ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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VS黒森峰女学園戦 1

 

 黒森峰女学園。

 

 前回戦車道全国大会優勝校であり、西住流を主流とした戦術でこれまで優秀な戦績を収めてきた強豪校。

 

 今年は一年生の怪物、西住しほの娘、西住まほが隊長に就任しよりその力は鋼の如く強固なものとなっている。

 

 黒森峰女学園との試合前、繁子は来るべき時が来たのだという思いを胸に秘め、西住まほと対峙するように整列する。

 

 そんな2人の光景を遠目から見守る女性がいた。そう、西住まほの母、西住しほである。

 

 いよいよ始まる決勝でついに西住流と没落流派時御流との決戦が始まる。

 

 西住流に敗北は許されない、だが、しほの心情には繁子の凜とした横顔が今は亡き親友の顔と被っていた。

 

 

(…あきちゃん、見てるでしょうか? 貴女の娘と私の娘が世代を超えて叶えてくれましたよ、西住流と時御流の戦いを…)

 

 

 決勝まで戦い抜いてきた繁子の姿を見たしほは穏やかな表情でそれを見つめていた。

 

 懐かしい光景、明子と自分、そして、今はまほと繁子だ。因縁と親愛、いろんな感情を感じるが西住しほはただ、この試合で互いに後悔が無い試合をしてくれたらと思った。

 

 そして、繁子は知波単学園代表としてまほと握手を交わして笑みを浮かべる。

 

 まほもまた繁子同様に笑みを浮かべて握手を交わした。互いに全力で戦い抜き、この戦車道全国大会を締め括る事を誓う。

 

 

「しげちゃん、いい試合にしよう」

 

「せやね、今日は全力で挑ませて貰うわ」

 

「私は握手よりハグが良かったんだが…」

 

「試合前にそんなことできる訳無いやろ、バカちん」

 

「痛っ…、むぅ、確かにメリハリとは大切だな」

 

 

 そう言って繁子は苦笑いを浮かべながらまほにデコピンをするがまほはデコピンされた箇所を摩りながら口を尖らせる。

 

 だが、繁子の言った様に試合は別だ。互いに負けられない理由と思いを持ってこの場に立っている。

 

 まほも繁子も握手を終えると自分達の戦車に戻る前に一言づつ互いに言葉を告げる。

 

 

「今日は西住流をもって全力で戦わせて貰う」

 

「時御流をもってして全力で倒したるから覚悟しいや」

 

 

 そして、互いに握手を交わし終えて試合に入る前の瞬間には既に2人のスイッチが切り替わっていた。

 

 その眼は闘志溢れた眼差し、互いの間にピリピリとした雰囲気が漂う中、2人は踵を返して各戦車にそれぞれ帰ってゆく。

 

 親友であるからこそ、最大のライバル。

 

 これまで戦った強豪校や相手とは戦う思いが違う。西住流を倒してこそ母、明子との約束を果たせるのだと繁子はそう思っていた。

 

 

(母ちゃん、見ててなウチらの戦車道)

 

 

 そう、どこかで見ているはずだこの光景を。

 

 西住流と戦う時御流の戦いを明子は望んでいるはずだ。繁子は亡き母の誓いを胸に自分の愛車四式中戦車、山城に乗り込んだ。

 

 

 

 

 そして、西住しほは試合開始を待つ様にして両戦車がそれぞれ配置につく光景を観覧席から見守る。

 

 いよいよ始まる戦車道全国大会決勝、互いに流派を用いた戦いになるだろう事は容易に想像がつく。

 

 受け継がれた時御流が上か、それとも、王者として君臨し続けた西住流が上か、それは試合が終われば分かる事だ。

 

 時御流の戦い方は娘である西住まほにしほは全て授けた。後はまほが繁子に対してどういった戦い方をするのかをしほは見守るだけである。

 

 すると、そこに大人びた雰囲気を身に纏った女性が笑みを浮かべて静かに観覧席に座るしほの側にやってきた。

 

 黒いベレー帽に赤い服、ロングスカートを着た女性。

 

 その彼女の姿を見た西住しほは笑みを溢す、確かにこの試合を彼女ならば見に来る事は容易に想像出来た。

 

