ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
繁子達の進路を賭けた大勝負。
知波単学園VS聖グロリアーナ女学院。
今、その火蓋は切って落とされた。運営側から煙弾が打ち上げられるのを両校の並ぶ戦車群は今か今かと待ち焦がれている。
各自、ズラリと並ぶ15輌の戦車群、決勝の舞台を目指し様々な思いが交錯する中、上空高くその合図が立ち昇る。
『知波単学園対聖グロリアーナ女学院! 試合開始!』
そして、打ち上げられる煙弾。
両校の並ぶ戦車群は勢いよく音を立てて動き出す。聖グロリアーナは定石通りの浸透強襲戦術の戦法を取り一糸乱れぬ陣形を形作る。
これが、聖グロリアーナ女学院のお家芸。
優雅にそして、絶対的カリスマの指揮官の元、戦車内で飲んでいる紅茶を溢すことなく勝ち上がって来た名門校ならではの伝統戦術だ。
「城志摩 繁子さん、辻つつじさん。私達の陣形も連携も盤石のこの聖グロリアーナ女学院に果たして貴女方がどう戦うのか…見せてもらうわよ」
不敵な笑みを浮かべそう告げるアールグレイ。
統一が取れたその陣形に隙はない。この絶対的な装甲と連携に太刀打ちできる学校はプラウダと黒森峰女学園くらいだろうという自負がある。
すると、試合開始からしばらくして。アールグレイの耳にある情報が早速飛び込んできた。
左翼側からの戦車からの通信だ。
『左側面から敵襲! 数は3!』
「早速仕掛けてきたか…。被害は?」
『マチルダが一輌やられました! …奇襲です!』
被害報告を通信を通して告げる聖グロリアーナ女学院の女生徒。
その言葉を聞いたアールグレイは顔を顰めて彼女にこう訪ねた。選りすぐりの戦車乗りがいるこの聖グロリアーナ女学院で敵の接近をそこまで許すことなどそうそうない事だ。
何かしらその原因があるはずだとアールグレイは思っていた。
「なんですって? 何故気づかなかったの?」
『それが…敵車輌が突然現れまして』
慌てたような口調で聖グロリアーナの生徒からの返答が返って来る。
アールグレイは静かに考えた。以前見た知波単学園の戦法を見た限り、これは繁子達が得意とする時御流のやり方。
彼女達はこうして敵の戦力を削ってきた。ならば考えられる手段は一つ。
(カモフラージュによる奇襲か…なるほど、今回も相手は完成度の高いカモフラージュを取入れて来てるのね)
『どうなさいます?』
「愚問ね、全軍で追撃。目標は左翼の敵奇襲隊、隊列を乱さずそのまま追うわ、私のクロムウェルなら簡単に追いつけますわ」
『承りましたわ!』
そう言ってアールグレイとの通信を切る聖グロリアーナ女学院の女生徒。
確かに奇襲ならば不意を突かれても仕方がないだろう。だが、アールグレイが気になっていたのはそこではない。
マチルダの装甲を撃ち抜く戦車。この存在の方が気がかりであった。
(敵戦車はおそらくクロムウェルを撃ち抜ける戦車を持ってきてる可能性が高いわね…警戒しないとやられるわ)
そう、マチルダだけではない。このアールグレイが乗るフラッグ車であるクロムウェルもそうだ。
戦車による砲撃は重装甲があるこのクロムウェルならとこれまでさほど警戒しなかったがこうなってくると話が変わってくる。
敵戦車は油断できる相手ではない。そう改めてアールグレイは気を引き締めさせられた。
一方、こちらは奇襲を成功させ、現在、聖グロリアーナの誘導に移るホリ隊。
繁子から言われた通りにありったけの煙幕を用いた視界妨害作戦を行いながら、チャーチル、マチルダ戦車群から逃走を試みていた。
もちろん、マチルダ1輌を撃ち抜いたのはホリ車である。ホリ車には煙幕を開く間に再びカモフラージュをかけ別ルートで繁子達が待機する森林地の湖を目指す。
ホリに乗るのは隊長の辻つつじ。そして、マチルダを撃ち抜いたのも彼女の戦車だ。
「うまくいったな、後は撤退を迅速に行うだけだ」
「私たちが引きつけますから辻隊長は早く撤退を」
「わかった。では後は任せたぞ」
「「はい!」」
そう言うと再び戦車に乗り込む知波単学園の生徒達。
今回、辻がホリ車に乗るのはある理由があった。それはこの戦車がクロムウェルやマチルダの装甲を簡単に撃ち抜ける事ができる戦車であるという事。
隊長として、彼女には今回ある覚悟があった。それはアールグレイを撃ち取るのは自分であるという覚悟だ。
知波単学園の仲間を守るため、彼女は負けられないという気持ちでこの戦車に乗る事を繁子にお願いした。
(アールグレイ…いや、聖グロリアーナ女学院。お前達に大事な仲間は絶対に譲らない!)
