ツッコミどころは色々あると思います……。
「――さて、と」
掲示板の前でおびただしい数のチラシを見ながら、ふと呟く。
「新入生歓迎!」と、どこもかしこもそんな文言ばかりだった。新歓コンパなんて言葉も掲示板の上で躍っている。
大学生たる者、サークル活動に全く興味がないというわけではなかった。
とはいえ、お金がかかったり、サークルにも関わらず部活並に厳しいところは避けないと、とは思う。
「……ん?」
ふと、目に入ったチラシが気になった。
マグカップのイラストの下に、例によって新歓コンパの日程と、部室の場所が記されている。
俺はそれを見ながら、ゆっくりと上に視線を遣った。
「――コーヒー研究会?」
何だか妙にしっくりきた。
「あっ、いらっしゃいませ」
カランカランとベルの音を耳にしながら、店内へと足を踏み入れる。
眼前には、初めてこの街で会話らしい会話をした小柄な女の子がいた。
「えっと……ご注文はどうされますか?」
カウンター席に水をコトッと置いてくれた後に、店員さんは注文を聞いてくれたので、
「それじゃ、いつもの」
「……はい?」
「ってのは冗談で。カフェモカ、いいですか?」
軽く笑いながら、俺は注文をした。
「か、かしこまりました」と頭を下げながら、店員さんはコーヒーメーカーへと向かっていった。
……ちなみに、今日もあのヘンテコな生き物は健在だった。向かい合った俺をジッと見つめている。
――この店に来るのも何度目だったか。
水を口にしながら何となく考えてみる。
初めてこの街に来てから、美味しそうな店を探していた。
といっても、そこは学生。基本的にチェーン店で済ませて、たまに個人経営の洋食屋に足を運んだりするのが限界だった。
本当ならコーヒーも、こうした個人経営の喫茶店ではなく自販機で売ってる缶コーヒーとかで済ませて貯金をしておいた方がいいのだろう。それを分かっていながら、何となくフラッと立ち寄ってしまうのだった。
目の前で焙煎をしてくれている女の子は、俺が行くと大抵は最初に会う。
さすがに二回目、三回目はまだ俺も慣れなかったけれど、回数を重ねていくと何となく軽口を言いたくなったりもするようになったりしていた。ぎこちない気分のまま美味しいコーヒーは飲みたくない、というのもある。
「……」
芳しい匂いをかぎながら、さっき大学で見たチラシのことを考えてみる。
コーヒー研究会。
そうだ。この店の(半分)常連になった以上、そういうのもアリじゃないか、と。
この匂いを毎日かぎ続けられるのなら、それはそれで――
「あっ、いらっしゃいませー!」
思考は半強制的に中断させられた。
音量大き目のハスキーボイスを聞くのも何度目になるんだろう。
「お客さん、今日も来たんですね!」
「大学の帰りで。せっかくだから寄っていこうかと」
「へぇ……あっ! これ、カフェモカですね!」
「分かるんですか?」
「もちろん! 私の鼻にかかればどんな銘柄だって……えっと、チノちゃん? これ、なんの豆だっけ?」
駄目じゃないか……。
半ば呆れ、半ば微笑ましく思いながら、俺はまた水を口に含むのだった。
この街に来て二人目――いや。正確には、一人目に知った女の子だった。
とはいえ、それは昔の話になるけれど。
「もう、ココアさん? あまりお客さんの前で騒がないでください」とジト目で返す女の子に、「えー、そんなうるさかったかなぁ?」と頭を軽くかきながら笑って返事をしていた。
こんなやり取りを目の前でされていれば、名前も自然と覚える。
小柄な子はチノ。俺にちょくちょく声をかけてくれる子はココア。
そして――
「おまたせ、二人とも……あっ、いらっしゃいませ」
再びベルの音を響かせながら、ボーイッシュな声が聞こえた。
視線を遣ると、そこにはスタイルのいいツインテールの女の子がいる。
「あっ、リゼちゃん!」と、ココアが駆け寄っていった。
「聞いてよー、チノちゃんが銘柄教えてくれないの! テストだから自分で考えてください、って酷くない?」
「い、いや……そこのお客さんの注文に応えるのが先だからじゃないのか?」
「ひどい! 私とお客さん、どっちが大切なの!」
「お客さんに決まってるだろ!」
……店員さんとして、そのやり取りを客(つまり俺)の前でやっていいのか、というのは置いといて。
この子はリゼというらしい。話を耳に挟んでいる限りではコーヒー作りだけでなく、調理も担当しているらしい。伝聞が多いのは、ココアと彼女たちの会話から察したためだった。
