ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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リリック

 

 身体が熱くなる。

 

 何度も、何度も交わされる砲撃の数だけ、互いの思いをぶつけあっているような気がした。

 

 これまでの背負ってきた思い、そして、自分の譲れない道を互いに極めてきた。道は違えど戦車道に嘘はついていない。

 

 爆ぜる地面、紙一重で飛んでくる弾頭。

 

 目の前にいるのは好敵手。己が越えねばならない親友であり強敵。言葉は無くてもそこには確かに二人にしかわからない世界がある。

 

 

「…強い…」

 

「笑いが止まらんわ、こんな相手初めてやでほんまに…」

 

 

 そこは頂点を獲る者達の決戦の舞台。

 

 大勢の強敵と苦難を乗り越えて来たこの舞台で二つの流派は互いの道を譲らず、そして、誇りを掛けて戦っている。

 

 弾頭が当たらない、しかし、その当たらない事は下手だからではない、避けるのが互いに上手いからだ。

 

 繁子が隙をついて、真沙子に指示を飛ばせば西住まほは軌道を先読みし戦車を動かして障害物を盾に避ける。

 

 また、まほのティーガーが弾頭を放てば多代子が戦車を巧みに操り砲撃の軌道を読み切る。

 

 気がつけば辺りにはかなりの数の砲弾の跡があちらこちらに出来ていた。場所を移そうが不意を突こうがそれは変わらない。

 

 まさに、一進一退。

 

 西住流がこんなにすごいとは、時御流がこんなにも芸術的とはと。この試合を目の当たりにしていた画面を通して観戦している観客達は素直にそう思った。

 

 決着をつけるにしても城志摩繁子も西住まほも互いに集中力を切らす気配が全く皆無であった。

 

 戦車の砲身が火を吹くたびに皆が声を上げた。

 

 かつて、戦車道全国大会でこのような手汗握る決勝戦があっただろうか。

 

 

「強い、あれが時御流…」

 

「奇襲に奇策、そして、なんでも作る職人という側面でしか見てませんでしたが…。メグミ隊長、あの戦いを見て認識を改めさせられました」

 

「私も一対一の繁子さんの戦車道を見るのは初めてだけれどこれは予想外だったわ…、確かに強い」

 

 

 他の名門校もその戦いぶりには賞賛を送った。

 

 数秒の差での読み合い、1秒でも違えば直撃を喰らい白旗が上がるだろう。繁子もまほも互いに油断ができない相手であるからこそその事は重々理解している。

 

 西住まほの指示についてきている操縦手も相当な手練れだ。おそらくは三年生、黒森峰女学園の三年生であればその優れた操縦技術も理解できる。

 

 表情を硬くする繁子は真っ直ぐにそんな西住まほの戦車に冷や汗を流して見据える。

 

 

(次は右からか)

 

(右に見せかけて左側に追い込む)

 

(いや、目が動いた。左側にこちらを追い込む気やろうな)

 

 

 そして、繁子の読み通り、西住まほは左側に戦車を追い込みに掛けてきた。

 

 繁子はその展開を読み切ると多代子に指示を出してその動きを完全に読み切る。案の定、繁子の読み通り西住まほはその通りの手段を取ってきた。

 

 

「これも読んできただと!」

 

「今や! 真沙子!」

 

「急停車! バックしろ!」

 

 

 だが、すぐにそれにも西住まほは臨機応変に対応してくる。

 

 山城から放たれた砲弾はティーガーを捉えぬまま、遊園地の露店を吹き飛ばした。砲撃手の真沙子もこれには顔をしかめる。

 

 確かに普通ならあの砲撃で敵戦車を撃破するのは容易い事だが、西住流にとってはやはりこの程度の事など造作もないようだ。

 

 埒があかない、対する両者は互いにそう感じた。

 

 高いレベルでの読み合い、予測、修正、転身。

 

 その全てにおいて、彼女達は互いに譲らない、集中力を欠くような策など講じる暇すらない。

 

 

「けど、このままって訳には…」

 

「いかないだろうな」

 

 

 繁子もまほも笑っていた。

 

 血肉が騒ぐ、それでいてかつてないほど頭が冴え渡る。互いの全てを出し切ったと思いきや更に限界を越えてきた。

 

 こんな動きができるのか? 戦車があんな風に動くなんてありえない。

 

 これが果たしてあのティーガーなのか? 四式中戦車なんだろうか?

 

 観戦をしている皆がそう思った事だろう。それだけ、この全国大会決勝の舞台での戦車戦は死力を尽くしたものであった。

 

 そんな二人の戦いを見ていた西住しほとその隣に座る東浜雪子は静かにこう口を開き語り始めた。

 

 

「ミックスアップ…ですね」

 

「互いにいつも以上に冴え渡る采配。限界を越えた戦車戦ですか…見事」

 

 

 ミックスアップ。

 

 互いに違う戦車道。されど、その戦車道は試合の中で洗練され、研ぎ澄まされ、互いに違うものをぶつけ合うことで、今まで考えもしなかったところに到達することが出来る。

 

 城志摩 繁子と西住まほの二人、この二人の目の前にある到達点はまさに戦車道全国大会優勝という頂点のみ。

 

 

「右や! 多代子ォ!」

 

「停車ァ! 旋回!」

 

 

 例え、声が出せなくなろうとも彼女達は指示を飛ばす。

 

 どちらかが倒れるまで、どちらかを倒すまでこの声が枯れさせる事はない、意地と誇りを賭けた戦い。

 

 しかしながら、そんな戦いにもいずれは終わりの時が訪れる。

 

 勝負は一瞬のみ、その一瞬で全てが決まる。

 

 

