深海生まれのバガボンド   作:盥メライ

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珊瑚姫様のラクリモーサ

 珊瑚礁が欠けた輪を象る海にいたころは、私は真面目に戦っていた。ちゃんと主砲を撃って、ちゃんと魚雷を放って、しっかり狙って空をゆく艦娘の水上爆撃機を撃ち落としていた。

 当時は仲間達と肩を並べて戦っていたものの………「仲間達」と言いはしたものの、私達の間に仲間意識というものは正直なところあまりなかった。あるにはあったけれど、優先してはいなかった。庇いはするが、助けもするが、そういった行為は意識的に行うものではなく、気づけばそういう風に身体が動いていたという程度のものだった。

 それはつまるところ、私達の無意識下には「仲間を助ける」という想いがしっかりと刻み込まれていることを示すのかもしれないけれど………そんな考えに至ったところで仲間を置いて一人で放浪している私の現状を鑑みるに、果たして私にそんなものがあるのだろうかと考えると、とてもじゃないが胸を張って是という答えを返せそうにはない。

 

 ここにまだ同族がいるならば今頃は私が襲うべき敵かどうか判別していることだろう。同じ海を歩く存在である艦娘と私達の区別をどうやってつけているのか私にはわからないが、もう少しして撃って来なければ仲間と認識されたと判断しよう。

 もしも撃たれたら………その時は撃たないでと懇願しようか。

 

 ………私がまだ戦う意思を持っていたころ、ここに来る艦娘達に私の装甲を貫ける者はほとんどいなかった。それが良かったのか、あるいは悪かったのか。きっと良くはなかったのだろう。

 

 彼女達は私を避ける航路を取るようになった。この海域の奥に漂う同族を直接仕留めるために私との接触を避け、そして見事に目的を果たした。気づいた時には、もう終わっていた。駆けつけた時には、もう誰も立っていなかった。

 憂いを湛えた無表情で月を眺めていたあの子は、月が綺麗と泣いた。それが最期の言葉だった。

 

 

 

 

 

 艦娘達がすでに制圧してしまった海域ではあるけども、しかし同族達は姿を消したわけではなかった。気まぐれに私が訪れたように、海面にひょっこり顔を出している同族の潜水艦がいるように。すぐに海に引っ込んでしまったけれど。

 警戒しているということは、警戒する必要があるということ。今でも艦娘達はここを訪れるのだろう。あの頃より力をつけているとしたら私の装甲も過信してはいけないかもしれない。

 あの子が最期に浮かんでいた場所はどの辺りだっただろうか。あの夜は、月が綺麗な夜だった。

 

 

 どれくらいの間ぼうっとしていただろう。私にはもう戦う意思はないけれど、この海は四六時中戦場だ。いつでもどこでも誰かが戦っている。どこに艦娘がいたって不思議ではない。だから私の目の前に艦娘がいても、それは至極当然のことなのだ。

 砲を向けられてなお呆けていられるほど私は無気力ではない。しかしながら、交戦の意思がないことをわかってもらおうなどとは最早思ってもいない。背中を見せればきっと撃たれる。さて、どうしたものだろう。

 少し遠くで同族と戦っている彼女達は上手く連携の取れる錬度の高い艦隊のようだ。五隻の艦娘と五隻の同族。艦娘は通常、六隻で一つの艦隊を組むはずだけれど。

 あと一隻はどこに………あぁそうだ、私の目の前にいるのだった。小さな主砲を突きつけてくる駆逐艦がいたのだった。何故か艦隊を離れ、私の前に一人で立つ駆逐艦が。

 

 黒を基調とした制服に真っ白な帽子。緊張が抜けきらないのか、私を睨みつける表情は固い。………あの子にもこんな顔が出来たのだろうか。

 

 歓喜か懐古か、それとも他のなにかが背中を押したのか。私はほとんど無意識に彼女に近づいた。無遠慮に、無防備に。

 無言で放たれた砲弾はしかし、私の肩を掠めるだけだった。緊張からか、あるいはわざとか。

一歩近づくと一発、もう一歩近づくと更に一発。私はなにもしていないのに、彼女は一つも当てられなかった。弾切れを告げる金属音が連続で響くと引き締めていた表情が一気に青ざめた。

 そんな彼女の目の端に光るものが見えた気がして、思わず手を伸ばしてしまった。逃げればいいのに、彼女は動かなかった。もしかしたら動けなかったのかもしれない。恐怖故か、驚愕故か。

 額や鼻先にも同じ光るものが見えて、それが涙ではなかったことに胸を撫で下ろした。指で拭うと見間違うこともなくなった。

 聞こうと思った。あなたの眼に映る月はまだ綺麗ですか、と。でもやめた。代わりに月が綺麗ですよと言おうと思ったけれど、それもやめた。残念ながらと言うべきか、今日は新月だった。

 いつもより闇の深い夜。いつもより星がよく見える夜。星空。夜景。綺麗かどうかなんて、言うまでもなく、聞くまでもない。

 今更なにをやったって、あの夜に誰も助けられなかったことがなかったことになりはしない。それでも、私の指を汗で濡らした彼女の眦に、再び涙が零れることがありませんようにと願うことくらい、どうか許してほしいと思うのだ。それを請うべき相手は、もう海の上にはいないのだけれど。

 

 

 戦いを終えて集まり始めた艦娘から離れるように私は踵を返した。気まぐれでも起こしたのだろうか。背中を撃たれることはなかった。

 

 

 




タイトルを考えるのがどうにも苦手でなんとか捻り出しているのですが、そんなに深い意味はなかったりします。

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