場所はできるだけ近い所を選んだ。塩見周子は、346プロダクション近くの女子寮になるのだが神谷奈緒と鷺沢文香の二人は家になる。周子を寮に降ろしてから奈緒、文香の順で送りたい。
「プロデューサーって、いろんな店知ってるよな」
今日選んだ店は、昔ながらのレストランだ。こじんまりとしている店だが落ち着くので仕事で利用している。
「此処は、昔に仕事で来たことがあります。それからは、気に入って通っていますね」
「やっぱり、アイドルの仕事なのー?」
「はい。正確に言えば、食レポと言うヤツですね。雑誌のお仕事ですが飲食店を巡る物がありました。此処は、その中の一つになります」
「なにか、プロデューサーさんのオススメはありますか?」
「そうですね……」
文香の言葉で考えてみるが何がいいのだろう?
「オムライスでしょうか? ハヤシライスなども美味しいですよ。此処は、自家製のデミグラスソースが評判のお店ですので」
「ふーん。じゃあ、私はオムライスにしようかな?」
「プロデューサーさんはどれにしますか?」
「私は、ハヤシライスにしようと思います」
「……だったら、私もそれにしてみます」
「なんでなのかなー? ふみふみー?」
周子の問いかけに文香の顔が赤くなる。
「……初めてのお店ですので……知っている方と同じ方がいいと思うからです」
「なるほどー。ふみふみは賢いなー」
「おいおい、あんまりからかうなって。それよりも周子はどうすんだ?」
「あたし? んー、どれにしようかな? じゃあ、これにしようかなー」
「ハンバーグ定食ですか?」
「そうだよー。ほら、プロデューサーってハンバーグ好きでしょ? このお店もそうなのかなーって思ったんだけど、違う?」
「確かに此処のハンバーグも美味しいですね。ただ、この前食べましたので今日は」
「んっ? ってことは、オススメなのか? じゃあ、本当はさっきのにハンバーグも入ってたのか?」
「そうなりますね」
「そっかー。そうなると悩むな。オムライスもいいけど、プロデューサーのオススメは期待できるしなー」
「オムライスにしちゃいなよ。シューコちゃんがハートを描いてあげるから。奈緒ちゃんの好きな。きゃあー、奈緒ちゃんラブリー!」
「別に好きじゃねえよ! 別にハートなんて……描かないし……」
「じゃあ、なに描くの?」
「それは、まあ――って何言わせようとしてんだよ!」
「あとちょっとだったんだけどなー。それで、奈緒ちゃんはどうするーん? みんなは、決まってるよ?」
「調子がいいな、周子は。でも、そうだな……」
奈緒はメニューに書かれているオムライスとハンバーグの所を指で行ったり来たりしながら動かして決めている。
「……なあ、周子。分けっこしないか?」
「決まらなかったんだね。でも、その提案受けちゃうよー。一挙両得って言うしね。合ってる?」
「一つの事をすることによって二つの利益を収めることとあります。今回の事に関して合っているかは難しいところですけど」
「まあ、なんでもいいじゃん。それよりも早く頼もう」
とりあえず頼む物も決まったのでまとめて注文する。
「それで、レッスンに関して聞かせて頂けますか?」
本題に入るわけだが反応は悪い。
「どうって言われてもな?」
「シューコちゃんに聞いてもダメだよ?」
「私も、自分の事を頑張るだけで……」
「そうですか。では、どこか不満などはありませんか?」
「それは、やっぱあれだろ? プロデューサーが居ないぐらいだな。頼りきってるから居てくれないと正直不安だ」
「だよねー。プロデューサーに全部お任せフルコースだもんね。シューコちゃんとしては、プライベートもお任せしたいぐらいだしー」
「私も見ていてもらいたいです。まだ自信のない時がありますので」
「そうですか」
最近、プロジェクト・クローネは忙しくなってきた。ライブ後に多くの仕事が決まり、その合間にレッスンも行っている。シンデレラ・プロジェクトでも次のライブに向けて動き始めている。美城常務にスタッフの増員を要請したので人手は足りているが、自分は一人しか居ない。
