―――地上はすでに、人類のものではなくなった。
空へ飛び立ち、宙に住まう。自らの手で作った星-コロニー-を、未練がましく地上に繋ぎ止めている。未だ飛び立てぬノアの箱舟だ。あの星にはもう住めないと新天地を作りながら、地上に錨を下ろしている。
紙の月、という言葉を知っているか。『アディ・プレイ』を原作とする洋画、ペーパームーン。我々に当てはめるのなら紙の惑星とでもいうべきか。偽物の星、本物を遥か下に眺めながら暮らすことを強いられた、人類の住処。
そこには全てが揃っている。偽物の太陽は照らしつけ、時間が経てば月を再現する。草木は生い茂り、アスファルトは固められている。地上ほどではないが、重力だって月並みにはあるのだ。
ただ、足りないものがあるとすればそれは―――。
本を読むのも疲れて、なんとなくラジオを流している。ベッドに身体を預けて、それはもうグータラしまくっている。
「・・・・・ちっ、このタイミングで音楽流し始めるんじゃないっての」
耳には、すでに陽気なリズムが流れ始めていた。ウェブラジオ、一番人気のブレイクタイムミュージック。それでは一曲、なんて言いながら語り始めておいて、答えが気になるタイミングでフェードアウト。
「曲名は―――ペーパー・ラヴ。なるほどね」
ラヴレターを渡した少女とそれに応えた男の歌。男の愛は偽物で、少女は男への恋を偽物にするために新しい恋を探しにいく。確か、そんな歌詞だったような。
「足りないものが愛だなんて、つまんない話」
一度街中に出てしまえば、そこらじゅうに転がっている代物だ。ベンチに座って見つめあって、幸せオーラを見せつけている。度し難い光景だ。
恋に焦がれている訳でもないし、愛を求めている訳でもない。でも腹が立つ。そもそも鎮守府にはあのクソ提督以外の男は全くいない。それ以外なんて、たまに来るほかの鎮守府の提督とか憲兵とか、政府の犬どもぐらいだろう。
「艤装、もうちょっと壊しておけばよかったかな」
そうすれば、あのくそったれな地球に行かなくていい。あれは基本的にオーダーメイドだ。ある程度の装備は共有出来るが、艦娘それぞれが最適なチューニングを施されている。そう、艦娘に対して。
私たち艦娘は、どうやら普通の人間ではないらしい。極秘情報なのか詳細は伏せられているが、妙に清潔そうな小太りの研究者いわく、私は艤装とリンク出来る因子を持った特別な才能ある人間なのだそうだ。
「ぜったい嘘。あのニヤけ顔は絶対に嘘ついてるわ」
確実に、生まれる前から色々弄られている筈だ。何をされたうえで生まれているのかなんて考えたくもないけど、それだけは確か。
しばらくペーパー・ラヴを聞き流していると、コンコンコンと軽快な音が聞こえた。
「どうぞー」
軋むような音が一瞬、そのあと豪快にドアが開け放たれた。
「もうちょっとゆっくり開けなさいよ、白露」
「あっははー、ごめんごめん。艤装壊れて暇してるって聞いたからね!間宮さんとこ行こうよ」
アリね、そろそろお昼だし。それに今の精神状態も、この元気っ娘と行動していれば何かしら良い影響を受けるかもしれない。
「いいわよ」
「やったー!それじゃあ待ってるね!」
そう言ったとたん、白露はどこかへ行ってしまった。どこいった。
「とりあえず着替えないと」
流石にTシャツ短パンで外へ行く勇気はない。というか白露、どこで待っているつもりなんだろうか。もしかして探さないといけない?