すぐさま煙幕が辺りに広がると辻はカモフラージュしたホリ車での離脱を開始する。
そして、囮となったケホとホニの車輌は煙幕を使いながらジグザグに走行し、聖グロリアーナ女学院の誘導を開始する。
視界が悪い中での砲撃、だが、当たらないとも限らない中での戦車の追いかけっこが始まる。
「……これは面倒ね」
「ダージリン、車影を捉えたわ」
「砲撃しながら陣形に合わせましょう。隊長もそのつもりでしょうし」
「…了解」
降り注ぐ聖グロリアーナ戦車14輌からの雨のような砲撃。
地面が爆ぜる度にケホとホニに乗る知波単学園の女生徒達は冷や汗をかく、下手をすれば一撃粉砕だ。
これとまともにウチの戦車で正面からやり合おうとすればたちまち鉄の藻屑となるだろう。それだけの迫力と圧迫感がある。
「逃げて逃げて!」
「やっばい! 怖いよ! あれ本当に同じ戦車なの!?」
「まだ着弾した訳じゃない! しげちゃんのところまでしっかり誘導しなきゃ!」
だが、煙幕を引いているからと言って敵戦車がこのままみすみす逃してくれる訳もない。
すぐさま、隊長車輌であるクロムウェルが煙の中を猛追してきた。そして、アールグレイの車輌が逃走していたホニIIIの車体を捉える。
逃げられないホニ、まさに、煙幕を突っ切って砲身をぶつけてきたクロムウェルは獰猛なジャガーやヒョウの様な肉食獣を連想させられる。
「しまった! ホニが…っ!」
「撃ち抜きなさい」
次の瞬間、ホニがクロムウェルの砲身から発射された牙の餌食となる。
吹き飛ばされたホニIIIの車体は二転三転し、逃げ込もうとした森林地の木にぶつかると白旗を揚げた。確かにクロムウェルの様な機動性の高い装甲戦車ならば追いついてゼロ距離射撃すれば済む。
その光景を目の当たりにしたケホに乗る知波単学園の女生徒達は戦慄した。
だが、立ち止まる訳にはいかない、何としても繁子達が待つ場所へと戦車を生かして帰らなければ。
「逃げて! 全力で!」
「ケホならやれる! 絶対!」
そう、軽戦車のケホならばWW2の戦車の中で最速を誇ったクロムウェルでもなんとか撒けるはず。
繁子は言っていた。このケホはWW2の日本戦車の中でも最も早い戦車であると。ならばクロムウェルといえど早々に追いつく事は容易くはない。
自分達にはあの恐ろしい戦車群を仲間たちのために誘導する責任がある。ならば、成し遂げなければならないだろう。
爆ぜる地面、迫るイギリス戦車をなんとか振り切ろうと森の中へと煙幕を広げながら逃げ込む知波単学園のケホ車。
それを追撃するクロムウェル。
そして、それに追従するチャーチルとマチルダ。
だが、森に入った時点でケホの機動性を生かした回避はキレを増した。というのも森林地における木が障害となり聖グロリアーナ女学院の戦車達が上手く照準がつけにくい状況を強いられる形になったからだ。
「…当たらないわね」
『どうしますか?アールグレイ様?』
通信を通して隊長であるアールグレイの判断を待つ聖グロリアーナ女学院の生徒。
この状況であれば、照準がつけにくいにしろケホ1輌は撃ち抜き撃破する事は容易い。だが、アールグレイには何かが引っかかった。
それは、この今のケホ車を追い深入りしている状況。まるで、誘導されているかの様なそんな撤退の仕方である。
「警戒をしつつ前進。周りに気を配りなさい」
『はい、わかりました』
全体に指示を飛ばすアールグレイ。
追撃は続行するが、先行しすぎて陣形が崩れれば元も子もない。この陣形で森林地を突き進み、たとえ待ち伏せがあろうとも迎えて撃破する。
アールグレイにはこの聖グロリアーナ女学院の『勝てる戦車道』に絶対の自信がある。これまでも幾多の強豪を撃破してきたこの陣形と聖グロリアーナ女学院の浸透強襲戦術こそが最強だと信じている。
