ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
繁子の母、明子の葬式の日。
彼女は明子の弟子である四人の友人達と悲しげな表情を浮かべ彼女の最後の顔を見届けていた。
いつも母が束ねてくれた様にポニーテールに髪を束ね、頭には繁子のトレードマークのタオルを巻いていた。
ただ、いつもと違うのは…、黒い喪服を着ている事くらいだ。
明子との最後の別れの挨拶。
そんな式場の中では明子と親しい友人や親族の中には涙を流す者さえもいる。
時御流の正当な当主が消えた今、彼女達が追い求めていた時御流を教えてくれる師はどこにも居なくなってしまった。
「しげちゃん…。これからどうすんの?」
「そんなんわからへんよ…。ぐっちゃん…。時御流をこれからどげんせないかんとか、いろいろ頭ん中でグルグル回ってんねん」
「リーダー…。あんまし思い詰めない方がいいよ、私らも居るんだし」
「たくっ…。あんたはいつもそうなんだから」
「…ごめん」
「あぁ、もう泣かないでよ! 明子さんの前なんだからさ! 最後くらい笑顔で送らないと…私だって…っ!」
そう言いながら金髪のツーサイドアップの髪型をした可愛らしい女の子から励まされる繁子。彼女の名は松岡真沙子。
繁子と共に戦車道流派、時御流を学んだ数少ない同門の友人だ。
だが、そう言う真沙子もまた、繁子に釣られる様に思わず涙を浮かべながらそれを流すまいとしている事はその場にいる全員わかっていた。
いや、全員が全員、みな同じ感情を持っていた。時御流を極めんとし明子さんから戦車道を学んだ毎日の出来事が鮮明に脳内に蘇る。
戦車道とは関係なくバンドを組んで連携を強化する特訓もした事もある。明子さんが課した戦車道とは関係ないだろう農作業や建築だって彼女達には良い経験だった。
だが、この経験は無駄ではない。五人は苦難や目的を共有し、戦車道においても切磋琢磨して時御流の腕を磨いた。
怒られた事もあった。失敗した事もたくさんあった。
けれど、明子と共に笑い合った日々もその分だけ彼女達の中には思い出として存在した。
「明子さんが居なくなったなんて信じらないよ…」
「永瀬…」
「私…もっとたくさんの事教えて貰いたかったっすよ…。職人の魂、戦車道…。明子さんがいつも笑ってたのが嘘みたいっす…」
彼女、繁子達のムードメーカー、短めの髪型に鉢巻が特徴の少女、永瀬智代は哀しげな表情を崩さないまま静かにそう呟き、お香を焚いてそれを明子の棺の側に供えて手をあわせる。
繁子はそんな永瀬の顔を横目で見ると涙を流す自分の顔をグシグシと拭いて真っ直ぐ棺の明子の顔を見つめた。
彼女を気にかける様に最初に声をかけたロングヘアにぱっつん髪の少女はポンポンと優しく繁子の肩に手を置く。
繁子は彼女に軽い笑みを浮かべてそれに応え、こう話をしはじめた。
「もう大丈夫やで、ぐっちゃん…。ありがとな?」
「無理したら駄目よ? しげちゃん、母親が亡くなったんだから悲しいのは当然…」
「いや…、でもウチの代わりにたっちゃんが大泣きしてるからな…。ウチはもう十分や」
「グスッ! うぇぇぇぇぇぇん!」
「多代子…あんたはもうほんとに…」
繁子を慰めていた彼女、山口 立江(たつえ)は苦笑いを浮かべてそんな繁子の視線の先のくせっ毛があるミディアムヘアーの国舞 多代子の大泣きする姿に顔を引きつらせるしかなかった。
確かに多代子の気持ちもわかる。みんながみんな戦車道を教えてくれた明子を思い、泣きたい気持ちがあった。
多代子は涙を今の今まで堪えていた。
そして、泣き出したのも繁子の涙を見てからという事も立恵は知っている。だからこそ、涙を流さない繁子の代わりに彼女も真沙子も涙を流してくれていることを立江は理解していた。
この中で一番涙脆いのは繁子だ。
だが、彼女は母親の最後のお別れに毅然としていた。
それから葬儀は静かに行われ、明子の身体は丁重に扱われた。彼女達が見守る中、彼女達は時御流の師匠に別れを告げた。
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その後、葬儀を無事に終えた繁子は四人の友人達と共に今後をどうするか話し合いを行う為、真沙子の家に集まることになった。
「んで…どうすんのよ?リーダー」
「どうするって…」
「決まってんでしょ! 進路よ! し・ん・ろ!」
「確かに…もう中学3年だしね、私達」
「え? 学校作ればいいんじゃないの?」
「ぐっちゃん、それほんまに言うてるん?」
「意外にいけそうじゃないっすかね? あ! もちろん学園艦から作る…」
「永瀬、ちょっと静かにしよか?」
「あっはい」
にっこりと微笑む繁子の一言に苦笑いを浮かべて顔を引きつらせる永瀬。
学校を1から作るという発想だが、時御流であれば不可能では無い。しかし、作り上げる期間も無ければ人事やらなんやらと細かいことに関しての時間が無いのでこれは却下せざる得ないのが現実というものだ。
