ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
黒森峰女学園。
この日、この場所で繁子はかつての旧友と対峙する事になった。遠い夏の日の思い出、二人は共にその思い出を忘れたことはない。
戦車を作った事。自然の中で遊んだ事。妹と友人を取り合った事。
彼女、黒森峰女学園の隊長にして幼き日の城志摩 繁子を知る西住しほの娘。西住まほはその旧友との思いがけない邂逅に唖然とせざるえなかった。
「しげちゃん…? やっぱりしげちゃんじゃないか!」
「どわぁ!」
「どうして黒森峰に! いや! それよりなんで知波単学園の制服なんか着て!どういうことなんだ!」
「あ、いや、あのな?」
急に抱きついてくるまほにやられるがままの繁子。
繁子とまほの身長差もあって妙に顔らへんにまほの自分よりもある豊満な胸が当たるたびに嫌がらせかと思うほどである。
身長がちっさい分、繁子の身体は抱き抱えられたように宙ぶらりんだ。足が地面についていない。
「それに女生徒の制服…しげちゃんそっちの趣味があったのか?」
「やからなぁ…」
繁子はこめかみをピクピクと震わせる。
いや、夏の滞在中、遊んだ毎日の中で確かに繁子は少年のような格好しかしていない。彼女が未だに自分の事を男の子と思い込んでいても仕方ないだろう。
しかも胸は…一応あるが、前に述べたように着瘦せする繁子の身体は綺麗なフラットに見えるわけでまほには繁子が女装しているように見えているらしい。
別れの日にしっかりとカミングアウトしたつもりの繁子だったが、案の定、まほには自分が女ということは伝わっていない様だった。
「と、とりあえず場所変えよう? な?」
「あぁ! もちろんだとも! 私も話したいことがたくさんあったんだ!」
繁子はとりあえず抱き抱えられたまほから降ろしてもらい、ひとまず場所を変えることにした。
西住流を受け継ぐ西住 まほと時御流を引き継いだ城志摩 繁子。様々な家庭の事情を抱えた彼女達。
そんな彼女達は再会を分かち合う為に黒森峰の学園艦の外にある海を一望できる場所へと足を運んだ。
ここならば他の黒森峰の学生に見られる事もない。これまでの自分の出来事や繁子の事についてたくさん話をする事ができるだろう。
「本当に久しぶりだな、しげちゃん。身長は…あれ? 当時とあまり変わってない様な気がするが」
「うっさいわ! 伸びへんかったんや!」
「そうなのか? それはすまなかった。でもちっさいしげちゃんも私は好きだぞ」
「…えぇ…? ウチこう見えて結構、身長気にしてるんやで…? 高いところのものとか届かへんし」
「あははは、なるほど」
「…そういうこっちゃ」
二人はそんな他愛の会話を交わしながら途中の自販機で買った缶コーヒーを飲む。こうして話をするのは何年振りだろうか。
しかしながら、自然と立江や真沙子、永瀬達の様に繁子はまほと話をする事に違和感を感じる事はなかった。
まほは時間が経つとふとこう話をしはじめる。
「しげちゃん、私は今、黒森峰女学園の機甲科で隊長をやらしてもらってるんだ」
「へぇ、一年生で隊長か! すごいやんか!」
「ううん、そんな事はないよ。すごいプレッシャーを感じてる。西住流は戦車道で最強、負けは許されないから…」
「…そっか…」
「うん」
繁子は励ましの言葉をまほになんて掛けようかと一瞬だけ考えた。だが、考えて出した励ましの言葉なんて慰めにしかならない。
これは西住流を背負うまほ本人の問題だ。だからこそ繁子は敢えて何も言わなかった。
しかし、一言だけ、繁子はまほに話をしはじめる。これは繁子の亡き母、明子が言っていた言葉だった。
「けどな。まほりん、勝負に絶対はないよ。勝敗があるって事はいつかは絶対負ける様になってんねんって」
「…え?」
「うちの母ちゃんが言ってたんや。もう死んでもうたけどな。どんなに勝ったところでそれは成長には繋がらへん。挫折があって人は成長するて言うてたわ。けど…まぁ…」