「今度でよければ私もレッスンを見学させて頂きます。報告でも特に問題がないようですが、実際に見るのとは違いますので」
「本当か? だったら、頑張んないとな!」
「あれあれ~、普段は頑張ってないのかな~?」
「いや、頑張ってるし!? ただほら……プロデューサーにみっともないとことか見せられないじゃん」
「まあね~。じゃあ、シューコちゃんもいつも以上に頑張っちゃおうかなー。それで、御褒美をもらうとしますか」
「御褒美ですか?」
「そっだよ、ふみふみ。頑張った子には御褒美があるもんだよ」
周子の言葉で文香は考え込む。
「あたしは、あれだなー。普段からお世話になりっぱなしだから特にいらないかな? これ以上は、さすがに悪いし」
「……私もやめておきます。これ以上何かを頂くわけには……すみません」
文香の声が徐々に小さくなる。
「そう言われると、困っちゃうな。あたしだってお世話になってるからね。もう仕方ないなー、プロデューサー?」
「なんでしょうか?」
「何かしてほしい事とかある? 今なら可愛い女の子たちがご奉仕しちゃうよー」
「おい、なんだよ! ご奉仕って!」
「おやおや~、なにをそんなに慌ててるのかな、奈緒ちゃんは?」
「そっ、それは……」
周子の言葉で奈緒の顔がみるみる赤くなる。それをニヤニヤと眺めている。
「奈緒ちゃんが何を想像したのは置いといて、何かないの?」
「特にはありませんね」
「可愛い女の子たちが日頃の恩返しをしようって言ってるのに欲がないねー。たとえばさー、ふみふみに膝枕してもらって本を読んでもらうとかは?」
「私ですか?」
「そうそう。前にレッスンで疲れてたありすちゃんを膝枕してるのを見たけど、居心地が良さそうだったからねー。あれなら疲れなんてどっかにポイポイでしょー」
「……私でよければ、頑張ります」
顔を赤くして俯く文香に言われるといけない事をさせている気分になる。
「鷺沢さんもお疲れだと思います。それにこうして皆さんと過ごすのも十分息抜きになりますから」
「そういうもん? 確かにアイドルと食事ならそうかもしれないけどさー」
「――お待たせしました」
食事を持ってきた店員がやって来る。
「話はここまでにして食事にしましょう」
仕事に関する話はほとんどできなかったが、それでも3人が上手く行ってそうで安心した。それにユニットのリーダーを周子に任せればいいのがわかったのも収穫の一つだろう。
♢♢♢♢♢
食事も終わり、周子を寮に。奈緒を家に送り届け、最後に文香の番になる。
「今日は、ありがとうございました」
鏡越しに文香がお礼を言う姿が見える。
「いえ、私の方こそ。本当ならレッスンを少しでも見る予定でしたのに」
「プロデューサーさんがお忙しいのは知っています。お身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。鷺沢さんは?」
「私も大丈夫ですね。最近は、レッスンの後もそれほど疲れを感じませんので」
「鷺沢さんの努力の結果ですね」
「はい」
奈緒の家から、文香がお世話になっている叔父の家まではそう遠くない。少しの時間も文香には惜しい。
「プロデューサーさん。無理だけはしないでくださいね。プロデューサーさんを頼りにしている私が言うのもどうかとは思います。でも、無理をして倒れでもしたら……そう思うと……」
鏡越しに見る文香が心配そうに、不安そうにこちらを見ている。
「先ほども言いましたが問題はありません。人員も増やして頂きましたので。鷺沢さんは、鷺沢さんの事を考えていてください」
「そうですよね……私と違ってプロデューサーさんなら」
「心配して頂いてありがとうございます」
双葉杏もそうだが、アイドル達の中にも気づいている者もいるようだ。それでも今を守りたい。彼女達を知る事の出来る今の距離をもう手放したくはない。