「うわ、めんどくさ」
選択肢としては現地集合、間宮さんの所が最有力。しかしあの元気っ娘のことだ、ほかの面子も誘っているかもしれない。時雨とか、電とか。
さて、間宮さんのところに着いた訳だが。
「居ないじゃないのよ!」
もしかして、他の艦娘も誘っているのだろうか。白露があの調子で誘うなら、迷える子羊がここに現れる筈だけど・・・・・。
「ん、曙来たね」
「―――っ!」
咄嗟に飛び退く。怖い。無言で気配消しながら背後とるなんて怖すぎる・・・・・というか!
「弥生、アンタいいかげん前から声をかけなさいよ!」
「ん、前向きに善処する所存」
この鎮守府に在籍する無表情系艦娘は、どうしてこうも悪戯好きなのか。
「アンタも白露に誘われたの?」
「うん。白露、暇人を選んで探してるみたい。秘書艦のお仕事も暇だったし、ちょうどいい」
へぇ、秘書艦の仕事が暇だなんて珍しい。あの提督はオーバーワークかつワーカーホリックで有名で、だからこそ三人もの艦娘を秘書艦として運用している。この鎮守府は役職持ちに限ってはブラックと評判だ。
財務・遠征担当の電、事務・作戦立案補助担当の弥生、そして通信及び情報収集担当の青葉。電は時々死んだような目をしているし、弥生は一度廊下で寝落ちしているのを見かけたことがある。青葉は・・・・・エナジードリンクがぶ飲みしていたような。
「それにしてもあの元気っ娘、やけにおそいわね」
「待ちましょう。まだ怒るほどの時間じゃないです、まだ」
「あ、間宮定食三つで。あと時雨はカツ丼?」
「味噌カツ丼だよ。そこ、一番重要だから」
あれから少し経って、白露は時雨を連れてきた。しかし、意外な組み合わせだ。この二人の組み合わせ自体はいつも通りなんだけど、そこに弥生と私が加わっている。
「時雨は相変わらず味噌カツオンリーだよね。お姉ちゃん食生活が不安になるよぅ」
「大丈夫だよ、白露。味噌カツ丼には、ご飯とキャベツとカツと味噌が含まれてる。これで結構バランスがいいんだ」
得意げに語っているが、それは揚げ物だということを忘れてはいけない。
「というか、毎日同じの食べて飽きない方が凄いわ」
「失礼な、毎日味噌カツ丼って訳じゃないよ。たまにカツカレーとかも食べてるよ」
どっちにしろカツ漬けじゃないのよ。私も揚げ物は好きだけど、毎日はちょっと無理がある。血液ドロドロで肌荒れるに決まってるし。それにこう、女子力的な何かが消えていく気がする。
「む、この香りは―――間宮さん!お腹減ったよ~!」
「ふふっ、おまたせしました♪」
サクサクの衣に味噌の香り、ご飯の純白とキャベツの緑が華を添える一品。今日はシンプルな味噌カツ―――いや、これは時雨のやつだ。私たちは日替わりの間宮定食。今日のメイン、と店内の黒板に掲げられた食材を使う、この店イチオシの品々。
「弥生ちゃんには、秘書艦お疲れ様でプリンサービスね」
「どういたしまして、ぐっじょぶ」
弥生は、サムズアップしながら表情を変えずに目を輝かせている。響もそうだけど、どうやったら出来るのよそんな芸当。
「間宮さん、僕の味噌カツ丼って定食だったっけ」
「毎日カツじゃダメです。なので、サービスの野菜から先に食べて下さいね」
「えー・・・・・」
間宮さんは、普段から艦娘みんなに合わせて付け合わせのサービスをしている。特に時雨みたいに栄養バランスを考えない艦娘には、こうして指導が入るのだ。
「白露ちゃんはご飯特盛、曙ちゃんは漬物ね」
「白米最高!ありがとう間宮さん!」
相変わらず、白露はご飯とおかずの比率が合っていない。む、この漬物なんだろう。ほのかにピンク色で、種とヘタがそのままだ。
「ふふ、珍しいでしょう。それ、リンゴの漬物なんです」
「りっ、リンゴ!?」
そんなものがあったのか―――!