(――賑やかな店だな)
まあ、賑やかさの半分以上はココアによるものだろうけれど。
「あっ、お客さん! リゼちゃん来てくれたし、何かパスタとか食べませんか?」
「……パスタ?」
そろそろ出来そうなコーヒーメーカーをぼんやりと見つめながら、俺は振り向く。
ココアが楽しそうな顔で、俺を見ていた。
「うちの店自慢の、リゼちゃん特製パスタですよ!」
「お、おい、ココア……そんな触れ込みはだな」
照れくさそうに頬を掻くリゼを見ながら、俺はメニューへと手を伸ばす。
「シェフの気まぐれパスタ」って、また何とも……命名したのはココアだろうと何となく思った。いかにもドヤ顔でネーミングしていそうな気がする。
さて、気になる値段は――
「……」
「どうですか?」
「えっと、今日はパスで」
四ケタの数字から目を逸らしながら、俺はココアに返した。
カフェモカを頼んだだけでも少し奮発してしまった気がしていたというのに。
「えー? せっかくですし、どうです? 今ならサービスで一割引きですよ?」
「か、勝手に決めるな! マスターに怒られるぞ!」
「そ、そうですよココアさん」
「そうじゃぞ!」
よし、ココアに対して真っ当なツッコミが入ってるぞ。
……最後のお爺さんみたいな声は腹話術らしい。この前、チノの特技だとココアが言っていた。
あれ、真っ当にツッコミが入れられないぞ? まあ、いいか。
「とにかく! ココアさんたちは着替えてきてください!」
「あっ、そういえば……それじゃ、ごゆっくり!」
「ココア、お前フレンドリーすぎじゃ……まあ何にせよ。ごゆっくり」
おかしな掛け合いをしながら、二人はドアを開けて階段を上がっていった。
更衣室があるということは、何度か同じ風景を見ていると分かる。
「お待たせしました。カフェモカです」
「ああ、どうも」
あまりジーッと見ているのも不審だろうし、俺もそろそろ注文したものを飲みたかった。
目の前で甘く美味しそうな香りがするカフェモカを見つめながら、「ありがとう」とチノに返した。
「……」
ん? お盆を持ったまま動かない?
どうやら視線は俺に向けられているらしい。
「えっと……どうかしました?」
何かを聞きたがっているような気がして、俺はそう返す。
「あの……」とモジモジとしながら、店員さんは俺に聞いてきた。
「――ココアさんと、お知り合いなんですか?」
「……」
ああ、やっぱり――と俺は思った。
いくらあの子がもともとフレンドリーだからとはいえ、一般客に対する態度とは違うものをこの子は感じたらしい。無理もない。
「そうですね……」と俺はカフェモカを軽く喉に通してから、ゆっくりと返事をした。
「幼馴染、かな」
「……え?」
「ごめん、冗談」
あっ、敬語口調が崩れてきた。
まあ、いいや。もう常連になってる感もあるし。
「まぁ、何というか。昔、一度だけ、その……会ったんだな。多分」
「煮え切らん返事じゃのう……」
「……腹話術、上手いな」
「と、特技ですから」
この芸を前面に押し出せば、もっと客が来るんじゃないか。俺以外には誰もいない店内を見渡して、そう思った。いや、今はそういうあれこれは脇に置いておこう。
「まあ、俺に聞くより、えっと……ココア、に聞いたほうが早いんじゃないか?」
「……ココアさんに?」
「うん。あの子なら、俺よりもちゃんと教えてくれるだろうし」
ただの客に過ぎない俺が説明するよりも、この子が何だかんだで信頼しているように見えるココアに直接聞いてもらったほうがいいだろうと思った。
「そ、そうですか……ご、ごめんなさい。変なことをお聞きしてしまって」
「いや、いいって。ところで、これ美味しいよ。ありがとな」
もう敬語はやめだ。面倒くさくなった。
この店にはこれからも足を運ぶと思うし……俺の頭の中で件のチラシの文字が躍っていた。
コーヒー研究会――入ればもっと美味しく、コーヒーを飲めるようになるかもしれない、なんて。
「あっ! お客さんがチノちゃんをイジメてる!」
「こ、こら、ココア!」
着替え終わった二人が降りてきた。
俺はカフェモカを飲みながら、ゆっくりと顔を向けて、
「――チノちゃんが困ってるから、静かに」
と、ココアに諭すように言った。
それを聞いてキョトンとする二人組と、恥ずかしそうな素振りをするチノが印象に残っている。
リゼ初登場です。
次回はサークルにでも行くのかもしれません。