01.冬の日、雨の行軍
心を削り取るものがあるとしたら、それは冬の海だ。
顔にかかる海水を拭いながら、脚部の
「まったく、この悪天候の中で作戦行動とか何考えてんのあのクソ提督」
少しうんざりしながら、
「何言っているんだい曙、晴れていたら遂行出来ないじゃないか」
「遠まわしに馬鹿にしているわよね。ただの愚痴、独り言だっての」
「ハラショー、そうじゃなかったら失望してたところだよ。ああやって楽しまれても困るけどね」
響の視線を追うと、時雨がフードを外していた。天然のシャワーとでもいうつもりなのか、気持よさそうにしている。
「・・・・・あんた、後で後悔するわよそれ」
「どうせお風呂に入るんだから問題ないよ。曙もどう?」
「断固お断りよ。高速修復材使ったって、髪質まで回復してくれる訳じゃないんだから」
海水を含んだ雨なんて浴びたら毛先がどうなることか。でも
「はぁ、私も帰ったらお風呂はいろ」
迂闊な発言だったとすぐに気付いた。こんなことを言えば、響と時雨なら絶対に食いついてくる。
「提督と?」
「なっっっ!なんであのクソ提督となのよバッカじゃないの!?」
思いっきり体勢を崩しながら叫ぶ。よりによってそういう弄り方をされるとは予想外。自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。
「おや、どの提督かなんて言ってないけど。つまりそういうことだね。ひゅー」
「違っ」
「ひゅー」
「時雨も乗るな!」
こうなると、もう何を言ったって弄られる。言わなくても弄られる。火照った顔と思考を鎮めるためにも雨に濡れてやろうかと考え始めた矢先、響が人差し指で空を指してから二度振り下ろす。目標発見のサイン。
「あとで覚えてなさいよ・・・・」
「何のことやら。さて、上陸しますか」
私と時雨は、首筋に張り付けた電極のスイッチを押す。一瞬流された微弱な電流が、私たちの意識を任務遂行に最適な
「ブリーフィング通り行くよ」
「了解。そういえばこの島、元々は貯油施設だったのよね」
島に近づくにつれ、海上建築物がいくつも見えてきた。島の沖合には、放棄された石油プラットフォームが点在している。波や雨風に晒されたせいで風化した頼りのない鉄骨の建造物。いつ倒壊してもおかしくないそれは、嵐の多いこの海域ではお世辞にも見張りに適しているとは思えなかった。
「ねぇ響、本当にこんな所に住んでいる人間がいるのかな」
唐突に、時雨が物悲しそうな顔で呟く。何を考えているかなんて分からないけれど、私には彼女が同情しているように見えた。
「さぁ…?案外、普通に暮らしてるかもしれないよ」
「まさか。地下以外で住める環境があるとは思えないけど」
私には、響と時雨の会話がスペースTVのチープなドラマと似たようなものにしか感じ取れなかった。今更、人類がこの死んだ星でどう暮らしていようと関係ない。私たち艦娘にはそんなものは関係ないし、何だったら今遂行している任務だって必要性を否定してやったっていい。私は半ば廃墟じみた建物群を眺めながら、この悪天候の中に放り出された時以上の鬱屈とした感情を抑え込む。
「ほら、さっさと終わらせて帰るわよ」
「そうだね―――プラネット、こちら響。聞こえるか」
響が管制室に通信を繋ぐ。耳の裏に装着した骨伝導方式のイヤホンは、この嵐の中でもクリアな声を私たちに提供する。
「音声良好。GPSでも捉えていますよ」
「第一ポイントに到着した。あの島のセンサ類の処理を」
事前のブリーフィングで見た衛星写真には、監視カメラや各種センサなどが確認されていた。そのほとんどが
「10秒後、衛星からEMP電磁パルスを標的施設に向けて照射します」
「了解」
手持ちの電子機器には防護処理が施されている。この距離なら影響は無いが、万が一ということがある。そのための雨避け(レインコート)、そのための対電磁波加工だ。
無音の照射。宇宙からデリバリーされる電磁波が届くまでの10秒間、私は鎮守府で安寧を貪っているであろう仲間たちを蹴り起こしたい衝動に駆られていた。