剣姫と白兎の立場を入れ替えたのは間違っているだろうか 作:Hazakura
「「あっ」」
世の中には勝者が存在する以上、必ず敗者も存在する。
持つ者もいれば持たざる者の存在も然り。
世の中は弱肉強食の非常な世界。
平等なんて言葉はこの競争社会には存在しない。
それゆえに、様々な要因を元に人々は争う。
その全世界の真理は人類だけには当てはまらず、天界の者たちにも適用される。
つまり、
『
二人の関係もとい相性は最悪だった。
「ここであったが百年目や! こんな楽しい日にな・ん・で、ドチビの顔を拝まんといけんのや!!!」
「ぐわぁぁぁぁぁ。それは、こっちのセリフだぁ!! キミこそ後から来ておいて何を言っているんだ! ボク達は今、いいところだから早く出て行きたまえ!!」
「ウチらはここのご贔屓さんや。貧乏神まっしぐらのドチビにこの店はちとキツいんちゃうか? 相当無理してるやろ!!」
「ふんっっ!! 男装趣味のキミにとやかく言われたくn……ああ、ごめんごめん、確か絶壁すぎて男物しか着ることが出来ないんだよね」
「んなっ!?」
「自分の身の丈に合った服を着るとは少しは成長したじゃないか!! 胸はいつまでたっっても成長しないけど」
――……。
「ウチとて日々成長してるわボケェええええええええええええええええええええ!!」
「うるせー、この貧乳アポカリプス。お前なんかこうだ!!」
突如、女神同士による取っ組み合いが始まる。
店の中で始まった騒ぎに【ロキ・ファミリア】の団員達はロキの起こす面倒ごとには既に耐性が出来ているので気に留める素振りを見せなかった。
ーーだた、一人を除いて……。
「ロキ様、そのぐらいにしておいた方が……」
16歳にして【ロキ・ファミリア】の幹部である白髪赤目の少年。
ベル・クラネルはあることを危惧して神々の争いに注意を促すがーー。
「ベル君、ほっときなって、直に収まるから。ほら」
彼の隣にいたティオナが指を差す。
その方へ視線を向けるとベルは悟った。
ーーあ、もう手遅れだと。
喧騒中の当事者たちはまだ自分たちの置かれている状況に気付いていない。
そこへーー。
ぬっ、と大きな影が女神二人を覆い隠した。
「騒ぎを起こしたいなら外でやりな!」
「へぶっ!!」
「むぎゅっ!!」
真上から振り落とされたトレイが、ズバァン、と女神二人の頭を鳴らし、苦悶の声が上がる。
女神相手でも容赦なく
彼女曰く、『ここでは私が法』らしい。
「くうぅ、ミア母ちゃんのこれは相変わらずやで」
ロキ様は叩かれた後頭部を両手で抑えながら悶絶する。
目尻には涙が溜まっていた。
もう一人の女神様も同様に後頭部を抑えてバタバタと床を転げまわっていた。
二人ともかなり痛そうーー。
その際、背の小さな女神様のたゆんったゆんっと、揺れに揺れまくっている胸に注目が集まっていることには何も言及しない。
人は揺れるものに目を奪われるものだ。
ただ、ラウルは周りの目も気にした方がいいと思う……。
それよりも――。
厨房の方へ足を進める。
「こんばんは、シルさん、リューさん。来て早々騒ぎを起こしてすみません」
この店で特にお世話になっている二人にあいさつを兼ねて詫びをいれた。
「こんばんは、ベルさん。ここが賑やかなのはいつものことなので気にしなくていいですよ。今回の遠征も無事に帰ってきてくれて、私少し安心しました。」
「クラネルさん、あまりシルに心配をかけさせないように」
「謝った僕が言うのも何だけど、責める所はそこですか」
「もう、リューも気にしていたでしょう。今朝だって――」
「シルは余計な事を言わないでください」
あはは、と頬を人差し指で掻きながらつい笑みをこぼしてしまう。
「クラネルさんは、なぜ笑っているのですか」
「えーっと、ありがとう?」
「……もういいです」
彼女からは嘆息が返って来たが、同時に嬉しくも思った。
安否を気に掛けてくれたのは本当のことだろう。
ベルは知らないが、これはシルにとってアイズの件でのちょっとした
二人に挨拶を終えるとロキ様の方へと向かう。
この店ではミアさんの鉄拳制裁は別にめずらしくもないので他のお客達も一種の見世物としか思っていないようだ。
今回はトレイだったけど噂では拳の方が痛いらしい……。
「ロキ様、大丈夫ですか?」
僕は主神の安否を気遣いながら介抱する。
「うぅ、うちのことを気遣ってくれるのはベルきゅんだけや。慰めてくれぇえええええ!!」
(ええっ!?)
