ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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 いよいよはじまる聖グロリアーナ女学院戦。

 

 万全の状態で戦車を仕上げ、繁子達はこの日の決戦に挑んだ。敵はイギリス戦車群、相手に不足は無い。

 

 ブリーフィングも行い、繁子達の戦術も皆で共有し理解した。そして、敵の戦車がどんな風な戦術で挑んでくるのかも研究済み。

 

 三年生最後の大会、隊長である辻は並々ならぬ覚悟を持ってこの場所に立っている。

 

 そして、しばらくして試合での整列と礼。

 

 聖グロリアーナ女学院の隊長アールグレイを筆頭にずらりと並ぶイギリス戦車群。

 

 試合前、隊長の辻とアールグレイが顔を見合わせて握手を交わし、両校が顔を揃えて挨拶を行う。

 

 

「…まさか、貴女達が上がってくるなんてね」

 

「今日はよろしくお願いするよ」

 

「辻さん、貴女と戦うのは初めてかしら? こちらこそよろしくお願いしますわ」

 

 

 そう言って両校代表の隊長同士は互いに握手を交わして互いに全力で戦う事を誓い合う。

 

 そして、握手を交わした後、アールグレイは不敵な笑みを浮かべて辻にこんな話をしはじめた。

 

 それはアールグレイが以前会った事のある繁子達に関係する話である。

 

 しかし、そのアールグレイの話の内容は…。

 

 

「あぁ、そうそう、辻さん。ここで一つ私とある賭けをしませんか?」

 

「?…賭け?」

 

「そう、賭けよ」

 

 

 そう言ってにっこりと笑みを浮かべるアールグレイ。だが、辻はその言葉に首を傾げるしか無かった。

 

 賭けと言っても賭けるようなものはウチには無いし、かと言って聖グロリアーナに賭けて欲しいものなど無い。

 

 だが、次に言葉を発したアールグレイから聞いた言葉は辻が耳を疑うような内容の賭けであった。

 

 

「以前会った城志摩 繁子と山口 立江達。賭けの対象はあの娘達」

 

「な!? ど、どういう意味だ?」

 

「そのままの意味よ。そうねぇ貴女達が勝ったら今後、聖グロリアーナ女学院から定期的に戦車の部品の一部を無償で幾つか提供するって事でどうかしら? さらにうちの優秀な整備士を何人か差し上げますわ」

 

 

 そう、アールグレイは笑みを浮かべたまま隊長の辻に繁子達を賭けて勝負しろと持ちかけてきたのだ。

 

 しかしながら当然、こんな賭けを辻は受け入れるわけにはいかない、繁子達は大事な知波単学園戦車道の財産であり仲間だ。

 

 そもそも、彼女達を賭けの対象にするなんてそんな事ができるわけが無い。こんな強引な引き抜きのやり方には辻も賛同する訳にはいかなかった。

 

 だが、アールグレイはそんな辻に続けるようにしてこんな話をしはじめた。

 

 

「貴女、なんでウチやプラウダがここまで繁子さん達を欲するか…理解できるかしら?」

 

「…何?」

 

「あの5人の娘はこれから先、大学での戦車道、いずれできるであろう戦車道プロリーグに参加しても必ず結果を出していけるであろう才能を持った卵達よ。ウチのようにしっかりとした『勝てる戦車道』が確立された名門であればあの娘達の成長にも繋がるわ」

 

「それは…」

 

「プラウダも同じ考えよ、今年はあの娘達が居たからこの場所に貴女が立ってられるの。もし居なかったら? 辻さん、最後の戦車道全国大会、貴女達はどこまで勝ち上がってこれたのかしら?」

 

 

 アールグレイは真っ直ぐに目の前にいる辻にそう話をしながら紅茶を口に運び笑みを浮かべる。

 

 辻にはアールグレイが何が言いたいのかが理解できた。

 

 つまり、繁子達が居なければ今年はベスト4という成績は残せていないかもしれないだろうとアールグレイはそう言いたいのだ。

 

 彼女達が居ない事を考えればサンダース大付属高校の財力や強力な戦車群にチハのみのしかも戦術は突撃だけの戦法しかとっていないと辻はアールグレイから改めて指摘され思った。

 

 おそらく、その状況であったらと仮定して整備科にはかなりの負担をかける事も理解できるし、機甲科との溝もより深まっていた事だろう。

 

 辻自身もそのアールグレイが言う繁子達が成長させられる環境というものを提供できているかとそうとは言い切れない部分がある。

 

 

「貴女達の伝統ある突撃の戦車道をやるのは結構、それで結果も残した事もあるのは知ってるし素晴らしい伝統よ。けれどね、私は有望な戦車乗りのあの娘達がこの先、知波単学園にいるのかは理解しかねるのよ」

