ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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VS黒森峰女学園戦 2

 

 ついに火蓋を切った西住流VS時御流。

 

 しかしながら、序盤から繁子達は偵察へと出した筈のケホ車を黒森峰から全滅させられ、窮地へと追いやられていた。

 

 偵察に向かわせた戦車が全滅し更には黒森峰の大量のティーガー戦車群がこちらに向かっている。

 

 すなわち、この場に残るとなれば迎え討つ準備などする時間は到底残されていない。撤退をするにしても恐らく、優秀な殿でなければ撤退を行う事など不可能だろう。

 

 しかも、黒森峰女学園相手の殿となれば当然犠牲を前提に考えなければならない。

 

 そんな状況を理解していた繁子は険しい表情を浮かべていた。

 

 できれば殿などさせず、皆を撤退させ黒森峰を迎え討ちたい。

 

 ならば、残された手段は一つしかなかった。不意を突いた正面からの撃破である。

 

 

「リーダー、どうする?」

 

「みんなをここで失うわけにはいかん…。全員で戦えばあるいは勝機は…」

 

 

 繁子のその言葉に皆が沈黙する。

 

 全員で戦えばあの強力な黒森峰女学園のティーガーやヤークトパンターを倒せるのか? いや、違う、これは繁子が出した安直な考えだ。

 

 皆を失うわけにはいかないからだと繁子はそう言ったに過ぎない、たとえ、不意を突いた作戦だとしても隊長はあの西住流、西住まほ、隊を立て直す事など造作もない。

 

 これまでに戦った危機とは次元が違う、本隊が全滅するか否かの瀬戸際だ。

 

 そんな中、甘い繁子の考え方に異を唱える知波単学園の生徒が1人いた。

 

 仲間を切れず、安直な考えは敗北に直結する。

 

 それを繁子の参謀、山口立江は十分に理解していた。長年、伊達に繁子と共に時御流を極めてはいない。

 

 

「ぬるいよ、しげちゃん。それじゃ勝てないわ」

 

「けど立江、このままやったら全滅は…」

 

「あるじゃない? …ね? しげちゃん」

 

 

 そう言って立江はニコリと繁子に微笑んだ。

 

 その言葉に一度、唖然とする繁子。だが、すぐさまその言葉の真意を理解した繁子は立江に首を振りそれを否定した。

 

 立江が何を考えているのか繁子にはわかる。だが、それを許すわけにはいかない。

 

 

「あかん、それはあかんぞ、立江。許さへん」

 

「しげちゃん、いずれにしろこのままなら負け戦。腹を括らなきゃならないわ」

 

「嫌や! そんな策は時御流やない!」

 

「リーダー!んな事を言ってる状況じゃないでしょうが!!」

 

 

 その瞬間、話を聞いていた真沙子が声を上げた。

 

 指揮官の我儘が通るほど戦車道は甘くはない、だからこそ、繁子が揺らげばそれはここにいる皆に伝わる。

 

 時御流の戦い方でなくとも勝つ為には決断しなければならない、例え、それが味方を失う事を前提にした作戦であってもだ。

 

 真沙子はこの策を立江がどんな思いで繁子に進言したのか理解できる。仲間を切れる性格ではない繁子がそう言いだすこともだ。

 

 立江はそんな真沙子から声を遮られた繁子の肩をポンと叩くと、知波単学園の生徒達に声高にこう告げ始めた。

 

 

「撤退戦の殿は時御流参謀、この山口立江が承った! さぁ! 私についてくる奴は誰かいるかしら? 今なら大出血サービスで大将首を取りに行けるわよ!」

 

 

 そう言った立江は気合いが入った言葉で全員に問いかける。

 

 そう、5輌の戦車による本隊を逃がす為の殿戦、立江はその筆頭を務める事を前提に話を繁子に話していたのだ。

 

 この場合の殿はすなわち、現在、こちらに向かっている大量の黒森峰女学園の戦車を釘付けにする役目を果たさなければならない。

 

 つまり、玉砕覚悟の足止め策である。場所は渓谷、逃げ場は当然ない、だからこそ、繁子は立江が殿を務める事を嫌がった。

 

 なぜならば、山城に立江が帰ることができなくなるからだ。玉砕が前提ならば、もはや、戦車を乗り換えて戦うことは不可能である。

 

 繁子は右腕を失ったまま、西住まほと戦わなければならなくなる。それだけはなんとしても避けたかった。

 