なぜか涙をまき散らしながら僕の胸に飛び込んでくるロキ様。
もちろん、負傷している主神を相手に避けるという選択肢は無かったので、しっかりと受け止める。
「ここは天国や、グヘヘ」
「あー! ロキがベル君に甘えてるー!? ずっるーい!!!」
「ベ、ベルさん!?」
「けっ、くだらねぇ。おい、ベル! 早く席に着きやがれ!」
ティオナとレフィーヤから声が上がり、ベートが早く自分の隣の席に座るように親指を立てクイックイッ、と催促する。
他の団員達はほとんどの者が席に着いていた。
「ロキ様、まだ痛みますか?」
「ありがとな、べるきゅん。おかげで元気百倍や」
ロキ様はニッと笑みを浮かべるとみんなの所へ跳んで行った。
もう一人の女神様の様態も気になるけど、傍に店員さんがついているので大丈夫そうだ。
ベートにも促されたので、とりあえず席へと向かったんだけど……。
ここでまた一悶着である。
「はい、ベート邪魔」
ティオナがベートを椅子ごとひょいっと退かして席を確保する。
「なっ、てめっ」
「今日は私とレフィーヤでベル君のお酌する約束なの」
「「えっ!?」」
僕とレフィーヤから同時に驚きの声が上がる。
(その約束、今初めて聞いたのだけど――)
確認のためにレフィーヤの方に『約束したかな?』とアイコンタクトを送ると顔を横にフルフルと振りだした。
どうやら約束は存在しないらしい。
「ケンカ売ってんのかクソ女……」
「いいかげんベル君に相手にされてないって気づけバーカ」
「なっ、てめっ……ぶっ殺してやる!!」
その喧嘩を見てレフィーヤが、
「あ、あの……お二人ともケンカは……。ど、どうしましょう、ベルさん!!」
と、二人の間に挟まれてオロオロしている。
「先に席に着いていようか」
この事態を招いた? ことに負い目を感じつつも、この二人の喧騒も『ロキ・ファミリア』では日常の一幕であった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん、今日は宴や! 飲めぇ!!」
立ち上がったロキが音頭を取り、次には一斉にジョッキがぶつけられる。
団員達が盛り上がる中、ベルも杯を軽く上げ乾杯した。
「団長、つぎます。どうぞ」
「ああ、ありがとう、ティオネ。だけどさっきから、僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけどね。酔いつぶした後、僕をどうするつもりだい?」
「ふふ、他意なんてありえません。さっ、もう一杯」
「本当にぶれねえな、この女……」
「うおーっ、ガレスー!? うちと飲み比べで勝負やー!」
「ふんっ。いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい」
いつも通りのカオスな飲み比べが始まるかと思われたが……。
ここでロキ様が提案する。
「ちなみに勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利つきッ!……っと言いたい所だけど、この展開に読者は飽き飽きしてるやろから――」
ロキ様は溜めに溜まくる。
「ベル君、ロキは誰に対して言ってるの?」
「僕に聞かれても」
ほんと誰に向けて言ったのだろう。
ロキ様は団員たちの注目を集めるためだろうか。
席を立ってパンパンと手を叩く。
やがて、みんなの視線が集まったのを確認するとニッと人が悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと両手を上げて宣言した。
「今回は勝者の言うことを何でも一つ聞く権利つきやァッ! フャミリア内なら誰を指名しても自由!! 主神の権限使ったる」
一回きりの絶対命令権。
酒の席で場が温まり始めた頃、主神の名において最大級の燃料が投下された。
「じっ、自分もやるっす!?」