繁子はそこで一旦言葉を区切る。
それは言わずもがな、繁子はまっすぐに鋭い目つきをまほへと向けた。その負けをつける壁、その存在は己が目の前にいる事をまるで知らせる様な言い回し方であった。
現在の戦車道の主流、西住流の撃破は時御流の悲願。
「その挫折はウチらが味わさせたる。西住流の黒星はウチらが付けるで」
「!?」
その繁子の一言に西住まほは固まった。そう語る繁子の目は本気の眼差しだったからだ。
島田流、西住流を共に撃破してこそ繁子は母、明子との約束を果たす事ができるものと信じている。
だが、これはあくまで繁子の勝手な意思だ。自分が時御流が好きだから時御流で戦車道を極めると決めているからこそ、彼女は時御流が強いと証明したい。
「ウチは自分が勝ちたいから戦車道をやっとる。ウチは時御流を使って西住流、島田流ひっくるめてみんなぶっ倒したいんや、そう死んだ母ちゃんに誓うたからな」
「……………」
「まほりん、それがあんたでもウチは容赦せんよ。やるからには全力や、本気やから好きになれる。戦車道だけに限らず全部に通ずることや」
繁子の言葉にはそれだけの凄みがある。
戦車だけでなく全てのものを1から作る時御流。時御流が職人と呼ばれる由縁はどんなことにも身体を張って全力で挑むからだ。農作業だろうが建築だろうが釣りだろうが何から何まで。
だからこそ、繁子の言葉にはまほが納得させられる何かがあった。彼女は繁子の言葉に静かに頷く。
「そうか…」
「せや、やからまほりん、次会う時は全国大会の決勝でや、最強西住流はウチらが倒す」
「ふふ、面白い。ほんと…しげちゃんといると退屈しないな」
「ほら、西住流云々関係あらへんやろ? ウチらと白黒つける為、それまで一敗も負けずに決勝まで上がってくる。どうや簡単やろ?」
そう言って繁子はにっこり笑いまほにそう告げた。
繁子の目標の一つ目はまず前にいる西住まほを倒す事。繁子は西住まほと自分達、どちらの戦いが上かを証明し時御流が西住流を破る力がある事を周りに知らしめるのが目標。
そんな事を言われては西住流を受け継ぐまほとて黙ってはいられないだろう。
「あぁ、しげちゃんと戦うまで私は誰にも負けないよ、西住流の…いや、西住流関係なく私が負けたくない」
「ふふ、言うやんか」
「そりゃそうさ。だってしげちゃんは…私の目標だからな」
そう告げたまほの顔つきは晴れ晴れとしたものだった。
西住流などはもはや関係なしに彼女は好敵手を見つけた。それは目の前にいるこの小さな少女、城志摩 繁子だ。
やるからには全力で互いに出せるもの使えるものを全て使い戦う。それが彼女達の戦車道。
互いに笑みを浮かべる二人は並んで学園艦から見える海を眺める。
そして、まほは前から気になっていた事を話し始めた。それは昔の繁子に別れ際に言った言葉を含んだものだ。
「そう言えばしげちゃん…」
「ん…? なんやまほりん?」
「昔言っていたけっこんするってのはどうなったんだ?」
「アホか!? ウチは女の子やって言うたやろ!!」
「えぇ! しげちゃん女の子だったのか!?…てっきり男の子とばかり…」
「今更かい!? てか落ち込む事か!」
「だって! 私の! 私の初恋だったんだぞ!」
「知らんがな…。ウチは女の子やってあんだけ言うたやん…」
「聞いてない!!」
「聞いてないやのうて聞こえてへんかったんやろ」
繁子はそう言って苦笑いを浮かべながらまほにそう告げる。
小さい時の思い出を未だに覚えている事にもびっくりだが、なんというか普通は自分の女子高生の制服姿を見れば察する事が出来る筈なのである。
やはり、胸の発育が足りないのか、それとも身長が足りてないのかどちらにしろ繁子にはなんとも言えず虚しさだけが残った。
下手をすれば真沙子辺りから。
『リーダー!かなりまな板だよ!これ!』
とか言われそうな気がしてきた。そう考えると少年のように遊んだ幼少期にはもっと女の子らしい格好や女の子らしさを出しとくべきだったなと繁子は今更になって思う。
