ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
戦車道全国大会会場。
プラウダ高校と立江の幼馴染との再会を果たした繁子達は互いに親交を深めるための談笑に華を咲かせていた。
そして、そんな繁子達の様子を見ていた学校がある。それは…。
「あら…。あれは…」
英国海軍空母アークロイヤルに類似した学園艦に所在し、英国風の校風を持つ名門校。戦車道では屈指の強豪校でもあり、全国準優勝の実績を誇る学園。
イギリス戦車を主戦とした彼女達は近年ではプラウダと同様、黒森峰に近い程の実力を誇る。
その学園の名は…。
「…プラウダ高校のジェーコさんじゃない。それに知波単学園の辻つつじさんも、ご機嫌いかがかしら?」
「あぁ、わるくないよ、こんにちは」
「…アールグレイ…。聖グロリアーナ女学院が何の用かしら?」
そう言って、あからさまに嫌そうな顔を浮かべ声をかけてきた金髪に長髪、紅茶を片手に現れた少女に告げるジェーコ。
しかしながら、そんなジェーコに対して、アールグレイと呼ばれた彼女は余裕のある表情のまま、こう話を続ける。
「別に興味本位で話しかけてみただけよ、他意は無いわ。名将と呼ばれる貴女が最近練習試合で一年生如きに負けたと聞いてね?」
「そうか…、存外、グロリアーナも暇なのね? 前大会で黒森峰に派手にコテンパンにやられた強豪校は言うことが違うわ」
「言うじゃない」
「いやいやそちらこそ」
聖グロリアーナ女学院。隊長アールグレイ。
古豪、プラウダ高校のジェーコと対を成す優れた指揮官であり、強豪校、聖グロリアーナ女学院の現隊長である。
その実力は折り紙つきで前大会、前々回の大会ではジェーコとしのぎを削り合い戦った言わばライバル的存在である。
名門のお嬢様出のアールグレイの優雅な戦術。
ミーティア・エンジンを搭載した愛用の巡航戦車Mk.Ⅷクロムウェルの機動力を用いた「ブランデー入りの紅茶」という戦術を使い、アールグレイはこれまで数ある戦車を討ち取ってきた実績がある。
睨み合う両者は目には見えない火花をバチバチと散らし合う。この光景には流石の繁子達も見守る他無い。
「そして噂のその一年生が貴女ね?」
「ぐっちゃん呼ばれとるで」
「いや、リーダー…。あんただから…」
「リーダー呼ばれてるよー」
そう言って自分の背中に隠れる繁子に冷静なツッコミを入れる立江。そして、わざわざ言わなくても良いものを名指しで指名する永瀬。
あんな怪獣大戦争に巻き込まれたく無い。そんな、繁子の儚くも悲しい願いはすぐさま仲間の手により己の身柄を差し出される形となった。
なんとも慈愛に溢れた仲間達だろうか、繁子は溢れんばかりの仲間達の愛にほんのり泣きたくなった。
兎にも角にも、繁子は噂の一年生になっているようである。ちっさい身体を上手く隠せばと思っていたがそうは問屋が卸さない。
仕方なく繁子はアールグレイの前にトボトボと立江達から送り出された。非常に言いにくい中、繁子はアールグレイに自己紹介をはじめる。
「えと…はい、ウチが繁子ですけれど…」
「へぇ…貴女が…。ふむ…」
アールグレイはそう言いながらまじまじと繁子の顔を見つめる。まるで、それは品定めしているかのようなそんな様子だ。
アールグレイはスッと繁子に近づくと手つきや目、そして、繁子から漂う雰囲気をしっかりと見定める。
だが、しばらくした後に彼女は繁子から身体を離すとこう話をしはじめた。
「なるほどね、確かに顔つきも悪く無いわ。ウチの一年生に欲しいわね」
「はい?」
「その手、戦車をよく触るでしょう? 貴女。よほど戦車と一緒にいる時間が長いのね。そうじゃなきゃそんな手にはならないわ」
「いやまぁ…、他にもやってはいますけど」
「アールグレイ、その娘はプラウダ高校に呼ぶつもりなの、手を出さないでもらえるかしら?」
