視点は天龍ちゃんですが、主役は足柄さんです。
足柄さんの飢えっぷりを表現出来れば……
と思ったのですが、こういうのは難しいですね。
足柄さんの飢えっぷりがうまく出ていればよいのですが……
足柄さんが好きな方々、どうかお手柔らかにお願いします。
遠征任務に出ていた天龍率いる第二艦隊が深海棲艦に襲撃された。第二艦隊の編成は軽巡洋艦2隻に駆逐艦が4隻。対する敵艦隊は戦艦3隻、空母1隻、重巡洋艦2隻で戦力差は圧倒的。加えて天龍たちの任務は戦闘ではなく資材の確保。それゆえ最低限の武装しか持っていない。圧倒的な戦力差に加えて武装も貧弱。この状態で第二艦隊が敵の襲撃をはねのけることが出来るはずもなく、敵艦隊の圧倒的な攻撃力の前に第二艦隊の艦娘たちは次々と大破炎上、戦闘続行不可能に追い込まれた。
「ちっくしょっ……みんな無事か?!」
執拗に続く敵艦隊からの砲撃の轟音の合間に、天龍は皆の無事を確認するべく大声を張り上げる。夕方ごろに敵艦隊に奇襲を受け、今はすでに深夜帯。周囲を照らす光源は敵の戦艦が射出した照明弾と、観測機のスポットライト。戦闘のカテゴリでは夜戦に分類される時間帯だが、天龍たち第二艦隊を照らす光は真昼の太陽以上に眩しい。それ故に、味方の状況確認が困難だ。
「い、一人前のレディーはまだ……だいじょう……」
「まだ大丈夫……でもこのままはマズい……押し返さないと……」
雷、電の二人は大破で動けず、それぞれ暁と響に肩を借りてなんとか立っていられる状態だ。だがその暁と響、そして自身の妹である龍田もまた中破の損傷を受けている。
「龍田もなんとか……でも天龍ちゃん……ッ!」
「くそったれ……それができりゃ今頃ここまで追い込まれちゃいねーんだよ……ッ!!」
鎮守府に戻ったら次の遠征任務の時はハリネズミのように武装させろと提督に迫ってやることを心に誓った天龍だが、そのためにはまずこの絶望の状況を切り抜けなければならない。天龍が守らなければならないのは自分だけではない。自分を含むこの六人全員を無事に鎮守府に返す責務がある。
『天龍! 聞こえるか天龍!!』
天龍の電探に通信が入った。相手は提督。天龍率いる第二艦隊に最低限の武装しか持たせず、間接的にこの状況を生みだした元凶といってもいい存在。今天龍が最も憎しみを込めて罵倒したい相手だ。
「っんだよッ!! 今クソ忙しいんだから邪魔すんじゃねぇッ!!」
『状況はどうだ? 皆は無事か?』
「信じられねーが無事だ! でもこのままじゃ……」
不意に、電と響にまっすぐに飛来する敵の砲弾が見えた。上空に観測機が飛んでいるのは分かっている。故にあの砲弾が的を外すことはありえない。
「んなろッ!!」
全力で身を翻し、砲弾と二人の間に割って入る天龍。着弾した砲弾は榴弾だったようだが、天龍が知っているそれとは威力が桁違いだった。天龍の艤装に着弾した榴弾は、徹甲弾ではないにも関わらず艤装の装甲を貫き、その内部で爆発した。
「ぐぁぁああああッ?!」
「天龍さん?!」
天龍の偽装は爆散した。その炎は天龍の髪と背中を焼き、爆発の衝撃は天龍の身体に致命的なダメージを与えた。天龍は、自身がこれ以上の戦闘が続行不可能であることを悟った。
「天龍ちゃん!!」
「ちくしょ……ごふぉッ……」
自身のそばに駆け寄った龍田に肩を借り、なんとか立ち上がる天龍だか、先ほどの爆発で内蔵にダメージを負ったようだ。吐き気にも似た不快な感覚が天龍の腹に襲いかかり、次の瞬間、天龍は口から大量の血を吐き飛ばした。
「ごふッ……ちくしょ……やべーぞ提督、てめーのせいだ……どうすんだこれ……」
『天龍、お前たちがその海域から離脱するのに必要な時間は?』
「は? 知らねーよ!!」
『知らないじゃない! 出来る限り正確に答えろ!!』
提督の怒気を受け頭がある程度冷静になった天龍は、第二艦隊の惨状をもう一度確認する。自分を含めた大破が3人、中破が3人……酷い有様だ……
「わりーけどよ……相当時間かかるぞこれ……」
『そんな報告はいらん。必要な時間を答えろ』
「……あればある分だけだ。照明弾と観測機さえなんとかなりゃ、1分くれりゃなんとかする」
口からでまかせもいいところではあるが、口に出してしまえば案外的を射た発言な気もした。自分たちにとって一番のネックは、絶え間なく戦場を照らし続ける照明弾と上空を旋回して自分たちの正確な位置を観測しつづける観測機。その二つさえどうにかなれば、あとは静かにこの場を退散すればなんとかなるはずだ。自分たちの命を救うための段取りが、天龍の頭の中で組み上がった。
『だそうだ』
瞬間、天龍の背中に冷たい感覚が走った。極低温にまで冷却された一本の針金を背骨に通されたような、非常にイヤな感触だ。肩を貸してくれる龍田の顔を見る。同じ感覚を味わったらしく、龍田も不安げな表情で天龍を見つめていた。
