「っ!」
階段を転げ落ちるように下へ。背後から聞こえる複数の足音は、確実に私たちを追い詰めていた。
「マズイね、これは―――」
前を走る時雨が、苦虫を下でこね回したような表情を浮かべる。状態としては最悪、考えうる限りで二番目に良くない状況だ。
何が最悪って、一人はぐれたバカがいる。
「こちら曙―――響、今どこよ!?」
無線からの返事はない。響のことだから無事だろうけど、居場所が掴めないのは最悪だ。記録上私たちはここにはいないのだから、痕跡は残せない。
「はやく響を探さないと」
「その内あっちから見つけてくるわよ―――ッと!」
進行方向のT字路、その右側から飛び出してくる影が三つ。
ホルスターから拳銃を引き抜く。時代遅れのオートマチック―――しかし人間の命を奪うには十分な―――のトリガーに指をかける。
目の前の人間が死んだ。時雨も撃ったのだろう、となりにいた人間も、その生命活動を終えている。
残りの一人が飛び出してくる。私が照準を合わせるよりも先に、時雨が駆けだした。
「くそっ!」
「―――遅いよ」
敵は慌てたのか、片手でナイフを取り出そうとする。さっさとそのアサルトで撃てばいいのに、無駄に合わせようとするから死んでしまう。
時雨はナイフを軽く一振りして血を落とし、振り向いた。
「程度が低いね、楽でいいよ」
「―――ならさっさと移動するわよ。群がってくる前に」
何度も訓練した、狭い廊下内での制圧戦。艦娘の身体能力を生かしたソレは、同様の訓練を受けた兵士でさえ容易に下す。無論、このような素人集団は相手にすらならない。
ああ、吐き気がする。
「証拠隠滅のためとはいえ、僕ら艦娘が旧時代の拳銃を扱うなんてね」
弾倉を入れ替えた時雨が、今更な事を言う。一応地球では現役だ。そもそも、最先端の兵器なんて使ってしまえば一発で私たちの仕業だと露見する。
「郷に入っては郷に従え、って言うでしょ」
「それ、なんか違う気がするなぁ」
無駄口を叩いていたその時、耳元からノイズが聞こえてきた。次第に鮮明になり、ようやくはぐれていたバカとの通信が繋がった。
「―――何やってんのよこのバカ」
《ちょっと通信する余裕が無くてね。今も無いけど》
「はぁ、なら救援向かうわ。どこよ」
そう聞くと、おそらく普段通りの表情豊かな無表情をしているであろう響はとんでもない場所を告げた。妙な指示を添えて。
《助かる。場所は―――第一プラントだよ。足音を立てずに、よろしく》
「―――は?」
第一プラント内部に、人影が二つ。
元々石油や鉱石の採掘場だったこの島は、多くの設備が残されている。オイルフィーバーの栄華、出稼ぎの男達で賑わっていた一攫千金の夢の場所は、今やスラムと成り果てていた。いや、ゴーストタウンではないだけ幾分かはマシといえるだろう。
―――と、拳銃のトリガーに指を引っ掛けた男は陽気に語った。
「とまぁ、これがこの島の歴史ってやつでさ。俺、これでもこの島の持ち主だぜ?」
「過去の栄光は此処には無いよ。もちろん、生きる場所も」
対する響も、男に対して拳銃を向ける。西部劇の早撃ち勝負のような構図であり、早い話が千日手だ。
「可愛い顔して手厳しいな、君」
二人の間を風が吹き抜ける。早く終わらせろと、急かされているように響は感じた。とはいえ、先手を打とうにも相手は隙無く拳銃を構えている。
男は何かに気付いたように、響に撫で回すような視線を送った。
「何かな、気持ち悪い」
「不躾だったか、謝るよ。ところでお前さん艦娘だな?」
途端、響は警戒の色を強くする。眉をひそめ探るような表情で男を見ると、男はただでさえ陽気な顔を綻ばせた。
「あんまり舐めてもらっちゃ困るぜ、お嬢さんよ。言っただろ、俺はこの島の持ち主だって」
「―――なるほど、スポンサーか」
響は、ようやく今回の任務の本質を理解した。