「あら? 貴女が口出しする事じゃない気がするんだけど」
「なんですって?」
「何かしら?」
こうして、再び始まるジェーコとアールグレイの第二ラウンド。
両者とも相当負けず嫌いな性格らしい、それは良い事であるのだが巻き込まれた繁子とはいうと睨み合う二人の間に板挟みである。
やたらと豊満な両者の胸を当ててくる辺り、繁子には地味な精神攻撃が追加されている。正直、誰か助けて欲しいと目で立江達に助けを求めるが…。
「あ、この戦車よく整備されてんね? のんちゃんの?」
「はい、私の戦車です」
「こっちの戦車も綺麗だねー、しっかり洗車してあってピカピカだよ」
「それはカチューシャの戦車なのよ! ふふん! 当たり前じゃない!」
立江達は華麗にそんな繁子をスルーしてプラウダの戦車を拝見していた。
本当に優しい仲間達である。さぞ、繁子も身体が軽い事だろう、繁子もこんな気持ちははじめてだ、もう何も怖く無い。
ライバル心剥き出しのプラウダ、グロリアーナの両隊長。
すると、そんなところである意外な人物からの制止が掛かった。それは…。
「そこまでにしたら? 彼女困ってるんじゃない?」
「…貴女は…」
「サンダースか…。メグミ、悪いが今取り込み中だ」
「っていうわけにもいかないのよね? 二人とも盛り上がるのは結構なんだけれど。優勝は今回は私達が貰うから」
「何?」
「期待の一年生ってのは何もそのちっこい一年生だけじゃないって事よ。たった五人の一年生に固執している強豪校なんかに私達が負けるわけないでしょ?」
まるで、火に油を注ぐような言い方。
制止するのに登場した女性はチマチマしたのは性に合わない性格なのか、見かけによらず深く考えない直球な言葉を二人にぶつける。
どうやら彼女がアメリカ製戦車率いる名門校。サンダース大学付属高校の隊長であるらしい、しかしながら、その物言いは繁子にも少しだけカチンと来るものがあった。
ジェーコとアールグレイの間に挟まれていた繁子は前に出ると真っ直ぐに隊長であるメグミを見据えてこう告げる。
「たかだか一年生で悪かったなぁ…。心配せんでもあんたらの学校とは三回戦であたるよってそん時に私らの戦車道を見せたるわ」
「へぇ…それは楽しみね、ウチのケイも貴女みたいな一年生と戦えるとなると少しは気合いが入るんじゃないかしら?」
「なら、準決勝ではウチとあたるのは貴女達のどちらかって事かしらね?」
「…アールグレイ、貴女には去年の借りがあるし、心配しなくても返しに来るわ」
「それはどうかしら?」
そう言いながら、長い金髪の髪をサラリと流して紅茶を一口飲むアールグレイ。
そんな彼女は背後を振り返ると軽く手招きをする。アールグレイの視線の先には二人の聖グロリアーナ女学院の制服を着た女生徒。
どうやら、流れから見るに彼女達が聖グロリアーナが誇る期待の新星達のようだ。
「お呼びですか? 隊長」
「ええ、ダージリン。この方達に自己紹介しなさい? 来年、再来年。この戦車道全国大会で黒森峰を負かす聖グロリアーナの貴女達の名前を覚えて頂いていた方がよろしいでしょう?」
「はぁ、見栄っ張りなところは相変わらずですね」
「優雅に誇ってこそ美があるわ。聖グロリアーナ女学園はそういう余裕のある学校でしょう? ねぇ? アッサム?」
「はい、アールグレイ様」
そう言いながら、アールグレイが呼んだ一年生、ダージリンとアッサムは背後に控えると真っ直ぐに繁子を見つめる。
彼女達は繁子と同じ一年生、ダージリンはアールグレイ同様に紅茶のカップを片手に持っている。おそらくは聖グロリアーナの校風上、紅茶を好む生徒が多い傾向にあるからだろう。ダージリンやアッサム、アールグレイという名前からしてそれが全面的に出て来ている事を繁子は薄々ながらも感じていた。
ダージリンとアッサムと呼ばれる少女達は繁子達に自己紹介をしはじめる。
「ご機嫌よう、皆様。私はダージリン。聖グロリアーナの一年生ですわ。よろしく」