 もう1人の盟友であり明子と同じくライバルだった彼女もまた、城志摩 繁子という明子の流派を受け継いだ少女を見るためにわざわざ時間を作ってまでこの会場まで足を運んで来たのだろう。

 

 西住しほは現れた女性にため息を吐くとこう静かに告げた。

 

 

「遅いですよ、島田千代さん」

 

「すいませんね少し立て込んでました。西住しほさん、試合は始まったかしら?」

 

「いや、今からです」

 

「なら良かったわ、間に合って」

 

 

 そう言ってニコリと笑みを浮かべる女性。

 

 そう、彼女は西住流と対を成す島田流家元、世界に名を轟かせる島田流当主、島田千代、その人であった。

 

 島田流当主と西住流の西住しほがこうして並ぶのは珍しい出来事。かつて、2人とも明子と戦った旧友であり強敵。

 

「日本戦車道ここにあり」と世界に名を馳せた日本戦車道流派の正統派が2人が並び今回の戦車道全国大会決勝で揃う事になった。

 

 それは、やはり決勝まで上がってきた明子の意思を継ぐ時御流の使い手がどのような娘達であるのか気になっての事だろう。

 

 しかし、島田千代の後ろにはさらにある人物が控えていた。その姿を見たしほは目を丸くする。

 

 

「貴女は…」

 

「あら? 意外だったかしら? 東浜雪子さんが来るのは…」

 

「どうも、お久しぶりです西住しほさん」

 

 

 そう言って、癖っ毛の長髪に黒いお洒落なハットを被り、黒服のスーツ、そして、凜とした顔つきの女性はしほに帽子を外して頭を下げるとそう挨拶を交わす。

 

 彼女の名前は東浜雪子。

 

 別名、『生けるレジェンド』と呼ばれる、世界で活躍する戦車道のスペシャリストだ。

 

 かつて、明子が病に倒れた際に代わりに西住しほ、島田千代と共に『ガールズ隊』と呼ばれる日本代表戦車道チームを結成。

 

 その巧みな戦術で観客を魅了した事で有名な女性で明子の後輩にあたる。

 

 妥協を許されない常にストイックで完璧な戦車道を求める東浜雪子の飽くなき戦車道に対するハングリーな姿勢は戦車道関係の人々から『Ms.パーフェクト』とまで呼ばれ今でもなお尊敬され崇められる存在となっている。

 

 現在の戦車道を行う人間で彼女の名前を知らない者は居ない。

 

 特に有名なのは東浜雪子の全盛期の戦車撹乱戦術。『華面武闘界』は未だに語り草に成る程の伝説を残した事で有名である。

 

 そして、そんな現在でも現役の最前線で戦車道を行う彼女がこの場所に来た事自体、しほには驚くべき事だった。

 

 

「貴女が戦車道全国大会を見に来るなんて珍しいですね」

 

「…ふふ、明子さんの忘れ形見が出ると聞いたもので私も気になりまして」

 

「丁度良い時に来ましたね。戦車も配置についていよいよ今からですか」

 

 

 そう言って、東浜雪子はしほの隣の席に腰掛けて笑みを浮かべたままそう告げる。

 

 東浜雪子からその醸し出される雰囲気はまさに煌びやか、カリスマ性溢れたレジェンドらしい毅然としたものだ。

 

 今いるこの3人を前にした一般人ならば恐縮してしまう事だろう。

 

 そして島田千代もまた同じ様に東浜雪子の反対側席に座って試合開始を待つ。

 

 ここに現代戦車道において、最強と称される3人の女性が揃い踏みしたわけである。

 

 

(さて、城志摩 繁子。王者黒森峰女学園にどう戦うか、貴女の実力を見せて貰おうかしら…)

 

 

 観覧席からその知波単学園の戦車群を眺める東浜雪子は笑みを浮かべる。城志摩 明子の娘、繁子がどのくらいやれる逸材なのか、彼女にはそれが実に楽しみであった。

 

 そして、黒森峰女学園、知波単学園、双方の全車輌が配置についた。

 

 いよいよ、決勝がはじまる。両者が待ち望んだ対決、西の西住、東の時御、その火蓋が今。

 

 

『戦車道全国大会決勝戦! 知波単学園対黒森峰女学園! 試合…開始!』

 

 

 空中に立ち登る煙弾により落とされた。

 