「俺もおおおお!」
「俺もだ!」
「私もっ!」
「ひっく。あ、じゃあ、僕も」
「だ、団長!? わ、私なら、いつでも……」
「誰もティオネを指名するとは言ってないよ」
妄想中のティオネに妹のティオナがツッコミをいれる。
ある者は富を、ある者は地位を、またある者は下心を。
主神の甘い言葉と酒の力により、理性という名の鎖から解き放たれ本性をさらけ出す。ーー要は、みんなノリノリであった。
「リ、リヴェリア様……」
レフィーヤは少し心配そうな表情で副団長であるリヴェリアを伺うが、
「私も参加しよう」
一瞬の沈黙。そしてーー
「「「「「ええええええええええええっ!?」」」」」
大絶叫。
再び燃料の投下であった。
リヴェリアは基本的に酒を飲まない。彼女は神々が嫉妬するほど美しく、いついかなる時でも気高く威厳があり、誇り高い。
エルフの里を出た者、他の集団に属する者達すら彼女を崇拝する者は後を絶たない。
これはファミリア内での共通認識だ。
それだけに団員たちが受けた衝撃は大きかった。
「ようやく、大きな山が動きおった」
「ヒィっく」
「ガハハッ!! 昔の借りを返す時が来たのう」
ロキが謳い、フィンが奏でるメロディーと共に、ガレスが笑う。
ここに、【ロキ・ファミリア】による血を血で洗う、史上かつてない天下分け目の戦いーー。
『絶対命令権』争奪戦の幕が切って落とされた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
一方、騒ぎ合う仲間たちの横で、自分の調子を守って食を進めていたベルだったが、視界の端に先程の小さな女神様を捉えた。
復活した彼女はロキ様の方へ歩み寄る。
その時、一瞬だけこちらの方に目を向けたかと思うとなぜか睨まれた。
「おいロキ、ボクとも勝負しろ」
「何言うてんねん、ドチビには関係ないやろ」
「ほぅ、ボクに負けるのが怖いのかい?」
ロキ様からカッチーンと擬音が聞こえた気がした。
「絶対泣かしたるッ!! ミア母ちゃん、ドワーフの火酒を追加やー」
ベルは思った。
ロキ様の煽り耐性ゼロですか!? と。
この時のヘスティアはその絶対命令権を使って何が何でもアイズをベル何某君の毒牙から守ろうとしていた。
だが、彼女は知らない。
自分が酒に弱いことを。
5分と経たずにダウンすることをーー。
後に、彼女が一生後悔する出来事が起こることを今の彼女は知らない。
言うなれば、この日、この後の出来事は、ベルとアイズの二人の歩みにとって、
――最大にして最初の試練なのだから……。
酒が進につれて当然のように自分にも飛び火はやって来る。
酔ってたかが外れているのか、普段は一歩遠慮している後輩の団員達に気持ちよくなりましょうとばかりに、親睦とばかりに、杯を突き出され、僕は困ったように微苦笑してしまった。
「やめろ、ベルに酒を飲ませるな」
「あれ……ベルさん、お酒は飲めないんでしたっけ?」
リヴェリアの制止でことなきことを得るが、左隣にいるレフィーヤから尋ねられる。
「少しなら飲めるんだけど……」
言葉に窮していると、右隣で運ばれた側からパクパクと料理を食べていたティオナが、ぐいっと杯をあおった。
「うぐっ……ぶはっ。ベル君がお酒に飲まれると色々と大変なんだよ、ねー?」
「ははは」
「えっ? ど、どういうことですか?」
「下戸っていうか、悪酔いなんて目じゃないっていうか……果てしなくキラキラ輝いて笑顔が眩しい時もあれば、ベートが死にかけたこともあるよー」
「ティオナ、そのくらいで……」
「あははっ! ベル君、顔赤~い!」
黒歴史の1ページを淡々と語られて何だか恥ずかしい。
僕を間に挟んでコソコソとティオナがレフィーヤに当時のことを説明し始めた。でも、途中からフラグが――だの、ベートが嫉妬して――だの、僕に身に覚えがない言葉が聞こえてくるのは気のせいだよね!?