「同じく一年生のアッサムと言います。以後お見知りおきを」
そう言って軽くお辞儀をして頭をさげ自己紹介をする二人。
名門、そして、英国風の気品がある学校だけあってその自己紹介も華麗で優雅なものを感じさせる。
この紅茶にちなんだ様な名前。これは幹部クラスおよび将来を期待された候補生にのみ与えられており、聖グロリアーナでは周囲からの信頼と憧れの的となっている。
よって、今、繁子達に自己紹介して来たこの二人はおそらく幹部クラスか幹部候補生といったところだろう。
そして、そんな自己紹介を間近で見た繁子はそんな紅茶のカップをジッと見つめる。ふと、思った事があった。
「そういや、さっきから聖グロリアーナさん達紅茶のカップ持ってますけど、それ高度なギャグかなんかですか? ダージリンがダージリン飲んでるとかアールグレイさんがアールグレイ飲んでるっていう…」
「はい?」
「え?」
唐突な繁子の言葉に首を傾げるアールグレイとダージリン。
何故、目の前にいる繁子が自分達が飲んでいる紅茶の種類が分かるのか、それを前にいる繁子が見事言い当てるのだから驚くのも仕方ない。
しかしながら、これをギャグかなんかと問う繁子も繁子である。格式ある学校の伝統などは彼女は知らないので仕方ない部分はあるかもしれないが…。
だが、紅茶を飲みもしないで当てる繁子。これはアールグレイもダージリンも予想だにしていなかった。
「何故…? これがアールグレイだと?」
「ん? あぁ、匂いやな、ウチら紅茶とか良く自家生産した事あるから…」
「紅茶を自家生産!?」
「せやで? 聖グロリアーナから実家によく納品依頼とかされてんねんけど…」
「もしかして? 貴女の苗字は…」
「城志摩やで?」
その瞬間、アールグレイ達の時間がピタリと止まりピシッと何かスイッチが入る音がした。
城志摩紅茶。
アールグレイやダージリンの位の紅茶通を唸らせる程のあらゆるものを自家生産する事で有名な時御流の誇る紅茶栽培メーカーである。
年に何回か厳選された紅茶を栽培し、さらに、失敗した紅茶の葉は無駄にせずに他の用途に使うという徹底ぶりで有名。
城志摩 明子がスポンサーであったが、現在は繁子の親戚達が切り盛りしている業種の一つである。
他にも諸々、自家生産、自家栽培に関する農業や建築、はたまた、1から作る工業関連まで全て時御流の十八番。
時御流の永瀬や多代子、立江、真沙子の家系、親族もだいたいこの系列の産業をやっている。
ちなみにこれら全ての土台は城志摩 明子をはじめ、繁子、立江達から始まっていることをここに付け加えておこう。
「…は、ははは、貴女…城志摩さんのところの?」
「どもーいつもお世話になってます〜」
「いえいえこちらこそ…。じゃ無くて! じゃあウチのあの紅茶を栽培してたのは!?」
「あぁ、初代はかあちゃんで二代目はウチが試作して作ってから形にしたなぁ…。ほんまに大変やったんですよ〜なぁ? ぐっちゃん?」
「どのレベルからはじめるかで話合ったよねー」
「最終的に肥料作って土から作る事になったんだよねー」
「……………………」
そう言いながら繁子の言葉に納得した様に頷き思い出す様に語る多代子と立江の二人。
アールグレイはあまりの出来事にポカンとする他なかった。彼女の背後に控えるダージリンも同じである。
肥料作って土から紅茶を作り始めて今ではこんなに美味しい紅茶を聖グロリアーナに提供する彼女達。
聖グロリアーナ女学院、一年生のダージリンも感動すら覚える。かつて紅茶にここまでやる人材達が他に居ただろうか。
この人材達はなんとしても欲しい。聖グロリアーナ女学院の生徒として野放しにはできない。
そう思った時には隊長のアールグレイは既に行動に移していた。
「貴女達、やっぱりウチに来ない? 待遇なら本当に考えるわ」
「アールグレイ様。私も同意見です。この娘達にはやはり『紅茶の園』が似合うかと」
