雪風の随伴で赤城と加賀を撤退させた後も、摩耶、秋月、照月は敵泊地正面海域に留まっていた。増援到着までの戦線維持―――即ち、空も海も敵に支配された戦場での持久戦。
「―――照月、右フォロー頼む!」
「了解で・・・・うぁわ!」
至近弾。次は外さないと、一斉に敵艦載機が翻る。撃滅のみを使命とする深海棲艦の艦載機が可能とする、重力加速度を無視したマニューバ。一気に直上まで到達し、摩耶たちに向かって豪雨のように降り注ぐ。
「相変わらずの変態機動ですね―――正直感心します」
「言ってる場合か秋月、回避しろ回避!」
提督からは耐えろと指示された。ならば、死なない程度に艤装だろうと何だろうと使うのみ。摩耶は背中を預けた仲間を鼓舞する。
―――悉く打ち落とせ、今こそ奮え、反撃の鬨を撃ち鳴らせ。日本国が誇る第一鎮守府の防空戦力、それがオレたちだと。
「ふふ、360度敵だらけっていうのは、中々撃ち落とし甲斐がありますね!」
「分かってるじゃねぇか秋月!耐えるつもりなんて更々ねぇよ、ひとつ残らずぶっ倒してやるぜ!」
誰一人として戦意を失ってなどいない。秋月は次々に襲い来る敵に砲撃を浴びせつつも、軽口を叩く。そんな防空ジャンキー二人を背にしながら、照月は若干自棄になりながら砲撃し続ける。しかし、撃ち漏らした敵機が、照月に迫る。
「あ―――やば」
「ックソがそこ退け!」
「わぁっ!?」
半ば押し倒す勢いで前に出た摩耶は、砲身で敵艦載機をなぞる様に撃ち落としていく。
「直上やります!」
照月は体勢を崩しながらも、急降下する敵機を撃ち落す。
「―――!照月、後ろ任せるぞ」
「っはい!」
次々と迫りくる敵艦載機は、確実に減り始めていた。最初ほどの密度もない。元々高度な連携を取ることはない深海棲艦の艦載機は、数さえ減れば烏合の衆でしかなかった。
「ちっ、嫌な戦い方だぜ。オレらが特攻される側になるなんてな」
捨て身というに相応しいその戦い方は、かつての戦争末期、戦闘機を棺として散ってゆく特攻部隊を彷彿とさせる。ただし、人間が乗っていれば即死するような機動でも中身をシェイクされることはない辺り、厄介さは何倍にも膨れ上がる。
「―――ぐぅッ!」
敵艦載機の機銃が左足の太ももに浴びせられ、ガクン、と体勢を崩す。足を、艤装を、海を滴る血。摩耶は一瞬目に入った傷口を無視して立ち上がる。被弾に気をとられて、傷口を増やす訳にもいかない。何より、見たら余計に痛そうだ。
「この程度なら大丈夫だから余所見すんな前来るぞ!」
次第に悪化する天候の中、この海域に留まれる時間は少ないと摩耶は感じていた。深海棲艦が形成するコロニーは、局所的な嵐を発生させる。移動しない台風とでも言うべき現象は、あまり強くなりすぎるとまともに照準を合わせることすら不可能になる。空母の多いこの海域で、それは致命傷だ。
刻一刻とタイムリミットが迫る中、遠くの空を見ながら照月が顔を輝かせる。
「わぁ!あれってもしかして・・・・・!」
「ああ、待ちかねたぜ―――まったく」
灰色の空を切り裂く暗緑色の群れ、描かれるは鶴翼のノーズアート。意味するは第一鎮守府、五航戦。
第一鎮守府の提督にして、海域攻略作戦の要―――吉井豪楽。彼は、正座させられていた。
「さて、何か弁解はありますか吉井提督」
「あの、弥生ちゃん?怒って・・・ますねこれは」
「いえ、別に怒ってはいませんよ。ただ威力偵察に第二鎮守府の艦娘も編成するなら、事前に言って頂きたかっただけですから。ウチの司令官も慌ててましたよ」
「本当に申し訳なかったデス!でも事態は急を要してですねつまり何と言いますか」
「連絡入れるだけですよね」
「ごめんなさい!」
そこには、日本国の最高戦力にして海域攻略を専門とする部隊の長が土下座する姿があった。執務室に戻ってきた朝潮は、頭を床に擦り付けている自らの司令官とそれを冷ややかに見下ろす弥生の姿に驚きつつも、奥のデスクで考え込んでいる第二鎮守府の司令官に珈琲を渡す。