この島には、見取り図に無い地下施設がいくつもあった。艦娘が造られたのは人類が宇宙へ進出してからだが、それ以前から研究そのものは行われていたのだろう。必要な土地と資金、そしてカモフラージュに最適な環境をすべて持っていたのがこの男の家だったのだ。
「ま、実際に関わっていたのは俺の家系ってだけで、俺自身はこの負の遺産を受け継いだだけだよ。まぁ、色々付いてきちまったわけだが」
「ガキ大将は楽しいかい?」
「はは、やってみると案外楽しいぜ?井の中の蛙には違いないが、それでも王ってのは悪くない感覚だ」
まさしくこの島は彼の城で、男はその頂点に立つ王だ。ただ凡俗に埋もれるよりは良いが、虚栄は長くは続かない。この島はどうしようもなく行き詰っている。むしろ、この時点で完全に詰んだというべきだろう。
「お前らが来なきゃ、もうちょい踏ん張れた」
一際、大きく風が吹く。確かにこの島にとって響たちは、終焉の使者とでもいうべき存在だ。或いは、救いの天使か。
そんな二律背反の感情を混ぜ込んだ、哀しげな表情で響に銃口を向け続ける男。それを見て響は気付いた。私たちが来るずっと前に、島より先にこの男が限界だったのだと。
「悪いね、これも仕事だよ」
「じゃあ、とっとと終わらせてくれ」
そう言うと、男は構えていた拳銃をホルスターに戻す。そして、響もそれに倣う。目を丸くする男に対し、響は少しだけ笑みを浮かべた。
「そうそう、私の名前は響って言うんだ。王様」
「―――はは。俺はリアム、リアム・パーカーだ」
響が指で拳銃の形を作る。それをリアムに向けた。それが、合図。銃声の後、リアム・パーカーは仰け反るようにして斃れた。
「さようなら、リアム」
赤い水溜りが広がっている。響にとっては見慣れた光景、慣れた感情だった。これを見るたびに、天国へのレッドカーペットみたいだと響は感じる。
そこへ、曙と時雨が合流する。
「何がさようなら、よ。第一プラントの何処かぐらい言いなさいよねこのバカ」
「どっか行くならあらかじめ言ってほしいな、フリーダムなのはいいけどさ」
曙は拳銃を仕舞いながら、時雨は腕を組みながら悪態を吐く。響はわざとらしくお手上げのポーズをとって、降参の意を示した。
「はいはい、悪かったよ。それじゃ後処理して戻ろうか」
「反省の色が見えないなぁ」
その場を後にする三人だったが、ふと曙が振り向く。たった今死した島の王に視線を向けつつ、響に問う。
「あんた、なんで名前なんて聞いたのよ」
「いや、別に―――パーカー、庭園の管理人か。王になるには、人も手入れしないとね」
そう言いながら、今度こそ立ち去る。一瞬響が笑ったように見えた曙は、眉を顰めながらその後を追った。
「さあ、殲滅戦だ。曙、時雨。用意はいいね?」
「「―――了解」」
声を揃え、意識を切り替える。とはいえ、この島広いんだけど大丈夫かな。
「まさか私たちだけで?」
「別にそれでもいいんだけどね」
通路の先に見えた人影に一瞬警戒を強めたように見えた響だったが、指先で拳銃をクルクルと回し始めた。近づいてきたのは見慣れた仲間で、ここに来る予定なんて無かった筈なんだけど―――素直に頼もしい。
「増援、不要ですか?」
「まさか。助かるよ、不知火」
通称、不知火隊。私たちとは別の鎮守府の所属だが、特殊任務の都合上よく顔を合わせる。えーっと、後ろにいる満潮はいいとして。もう一人の娘は新入りか、ご愁傷さまとしか言いようがないわね。
「あなた新入り?」
「はい、親潮です・・・・・曙さん、ですよね。旗艦から話は伺っています」
ああ、もう既に表情が暗い。それにしても不知火、いったい何を吹き込んだ?今度プライベートで問い詰めてみよう。きっとはぐらかされるのがオチだろうけど。
「そう。ここに配属だなんて災難だったわね」
それだけ言って踵を返す。親近感が湧く前に顔を背けないと、後のダメージが大きいのだ。