 両校とも勢いよく発進する20輌からなる戦車群、決勝戦という舞台で揃い踏みする両校の大量の戦車は圧巻の一言に尽きる。

 

 さて、繁子達はまず、最初の作戦通りに渓谷部まで車輌を移動させ、ケホ隊、オイ隊はそれぞれ散開させる。

 

 

「辻隊長、オイ車隊をよろしくお願いします」

 

「分かった、そちらもうまくやれよ、繁子」

 

「はい、任せてください」

 

 

 オイ車隊にはホリ車に乗る隊長、辻つつじが乗る。

 

 辻つつじならば上手くオイ車隊を守ってくれる事だろう、遊園地方面に向かうオイ車隊を見送り、繁子達は別れ渓谷方面へと戦車を発進させた。

 

 続いて、偵察にケホ隊を向かわせる。時間稼ぎと敵の動きを察知する役目を担った大切な要だ。ケホ車は軽戦車の中でも高性能の戦車、そうそう撃破される事は無いだろう。

 

 早速、ケホが時間を稼いでいる間に玉ねぎ機を設置しはじめる繁子達。

 

 ここまでは段取り通りだ。偵察に出ているケホならば黒森峰女学園とてその機動力にはそうそうついていく事は容易ではない。

 

 繁子達はそう思っていた。聖グロリアーナの時もサンダース大付属高校の時も計画に多少の狂いや誤差は生じたが修正が効くものだった。

 

 だが、トラップを設置する作業中の事だ。緊急な通信が繁子達の元へと転がり込んでくる。

 

 それは、試合が開始してまだ数分も経たない出来事。

 

 

『し、しげちゃん…! ケホ隊が全滅させられたよ!』

 

 

 それは、偵察に出していたケホ隊が黒森峰女学園に全滅させられたという信じられない通信だった。

 

 それをインカムを通して聞いた途端、作業をしていた繁子の手が止まる。

 

 まだ、開始してさほど時間も経っていない、それにケホ隊には大量の煙幕をはじめとした逃走の術を全て備え付けてあった。

 

 だが、数分も経たないうちに全滅、この報を聞いた繁子は唖然とした面持ちでこう呟いた。

 

 

「…嘘やろ…」

 

 

 今までに無い窮地。

 

 この瞬間、すぐさま繁子は全戦車に乗っていたトラップを仕掛けている知波単学園の全員に振り返り、視線を向けた。

 

 後、数分もしないうちに黒森峰女学園の戦車群がこの渓谷に襲来する。準備をしている最中のこの状況下であの強力な戦車群の強襲を受ければ最悪全滅も考えられる。

 

 完全に計画が破綻した。

 

 繁子はケホ隊が全て全滅させられたこの時点で、そう感じた。

 

 

「全員! 撤退準備! 急いで戦車に乗り込んでこの場から離れるで!」

 

「…どうしたのしげちゃん?」

 

「え? なになに?」

 

 

 いきなりの繁子の大声に驚く知波単学園の生徒達。

 

 しかしながら、ただ事でない事をすぐさま感じ取った立江は冷静な面持ちで繁子にこう問いかけた。

 

 何かあった、それは間違いない、だが、立江は繁子の様子から察してその内容をだいたいの予想はついていた。

 

 

「何かあったの? しげちゃん」

 

「ケホ隊が全滅させられた。 相手の動きが予想以上に早すぎる。後数分もせんうちに敵戦車本隊がこの渓谷に襲撃に来るで」

 

「なんですって!?」

 

 

 事の重大さに気づいた立江もまた繁子同様に声を上げた。

 

 西住流、西住まほ。彼女は時御流の戦い方がなんたるかを理解している。この状況は非常にマズイ、こちらの手の内を間違いなく読んできている。

 

 繁子はいきなり自分達の戦い方を壊され顔を引き攣らせる他無い、だが、その後には自然と笑みが溢れでた。

 

 強敵な事は分かっていた事、繁子は覚悟を決めたようにこう呟いた。

 

 

「流石、西住流…やね、これは一筋縄ではいかんわ」

 

 

 いきなり強いられる事になった撤退戦。

 

 繁子達はまず、この場からいち早く逃走しなければならないだろう。黒森峰女学園のティーガー戦車群が来るまで後僅か。

 

 序盤から繁子は重大な決断を強いられる状況に陥る事となった。

 

 


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