何を聞かされたのか慌てふためくレフィーヤとけらけら笑うティオナに釣られ、僕も自然と表情が綻ぶ。
周囲の客からも笑いが絶えない中、愉快と言える一時が過ぎていった。
「そうだ、ベル! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
ややあって、ロキを中心に遠征の話題で盛り上がっていた時だ。
ベルの斜向かい、どこか陶然としているベートが何かの話を催促してきた。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!? それで、ほれ、あん時いたトマト娘の!」
――彼が何を言わんとしているのか理解した。
僕がミノタウロスから守ったあの金髪の少女。
「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」
「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺達が泡喰って追いかけていったやつ! こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」
ティオネの確認に、ベートはジョッキを卓に叩きつけながら頷く。
普段より声の調子が上がっている彼に、何か嫌な予感を覚えてしまった。
耳を貸すロキ達に当時の状況を詳しく説明するベートの口は止まらない。
「抱腹もんだったぜ、小動物みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を真っ青にしてやんの!」
「ふむぅ? それで、その娘どうしたん? 助かったん?」
「ベルが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
今、自分がどのような顔をしているのか、ベルには分からなかった。
僕はあの少女を助けた?
それとも傷つけた?
自問をすればするほど、あの日僕から逃げるように駆け出した少女の後ろ姿が脳裏に焼き付いて離れない。
死者を出すような最悪な結果を回避した。
それだけだ。
その結果にあの少女の負った傷は含まれていない。
ベートはさらに続ける。
「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ! くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」
「うわぁ……」
ティオナが顔をしかめながら呻いた。
それだけで罪悪感、悲壮感、無力感といった負の感情の波が激しく押し寄せる。
「それにだぜ? そのトマト娘、全速力でどっか行っちまってっ……ぷくくっ! うちの王子様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」
「……くっ」
「アハハハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 女の子怖がらせてしまうベルきゅんマジ萌えー!!」
「ふ、ふふっ……ごめんなさい、ベルっ、流石に我慢できない……!」
自分と周りの時間がずれて行く感覚。
頭に血が昇っていくのとは何か違う。
例えるなら、
自分の感情が、
心が、
急激に冷めていく。
冷えて凍って、自分の中の何かが砕け散り、別の何かが暴れ出しそう。
ーーそんな感じ……。
「……ベ、ベル君?」
顔を覗き込んでくるティオナに、尋ねたかった。
今、自分はどんな目をしているのか。
あの少女のためにどんな目をしてあげられているのか。
「ほんとざまぁねえよな。ったく、モンスターを前にして震えて座り込むくらいなら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」
