「……十年ぶり、か」
列車から駅に降り立ち、最初に呟いた言葉がそれだった。
終点にあたるこの駅は規模も大きく、人も多い。
この街の風光明媚な点からも観光客も多い……というのも。
「……うん。ちょうど、十年か」
昔、俺自身がその観光客だったからだ。
――その昔、俺はこの街の公園に来ていた。
いや、その他にも色々な場所に行っていたけれど、覚えているのは街を離れる前に見た光景だった。
当時、まだ十歳にも満たなかったから、覚えている光景自体が少ないというのもあるのかもしれない。
最後に見たのはお爺さんと小さな女の子……きっと、当時の俺より年下の。
お爺さんは離れていき、小さな女の子がポツンと残された。
――それからの行動は「何となく」としか言いようがない。
俺はその子の近くに行って、まだ飲んでいなかったホットココアを差し出した。
――?
キョトンとした様子のその子に、
――何だか寂しそうだったから
自分でも何を言いたいのか分からないことを言いながら、ココアの缶を渡していた。
思い出す限り、別にその子の顔つきが浮かない様子だったわけじゃない……けれど。
どこか、違和感を覚えたから、だった。
――ありがと!
ニコッと笑い、その子はそれを受け取った。
そして軽く飲んで、「おいしい!」と笑うその子を見て、俺も笑った――本当によく覚えているものだと我ながら思う。
とはいえ、その後で俺はろくに話も出来ずにその子の近くにいただけなんだけれど。
その後で、その子は年上らしき女の人に連れられて、公園を離れていった。
きっとお姉さんだったのだろう。彼女は俺に微笑んでくれた、気がする。
そして俺にも迎えが来て、だから結局、最後に印象深かったのはそんな光景だ。
それが理由で、というわけでは必ずしもないけれど、俺にとってこの街はどこか印象的だった。
およそ日本らしいとは思えない街並みにも、住む人たちの奔放さも好きだったからだと思う。
というわけで俺は大学進学を機に、この街に移ることに決めた。
この街の大学は程々に偏差値も高く、就職にもそれなりに有利になると聞いていた。
そして模試でもそれなりの評定をもらっていたから受験して通った時は、達成感と純粋な嬉しさがない混ぜになっていた。
大学に受かったこと、そして――この街で暮らすことが出来ること。
「――さて、と」
住む予定のアパートに向けて、俺はゆっくりとスーツケースを引く。
引っ越し用のダンボールには入りきらなかった荷物を引きながら思う。
――楽しい生活になればいい、と。
街を出歩いて最初に思ったことは「あの頃と変わらない」ということだった。
相変わらず日本離れした洋風建築だらけだし、ボートを漕ぐ人々もよく見かける。
俺が住む予定のアパートは駅からそう遠くないけれど、時折そんな景色に目を奪われて寄り道をしてしまっていた。
――だから、きっと。
「……ん?」
俺がこうして、この店と巡り合うことも必然だったのかもしれない。
運命論を信じちゃいないけれど、この時ばかりはそう思った。
「……いらっしゃいませ」
「……」
「ラビットハウス」……直訳で「うさぎの家」。
入った俺が最初に気になったのは、店員の若さではなかった。
その店員――俺よりかなり年下だろう銀髪の女の子の頭上に乗っている、おかしな生き物だった。
「……」
「……」
無言で俺たちは見つめ合う。これがこの子とならまだ自然だったかもしれないけれど、俺が見つめているのはそのヘンテコな生き物だった。
よく見ると愛嬌のある顔立ちをしている。ただ、どんな生き物なのかはさっぱりだった。
「あ、あの、お客様……?」
「あ、ああ……えっと」
ついと視線を下にずらして、件の女の子と視線を合わせる。
気を遣わさせてしまったのかもしれない。その子のどこか不安そうな視線がそう思わせた。
「――そこの席で、いいですか?」
「あっ。ど、どちらでも構いません」
どこか慌てた様子で応じてくれるその子に「分かりました」と頷き、俺はカウンターへと向かう。
喫茶店には、地元にいた頃から時々通っていた。
とはいえ、個人経営の喫茶店だろう。値段はやはりチェーン店に比べて高めだった。
「……ご注文はお決まりでしょうか?」
「あっ。それじゃ、そうですね……カプチーノでいいですか?」
「かしこまりました」
慇懃に頭を下げながら、女の子はコーヒーを淹れ始める。
俺はそれを見ながら、ふと思う。
インスタントならともかく、こんな立派なコーヒーメーカーで淹れるのか、と。いや、喫茶店なら当たり前なのか。
(……とはいえ)
他に店員はいないのか……?