(…左折した。多代子)

 

(わかってるよ、しげちゃん)

 

 

 西住まほのティーガーが左折した事を確認する繁子は多代子に状況を理解しているかどうか、一瞬だけ目を合わせる。

 

 そして、ここに来て、城志摩 繁子は…。

 

 

「…ついに行くかっ!」

 

 

 一気に勝負に出た。その光景を目の当たりにしたジェーコも思わず目を見開く、そう、この均衡した状況で勝負に出るのは中々の博打である。

 

 西住まほも城志摩 繁子も正直どちらが勝負に出るか探り合いをしていた部分もある。だが、先に動けば敵は待ち構えてくるのは明白。

 

 だが、繁子もそれを理解した上で動いてきたのである。

 

 

「左側に寄せて一気に右にハンドルきれ! 多代子!」

 

(…来たか! ここで勝負に出るのはわかってたよ!)

 

 

 しかし、西住まほもそれを予測しきれなかった訳ではない。

 

 すぐさま、四式中戦車の動きが異なる事を察知して指示を飛ばす。西住流に隙はない、例え勝負に出たところで返り討ちにするだけだ。

 

 一発勝負、全てはこの一撃で決まる。

 

 繁子の乗る四式中戦車がまほの戦車の隣に現れると、その車体をまほのティーガーぶつけてきた。

 

 当然、車体は多少揺れるが、この程度なら話にならない。ティーガーの主砲が四式中戦車を捉える。

 

 だが、その瞬間、四式中戦車は一気にハンドルを切りティーガーから距離を置いてきた。そして、繁子はすぐに多代子に指示を飛ばす。

 

 

「今や! 多代子!」

 

「よっしゃあ! 待ってました!」

 

 

 そして、ティーガーとの距離を置いた四式中戦車は車体が…。

 

 

「…なんだと!?」

 

 

 急停車した。四式中戦車はティーガーとの間合いをさらに一気に取る。

 

 これに加えて煙幕を繁子が使い始め、四式中戦車の周りに煙が立ちこめた。四式中戦車の車体はその煙幕に完全に隠れる。

 

 勝負に出るように見せかけたのはブラフ、本当の勝負に出るのは今から。当然、その四式中戦車の停車にまほも予想外だったのかティーガーの主砲が確実に当てられる距離から車体を離してしまった。

 

 まほの乗るティーガーもまた急停車、だが、その頃合いを見計らったように、四式中戦車は右に展開しそこから一気に停車したティーガーに突っ込んでゆく。

 

 だが、まほもこれにすぐさま対応して主砲を四式中戦車に向くように指示を飛ばす。

 

 

「…ここや!」

 

「あいよ!」

 

 

 そして、繁子の乗る四式中戦車は無理な体制から一気にハンドルを切り、ティーガーの主砲から外れるように左側に車体を寄せた。

 

 無理に左側に車体を寄せた事により、四式中戦車の右履帯が火花を散らしながら剥がれる。これを逃せば間違いなく撃破されるラストチャンスだろう。

 

 だが、この程度ならばティーガーの主砲がついてこれる。まほもそれを理解していた。

 

 

(この程度なら…いや、違う! しげちゃんの狙いはこれじゃない!)

 

 

 すぐさま、西住まほは理解した。

 

 繁子は算段なしに無茶な勝負を仕掛けて来ない事を西住まほは理解している。すぐさまティーガーの主砲が向いた瞬間にまほは砲撃手に指示を出した。

 

 

「四式中戦車に主砲を放つのは私の指示を待て!」

 

「え、は、はい!」

 

 

 そして、その指示を聞いたティーガーの砲撃手はまほのその指示に頷き応える。

 

 四式中戦車の車体は案の定、予想外の動きを見せた。煙幕を使い、車体を隠してきたと思いきや、その煙幕を突っ切り、四式中戦車は姿を見せてきたのだ。

 

 そして、勢いついていたはずの四式中戦車がガスンと音を立てると、ぴたりと止まった。そこには、地面に設置してあった長パイプがあった。繁子はこの長パイプをストッパーにして戦車の動きを変えたのである。

 

 辻つつじの部隊が設置してくれた長パイプ、繁子はそれに望みをかけ勝負に出たのだ。だが、それでも、西住まほが乗るティーガーの主砲が四式中戦車を外すことはなかった。

 

 

「クッソ! 読まれとった! 真沙子!」

 

「撃てぇ!」

 

 

 西住まほはこの長パイプの位置を把握してはいなかったが繁子が何かを企んでいたことは予測していたのである。

 

 そして、互いに戦車が睨み合うと同時に主砲が炸裂しあう。

 

 立ちこめる煙幕が次第に晴れてゆく、フラッグ車からは白旗が上がり、決着の時。西住流が勝ったのかそれとも時御流が勝利をものにしたのか…。

 

 アナウンスはゆっくりと勝敗の行方を告げ始める。

 

 

「黒森峰女学園! フラッグ車行動…」

 

 

 この勝負、勝ったのは…。

 

 

「いいえ! 違います! 間違えました! 訂正します!」

 

 

 アナウンスは一度宣言した言葉をそう言って訂正し直す。

 

 視界が悪い煙幕が広がる中で戦車が打ち合えばどちらが勝ったかという判定はつけにくいだろう。

 

 煙幕が晴れて、その車体がはっきり明確になる。そこには白旗を揚げた山城とギリギリの差で行動不能を免れた西住まほのティーガーが現れた。

 

 アナウンスはその光景をはっきりと観客、選手達に声高に宣言する。

 

 

「知波単学園! フラッグ車! 行動不能! 勝者! 黒森峰女学園!」

 

 

 

 


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