「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少女に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」
リヴェリアの静かな非難の声を上げるが、ベートは止まらなかった。
「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えないヤツを擁護して何になるってんだ? それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろ? ゴミをゴミと言って何が悪い」
「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」
ロキが見兼ねて仲裁に入るも、彼は唾棄の言葉を緩めない。
「ベルはどう思うよ? 自分の目の前で震えあがるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ? それに……」
彼は続けて言った。
「雑魚じゃあ、お前に釣り合わねえ」
直後、僕の中で押さえつけていた何かが粉々に砕けた。
「えーっと、ベート?」
彼は度々僕に雑魚に関わるなと言ってくる。
僕には理解できないけど、彼には彼の価値観がある。
考え方は人それぞれだ。
自分にとっての価値があることだからと言って他人に価値観の共有を強いることはできない。
だが、彼の言葉はベルにとって見過ごせないものだった。
尊大な表情、不遜な態度、目に余る発言の数々。
自分が強者であることを信じ、相手を故無く見下す。
彼がどういうつもりで言ったのかは分からないけど、それは僕の逆鱗に触れた。
ベルの手がゆっくりとベートの胸倉の方へ伸び、捕える。
直後、ベートをテーブルの向こうから引きずり出しそのまま床へ叩きつけた。
そして、告げる。
――
◆◆◆◆◆
後にこの場に居合せた人はこう語る。
【ロキ・フャミリア】の
また誰かが騒ぎを起こしたかと思い、視線を向けると思わず息を飲んだとーー。
尋常ではないほど冷え冷えとした声音、
極限まで研ぎ澄まされた殺気を纏い、
全身から迸るのは数多な雷炎。
そこには――
神々から
少なくても俺はそう思うと同時に悟った。
ダンジョンに潜むモンスターにとってベル・クラネルは死の象徴ではないのかと。
味方なら一騎当千の英雄、敵に回ると全てを打ち滅ぼす死神。
先日ギルドから報告された他に類を見ないミノタウロスの集団が上層に向かっての逃走劇の一因であると理解したのだった。
すまない。少し話が逸れたので戻るとしよう。
第一級冒険者の者達が、騒ぎが起きたらすぐに場を鎮圧する強者の店員達が、少年から放たれる殺気に動きを封じられ、店内の喧騒を静寂へと塗り替える。
組み伏せられている
――だが、その状態が長く続くことはなかった。
◆◆◆◆◆
ベルはベートを組み伏せたまま掌で彼の頭を鷲掴みにする。
そして、告げた。ーーいわゆる最後通牒。
ベルには常に冒険者を貶めては罵倒する彼の言動には許せないものがあった。
「ベート、何か悔い改めることは?」
「あぁ?」
彼は何のことを聞かれたのか理解出来なかったのだろうか。
先程まで引きつった表情を浮かべていたが、一瞬考える素振りを見せた後、指の隙間からまっすぐと僕の目を見て力強く言い放った。
「雑魚に雑魚と言って何が悪い」
放出する殺気が最大限にまで膨れ上がり、店内に緊張が走る。
ベルは拳を強く握る。
硬く、硬く、どんなものでも貫ける程に硬く。
まさに拳を振り下ろす直前――。
(えっ!?)
殺伐とした店内で、僕の横を『
「アイズさん!?」
シルさんの叫びと共にその少女が店を飛び出す。
その少女の横顔を僕はしっかりと捉えてしまった。
幼さを残しながらも他の女神様達にも見劣りしない容貌。
どんな黄金財宝よりも輝きを放ち、腰まで真っ直ぐ伸びた金髪。
それに負けないくらい綺麗な金色の瞳からは涙を光らせていた。
