ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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試合を終えて

 

 試合が終わり互いに礼を尽くす両者。

 

 激闘の末、聖グロリアーナ女学院を倒した繁子達。笑顔を浮かべたまま隊長の辻の隣で頭を下げてお辞儀する。

 

 互いに出せるものを出し合い戦い抜いた。試合も終わり、アールグレイも手を差し伸べてまた戦った辻に賞賛の言葉を贈る。

 

 戦車道で悔いなく戦った者同士、三年間という節目に区切りをつける為だろう。

 

 辻は差し出されたアールグレイの手をそっと握り返すと同じく柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「完敗だったわ、辻さん。 貴女の戦車道、しかとこの目で見させて貰ったわよ」

 

「いや、私も危なかったよ…もう少し早く砲弾を撃ち込まれていたら私が負けていた。アールグレイ、見事だよ本当に…」

 

「ふふ、お世辞はやめてくださいな。 決勝戦、必ず見るわ、悔いの無い戦いを期待してるわね」

 

 

 アールグレイは潔く辻にそう告げた。

 

 アールグレイは辻が見せた戦車道を賞賛に値すると感じたのだろう。辻つつじが三年間積み重ねてきた努力と勝利した知波単学園の全員に敬意を表する。

 

 だが、ダージリンはアールグレイのそんな後ろ姿を静かに眺めていた。もし、あの時、自分が繁子達を撃ち倒していれば違った結果になったのかもしれない。

 

 そう思うと自然と目から涙が流れていた、もう、アールグレイとはこの戦車道全国大会で共に戦う機会も無くなってしまったのだから。

 

 

「ダージリン…」

 

「…アッサム、ごめんなさい…私」

 

 

 ダージリンはそう告げると静かに下を向いた。

 

 優雅に華麗に勝てる戦車道を今まで見せてきたアールグレイ、ダージリンもまたそのアールグレイをこの全国大会で優勝させたいと思っていた。

 

 アールグレイの宿敵、ジェーコ、黒森峰を倒して今年こそ優勝するのは聖グロリアーナ女学院であると信じていたかった。

 

 だが、そんなダージリンの様子に気づいたのかアールグレイは笑みを浮かべると辻との握手を終えてダージリンの方へと歩を進めた。

 

 この聖グロリアーナ女学院を率いた隊長として、アールグレイがこの大会の最後に出来る事。それは、次の才能に未来を託す事だ。

 

 

「顔を上げなさい、ダージリン。貴女、聖グロリアーナ女学院の校風を忘れたのではなくて?」

 

「…しかし…、私が…っ」

 

「自分1人を責めるのは違うわ、皆で戦って負けたのよ。 次の隊長である貴女が礼節のある、しとやかで慎ましく、そして優雅で無くてどうするの」

 

 

 ダージリンはそのアールグレイの言葉に目を見開いた。

 

 まさか、自分がアールグレイから次の隊長の指名を受けるとは思ってもいなかったのだろう。だが、アールグレイはその決断になんの迷いもなかった。

 

 実力もカリスマ性もダージリンには備わっている。今回の繁子達との対決も戦車の数の不利な状況下で奮闘し、そして、繁子達を追い詰めた。

 

 この他の試合でもダージリンが活躍していた事をアールグレイは知っている。一年生としての戦車道の才覚ならダージリンがずば抜けて高いという確信があった。

 

 これから先の聖グロリアーナ女学院の道標、それは紛れも無くダージリンがなるべきであるとアールグレイはそう思っていたのだ。

 

 

「貴女が見せてくれる戦車道…、楽しみにしてるわね」

 

「…アールグレイ様…っ」

 

「いい試合だったわ、私はこの聖グロリアーナ女学院で三年間、戦車道をしてきてとても満足だった…」

 

 

 アールグレイは涙を微かに流してそれを指で拭うとダージリンを優しく撫でて皆にそう告げた。

 

 ダージリンは静かに涙を流してアールグレイの腕の中でこの悔しさを噛み締めた。今まで『勝てる戦車道』で勝ち進んできた名門聖グロリアーナ女学院の再起を胸に誓って。

 