「ま、そういうわけや、ウチは知波単でまほりんの黒森峰と戦うよって」
「うん、わかった。しかし残念だな、しげちゃんといっしょに戦車道をやれればきっと負けなしだろうに…」
「…いや、まぁ、そりゃそうやけどそれじゃ面白う無いやろ?」
「うん…」
「なんで落ち込むんかなぁ、わかった!わかった! ウチもまほりんと戦車道やれたら楽しいとは思うよ!」
「ほんとに!?」
「うん、まぁ形はちゃうけどこれも一つの戦車道の形やろ。いつか共闘する事もあるかもしれへんしな」
「そうなったらうれしいな」
「目がキラキラしとるね、一応ウチ、まほりんのライバル校なんやけど…」
「関係無いさ、しげちゃんと戦車道出来るなら楽しいに違いないからね」
そう他愛のない会話を繰り広げながら缶コーヒーを口の中に入れて、一気に飲み干す繁子。
そして、繁子は飲み干したコーヒーを捨てるとグッと手を掴んだまま背筋を伸ばしストレッチをする。
すると、しばらくして、そんな繁子の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おーい! リーダー!」
「やっぱり誘拐されたんじゃ無い?」
「いやー…あ、でもリーダーならあり得るか」
「ぐっちゃんに連絡入れとく?」
「多分、カンカンに怒ると思うよー?」
「だよねー、やめとこうか」
本気で自分を探しているのか全く不透明な二人の会話のやり取りが聞こえて来た。
もうちょっと本気で探せと繁子はツッコミを入れたくなるが、とりあえず、これ以上二人に心配をかける訳にはいかないだろう。
しばらくすると自分の姿を見つけたのか二人がこちらに手を振りながらやって来た。
「あいつらほんま…はぁ…」
「しげちゃんの友達?」
「同門の…まぁ、そんなところや、薄情な奴らやろ?」
繁子はそう言いながら駆けてくる二人を親指で指差しながらまほにそう告げる。
そんな繁子の言葉にまほはクスクスと笑いながらスッと踵を返した。おそらく、自分がここに居たら気まずくなると気を使ってだろう。
それにまほも黒森峰の隊長だ。この後は機甲科達の戦車道の特訓も控えている。
「それじゃ私は行くよ、じゃあまた、しげちゃん」
「あぁ、また会おうな、まほりん」
「当たり前さ」
そう言いながらその場から立ち去って行く西住まほの後ろ姿を見送る繁子。
そして、丁度、そのタイミングで真沙子と多代子の二人が息を切らしながら繁子の元へとやってくる。
繁子の元にたどり着いた真沙子と多代子は居なくなった繁子に軽く怒った様にこう話をしはじめた。
「もう! リーダー勝手に居なくなったらダメじゃんよ!」
「心配したんだよ!」
「嘘こけ、ほとんど本気で探しとらんかったやろ?」
「あ、ばれた?」
「いやー、リーダーってどこにいてもなんだかすぐわかりそうだからさ〜」
「なんやそれ!?」
「っていうかさ、リーダー。さっき話してた女の子って誰なの?」
「あぁ、あの娘は…」
繁子は黒森峰の隊長と言いかけた言葉を止めた。
いや、黒森峰の隊長云々は関係無い、自分にとって彼女は間違いなく、昔のままの旧友であり今はライバルだ。
言葉を区切った繁子はしばらくして二人にこう告げる。
「ウチの昔からの大切な親友や」
そう言って、繁子はにっこりと笑みを浮かべてジャンプして二人の肩を軽くポンと叩くと先ほどまほが歩いて行った逆の道を歩き始める。
互いに動き出した戦車道。止まっていた時が動きだす。
二人が再び再会する時は戦車道全国大会その時だ。
「あ、ちなみに黒森峰から貰った部品とか運搬車に積み込むのまだだからリーダー手伝って!」
「まだ積み込んでなかったんかい!」
「いやー、リーダーさがしてたからさーごみんごみん」
繁子達の戦車道はようやくスタートラインに立ったばかりである。
そして、繁子達の乗った運搬車が黒森峰から発進したのはそれから数時間経った後だった。
時御流の戦車道の道のりは長く険しいものである。