「…あの…隊長にダージリン? ちょっと?」
「ひっ!? …な、なんでや!?」
そう言って、それぞれ片手でガシっとちっさな繁子の肩を掴むアールグレイとダージリン。
その勧誘には今でにはない様な凄みを感じる。目がかなり本気であり、肩を掴まれた繁子も思わず声をあげてしまった。
ダージリンが言う聖グロリアーナの「紅茶の園」は幹部クラスのメンバーが集うクラブバウス。
そこは「紅茶の園」と通称されており、そんな紅茶の園を目指して入学する生徒も多い事で有名である。
だが、この場合の『紅茶の園』はおそらくはリアル紅茶の園の方だろう。要は彼女達を転入させて聖グロリアーナで紅茶栽培しようという魂胆が見え見えである。
さらに戦車道も強いとなれば聖グロリアーナとしては喉から手が出るほど繁子達が欲しい。ダージリンとアールグレイの気持ちはかつて無いほど一つとなった。
だが、しかし、ここで彼女達の勧誘に待ったをかける学校がある。それは…。
「なんの騒ぎかは知らないが、とりあえず、しげちゃんから手を離してもらおうか?」
「ん…? 貴女は…」
「黒森峰…西住まほか」
そう、戦車道の絶対王者。黒森峰女学園。
ドイツ戦車群を率いて西住流の戦い方で戦果を挙げ、戦車道全国大会でこれまで数多くの名門校を降し、全国大会8連覇を成し遂げた遥か頂にあるチーム。
その中でも一年生で黒森峰の隊長をやっている西住まほは繁子と同じく皆に有名であった事もあり、すぐに名前が挙がるのは必然だろう。
どこからともなく現れた西住まほはすかさず繁子の手を取り引き寄せる。
そんな勧誘三昧の繁子の前に颯爽と現れた黒森峰の隊長の西住まほはさながら戦車に乗った王子様のようであった。
しかしながら、残念な事に西住まほは王子様では無くまぎれもない乙女である。
「ま、まほりん!?」
「しげちゃん、大丈夫だった?」
「まぁ、大丈夫やけど? 一応、ありがとな?」
そう言って、繁子は何事無くサッと肩を掴んでいたダージリンとアールグレイから引き剥がした西住まほに御礼を述べる。
様々な勧誘はあれど、繁子の芯はもちろん一ミリたりともブレていない。それは、知波単学園の隊長、辻をこの戦車道全国大会で優勝させる事。
そして、改めて立江達を呼んでアールグレイとダージリンを含めた聖グロリアーナ女学園に御断りの返事を返す事にした。
「まぁ、アールグレイさん、ダージリン。気持ちは有難いんやけどプラウダにも言うたんよ。ウチらはもう知波単学園の生徒やからね?」
「そう言う事です。気持ちは有難いんですけどね?」
「ほら、ウチの大将を一番にしなきゃでしょう? やっぱりさ」
「ね? 辻隊長?」
そう言いながら、立江達や繁子はにっこりと笑みを浮かべつつアールグレイやジェーコ達に告げる。
そして、永瀬に同意を求められた辻は静かにその言葉に頷いた。そうだ、この数ある名門校をなぎ倒し、頂を目指すのは紛れもなく知波単学園。
繁子は不敵な笑みを浮かべると辻の傍らに立ちこう話をしはじめた。
「まぁ、なんや…いろいろごちゃごちゃしとったけども、ウチらの目的はただ一つ」
「お前達全員を倒して優勝する事だ」
そう言って、繁子の言葉に続けるようにして啖呵をきってみせる知波単学園の隊長である辻。
最終的な目標はそうだ。いくら名門だろうとなんだろうと関係はない。倒してしまわなくてはいけない敵だ。
その言葉を聞いていたジェーコもアールグレイもサンダースのメグミ。そして、黒森峰の西住まほもその場にいる全員が辻が放った一言に納得した。
この場にいる全員が敵。ならば、いずれは倒さなくてはならないだろう。
白黒つけるなら戦車道にて、わかりやすい話である。それがどんな相手だろうが関係ない。全員が全員その言葉に静かに頷いた。
騒がしかった戦車道開催日はこうして一旦幕を閉じる。次会うときは戦車道を行う戦場でだ。