 次は必ず城志摩 繁子を倒してみせる。今日の試合でアールグレイを負かした知波単学園へのリベンジ果たす、そんな思いが敗戦を味わったダージリンの中にはあった。

 

 色んな思いがある。この大会に賭ける思いはきっとそれは皆同じなのだと繁子達は聖グロリアーナ女学院のアールグレイ達を見て思った。

 

 そして、しばらくしてダージリンはハンカチで目を拭うといつものように気品のある風格のまま、真っ直ぐにアールグレイの目を見据えた。

 

 

「はい、 隊長就任、私が受けさせていただきますわ。来年こそは必ず」

 

「えぇ、その顔よダージリン。きっと貴女ならやれる筈、貴女だけの戦車道を」

 

 

 そっと腕の中からダージリンを離したアールグレイは静かに瞼を閉じると肩を叩き一言そう告げた。

 

 今年も優勝できなかったが、自分が納得出来る戦車道を最後までやり通せた。それが、アールグレイにとっては一番の財産である。

 

 繁子達はその光景を静かに見守った。自分達の勝利は決して自分達だけの物じゃない、三年生のアールグレイやメグミ達の思いも共に背負っているのだと改めて思い知らされた。

 

 そして、戦車道全国大会の最後の役目を終えたアールグレイは繁子達の元へとやってくる。

 

 見事な戦略に策略、練りに練られたそれは繁子達が身体を張って作り上げたもの。

 

 聖グロリアーナ女学院のように重装甲の戦車で陣形を組んだ美しい戦い方ではない、だが、アールグレイは身体を使い、身を削りながら勝利をもぎ取ろうとする繁子達の戦車道に対する姿勢に敬意を払いたかった。

 

 彼女達を聖グロリアーナ女学院に迎えたいと思った自分の目は間違いなんかじゃなかったとアールグレイは胸を張って言える。

 

 

「見事よ、繁子さん。貴女が見せてくれた戦車道はこの目に焼き付いたわ」

 

「…アールグレイさん…ありがとうございます。貴女のクロムウェル戦車、ほんまに強かったです。それに、聖グロリアーナ女学院の戦術もみんなも」

 

「えぇ、私の自慢の戦車達に仲間達だもの当然ですわ」

 

 

 アールグレイはいつものように紅茶を片手にニコリと繁子に微笑みかけた。

 

 繁子もまたそれに応える様に笑みを浮かべて応える。試合も終わり賭けは知波単学園が勝った。けれど、そこには戦車道を極める者同士の見えない絆の様なものがある。

 

 そして、繁子は試合前にアールグレイが持ち出した賭けについて彼女にこう話をしはじめた。

 

 

「アールグレイさん、賭けの事やけど…。ウチらは整備士さんは要らんよ。代わりにほんのちょっと今後は部品を頂きに来ますからその時にお茶でも出してくれたら嬉しいです」

 

「…いや、でも賭けは私から…」

 

「ウチらはみんなで協力して全員で戦車の整備や製造をやりますんで…、それが、今の知波単学園です」

 

 

 繁子はそう優しく笑みを浮かべると立江達と辻隊長に視線を向けた。

 

 その繁子の言葉に誰もが異論を唱える事無く静かに頷く、共に全力で戦った相手には敬意を払うのが繁子達の戦車道。

 

 アールグレイはその繁子の言葉に静かに頷いて応える。そして、繁子は手をそっと差し伸べた、アールグレイに握手を求める為だ。

 

 その繁子の手は泥だらけ、辻もそうだが、この試合を通して誰1人として知波単学園の生徒達は手が綺麗なままの者達はいなかった。

 

 気品のある聖グロリアーナ女学院の隊長がそんな者と握手を交わすことは戦車道に通ずる一般人ならば考えられないこと。

 

 だが、アールグレイは手袋を取り、辻にも繁子にも等しく泥だらけの手と握手を交わした。

 

 他の聖グロリアーナ女学院の生徒達も同じように知波単学園の生徒達とそれぞれ握手を交わした。

 

 名家の出だろうと戦車道を通じて戦った相手に敬意を表するのが知波単学園と同じく、聖グロリアーナ女学院の戦車道だ。

 

 

「貴女の成長を心から楽しみにしているわ、ダージリンは強敵よ?」

 