しばらくして、アールグレイが率いる聖グロリアーナ女学院の戦車達が湖に差し掛かる。
湖を横切り回避しようとする聖グロリアーナ女学院の戦車群。
だが、この湖の地点に到達してから、アールグレイは信じられないものを目の当たりにする事になる。
まず、はじまったのは…ふとした出来事からだった。
ガスンッ! っと何かが沈む音が森林地に響き渡る。アールグレイはその音を聞いた途端にすぐさまクロムウェルから顔を出した。
「…まさかっ!」
確認する様に陣形を組んだ聖グロリアーナ女学院の戦車群を確認するアールグレイ。だが、彼女が見たものは聖グロリアーナ女学院の陣形に空いた穴だった。
そう、浸透強襲戦術を組んでいた隣で走っていたチャーチルが1輌、クロムウェルのすぐ隣で消えたのだ。
当然、突然の出来事に唖然とするアールグレイ。
だが、それからしばらくしてその出来事は一気に大きな波となって広がる事になる。
『アールグレイ様! 奇襲です!』
「…なんですって…」
そう、一気にカモフラージュが解かれチへ、チヌ、チト、チハ、ホニIIIの戦車群がズラリと聖グロリアーナ女学院の陣形を包囲する様に急に現れたのだ。
しかも、周りに居たチャーチルやマチルダは次々と足を取られる様にしてアールグレイの組んだ陣形から消えてゆく。
この出来事に流石の彼女も驚愕するしかなかった。
さらに、現れた知波単学園の戦車群は集中放火を放ちながらだんだんと陣形を狭めてくるではないか。
「…まさかこんな古典的なやり方で聖グロリアーナ女学院の浸透強襲戦術を破りにくるなんてねっ!」
ギリっと歯軋りをするアールグレイ。
見事な手際、そして包囲までの仕掛け、カモフラージュを使った効率良い戦術だ。だが、もちろんこれだけではない。
もちろん、包囲されたのならば陣形を組み直して戦えば良い、だが、落とし穴にハマったチャーチルやマチルダは突撃を仕掛けたホニやチハから完全に取り押えられる様な形を取られ身動きが取れないでいた。
「…今や! 全軍! 砲撃開始!!」
『リーダー!待ってました!』
『さぁ! 今からホニ車の弔い合戦よ!』
知波単学園の本隊全軍が陣形が崩れた聖グロリアーナに向けて包囲しながら集中放火を放ちはじめる。
もちろん、湖を背に背水の陣を強いられる聖グロリアーナ女学院の戦車群。だが、当然、これだけでは無い。
湖からの刺客が背後から忍び寄る。
確かに陣形が崩されチャーチルやマチルダの一部が落とし穴により身動きが取れなくなったのはアールグレイの完全な誤算だ。
だが、浸透強襲戦術はまた組み直しはできる。こちらは装甲が厚いイギリス戦車群だ。
アールグレイを筆頭に聖グロリアーナ女学院は陣形を再び組み直すと抵抗するように砲撃を放ちはじめる。
「陣形を保つわよ! 湖を背に反撃を…っ!?」
だが、アールグレイが反撃に出ようとしたその時だ。
陣形を組んでからクロムウェルのすぐに側にいたマチルダから火の手が上がった。着弾したのはなんと包囲されて砲撃を受けている前方からでなく、後方から。
アールグレイは目を見開いてその原因を確認すべく背後へ振り返る。すると、そこに居たのは…。
「水陸両用戦車ですって!?馬鹿な!?」
なんと、カモフラージュしていた水陸両用戦車隊が砲身を出してこちらへと砲撃を仕掛けて来ていた。
これは、ただの包囲では無い、文字通り『完全包囲』だ。このまま陣形を組んでいても的になるかやられるのを待つだけ。
水陸両用戦車を持ち出してくるとはアールグレイも予想だにしていなかった。しかも、3輌。こちらは装甲が薄い後方部を湖に背を向けている為、当たればクロムウェルとて一撃でやられる可能性がある。