この感覚は覚えがある。このよく見知った気配は味方だ。自分たちの味方がこの海域に近づき、自分たちの背後にいる。もはや満身創痍である自分たち以上の戦闘意欲と、恐らくは敵艦隊以上の殺気を周囲に振りまきながら、その味方はこちらに迫っている。
「足柄さん!!」
暁がその名を呼んだ。妙高型重巡洋艦。その三番艦の足柄が助っ人としてやってきてくれた。この、敵の砲弾が豪雨のように降り注ぎ、その中で身をよじってなんとか回避するのが精一杯のこの状況で、足柄は春風の中で佇む淑女のように涼しい顔で、天龍たちの元に近づいてきた。
「天龍、お疲れ様」
「足柄姐さん……すまねぇ……」
「分かる範囲でいいわ。相手の戦力を教えてちょうだい」
「戦艦が三隻、重巡が二隻、空母が一隻だ」
「なるほど……」
気のせいか……照明弾の眩しさのせいでハッキリとは分からなかったが、足柄の広角が若干上がった気がする。
「……いいじゃない」
「相手は戦艦と空母が中心だぜ? 姐さん一人で……」
気のせいではなかった。今度は天龍の目にハッキリとそれが写った。足柄は天龍に向けて広角を上げ、ニヤリと笑っていた。
「戦艦と空母なんて夜戦ならエサよ? そのエサが四匹もいるのよ? それも私一人でやれるだなんて……最高じゃない……!!」
天龍の身体がブルッと震えた。この状況を『最高』と言い切る足柄のその感覚に天龍の無意識が恐怖と警鐘を鳴らしたのかも知れない。
確かに足柄は天龍と同じ鎮守府に所属するれっきとした味方なのだが、今天龍の目の前にいる足柄が振りまく殺気は、その対象ではない天龍たち第二艦隊をも飲み込んでいる。天龍には、今の足柄の殺気は強大で、ひどく悍ましい凶悪なものに感じた。標的ではないはずの自分たちが恐怖し、警戒せざるを得ないほどに。
『足柄』
「何かしら?」
『確認するぞ。天龍たち第二艦隊がその場を離脱するまで敵艦隊を足止めしろ』
「……」
『敵空母と……照明弾を撃ちつづけるヤツは分かるか天龍』
「……戦艦のうちの一体だったな」
『だそうだ。そいつらを最優先で沈めろ。その後最低でも60秒耐えろ』
相手は戦艦三隻に重巡二隻。空母は夜戦には参加しないから除外するとしても、それだけの数の相手をしなければならない。そんな絶望的な状況で足柄は耐えることが出来るのか……自分たち六人でさえこのズタボロの状況に追い込まれた艦隊を相手に、足柄が60秒も耐え切ることが出来るのか……天龍にはそれがどうしても不可能に思えてならない。
だが、その不安は誤りであることはすぐに理解出来た。
「ちょっと待って……」
『なんだ?』
足柄の身体はブルブルと震えていた。最初天龍は、それは恐怖の震えか、あるいは武者震いの類だと錯覚していた。
「……そんなにくれるの?」
『なんだと?』
「エサを六匹始末するのに、60秒も時間をくれるの?」
足柄の震え……それは絶望的な状況ゆえの恐怖でも、強大な敵に相対する戦士の武者震いでもなく、敵艦の撃沈という愉悦を60秒も味わえることへの歓喜の反応であった。
『足らんか?』
「充分すぎるわ……そうよ充分よ……」
足柄は前傾姿勢を取り、戦闘態勢に入った。艤装の砲塔に三式弾が装填される音が聞こえた。主機の回転がはじまり、魚雷が装填される。足柄の身体に力がみなぎってくる。全身に殺気が行き渡り、天龍たち第二艦隊と足柄との間に見えない圧力のようなものが発生したことを天龍は感じた。
「天龍?」
「お、おう」
「私が戦ってるうちに、あなたたちはなんとかして逃げるのよ?」
「すまねぇ……」
どれだけ周囲に殺気を振りまいているとしてもやはり仲間か……先ほどとはうって変わった足柄の優しく仲間思いの言葉に天龍は多少の警戒を解いたが……
「それから天龍」
「なんだよ?」
天龍はかつて、金剛や長門といった主力艦に連れられ、一度だけ深海棲艦の勢力圏内に侵入した経験がある。その時天龍は『レ級』という敵に出くわした。天龍は今も忘れない。たった一隻でこちらの主力艦隊に致命的なダメージを与えたその圧倒的な力と、その力を行使する凶悪な笑みを。
「ありがとう。おかげで60秒も楽しめるわ」
「……」
天龍に感謝を述べる足柄のその凶暴な笑みは、忌まわしいレ級の笑顔を天龍に思い出させた。口を上下に引き裂かれたのかと思うほどに広角を上げてニタリと笑い、瞳孔が開いた眼差しで相手を睨んだ足柄は次の瞬間、敵艦隊に突撃した。
『今のうちだ天龍! 離脱しろ!!』
「り、了解した! みんな逃げるぞ!!」
「は、はい……なのです」
足柄と敵艦隊に背を向け、天龍たちはその場から離脱するべく主機の回転数を上げる。
……だが、そんなことをせずともいいのかもしれない。この場から逃げなくても、もう自分たちは命が助かったのかも知れない。天龍はそんなことを思い始めていた。
なぜなら、自分たち第二艦隊の背後にいる敵艦隊から聞こえてくる音は、砲撃音や爆発音以上によく響き渡る、敵艦隊の怒号と悲鳴、そして……
「次はあなたよッ!!!」
すでに一匹のエサを捕食し終え、次の標的へと狙いを定める飢えた狼の咆哮だったのだから。
終わり