「あはははは…、今日戦って見て分かりましたよ…ほんまに強かったです」

 

 

 繁子はそう言って、アールグレイの忠告に苦笑いを浮かべてそう告げた。

 

 来年、再来年には必ず立ち塞がるだろう強敵。きっと次に戦う事になれば繁子でも勝てるかどうかわからない。

 

 時御流をもってしても強い者はいる。戦車道というのはやはり一筋縄ではいかないものだと繁子はこの試合を通して改めて心に刻んだ。

 

 

 

 そして、両校とも互いに握手を交わし終えるとそれぞれ互いの学校による交流が始まる。

 

 戦車道の試合を終えれば皆が共に戦車道を愛する同志である。しばらくしてから、立江達は準備万端と言わんばかりに板前の衣装にすぐさま着替えを済ませていた。

 

 あまりに衣装がしっかりと似合っているので、こちらが本業では無いのかと両校の生徒達は思うがひとまず口には出さない事にする。

 

 

「さぁてと! 辛気臭い話は終わり終わり! アールグレイさんの激励と両校の交友も兼ねてパァーッと行こう!」

 

「よし! 本領発揮といきますか!」

 

「さて! 皆さんほらほら並んで並んで!」

 

「お! 板前真沙子ちゃん! 本領発揮か!」

 

「真沙子、いつも包丁3本は必ず持ち歩いてるからね」

 

「プロの板前さんかな?」

 

 

 鉢巻を頭に巻いて気合いを入れる真沙子。

 

 聖グロリアーナ女学院の生徒達も知波単学園の生徒達もそれぞれ出店へと足を運びはじめる。

 

 知波単学園は出店の用意と食事の準備に取り掛かりはじめる。そして、聖グロリアーナ女学院の生徒達もまた気品のあるお菓子や洋風の食事を用意。

 

 イギリスで有名と言えばフィッシュ&チップスであろう。知波単学園の生徒達は興味津々に出店を回ってそれを受け取っていた。

 

 さて、我らが時御流5人娘はと言うと?

 

 

「さぁ、出来たよ! ラーメン一丁あがり! 」

 

「このラーメン、全国回って素材集めて作った一品だからね! 一応、鉄人から絶賛してもらったラーメンだよ!」

 

「最近ではラーメンの三つ星があると聞きいた事はあるけれど…なるほど、確かに香ばしい香りね」

 

「ベースは醤油やからね、味もサッパリしてるから多分、アールグレイさんの口には合うと思うで」

 

 

 そう言って作り上げたラーメンをアールグレイに差し出す繁子。

 

 5人の板前娘はそれぞれの腕を存分に発揮していた。この光景には聖グロリアーナ女学院の生徒達も目を丸くするばかりである。

 

 本当にこちらが本業では無いかと誰もが言いたくなるくらいの本格的な板前振りであった。

 

 

「さぁて! それじゃこのヒラマサをこうやって捌いてってと!」

 

 

 続いて、魚を捌いている真沙子は包丁をまるで手足を扱うかの様に巧みにサッサと刃を魚の身に入れて捌いてゆく。

 

 その様を見ていた生徒達は思わず目を輝かせて声を上げた。

 

 手慣れた真沙子の包丁捌きを目の当たりにすれば本当に同じ高校生の女の子かどうか疑わしくなっても仕方ないだろう。

 

 

「はい! 一丁あがり! イタリア風に言うとヒラマサのカルパッチョ! っと後は刺身に寿司よ!」

 

「すっごーい! 綺麗な身! 流石、真沙子っち!」

 

「驚いたわね、刺身に寿司にカルパッチョ…こんなに魚を綺麗に捌くなんて」

 

「真沙子は包丁自分で打って作るからね、あの包丁も手作りだよ」

 

「やっぱり自分の手に合うものを作ってなんぼよね、まっ、食べてみなさいよ」

 

 

 そう言って、作り上げたヒラマサ料理を振る舞う真沙子。

 

 ちなみにこのヒラマサは真沙子の親戚の家で漁をしていたものを頂いたものである。真沙子の親戚の家は漁を営む専門の職についているため今回はヒラマサやタイ、タコ、ヤリイカなどの魚をいただいてきていたというわけだ。

