ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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立江の殿戦

 

 立江が殿を務める。黒森峰女学園との撤退戦が幕を上げた。

 

 凄まじい砲撃を掻い潜りながら、立江は黒森峰女学園の戦車を自らが率いるホニIIIと連携を取り、背後からカモフラージュを解き強襲。

 

 この殿戦の立江のいきなりの背後からの強襲には西住まほも度肝を抜かれた。

 

 まさか、撤退したと思われたと思いきや、渓谷内で背後を取られ、強襲を受けるとは予想もしていなかった。

 

 しかも、チヌから顔を出す立江はホニIIIをうまくティーガーの影に隠れるように指示を飛ばしている。

 

 西住まほが敷いた陣形は知波単学園を追撃する為の陣形。装甲が薄い背後をカバーする陣形では無い。

 

 

「完全に不意を突かれたな…。 皆、背後を警戒し陣形を変更! ホニの各個撃破を優先して敵を叩け!」

 

「はい!」

 

「了解しました! 西住隊長!」

 

 

 そう言ってすぐさま迅速な指示を飛ばして立江の背後からの強襲に対処しはじめるまほ。

 

 各、黒森峰女学園の戦車群がまほの指示を受けて一斉にホニIIIの殲滅に陣形を変え始めた。このまま渓谷で好き勝手に殿の立江隊にやられるままの訳にはいかない。

 

 この光景を眺めていた、決勝戦を観戦に来ていたプラウダ高校、一年生カチューシャは立江が殿戦の筆頭を務める光景を見てこう呟いた。

 

 

「…これは駄策ね、しげーしゃ、血迷ったのかしらタツーシャを殿にするなんて」

 

 

 だが、カチューシャの隣に控えるノンナは彼女のその言葉を聞いてもなお、懐かしそうに殿を務める立江を見つめていた。

 

 山口立江、彼女が殿をするという事は繁子は参謀を失った状態で西住まほと戦わなくてはいけなくなる。

 

 カチューシャならば、相方であるノンナを失った戦いなど想像が出来ない。ノンナは自分の右腕であり戦略も戦車道の試合でも頼りになる柱だ。

 

 だが、繁子はそんな柱を撤退戦の殿にした。厳しい試合を強いられる事になるのをカチューシャは容易に想像する事が出来たのだ。

 

 しかしながら、カチューシャのその考え方とは反対にこの試合を眺めていたノンナは違う考え方をしていた。

 

 この殿戦、おそらく進言して殿を務める事を望んだのは立江である事をノンナは見抜いていた。

 

 ノンナはカチューシャのその言葉に対して静かな口調でこう告げ始める。

 

 

「いえ、カチューシャ様。あれがタツエの本来の戦い方ですよ」

 

「…え? タツーシャはしげーしゃの相方じゃないの?」

 

「そうですよ。 ですが、タツエは本来、あんな風な作戦での切り込み隊長が得意分野です。少数による戦車戦、私も相当苦戦させられましたよ…」

 

 

 ノンナは微かに笑みを浮かべてカチューシャに静かにそう告げた。

 

 強襲戦車競技(タンカスロン)。

 

 山口立江の根本的な戦車戦の流儀は繁子と同じようにここから始まっている。大将首を挙げればどんな手を使おうが勝ちに行く戦車道。

 

 山口立江の『本来の戦い方』。

 

 身を削り、罠を張り、敵を迎え撃つ戦車戦、そして、敵を撹乱して真っ先に敵戦車が蠢く戦地のど真ん中で大立ち回りを演じる。

 

 そうして、立江が強襲戦車競技で挙げたフラッグ車の数は数えきれないほど、時御流の戦い方を学ぶ以前から彼女はそう言った戦車戦を好んでいた。

 

 すなわち、切り込み隊長、立江の本来の戦車道は敵戦車に真っ先に切り込みをかける時御流の切り込み隊長なのである。

 

 さらに、中学に上がり、明子から時御流を学んだ事でその戦い方は洗練され、恐ろしいほど昇華させられた。

 

 そんな立江の殿戦を眺めるカチューシャに近寄る綺麗な銀髪の少女はノンナの話を聞いて、立江の戦車戦に納得がいったように話をしはじめた。

 

 

