深海生まれのバガボンド   作:盥メライ

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雷声の凍みるスケルツォ

 私達は温かさというものに馴染みがない。反対に、冷たさというものはよく知っている。

 海は私達の母で、揺り籠で、庭で、永の寝床。生まれ落ちてから死に沈むまでずっと海にいる。そのためだろうか、寒さに身体を蝕まれたことはない。生き物らしからぬこの身体でもって海の果てに逗留していれば砲火の巷から逃れられる。他の海と比較すればほんの少し長く、という程度だけれど。

 極寒の海にも艦娘は現れる。それも全くと言っていいほど防寒具を着用せずにだ。きっと戦闘の邪魔になってしまうのだろう。寒さには強い私達だけれど、氷山を背景に見る薄着の艦娘は少しばかり目の毒だ。

 震えながら海を走る艦娘はとても恨みがましい目でこちらを睨みつける。それは彼女達が敵意以外でぶつけてくる数少ない感情。なんて寒いところに来させるんだという自己本位の感情だ。そういう姿を見ると、少し安心してしまう。

 同じ海に在った想いから生まれた彼女達にはたくさんの心がちゃんとある。水底は仄暗いだけではないのだと、他でもない彼女達が教えてくれる。

 そんな彼女達の姿はとても可愛らしいと思う。とはいえ、怒声と一緒に砲弾を飛ばすのは出来れば遠慮してほしいと思う。

 

 

 私達は温かさというものに馴染みがない。熱さなんて尚更だ。

 撃たれた腕を海に浸していると痛みが少しずつ和らいでいく。じわじわと身体を苛んでいた熱が引いていく。戦っていた頃より治りが遅いのは艦娘達の性能が向上しているということだろうか。あるいは私が鈍ってしまったか。

 そんな私の様子を少し離れたところで眺めている同族がいた。私の腰ほどにしか背丈のない、人型の小さな同族。心配して見に来たというより、自身が身を置く海に異物がやってきたから様子を見に来たといった風だ。

 いつだったか、彼女と話をしたことがある。小さな胸に抱いた願いは海の平穏。いつかいつかと願うささやかなもの。冷たい海に温かな時が流れる日が来るのを待っている。

 傘と呼ぶには歪で無骨な鉄塊を携えた姿に違和感を覚える。私達に雨具は必要ない。濡れたからといって身体が不調を来たすことなどない。雨の中でも傘を差さずに撃ち合うのが私達だ。雨粒が身体を濡らす暇もないほどの砲火の熱さを押しつけ合うのが艦娘だ。雨なんて戦場を彩る舞台装置にすぎない。

 もしかすると彼女なりのお洒落なのかもしれない。厳寒と風雪に苛まれながらも身だしなみに気を遣う艦娘の姿に感化されたのだろうか。もしそうだとしたら、それは良い傾向だと私は思う。

 撃って撃たれて。焼いて焼かれて。そうして沈んでいくのが私達だけれど、戦う以外に出来ること、やりたいことを見つけられたなら。

 想像する。綺麗な服を着て海を走る艦娘のように、お洒落に着飾った私の姿。暗い鉄の黒じゃない、煌びやかな色に身を包んだ姿を。

 似合わないと自嘲するよりも先に、水面に映る深淵の怪物があり得ないと嗤った。

 

 

 私達は温かさというものに馴染みがない。沈められた鉄が私達の体温。冷たくて、死んでいる。

 この身体には最初から命が宿っていない。脈を打っていない。血が流れていない。それでも私達は生きている。

 身を焦がすような、心を燃やすような、そんな想いがあった。私の激情は何処にいったのだろう。

 ひとつ瞬きをする間に水平線が九十度傾いていた。不意に長く続いた暗転と予想もしていなかった明転。撃たれたと気づくまでに何秒もかかった。驚いたけれど痛くはない。

 遠くに艦娘の姿が見えた。随分と遠くから当ててくるものだ。相当に良い腕をしているらしい。当てずっぽうだったと思えないのは、私を撃ったであろう艦娘があまりにも鋭い眼をしていたからだ。偶然が生んだ不運などではなく、当たるべくして当てられたとしか思えなかった。傷をつけるには至らなかったけれど体勢を崩すには十分だった。

 立ち上がろうと海を踏む足元が覚束ない。頭部への直撃弾は私の身体を傷つけはしなかったが、大きな影響を残していた。視界が揺れる。手も足も上手く動かせない。

 蹲る私に送られたのは慈悲ではなく、次なる砲撃でもない。もちろん救いの手でもない。幾条もの航跡。小さな艦娘が大物喰いを成し遂げるための必殺の雷。

 揺れる視界を掠める古い記憶。在りし日の最期。私の残映。

 小さな同族は上手く逃げられたのだろうか。そういえば、あの子に言い忘れていたことがあった。

 私には帰りたい場所があるんだ。今はもう、叶いそうもないのだけれど。

 

 

 

 私達は温かさというものに馴染みがない。馴染むことはない。

 きっと、永遠に。




先日、初対面の方に「世の中を斜に見てそうな目をしてる」と言われました。どんな目してたんでしょう、自分。


覚えている限りの他人からの評価やなんやをまとめると「世の中を斜に見てそうな目をした初対面で絶対友達になれないと思った高機動ツンデレモアイ」となります。
新しい敵でしょうか。

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