先日ミノタウロスに襲われていたあの子だ。
ベートが先程まで罵倒していた少女だ。
その彼女に、
――全てを聞かれてしまっていた。
僕はすぐに立ち上がり、追いかけようとしたがそれが叶うことは無かった。
「店で騒ぎを起こすんじゃないよ! このアホンダラァ!!」
気が付いた時には豪快に店から遥か先の外まで殴り飛ばされていた。
すぐに体を起こそうとするが受けたダメージが大きい。
全身に力が入らず、身動きが取れない。
「イッ!?」
視界が歪む。
痛みを通り越して、ずしんと体の芯まで響く重みを感じる。
先程のミアさんの拳は、間違いなく人生の中で最大の重い一撃であった。
ただ、それよりも――。
また、あの子を傷つけた。
僕にはその事実の方が何よりつらい。
――アイズ。
シルさんが叫んだ名前を呟き、反芻する。
ベルが助けた冒険者の名前。
ベルが傷つけてしまった少女の名前。
『今は心の方が痛いや』
星が無数に輝く空に向かっての呟きは、
夜の暗く深い闇の中へと飲みこまれていったのだったーー。
【後書きif物語:ベル君、リヴェリア様に壁ドンをする!?】
〜はじめに〜
メッセや感想でリヴェリアをヒロインに! といくつか要望が寄せられたので下記に書いてみました。字数:4000字程度。
また後書きはルビが振れないのでその点についてはご了承下さい。
※下記の物語は、本編には影響がないif物語なので興味のない方はスルーしてもらって大丈夫です。
◆◆◆
〜絶対命令権:勝者 リヴェリアver〜
「はぁ」
時刻は昼過ぎ、ホームの中庭で一人の妖精が深いため息をついていた。
レフィーヤである。
(最近、ベルさんとあまり話す機会がないなあ……)
と本人は思っているが、他の人から見るとそうでもない。せいぜい一日~二日くらいであった。
「リヴェリア様が羨ましい……」
ふと思ってしまった。
そう、彼女は先日の打ち上げにて見事に命令権を獲得したのだ。
つまり、ベルを指名することも可能なのだ。
「私が命令権を持っていたらベルさんと――」
そんなことを呟きながら、ついつい想像してしまう。
一緒に買い物に行って、綺麗な夜景が見えるレストランで二人きりで食事をして、その後にベルさんの方から少しだけ強引に愛の告白を……。
いやいや、とそこまで考えて首を振る。
(わ、私はベルさんを冒険者として、仲間として尊敬しているのであって、決して邪な思いを抱いているわけではーー)
自分の妄想に対して、自分に弁明を行う。
思春期は色々と大変である。
(で、でも普段できないことを少しくらいは……。そう、例えばーー)
お姫様抱っことか、膝枕とか、後ろからギューって抱きしめてもらうとか、今みたいに二人で並んで座ってから寝たふりをして相手の肩にもたれかかる肩ズンとか、ああでも定番の壁ドンとかも――。
あ、あれ? 私、今なんて言った? 少しだけ思い出してみよう。
今みたいに? 二人きりで?
そんなわけないそんなわけないそんなわけないそんなわけない。
全身から嫌な汗が流れるのを感じる。
隣に人がいる気配も感じる。
そこから導き出された答えに嫌な予感しかしない。
ゆっくり、ゆっっくりと顔を隣へ向ける。
そこにはーー。
女神にも勝る美貌。
エルフの種族の中でも高貴な血を引いた王族。
その人物の名は――。
「り、リヴェリアさまぁああああッ!?」
妖精の叫びにも似た悲鳴がホームに響いたのだった。
「すまない、驚かせるつもりはなかったのだが、名前を呼んでも上の空だったのでな」
「い、いったい……いつからそちらに?」
「レフィーヤが『私が命令権を持っていたらベルさんと』から『定番の壁ドンとかも』までだな」
ぜ、全部聞かれ……あ、あれ?
「えーと、リヴェリア様? い、今壁ドンって聞こえたような」
間違いであって欲しい。聞き違いであってほしい。強くそう思った。
「ああ、他にもお姫様抱っこや膝枕や肩ズンやらとも呟いていたぞ」
僅かな希望が無残にも砕け散る。
心の声が漏れていた!?