「カチューシャ、まだまだね。 本質が見えていないわ、プラウダ高校の次期隊長なのだからしっかりしてもらわないとダメよ?」

 

「で、でもお母さ…! 間違えた! ジェーコ隊長! しげーしゃはあれじゃ苦戦しますよ? 参謀を失う事がどれだけ戦術的に…」

 

「スタルシー、聞いた? 私、お母さんだって!!」

 

「はい! 隊長! しっかり録音しておきました!」

 

「ジェーコ様。私にも後でそれ回してください」

 

「良いわよ♪ カチューシャ、今度から私の事はお母さんで良いからね! ね!」

 

「なんでそうなるんですかっ!? …うー…」

 

 

 自ら墓穴を掘ってしまった事に頭を抱えるカチューシャ。

 

 よりにもよって隊長であるジェーコをお母さんと呼びそうになってしまった己の言動を後悔する。

 

 そして、殿戦に再び視線を戻したノンナは静かに立江の戦う光景を目に焼き付ける。

 

 親友であり、何度か幼き日に戦車道の腕を磨いた中、立江が転校し、時御流を学びその戦車道の腕はさらに洗練され磨かれている。

 

 立江ともし、再び戦う事になるとすれば果たしてどちらが勝てるかわからない。以前のように実力が拮抗しているのかどうか。

 

 ジェーコはそんなノンナの心境を知ってか知らずか、銀髪の髪を軽く流し己の眼で見た立江の戦車道と黒森峰女学園の戦いについてノンナに問いかけた。

 

 

「ノンナ、貴女はこの撤退戦、どうみるかしら?」

 

「はい、おそらく背後からの強襲に加えて場所は散開しづらい渓谷、加えて立江が率いるあの統率の取れた戦車群、黒森峰は苦戦するかと思います」

 

「ふーん、それで?」

 

「ですが、黒森峰女学園の隊長はあの西住まほ、手古摺りはするでしょうが、いずれにしろ殿戦に出た知波単学園の戦車は全滅させられるかと」

 

「なるほど…ね、けど、これは撤退戦よね?」

 

「そうです、知波単学園の5輌の戦車は殲滅はさせられますが…。この殿戦、勝ちを得るのは…」

 

 

 ノンナはそこで静かに笑みを浮かべて瞳を閉じる。

 

 ここまで言えば、他の生徒達にもわかるだろう。この殿戦で立江は間違いなく撃破される事は確定的だ。

 

 だが、しかし、立江の役目はあくまでも繁子達が逃げる時間稼ぎ、加えて、あわよくば敵将の西住まほの首を討ち取る事だ。

 

 今の状況を見た限り、背後からの立江からの強襲に西住まほは対応しなければならない。陣形を変えて、迎撃するだろう。

 

 だが、その間に繁子達は序盤に別れた辻隊との合流の為の時間は十分に稼げるわけだ。

 

 しかも、繁子にはインカムによる通信で移動中の間、辻と交信し現在の状況と黒森峰を遊園地で迎え撃つ為の準備を促す事ができる。

 

 この時点で時御流のアドバンテージが十分に取れる。

 

 ノンナは立江がどれだけ手強いか身をもって知っている。もちろん、立江が自ら殿戦に踏み切った要因はこれだけでは無いだろう。

 

 

「Хорошо。流石はブリザードのノンナね、良い考察だわ」

 

「Благодарю вас(ありがとうございます)」

 

 

 ジェーコのその言葉にお礼を述べるノンナ。

 

 そう、ジェーコもまた、ノンナと同様にこの殿戦に立江が踏み切った事を持ち前の鋭い分析眼をもってしてノンナと同じ結論に至っていた。

 

 この殿戦は不意を突かれ、追撃の陣形を解かなくてはいけなくなった時点で黒森峰女学園の殿戦での負けが濃厚になった。

 

 山口立江、ノンナの幼馴染である彼女には様々な渾名があるが、この時のノンナはまさに台風の如く戦う立江にこう言葉を静かに贈る。

 

 

「流石は、ハリケーンの立江。ですね…」

 

 

 ハリケーンの立江。

 

 立江の作る建築物や戦車は十分な強度を兼ね備えており、その強度から台風にも強いという立江自身の自負があった。

 