 

 戦車道の試合が終わってからこういった食事会の事を繁子達は常に想定している。本当のところ、もしかしたらこちら側が彼女達の本業なのかもしれない。

 

 そして、綺麗に並べられたヒラマサ料理を前にしたダージリンはカルパッチョを箸で掴むとそれをゆっくりと口に運んだ。

 

 

「おいしい、すごいわ、このカルパッチョ…」

 

「ヒラマサは1匹1万円くらいする高級魚だからね、お口に合って良かったわお嬢様」

 

「い、1匹1万円!?」

 

「そんなにするんだ…この魚」

 

「ヒラマサね…? 今度、買って貰おうかしら?」

 

「ならウチに予約すると良いよ、天然物のヒラマサを提供するからさ」

 

 

 真沙子はにっこりと笑みを浮かべてダージリンにそう告げる。

 

 そして、皆も同じようにヒラマサ料理を口に運んで食べ始める。1匹1万円の高級魚の刺身にカルパッチョ。さて、そのお味は…?

 

 

「わぁ…こんな味なんだ! すっごい歯応えがある!」

 

「美味しい! 何これ!」

 

「さぁさぁ、まだまだ行くわよ! タイにヤリイカもあるんだからね!」

 

「真沙子ー! マグロもあるでー!」

 

「はいよ! 任せんしゃい!」

 

 

 そう言って魚を捌いていた真沙子にラーメン屋台を開いていた繁子が声を上げ、真沙子はその声に応える。

 

 魚を捌くのを真沙子に任せ、こちらはラーメン屋台を開いている繁子、アールグレイは繁子から出された鉄人公認の醤油ラーメンをゆっくりと口に運んでいた。

 

 このラーメン、福島県から取り寄せた最高級小麦から作った麺。さらに、スープには特にこだわりを持って作った。

 

 力のあるパンチの効いた鰹節、『宗田節』。

 

 この『宗田節』はもちろん静岡県西伊豆で行われている『手火山式』で二週間かけて燻して作り上げたものを使用している。

 

 まろやかな旨味を引き出す『真昆布』。

 

 北海道から取り寄せたこれは旨味を最大限に引き出すため、3日間天日干したものを使用。昆布の王様として知られている。

 

 その他にも別名、幻のハマグリと呼ばれる、鴨島ハマグリ。

 

 椎茸のおよそ10倍の大きさを誇る「のとてまり」。

 

 世界遺産・白神山地の山奥で湧き出す硬度0.2の「超軟水」などの高級素材をふんだんに用いたこのラーメンは繁子達が全国を回り搔き集めたものを結集させたラーメンだ。

 

 原価は言わずもがな600円以上は軽くする。このラーメンを店に出すとすれば2000円はする超高級ラーメンなのである。

 

 アールグレイはこのラーメンをゆっくりと口に運ぶと目を輝かせた。

 

 

「…美味い! 何、このラーメン! 私が食べた今までの料理の中で一番かもしれませんわ!」

 

「そうでしょう? 一杯二千円相当の超高級ラーメンやからな? なー、多代子?」

 

「だねー、いやー意外と味を出すのは難しいんですよねこのラーメン」

 

「…ちなみにご注文は承ってまして?」

 

「もちろんやで、うちの実家にスープは保管してあるからいつでも用意できますよ」

 

「なら、今後、このラーメンを指名させて貰いますわ」

 

「まいど! おおきに!」

 

 

 こうして、繁子達の顧客がどんどんとこの交友会にて増えていく。

 

 ラーメンに高級魚、このどれもが聖グロリアーナ女学院の女生徒達には未知の体験であった。

 

 こんなにおいしい物が世の中に溢れていたと改めて認識させられたアールグレイとダージリンにとっては今回は良い経験になった事だろう。

 

 繁子達の屋台はそれからもしばらく続き、聖グロリアーナ女学院も知波単学園の生徒達はこの交友会を満喫した。

 

 次はいよいよ決勝へ。

 

 果たして、戦車道全国大会優勝を成し遂げる事ができるのか、繁子達の挑戦はまだ終わりではない。

 

 そして、この続きは次回の鉄腕&パンツァーで!

 

 


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