お、終わった……。は、恥ずかしいーー。
――もう死にたい。
よりにもよってリヴェリア様に聞かれるなんて……。
穴があったら入りたいとはきっとこのことだろう。
「あはは……」
もう乾いた笑いしか出てこない。
がっくりと項垂れているとリヴェリア様から耳を疑うような事を聞かれた。
「それで、壁ドンとは何だ?」
えーっと、少し困惑しながらも尋ねる。
「リヴェリア様、もしかして壁ドンをご存じないのですか?」
「私はそう言うのに疎くてな。よし、レフィーヤ、その壁ドンとやらを私にやってみろ」
「ええええっッ!? む、無理です無理です! 私にはその役目は務まりません!!」
フャミリアの団員が副団長を相手に、エルフのレフィーヤが王族のリヴェリアを相手にするのは幾らなんでも難易度が高すぎた。
リヴェリア様の頼みでもここだけは譲れない。
それにこういうのは好きな人にやってもらうに限る。
もしくはイケメンに限る。
ちなみにレフィーヤは前者しか受け付けない。
「仕方ない、ベルを呼ぶとするか。ちょうど、レフィーヤもいるからな」
「へっ?」
つい間抜けな声が出てしまう。
「なぜベルさんなのですか? それに私がいるからとは?」
「ベルに壁ドンとやらをしてもらいたいのだろう? 先程、自分で言っていたぞ」
「◎△$♪×¥●&%#?!」
中庭に本日二度目の悲鳴が上がった。
ーー暫くして。
「リヴェリア、それで話って?」
ついに、ベルさんが中庭まで来てしまった。
リヴェリア様が他の団員に中庭に来るようにと伝言を頼んだらしい。
「ふむ、レフィーヤに壁ドンとやらをしてほしい」
リヴェリア様、今なんて?
「えーっと、どう言う状況?」
ベルさんが戸惑うのも無理はない。
ーーっというか、私がされるのですかッ!?
「リ、リヴェリア様、お気持ちは嬉しいのですが……そ、その、恥ずかしいというか、心の準備ができてないというか……あ、い、いや、でも決してベルさんにしてもらうのが嫌というわけではなくてですね……」
自分でも何を言っているのか分からないが、要は一歩を踏み出せないでいた。
久しぶりに会話したのにいきなり壁ドンは無理である。
「リヴェリア、僕も身内の人にやるのは恥ずかしいのだけど……辞退してもいい?」
ベルさんも恥ずかしいんだ。助かったような、少し残念なような。
複雑な心境である。
リヴェリア様は仕方ないとばかりにポケットから一枚の紙を取り出した。
神聖文字で書かれたそれは、見間違えることはない。
主神が手作りした絶対命令権だった。
リヴェリア様どれだけ壁ドンのことが気になっているのですかッ!?
「うっ!」
それを持ちだされてはベルさんも断ることができない。
「そうだな、命令はベルにこの場のエルフを対象に壁ドンとやらをしろ」
「……はぁ、わかりました」
あ、ベルさんが折れた。
「レフィーヤ、心の準備は出来たか?」
私は当然首を横に振った。
「なら初めは私からだな」
変な事になったと思いつつも、期待に胸を膨らませるレフィーヤだった。
◆◆◆
本当に可笑しな事になったものだ。
初めはちょっとした興味本位だった。
レフィーヤから呟かれた言葉の中で唯一、私が体験のない事だったからだろう。
お姫様抱っこ、膝枕、ハグ、肩ズン、どれも母親代わりとして接していれば一度は体験することだ。
近年はしていないが昔はよくやっていたものだ。
そのようにして愛情を注ぎ、成長を見守ってきた子供が今、目の前に立っている。
いや、もう子供と呼ぶのは可笑しいかもしれない。
少年から青年への成長過程だろう。
目の前の少年は少し躊躇っていたが覚悟を決めたのか力強い意志の篭った目になった。
そんな表情もするようになったのだな、と嬉しいやら少し寂しいやら不思議な感情が芽生える。
私が思考に耽っていると突然、
『ドンッ!!』
と音がなり同時に心臓を跳ねた。
私の顔の横に伸びるベルの細すぎず引き締まった腕。