 そんな立江が以前に彼女自身が自称し、周りに浸透していた渾名をノンナは口に出してこの戦いに臨んでいる立江を素直に称賛した。

 

 しかしながら、この場合のハリケーンは台風の如く活躍している意味でのハリケーンなのか、それとも立江が対台風に強いという意味であるのかは定かでは無い。

 

 

 さて、場所は再び、立江の率いる戦車隊と黒森峰女学園の本隊が激突する渓谷のエリアに移る

 

 立江との殿戦に臨む、西住まほもこの殿戦の意図を理解している。

 

 この立江からの背後からの強襲を受けた時点である意味、今回の殿戦の勝負が決まってしまった事も既に悟り済みだ。

 

 だが、カチューシャの言う通り、繁子の右腕であり、立江が知波単学園にとって優秀な参謀である事は間違いなく事実だ。今後の試合展開も大きく変わっていく事だろう。

 

 そう考えると山口立江は自らを差し出すことで試合に負けたが勝負には勝った構図を切り開き作り出したのである。敵ながら見事だと対する西住まほもそう感じた。

 

 

「西住隊長! ホニ車がティーガーの影に戦車が上手く隠れて照準がつきません!」

 

「 …流石はしげちゃんの戦友だなっ…なかなか手強い 」

 

「ふふふ、甘い甘い」

 

 

 立江はチヌから顔を出すと不敵な笑みを浮かべて表情を険しくさせるまほを見据える。

 

 ドイツ戦車ならば、立江も何度か作ったことがある。ティーガーやラング、パンターの弱点になる装甲が薄い部分も把握しているのは当たり前の事。

 

 だから、立江は少数のホニで不意を突いた接近戦を選んだ。少なくとも撃沈されるとしても繁子の為に何輌か道連れにする覚悟をもってこの殿戦に立江は臨んでいる。

 

 ホニIIIとの連携を取り、さらに、黒森峰の戦車を削る立江。

 

 だが、西住まほもこのまま黙ってやられるわけにはいかない。西住流の戦い方は圧倒的な火力と機動力による殲滅だ。

 

 すぐさま、陣形を立て直した黒森峰女学園の反撃が始まる。

 

 しばらく時間が経たない内に立江の隣にいたホニIIIはティーガーの主砲を受けて綺麗に吹き飛ばされた。

 

 

「… くっそ! やっぱホニとティーガーじゃ限界あるかぁ」

 

「黒森峰女学園を舐めるな!」

 

「けどさっ! まだまだね! 旋回!」

 

「ぐっ!…! そんな馬鹿な!」

 

 

 しかしながら、巧みな指示ですぐさまもう1輌の背後を取り、黒森峰の戦車を撃破する立江。個人戦なら知波単学園の十八番、さらに加えて、立江は繁子の信頼を寄せる非常に優秀な右腕だ。

 

 陣形を組んだ黒森峰の戦車の間を煙幕や車体の影を使いスルスルと抜け出して、フラッグ車のまほの車輌へと迫る。

 

 黒森峰女学園の生徒が乗るティーガーも、もちろんこの光景を黙って見ているわけでは無い、すぐさま、立江の戦車に照準を合わせようと試みるが。

 

 

(…クソッ! あんな動き方されたんじゃ同士討ちになるわ!)

 

 

 立江がまるで黒森峰女学園同士の同士討ちを誘発させるかのように戦車に指示を飛ばして動かしているため照準が合わせれないでいた。

 

 いずれにしろこのままでは隊長である西住まほの戦車に接近を許すことになる。

 

 そして、立江はまほの乗るティーガーとの絶好の間合いを取ると大声を上げてまほに向けてこう告げる。

 

 

「西住まほ! これが私の必殺! 突きん棒漁よ!」

 

 

『突きん棒漁』。

 

 銛(もり)を持った漁師がポンポン船の舳先にある銛台に立ち続け,カジキを見たら、船で追いつき銛を投げつけて獲る。銛にはロープがついており、漁師は魚が疲れるのを待ってロープを繰り、船のそばまで引き寄せる漁である。

 

 まさに、立江の前にいる西住まほはカジキ、しかも大物だ。

 

 狙いは十分に定まった。立江はまほの戦車をチヌの主砲で仕留めに掛かる。

 

 

「撃てぇ…! …っチィ! こんなとこでっ!」

 