「作間司令官、少しは休んでください」
「あぁ、ありがとう朝潮。でも、あのバカの作戦が大丈夫か確認しておかないと」
「さり気なくバカって言ったよね作間くん!?」
「話聞いてますか?」
「聞いてマス弥生ちゃん!」
「弥生、そこまで。おい吉井、そろそろ撤退させた方がいいんじゃないか?天候が悪化する。レーダーキャスト見てみろ」
ほっとした表情で執務机に座る吉井と、トコトコと作間の隣を陣取る弥生。朝潮も吉井の隣に立ちつつ、レーダーキャストを覗き込む。
「吉井司令官―――これは、気象解析班の予測通りですね」
「あぁ。深海棲艦のコロニーが発生させる局所嵐が、自然発生の台風を取り込もうとしてやがる。撤退するには好条件だ。これなら深海棲艦の奴らも引っ込むだろ」
「急を要するっていうのはそういうことか・・・」
「そういうことだ。だから弥生ちゃん許してお願い」
「だから怒ってないですって。さっさと撤退命令出してください」
「はい」
吉井が撤退命令を出す中、作間は資料に目を落としながら眉をひそめた。
「吉井、嵐が和らいだ段階で本腰入れて攻略を始めるんだな?」
「そうだ。いくら台風を取り込んだからって、局所嵐が勢力を維持し続けられる訳じゃない。せっかく無理してお相手さんの航空戦力を削ったんだ。海上での戦闘がギリギリ可能になった段階で一気に最奥部を叩くぞ。気象解析班の見立てじゃあ、出撃可能になるまでそう時間はかからねぇんだとよ」
「入渠は間に合うのか?修復材を湯水のように使わないと無理だろ」
「ま、それは必要経費ってことで。第三鎮守府からの苦情なんて慣れたもんだよ。あの程度でこのオレを止めようなんて甘い甘い」
手をヒラヒラとさせながら、タバコに火を灯す。朝潮が換気扇のスイッチを入れた。作間は、せめて第二鎮守府所属の艦娘分を補えるだけの修復材を提供しようと、苦い顔で決意する。
「俺としては、所属してる艦娘からの苦情の方が心痛いよ。主に潜水艦組の。第三鎮守府は資材回収専門で、提督自身も効率至上主義だ。もうちょい普段から節約できる作戦を立てろって再三言われてるだろ?今回はウチにも苦情来るだろうし・・・・・俺あの人苦手だなぁ」
「お前さんは誰でも苦手だろ」
「目の前の野郎以外はな」
作間は顎で指示し、深いため息を吐く。
「ほぉほぉ、さてはオレをバカにしてるな?」
「勿論だ。とはいえ―――海域攻略に関しては一流だからな。今回もよろしく頼む」
吉井は、吸っていた煙草の先を作間に向け、口元を楽しそうに歪ませる。
「おうよ」
互いに笑みを交わす。そして、互いに席を立つ。
「作間くん、車出してくれよ。出迎えに行くぞ」
「いいけど、煙草は吸うなよ?ただでさえ健康に悪いんだからな」
上着を羽織り、執務室を後にする。目指すはコロニー最下層、軌道エレベータの搭乗口。三つの鎮守府の交点に所在する、地球との接点だ。
「精神には良いんだよ。煙草が駄目ならアレか、職務中に酒かっくらうか?」
「艦娘たちと俺にぶん殴られたくなければ構わんぞ?非番の時に付き合ってやるから、それまでは我慢してくれ。唯一の取り柄がなくなるしな」
「ほー、海域攻略だけがオレの取り柄と申すか。よぉし運転は俺がやってやる。胃の中シェイクしてやろう」
秘書艦二人を執務室に残して、車に乗り込む。とはいえ、そこまで距離がある訳でもない。最新式の軍用車、その電気モーターが駆動する。作間がオートパイロットを起動すると、滑らかに目的地へと向かい始めた。
助手席に乗り込んだ吉井だったが、煙草を取り出そうとして作間に手を叩かれる。
「いって!分かってるよ悪かったっての。ところで作間、ふと思い出したんだが・・・・・」
「何だ?」
「いや、お宅のぼのたんだよ。艤装リンク、あのヤブ研究者に依頼して終わらせたんだろ?撤退命令出したけど、大丈夫なのか?」
「・・・・・怒るだろうなぁ。こればっかりはタイミングが悪すぎた。まぁ、なんとかフォローするよ」