだ。
「――そう? 確かに全体的なものなら凛には勝てないと思うけど、アタシはダンスなら自信あるよ? 体力はないけど、その分動きには注意してるから」
加蓮の言葉には力がある。冗談や遊びで言っているわけではない。
「確かに北条さんの動きは素晴らしいものでした。指先まで意識して伸びており、動きに優雅さと一つ一つの動きの終わりがありました。よほど、練習されたんですね」
「――ああ、うん……ありがとう」
褒められたからか、言葉がタトタドしいものになる。
「……なあ、私も聞いてみて……いいか?」
奈緒も自分の評価が気になるのだろう。
「神谷さんは、二人とは違うものを持っています」
「――違うもの?」
「神谷さんの動きや表情には、可愛らしさがあります。それが動きの中で時々姿を現しては、人の目を惹きつけます」
「――可愛い!? 私が!?」
「今の奈緒も可愛いよ?」
「うん、可愛い」
「――えっ!? そ、そんなこと……ないってば……」
次の得物が決まったようだ。特に凛は、先ほどの仕返しとばかりに奈緒に近づいている。
「ああ、もう可愛いなー!」
「奈緒は、可愛い! すっごく可愛いー!」
「や、やめろってー!」
哀れな獲物は、いつものように餌食となる。この三人は、確かにステージの上での姿も良いとは思う。しかし、こうして年相応の少女としている彼女達もまた魅力的である。