「西住隊長!」

 

 

 だが、その主砲がまほのティーガーを捉えることはなかった。

 

 それは、立江が見計らった間合いを潰すかの様に立江が乗るチヌに車体をぶつける黒森峰女学園のティーガーがいきなり現れたからだ。

 

 もちろん、まほはその一瞬の隙を見逃さない。

 

 すぐさま、ティーガーの主砲を立江が乗るチヌに向けるように指示を飛ばし、体当たりによりよれた車体に照準を定める。

 

 

「放てぇ!」

 

 

 ズドン! とまほの乗るティーガーが火を噴く。

 

 まほのティーガーからの主砲の直撃を受けた立江のチヌは吹き飛び、二転三転と転がると煙を上げて静止し、白旗を上げた。

 

 西住まほは冷や汗を拭う。

 

 あのチヌとの間合い、間違いなく危ない間合いであった。タイミング良く他の隊員のティーガーの突撃によりチヌの車体を逸らし撃破することができたがもし、あのまま、チヌの主砲をまともに受けていたらどうなっていたかわからない。

 

 

「西住隊長! ご無事ですか!?」

 

「あぁ、助かった。ありがとう、被害は?」

 

「ティーガー、ラング合わせて8輌撃破されました…」

 

 

 黒森峰の女生徒から被害報告を聞いたまほは撃破したチヌをまっすぐに見据える。

 

 山口立江、敵ながら恐ろしい戦車戦の腕の持ち主だった。

 

 たった5輌で8輌の戦車を削ってきた。確かに黒森峰の不意を突いた強襲作戦であったが、立て直した黒森峰の戦車群にこれだけの戦果を上げて、なおかつ、本隊の撤退を済ませた立江が優秀な部隊長である事は疑いようの無い事実であった。

 

 しかし、このまま好きにやらせるわけにはいかない、まほはすぐさま全員に通達を出す。

 

 

「全軍、陣形を変更次第、知波単学園の追撃を再開する!」

 

「はい!」

 

「了解しました!」

 

 

 そして、西住まほの指示のもとすぐさま追撃の再開に移る黒森峰女学園の戦車群。

 

 そんな後ろ姿を撃沈したチヌから顔を出した立江は煤だらけの顔を拭きつつ見守る。やるべき事はやった。後は繁子達次第だ。

 

 

「あとちょいだったなぁ…」

 

「いや、ぐっちゃん黒森峰の戦車8輌も潰せば上出来だって!」

 

「そうだよ! これならしげちゃん達も…」

 

「いや、頑張れば後2輌は潰せたわ、…ふぅ、でも、ま、みんなお疲れ様でした。ありがとね? 付き合ってくれて」

 

「何言ってんのよ! アネェの為ならお安い御用だし!」

 

 

 そう言って、ボロボロにされたにも関わらず皆は満足した様な笑みを浮かべていた。

 

 確かに全滅はさせられたりはしたが、それよりも自分達が納得する戦車道をこの決勝戦で全て出し切る事が出来た。

 

 辻隊長と同じく、三年生の女生徒も中にはいるが、彼女達もまた立江が挙げた戦果には満足いる結果を得る事が出来て嬉しい気持ちで満ち溢れている。

 

 ホニに乗っていた三年生は立江に頭を下げてこう告げる。

 

 

「ありがとう、ぐっちゃん、私達の最後の大会、貴女に率いてもらって満足だったわ」

 

「何言ってるんですか、まだ勝負はついてないですよ、先輩」

 

 

 そう言って、立江は笑顔を浮かべて三年生に告げた。

 

 まだ、勝負はついていない、お礼は試合が終わった後でだ。立江は無事に撤退を終えた事を祈りながら繁子達の健闘を祈る。

 

 

(…勝ちなさいよ、しげちゃん)

 

 

 どんな戦いになっても後悔はしない。

 

 だけれど、繁子にはこの試合の最後まで自分達の戦車道を貫いて欲しい、そんな、願いを込め立江は黒森峰の戦車群を見送る。

 

 黒森峰女学園と知波単学園の対決の舞台はいよいよ、マウスとオイ車が激突する遊園地での決戦に入ろうとしていた。

 

 

 その勝負の行方は…次回の鉄腕&パンツァーで!

 

 


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