この光景にはチャーチルに乗っていたダージリンも黙ってはいられなかった。彼女は戦車から身を乗り出すとクロムウェルに乗るアールグレイにこう声を上げる。
「アールグレイ様! このままではやられてしまいます!」
「わかってる! 全軍! 散開! 各自、戦車撃破し現状況を各自打破し再び陣形を組み直すわ!」
「アールグレイ様! それは…!」
「えぇ! 私も把握してるわ! …まさか、こんな状態になるなんてね…!」
アールグレイのその言葉はダージリンにもよくわかっていた。
いわゆる彼女達にとっては苦渋の選択である。
聖グロリアーナ女学院の組織的な戦車道はかなり強力であり、組織されたそれはまさに強豪と言っても遜色無い。
だが、聖グロリアーナ女学院で行われる一糸乱れぬ隊列行動訓練はどこまでも隊長の命令に全車が従うものであり、この反復訓練によって集団規律も徹底されていくものだった。
しかし、同時にそれは各隊員が自らの判断を停止してひたすら服従するという姿勢を強化していってしまっているのである。早い話が主体性に欠けてしまうのだ。
カリスマ性ある隊長に従う戦車は確かに強力で強いだろう。だが、個人的に戦う戦車道の戦闘となれば話は変わってくる。
知波単学園の伝統は突撃。
すなわち個人的な能力に特化した戦車乗りが多い、自己判断や個人的に戦う戦車道となれば彼女達の腕は聖グロリアーナ女学院をも上回る。
これまでの経験、そして、知波単学園の伝統を信じて戦ってきた彼女達が身につけたものだ。入学してきた繁子達がさらにそれを求める事にその腕にはより磨きがかかっている。
確かに優秀な戦車乗りは聖グロリアーナ女学院には多いが今の現状打破を個人的な力で行うとするならば普段からアールグレイの采配に頼って来た彼女達には非常に難しくなってくるだろう。
この時点でアールグレイとダージリンは現在置かれている状況下を考えた時に主体性においては知波単学園が勝っているということを把握していた。
さらに、聖グロリアーナ女学院の重装戦車による編成は、隊員に冷静で臨機な判断を可能にさせるための方策であったにもかかわらず、むしろ安心感に包まれた各隊員の判断を受け身にしてしまっている。
現在の陣形を崩し、個人散開での知波単学園の包囲網突破と戦車撃破はまさにアールグレイには苦渋の選択だった。
そう、これこそが、繁子達が真に狙っていた狙い。聖グロリアーナ女学院の絶対的な陣形を乱した今ならば、乱戦に持ち込める。
「…城志摩…繁子…、 おやりになりますわね」
アールグレイのプライドに火がつく。
今年入学した一年生の戦法が聖グロリアーナ女学院の伝統である浸透強襲戦術を完璧に崩してきたのだ。悔しさもあるがそれ以上にこの戦法に対しての素直な賞賛を贈りたくなるくらいである。
それは、ダージリンとて同じであった。
今迄、黒森峰にもプラウダ高校にも今年に入ってからというもの負けてはいなかった。こんな状況に陥ること自体がほぼ未経験な出来事。
にもかかわらず、彼女は心が躍っていた。まさか、こんな戦車道があるとは思いもしなかっだからだ。
確かに上品とは言いがたく、華麗とは程遠い。
だが、それにしても見事な手際と戦法。落とし穴を作り、水陸両用戦車まで持ち出して、何としても勝利を掴み取るという知波単学園と城志摩 繁子達の執念を肌で感じた。
「これも、戦車道ね」
すぐさま、臨戦態勢に入るダージリンのチャーチルとアールグレイのクロムウェルは知波単学園の包囲網を突破する為に湖から離れ各自の判断で直進する。
そして、他のチャーチル、マチルダ戦車もそれに続く様に散り、各自突破を敢行しはじめた。
知波単学園と聖グロリアーナ女学院の前代未聞の戦車による乱戦がここに幕を上げた。