あくまで自分達は中学3年で来年には高校に行かなくてはいけない。繁子には母との約束がある。なら、進路はしっかりと定めなければいけない。
戦車道を極められる学校を…。
各自重苦しい表情を浮かべて真剣に進路を考える中でアホ毛がピコンと跳ねると国舞 多代子はハッとした顔つきになり、全員にこう話をしはじめた。
「あ!なら!てっ取り早く黒森峰女学園に入ればいいんじゃ無いの? あそこ強豪じゃん」
「なるほどね、どのレベルからやっつける?」
「そうやなぁ…って! アホか! あそこは西住流が主流のチームやないか!」
「えー…西住なんて私らが力を合わせれば倒せるんじゃ…」
「馬鹿、できるわけ無いでしょ? 実践ならまだしも戦車道なら西住は最強よ。没落流派と現代主流派の差はわかるでしょう? 戦車道で白黒つける前に学校に私らが潰されるわ。下手したら流派を無理矢理西住に変えられるかもしれない」
「うぐっ…」
「西住がある黒森峰はパスやなぁ…。ほんまどないしよ…。ウチらの進路」
うーんと悩む繁子。
実際、主流派の西住、島田流が浸透している学校やその学校伝統の戦車道を貫いている学校では時御流を確立させることは非常に難しい。
だが、そんな流派が確立されていない強豪チームの中には自分達の時御流のレベルを上げてくれる学園もあるかもしれない。しかし、強豪となればそれぞれの特色を持った伝統があるのが常だ。贅沢は言ってられない。
そんな時だ。ふと、立江はおもむろに口を開くとこう話をしはじめた。
「知波単学園とかどうかな? リーダー」
「知波単学園…?知波単…って言ったら…」
「そう、西の黒森、東の知波単、あれに見ゆるは大洗。と言われてるあの強豪。知波単学園。もっとも大洗は今は名門とは言えないけれど、知波単なら戦車道も存分にできるわ」
「でもぐっちゃん…。ウチらの時御流を発揮できる環境かどうか…」
「没落真っ最中の流派が何言ってんのよ今更。つべこべ言わずに入りゃ良いじゃない」
「まぁ、そうやけど…」
「大丈夫だって! 私らもいるし! ね! リーダー!」
「なんで君らそんなノリと勢いで学校決めるんやろなぁ …はぁ」
繁子はため息を吐きながら笑顔を浮かべて知波単学園を勧めてくるメンバー全員の顔を見渡しながらそう告げる。
確かに知波単ならば時御流を活かせる場もあるかもしれない。最近では西住流が主流の黒森峰女学園が一強と言われている様だ。
かつて、黒森峰女学園と肩を並べていた筈の知波単学園。そこならば自分達が活躍できるかもかしれない。
「きっとレギュラーの競争率激しいんやろうなぁ」
「今更じゃん? てか、五人で乗った戦車で今迄負けた事ある?」
「中学の時は…そりゃあ、交流戦ではウチらの戦車は勝ってたけど…」
時御流の戦車道の交流戦。
それは大学をはじめ小学校まで広い幅で年齢層関係なしに行われる戦車道の親善試合のようなもの。
広いジャンルでの親善試合である為、繁子達は時御流の師である明子から試合を組まされていろんな相手といろんな場所で戦車道の試合を行なった。
だが、中学に上がってから1年半程で明子が体調を崩し、床に伏せた事で繁子達は戦車道の試合からはだいぶ離れる事になる。
よって、繁子が懸念しているのはそのブランクだ。
時御流の戦車道は他の流派よりも大量に体力を使う戦術が多い。だからこそ、知波単学園で自分達の時御流が通じるのかが不安であった。
向こうは黒森峰女学園に劣るとはいえ名門には違い無い。最近では聖グロリアーナ女学院が台頭してきてはいるが知波単学園の名はそれでも未だに全国的に有名である。
「まぁ、その前に勉強やね、特に永瀬、あんたがウチは一番心配や」
「げっ!? べ、勉強ぉ!!」
「受験すんだから当たり前でしょうが。あんたが受験一番危ういんだからね?」
「うぅ…あんまし勉強は好きじゃ無いんだけどなぁ…」
「ウチらの中じゃ永瀬は私と並んで戦車の操縦上手いんだから、試験落ちたら許さないわよ♪」
「…が、頑張ります!!」
にっこりと笑みを浮かべて告げる繁子をはじめ立江や真沙子、多代子から念を押され顔を引きつらせて頷く永瀬。
どうやら方針としては知波単学園を繁子をはじめとしたこの場にいる全員で受けることに方向性を定めたようだ。
そして、真沙子は電子辞書や教材を持って来るとそれを皆の目の前に広げる。
「さてと、んじゃ数学からだねー」
「普段から戦車とかの寸法を測ってるからこれはわりと簡単かもね」
「世界史や日本史もなんとか…」
「はぁ、気合い入れてやらんとな。時御流再興は遠いなぁ…」
繁子の夢、流派の再興。
その道の第一歩はまずは戦車道をはじめる前の勉強から始まった。学生の本分は勉強であるからして事を成すにはまずは目の前の事からだ。
今日から勉強漬けで寝れないなと密かに覚悟を決める繁子だった。