 

「………………」

 

「プラウダ高校、黒森峰女学園、サンダース大付属高校なら結構。しかし、私が思うに繁子さん達を理解している貴女が居なくなった後の知波単学園を考えるとそうとは思えないのよね」

 

「…それは…何故だ?」

 

「わからないかしら? それは知波単学園に憧れて入ってくる次世代の一年生が彼女達の戦車道を受け入れてくれるかわからないからよ」

 

 

 そう言い切るアールグレイにはある予想があった。

 

 それは、繁子達の戦車道に憧れて入る来年の新入生はおそらく居ないという事。時御流のやり方に今、皆が賛同してくれているのは辻の存在が非常に大きい。

 

 二年生や今の三年生とて、現在に至るまで全員が全員、繁子達の時御流を理解していたわけではない。全員が心を一つにしたのはここ最近になってからでそれまでは違う考え方を持った者も当然居た。

 

 

『何故、自分は知波単学園の突撃の伝統に憧れてこの学園に入ったのに潔く突撃させてもらえないのだ』

 

『整備科の仕事まで手伝うとか意味がわからない』

 

『ただでさえ全国大会での試合がキツイのに戦車の製造なんてなんでするの?』

 

 

 例を挙げればきりが無いだろう。しかしながらこう言った不満は辻が相談に乗り、プラウダ戦での練習試合を終えてからというもの彼女は繁子達の戦車道を取り入れられるようにと様々な配慮を行ったし、辻自身がそうやりたいと三年生達を説得して二年生にも同じように一人一人面談して解消していた。

 

 今はその一部の彼女達もこの戦車道全国大会で繁子達と関わっているからそれが何故必要なのかを理解している。

 

 だが、来年入学してくる一年生は? この戦車道を理解できるのか?

 

 知波単学園の伝統でもなく、ましてや、西住流や島田流でもないあまり聞いたことも無い時御流という戦車道を受け入れられるのか?

 

 

「プラウダ高校にはジェーコの息のかかった一年生や二年生達がいる上に繁子さん達の待遇も良くすると聞いたし、ウチの聖グロリアーナには影響力があるOG会もあるから私が引退しても彼女達を守ってあげられるわ」

 

「……………」

 

「来年の三年生が貴女が居なくなった後、繁子さん達をどうするか、想像してみたらどう? 果たして今のような戦車道が続けられる?」

 

 

 真っ直ぐな眼差しを向けてそう辻に問いかけるアールグレイ。自分達が引退した後、彼女達がどうなるのか…。確かにアールグレイから言われた予想や仮定も聞いていれば理解はできる。

 

 知波単学園の伝統は突撃、そして、繁子達が扱う戦車道の流派は時御流。

 

 けれど、辻は知っている。自分が居なくなった後の知波単学園でも彼女達ならば自分の居場所を切り開いていける事を。

 

 

「そうだな、正直、私が引退した後は予想できない」

 

「でしょう、ならば…」

 

「けど! あの娘達は自分達で居場所を作る作り方ぐらい知っている!」

 

 

 そう言い切る辻は真っ直ぐにアールグレイを見据えていた。自分の道は自分で切り開く、それが時御流だと繁子達は言っていた。

 

 だからこそ、彼女達がその道を切り開く力がある事を辻は知っている。

 

 その言葉を聞いたアールグレイは驚いた様に目を見開く、そして、そう言い切ってみせた辻を見直した様に笑みを浮かべてこう声を溢した。

 

 

「…へぇ…言うじゃない」

 

「良いだろう、その賭け乗ろうじゃないか。けれど、私達は負けるつもりはない! この今いる知波単学園はあの娘達が選んだ場所だ。貴女方に負けるような戦車道があるような学校で無い事を今日証明してみせる!」

 

 

 そうアールグレイに言い切る辻。

 

 その後ろからゆっくりと、ある人物が辻の側へとやってくる。そう、繁子だ。

 

 繁子はアールグレイと辻の話を聞こえる距離まで近寄って聞いていた。そして、アールグレイが自分達を賭けて勝負しろと辻に持ちかけた時にもそれを止めようとはしなかった。

 

 それは、隊長である辻を信用しているからだ。何故、これまで伝統ある知波単学園で自分達の時御流の戦車道が出来ていたのかを繁子も知っていた。

 

 

「…これで良いんだろう 繁子?」

 

「代わりに啖呵切ってくれて助かりましたよ、辻隊長」

 

「…異論は無いのね? 繁子さん?」

 

「当たり前や、私らもハナっから負けるつもりも無い。知波単学園の戦車道に関わるみんなで勝つつもりですよ」

 