冒険者としての性だろうか、反射的に体は逃げようとするが反対側にも逃がさないとばかりにベルのもう一本の腕が道を塞ぐ。
最後の止めとして私の股の下にベルは足を入れてきた。
気が付けば私はベルに壁へ追い詰められ身動きがとれなくなっていた。
背中越しに伝わるひんやりとした壁は私の身体とは対照的で少し心地よく感じる。
この圧迫感と緊張感ーー。
こ、これが俗にいう……壁ドン。
乱された心を落ち着かせようと目線を上げるとお互いの息がかかる距離でベルと目があった。
こんなに近くでベルの顔を見たのはいつ以来だろうか。
長いまつ毛にきれいな深紅の瞳、昔の泣き虫はどこにいったのか、面影を残しつつも凛々しい顔立ちになっている。
処女雪のような白髪のクセ毛は子供のころと変わらないが、背丈はここ数年で随分と伸びた。
あんなに小さかったのに今ではヒューマンの中では少し高いくらいだろうか。
私が見上げる形となっている。
ゆっくりと、二人の間の空気がぎゅっと凝縮されて圧力が高まり、心臓が早鐘のように鼓動を打つ。
私がそれに耐えきれず思わず、顔を下に向ける。
するとベルは私の顎に触れ、『クイッ』と少し強引に元の位置へと戻された。
そして、少しずつベルの顔が迫ってくる。
女としての気持ちと倫理観に板挟みされながら、私は思わず口を開いた。
「私は王族(ハイエルフ)だ。それに私はお前の――」
エルフの王族と人間。
それに私達は家族であり、私はベルの母親だ。
血の繋がりはないが積み重ねてきた絆は強固なものとして存在する。
そう、間違いを起こしてはならない。
母親である私が止めなければ。
しかし、ベルから帰ってきた言葉は、
「リヴェリア、目を閉じて」
甘く、とても甘い囁きだった。
それは、リヴェリアの倫理観を優しく包み込み溶かしていく。
そのくらい甘かった。
「わ、私は……」
抵抗を見せるが、本気で抵抗が出来ない。
いやだけど辞めてほしくない。
矛盾が矛盾を生む。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、次第に本能が理性を凌駕する。
そして、私には――。
「リヴェリア、もう一度言うよーー目を閉じて」
もう抵抗する力は残されていなかった。
◆◆◆
凄いものを見てしまった。あのベルさんとリヴェリア様が――。
レフィーヤは終始、両手で顔を覆いながらマジマジと見入ってしまった。
リヴェリア様はベルさんから解放されると顔を真っ赤にしながら、おぼつかない足取りで慌ててどこかに行ってしまった。残された私たちはというとーー。
「ふぅ、緊張したぁ~」
ベルさんは疲れたのかその場に腰を下ろす。
「えっと、ベルさんさっきのは?」
「えっ!? 僕、何かおかしい所あった?」
「いえ、おかしくはないのですけど、その……」
つい、否定してしまった。
「昔おじいちゃんに将来役に立つからと言われて、壁ドンの作法を教えられたのだけど――」
つまり、ベルさんのアレはお祖父さんの影響ってことですか……。
『その方は絶対に何かが欠如していますッ!!』
レフィーヤはツッコミを入れずにはいられなかった。
ベルさんはさらに続ける。
「前に、ロキ様に確認したときは、練習相手に志願されるほど好評だったからこれで大丈夫かなって」
もう!! あの主神は何をしているのですか!!
こうなったら私がベルさんに本当のことを教えないと。
「それでレフィーヤはどうする?」
「えっ?」
「リヴェリアには、その……レフィーヤにもって言われたのだけど」
ベルさんからの、
ーー甘い誘惑。
私の答えはもちろん――――。
End
~最後に~
初めてあとがきで物語を書いたけど本編とは違って気負うものがないので楽しかったです。
If物語は何か本編では書けないようなネタが溜まり次第投下します。
需要があるかは分かりませんが笑
ちなみに、リヴェリア の身長は170cmです。
今作のベル君は170後半ぐらいのイメージでお願いします。(ベートより少し低い)
では、また次回。