 

「…立江、なんでや、あんたが居らんかったら…」

 

「真沙子、しげちゃん頼んだわよ」

 

「了解、リーダーは私らに任せて、ぐっちゃん、存分に暴れなよ」

 

 

 涙目になる繁子をよそにそう言って山城の砲手である真沙子は立江と拳を小突き合う。

 

 そして、真沙子は無理やり繁子を軽々と担ぎ上げると山城まで足を進め歩きはじめた。繁子は担ぎ上げた真沙子に声を上げる。

 

 

「真沙子! 離せ! 立江を見捨てていけるわけ…」

 

「あんたはうちらの要でしょうが! いい加減にしなさいよ! 辻隊長優勝させんでしょ!」

 

 

 繁子を担いだまま山城に向かう真沙子はそう怒鳴る。

 

 繁子もわかっている、だが、納得ができない、仲間を見捨てるやり方なんて自分の戦車道に反する事だ。

 

 だが、立江はそんな風に殿を進言した事を嫌がっている繁子に軽く手を挙げて応えた。元々、進言したのは立江だ。

 

 この場にいた永瀬や真沙子、多代子もこの殿を務めるには手腕が足りない事を本人達も自覚している、この役目は立江以外には務まらない事を時御流の同門の皆が理解していた。

 

 だからこそ、立江が殿を務めると言い出した時に誰も止めに入らなかったのだ。

 

 真沙子も腹立たしかった。このメンバーの中で一番仲間想いの強い真沙子も自分の手腕の足りなさを悔いていた。もし、自分が殿が可能であり、黒森峰を釘付けにする手腕があれば、参謀の代わりにでも引き受けた筈だ。

 

 この場に立江を置いていく事がどれだけ重大な事かを真沙子も理解している。時御流に反するやり方、もちろんそうだろう。

 

 だが、道を曲げねば勝てない、立江はそう思っていた。

 

 繁子は四式中戦車、山城に身柄を運ばれながら悲痛な面持ちで手を挙げて応える立江の背中を見つめる。

 

『大丈夫だ、繁子ならば、自分がいなくとも西住まほに勝てる』

 

 山口 立江の背中はそう言っているように見えた。

 

 

「アネェ、私らもついてきますよ」

 

「黒森峰女学園に目にもの見せてあげましょう!」

 

「よっしゃ!! んじゃ、早速、西住まほの首を取りに行くわよ!」

 

「「はい!」」

 

 

 すぐさま、それぞれの戦車に乗り込む知波単学園の生徒達、立江もまた三式中戦車、チヌに乗り変えると戦車を配置につかせた。

 

 時間はさほど残されてはいない、本隊がこの場から離れるところを見送った立江は早速、迎え討つ準備に取り掛かる。

 

 黒森峰女学園の強力な戦車群はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 こちらは渓谷入り口付近。

 

 西住まほは開始早々に電撃の如くティーガー戦車群を先頭に立ち率いると偵察に出されていたケホ車隊を撃破。

 

 すぐさま、その勢いを保ち繁子達が撤退に移りつつある渓谷まで恐るべき速さで進軍してきた。

 

 ケホ車隊との戦闘から僅か数分の出来事、これが西住流の戦い方、電光石火の進撃である。

 

 

「全戦車! 渓谷へ進撃し敵を殲滅せよ!」

 

 

 そして、西住まほは決して手を緩めることは無い。

 

 母、西住しほの教え、時御流との戦いに時間を与えてはならないという事を念を押されて忠告されている。

 

 時御流の戦法は試合中に仕掛けてくる地形変形に奇策、そして、戦いを有利に運ぶために己の身を削り敵に備える戦い方が主だ。

 

 だからこそ、西住まほは城志摩繁子に慎重になる事を捨てた。やるからには速攻でカタをつける。

 

 だが、戦車を進軍させている西住まほは妙な静けさに逆に不気味さを感じていた。

 

 知波単学園がこちらに気づいていたとしても何も仕掛けて来ないのはどうにも違和感がある。

 

 

(妙だな…、しげちゃんなら既に何か仕掛けて来ると思ったが、もしや撤退したのか? こんなに早く?)