「そう、それじゃ今日は良い試合にしましょう互いにね?」

 

 

 そう言い切るとアールグレイは踵を返して自分を待つ聖グロリアーナ女学院の戦車群へと帰ってゆく。

 

 だが、啖呵を勢いよく切った辻はというと賭けの対象にされた繁子の方へと視線を向けて、申し訳無さそうにこう話をしはじめた。

 

 

「…本当に良かったのか? 私は…お前達を賭けの対象になんて…」

 

「勝負は勝つか負けるかですよ、辻隊長。それにね? 話を聞いてたのに止めに入らんかったって事は異論はないって事ですよ、以前にも言うたでしょう? こう言った話があれば受けて立ってくださいって」

 

「けど…」

 

「ウチも立江達も一番は辻隊長やと思うてますから、それに戦車道じゃ今の知波単学園のみんながね?」

 

 

 繁子はそう言うとニカッと笑みを浮かべて隊長の辻に告げた。

 

 後悔は無い、覚悟を持った背水の陣で己を試合に臨ませる為にも繁子にはちょうど良い話だ。

 

 以前にも辻には話していた。アールグレイが話したようなこんな話が持ち上がる事がある事も繁子にはわかる。

 

 けれど、自分の今いるこの場所は知波単学園のみんなが協力して切り開いてくれた場所だ。

 

 来年の一年生がどんな風にしてこの知波単学園の戦車道を選ぶのかはわからない、けれど、繁子はこの知波単学園での皆が作った戦車道を知って欲しいと思っていた。

 

 

「まずは試合に勝つことですよ、辻隊長。ウチらがやってきた事が間違ってなかった事を証明してやりましょう!」

 

「…あぁ! そうだな!」

 

 

 そう言って隊長の辻は繁子の言葉に頷き笑顔を見せる。

 

 これまで、自分が三年間知波単学園でやってきた戦車道を証明する。繁子達と新たに築いたこの知波単学園の戦車道のやり方で。

 

 挑戦者として、辻は心を決めて聖グロリアーナ女学院に挑む事を誓った。

 

 そして、辻もまた同じように踵を返して自分を待つ知波単学園の戦車達の元へと戻ってゆく、繁子もまたそれに続く様に後ろを歩いて行った。

 

 そんな2人の光景を眺める聖グロリアーナ女学院の女生徒。

 

 

「ダージリン、どうかしたの?」

 

「ん…いや、ただ、面白い試合になりそうだと思いましてね」

 

「面白い試合? 城志摩 繁子の事かしら?」

 

「そうね…。アッサム、貴女はこんな格言を知ってるかしら? 『戦争で最も計算できないものは戦意である』って言葉」

 

「…いや、知らないわ」

 

「城志摩 繁子を含めた知波単学園は並々ならぬ戦意を抱いてこの試合に来ているわもっとも…」

 

 

 繁子の後ろを姿を見つめたダージリンは真っ直ぐにその背中を見つめる。

 

 そして、繁子と並ぶ様に歩く辻、彼女達を迎い入れる知波単学園の仲間達をジッと見つめたダージリンは言葉を区切った後こう告げはじめる。

 

 

「私達にその戦意が通用するか否かは別の話ではあるのだけれどね」

 

「貴女その格言を言ってみたかっただけじゃないかしら?」

 

「さぁ…どうかしらね?」

 

「図星ね」

 

「兎にも角にも、こうして城志摩 繁子と対決できる機会が出来た訳なのだから…私達もそれ相応の覚悟で臨まないといけないわ」

 

 

 そう言ってダージリンは紅茶を口に運びながらアッサムに笑みを浮かべる。

 

 隊長であるアールグレイが欲しがる城志摩 繁子という同じ一年生とこうして戦う機会を得た今、ダージリンは同じように聖グロリアーナ女学院で戦車道をやる人材であるかどうか見定めようと思っていた。

 

 果たして、期待した一年生では無くただの期待外れの人材か、それとも、自分達と肩を並べる腕を持った戦車乗りであるのか。

 

 

「もっとも、紅茶を聖グロリアーナで自家生産できるようになれば私的には万々歳なのだけどね」

 

「それじゃ隊長から買われる城志摩 繁子のお手前、拝見させて貰おうかしら? ダージリン」

 

「そうね」

 

 

 他愛の無い会話を終えて愛車であるチャーチル戦車に乗り込む2人。重装甲の戦車群はアールグレイのクロムウェルを筆頭に定位置へと移動を開始する。

 

 いよいよ近く試合開始時間。

 

 両校のプライドと意地、そして、誇りを賭けて今、準決勝の試合の火蓋が切って落とされようとしていた。

 


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