だってどう考えても目の前の女の子は、高校生には見えない。
つまり、アルバイトとして雇われているようには思えない。
……この店、大丈夫なのか?
いくらなんでもこの子一人じゃ――と思っていた矢先。
「ごめーん、チノちゃん! 遅れちゃって!」
「……ココアさん。遅刻です」
カランカランと音を鳴らしながら、女の子の声がした。
振り返ると、そこにいたのは――
「……!」
「……あれ?」
――どこか見覚えのある顔立ちの女の子だった。
あの頃の小さな女の子がそのまま大きくなったような……。
「……え、えっと?」
「あっ。す、すみません」
困惑気味のその子から、ついと視線をそらす。
あまり見つめすぎるのもよくないだろう。一応、初対面にあたるんだろうし。
……さっきの会話から考えると、彼女もここのアルバイトということになるのかもしれない。
視線をそらした後で、メニュー表をふと見つめてみる。
「Alchol」と書かれた欄があるのを見ると、ここはBARも兼ねているのかもしれない。地元にもそういう喫茶店があった覚えがある。
大学のコンパでは分からないけれど、今飲む気にはならなかった。色んな意味で。
「……あのー?」
「え?」
メニューを見つめて、地元のことやら大学のことをボーッと思い浮かべていると声をかけられた。
見ればそこには、さっき入ってきた女の子の姿があった。
「えっと……な、何だか、見覚えがある気がするんですけど気のせい……ですか?」
「……」
――どう答えるべきなんだろう?
「そうですね」か「人違いでしょう」の二つの答えの間で、俺は揺れていた。
結局、俺の選択した答えは、
「……昔、公園で?」
「あっ! そ、そうですね!」
前者よりさらに踏み込んだ答えになってしまった。
とはいえ、そう言ったら彼女は嬉しそうに微笑んだからこれでよかったのかもしれない、とも思う。
やっぱり――目の前の女の子は、あの時の。
「……え、えっと。お客様、ご注文のカプチーノです」
「あっ。あ、ありがとうございます」
どこまでも慇懃な彼女に、俺も丁寧な口調を自然と発していた。
……しかし、この子一体いくつなんだ? 小学生にも見えるけれど。
「そっかー……何だか不思議だなぁ」
隣から聞こえる「遅刻者」の声を耳にしながら、俺はゆっくりとカプチーノを口に運ぶ。
……クリーミーな感じとちょうどいい苦味が心地よかった。
何となく、という感覚で入った店ではあったけれど、俺にはいい収穫だったらしい。
――もしかしたら、常連になるかもしれない。
それは……。
「あの時のこと、覚えてるものなんだなぁ……」
「……かもな」
小声で呟く彼女に、俺は小声で呟き返す。
お互い、きっと相手に聞こえているとは思っていないだろう。……だから。
「――また、『ココア』に会うなんて、な」
「……え?」
……誤算だった。
どうやらお互い、相手には聞こえていたらしい。
ココア、という名前はその子を迎えに来た時、お姉さんらしき人が言っていた名前だった。
呟いた後で俺は何も言わなかったフリをした。
そして、女の子も――
「――さて、と! それじゃ、チノちゃん! 着替えてくるね!」
「……お、遅いです。ココアさん」
更衣室らしき場所へ向かっていく彼女に向けて、俺はチラッと視線を向けた。
――目が、合ってしまった。
俺はすぐに目を逸らしたから、彼女の顔は分からない。……けれど。
「……そ、そっか。あの時の」
――きっと、何となく恥ずかしく思っているのはお互い同じなのかもしれない。
ココアに偏り過ぎないことになると思います。
主人公がどうなっていくのかは……この先、思いつき次第、書いていきたいと思います。