 

 

 繁子達が撤退したと仮定すれば、このまま黒森峰女学園の戦車を使って追撃するのにさほど時間はかからない。

 

 まさか、この状況で撤退を行う? 場所は渓谷だ。しかも、策略に嵌めるにはもって来いの場所である。

 

 しかしながら、どうやらまほの予想は当たっていたようだ、間も無くインカムを通じて黒森峰女学園の生徒から通信が入って来た。

 

 

『隊長、いませんでした。どうやら本隊は履帯の跡を見るに撤退したかと思われます』

 

「やはりか、だと思ったよ。今からは追撃戦だ、我が校の戦車ならば背後からの強襲も出来る。一気にカタをつけるぞ」

 

『了解です! では隊長と合流します』

 

 

 そして、まほはインカムを通じて話してきた黒森峰女学園の生徒にそう告げると同じく合流して知波単学園の戦車が通った履帯の跡を辿りはじめ、黒森峰女学園の陣形を追撃戦用の陣形に切り替える。

 

 このままの速度を保ち、渓谷を直進していけばいずれにしろ繁子達の乗る戦車と本隊を捉えられる筈だ。しかも、背後からの強襲ならば敵もひとたまりもないだろう。

 

 そうなれば、勝ちは黒森峰女学園に一気に傾く。ティーガーにパンター、それに、未だ撃破数0の黒森峰女学園の戦車群に隙はない。

 

 だが、これは戦車道全国大会決勝、しかも、敵は時御流、簡単に勝てる程そう甘くはない。

 

 そして、その西住まほの予感は見事に的中する事になる。

 

 

「隊長、これならば早々に決着がつきそうですね」

 

「油断するな、敵は決勝まで上がってきた強者だ。気を引き締めろ」

 

「はい、了解です」

 

 

 そう言って、早速、勝敗がついたと話す黒森峰女学園の生徒に注意を促すまほ。

 

 確かにこれまでは順調な滑り出しに展開だ。主導権は黒森峰女学園が握っていると言ってもいいだろう。

 

 だが、渓谷を通り、知波単学園の本隊を黒森峰女学園が追撃していた時の事だ。渓谷の道半ばでその異変は起きた。

 

 

「今よ! 全戦車! 攻撃開始ィ!」

 

 

 ある渓谷内のエリアを通り過ぎた瞬間、どこからか砲撃が放たれ、ティーガー戦車が5輌沈黙させられた。

 

 いや、違う、ティーガー戦車に張り付いている戦車がいる。そう、ホニIIIがティーガー戦車の背後から張り付いて砲撃を放って来たのだ。

 

 これにはまほも目を見開いた。いつの間に背後を取られたのか全く気づかなかった。それほどまでにいきなりの出来事。

 

 だが、すぐさま陣形を変えるまほ、不意を突かれたからと言って浮き足立つ様な黒森峰女学園ではない。

 

 

「陣形を変えろ! 全方位警戒! 背後を取られたホニに砲撃を開始…!……チッ! やられた! いつの間に…!」

 

 

 だが、まほはすぐさま舌打ちをする。

 

 確かにティーガーは強力な戦車であるが、一斉射撃を出来る状況ではない、ホニIIIはティーガーの車体を影に隠れる様にしていた。

 

 そして、そんな中、さらに背後から現われる1輌の三式中戦車、チヌ。

 

 それに乗り、自身が乗るチヌを筆頭にホニIII4輌に指示を飛ばす車長、山口 立江は声高にこう前を走る黒森峰の戦車群に向かいこう告げた。

 

 

「…知波単学園! 参謀! 山口 立江推参! さぁ! 西住まほ! いざ尋常に勝負!」

 

 

 殿を務めチヌを駆る山口 立江はチヌの車体から顔を出し、まっすぐにフラッグ車輌に乗る西住まほを見据える。

 

 そう背後からの襲撃。岩にカモフラージュし、黒森峰女学園の全戦車通り過ぎたのを確認し立江は戦車の装甲が薄い背後からの強襲を試みたのだ。

 

 いくら重駆逐戦車があろうとも、後ろからの攻撃はひとたまりもないだろう。その事を立江は理解していた。

 

 それに背後からの強襲となれば敵も背後を注意せざるを得なくなる筈だ。そうなれば繁子達の撤退する時間は問題なく稼げる。

 

 黒森峰女学園は既に知波単学園の優秀なケホ戦車を3輌ダメにした。

 

 ならば、たとえ道連れにしても8輌くらい撃ち倒さなければ立江の気が収まらない。繁子を少しでも楽に戦わせてあげるためにはそれくらいしかできないから。

 

 今、山口 立江の殿による壮絶な撤退戦が幕を開けた。

 

 

 


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