ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
沈む太陽
あの戦車道全国大会の激闘から翌日。
戦車道全国大会の表彰で知波単学園は2位という成績を残したが繁子達にとってはやはり西住流に負けたという事実はとても重く、皆に申し訳なさと自分達の力の無さを実感させられた。
この快挙はテレビや新聞でも大きく取り上げはされたが、繁子達の心は満たされる事はない。あの日、西住まほと表彰台に登った辻の姿を見届けた繁子は暗い面持ちだった。
やはり、それは母との約束を果たせなかった事への申し訳無さと皆の期待に応えれなかった責任を感じていたからだろう。
だが、負けは負けだ。この事実を繁子は深く受け止めなければならない。
優勝旗を手にした西住まほは表彰台から下りると試合後、初めて繁子と対面した。
繁子は素直に優勝旗を勝ち取った友人のまほにこう告げる。
「まほりん、優勝おめでとう。ほんまに強かったよ、完敗やったわ」
「ううん、しげちゃん、紙一重の勝負だった。私もまだまだ未熟さを感じたよ。いい試合だった」
そう言って、繁子と西住まほは笑顔で握手を交わした。
繁子もまほも互いにその手腕をリスペクトしている。共に戦車道の流派に携わる者同士、そこにわだかまりは無い。
優勝旗を持ったまほはそれを他の部員に預ける。
そして、握手をしていた繁子に詰め寄るとその身体を優しく抱きしめた。繁子はそんなまほの行動に目を丸くする。
「ちょっ…! もう、なにやってるん」
「ありがとう…しげちゃん。本当にありがとう…。初めての戦車道全国大会の相手が貴女だから私の戦車道、全部出すことが出来た」
そう言って、繁子を抱き締めるまほ。
まほは涙を浮かべていた。高校に入ってからというもの勝利を義務付けられた西住流に優勝常連校の黒森峰女学園という重荷。
だが、そのプレッシャーがある中、繁子との約束を守る為だけにまほは懸命に西住流と黒森峰女学園の戦車道を融合させる事に尽力した。
もともと浸透してある黒森峰女学園の西住流、それに、一年生である西住まほが思い描く西住まほの西住流を確立させ、全体に浸透させるには並大抵の努力では成し遂げらなかった事だ。
けれど、繁子との約束を果たすためにまほはその試練を乗り切った。前評判が今年は黒森峰女学園よりも高いプラウダ高校を退け、そして、繁子達と戦い高校で連覇を成し遂げることができた。
まほにとっての繁子は目標であり続けてくれた一番の親友であり、強敵なのである。
「私が…この場に居られるのは…っ! しげちゃんのおかげだ…っ! …グスッ…ありがとう!」
「ちゃう、ちゃうよ、まほりん、私が居らんでもまほりんは優勝出来たよきっと」
繁子は抱き締めて涙を流すまほの頭を優しく撫でてあげながら柔らかい声色で告げた。
きっと、まほなら例え、自分達が居なくとも優勝できるだけの技量はあった筈だ。今回はたまたま決勝で知波単学園と当たって素晴らしい試合が出来たに過ぎない。
繁子はそう思っていた。西住まほの実力はよく知っているし西住流がどれだけ強力で黒森峰女学園の実力がとても高いこともわかっている。
けれど、まほは繁子を抱き締めたまま左右に首を振っていた。まほは知っている、繁子がこの大会でどんな思いで戦っていたのかを。
繁子の母、明子の話を西住しほからまほは聞いていた。
亡き母の為、そして、潰されるかも知れない家の流派を守る為に繁子が戦車道に命を賭けていた事をまほはわかっていた。
その思いを越えて、自分達は優勝をした。その事について、どうしても西住まほは繁子に感謝を告げたかったのである。
「さぁ、まほりん、みんなが待っとるで? いかんね?」
「…しげちゃん…」
「今年はあんたが一番や、けど、首あらって待っとき、来年はウチらが必ず勝って優勝するからな」
そう言った繁子はニコリと明るい笑みを浮かべて西住まほに告げる。
まほは涙を拭うといつものように凛々しい顔つきで静かにその言葉に頷いた。王者は王者として振る舞うべきである。
繁子もそのまほの顔つきに納得した様な表情を浮かべていた。
踵を返し、黒森峰女学園の戦車群が待つ場所へと戻ってゆくまほ、優勝旗を再び受け取るとそれを高々と掲げたまま愛車のティーガーへと乗り込む。
これから、黒森峰女学園は学園艦に戻るまで盛大に凱旋を行う予定なのだろう。
繁子はそんな光景を寂しそうに眺めながら、ふと、これまでの辻つつじとの思い出を思い返していた。
この数ヶ月間でいろんな事があった。
最初は知波単学園でボロボロにされたチハ戦車を全部修理するところから、全てが始まった。
戦車を作ったり、落とし穴を作ったり、ラーメンや魚を捌いて他校に振舞ったりした事もあった。
そうめんを飛ばした事もある。試合が終わって親交を深める為に長いそうめん流しをみんなで食べた。
そんな中、戦車への愛、仲間との絆を大事にしこれまで勝ち抜いて決勝までたどり着く事ができた。
「日本一…か…。辻隊長を日本一の隊長にしたかったなぁ…」
繁子は先日試合と今迄あったいろんな出来事を思い出してしまいホロリと涙をこぼしてしまった。
そして、そんな繁子の肩をポンと優しく叩く女性がいる。そう、隊長の辻つつじだ。辻は感慨にふけっているような繁子にこう話を続ける。
「ほら、新隊長、皆が待ってるぞ」
「…辻隊長…」
「新隊長なんだからシャキッとしろ。…来年は私の代わりにお前が日本一の隊長になるんだろ?」
肩を叩いた辻は優しい笑みを浮かべて繁子にそう告げた。
自分の世代は終わった、その事はもう辻は受け入れている。だから、自分の代わりに日本一になれる素質を持った繁子を次の知波単学園の隊長に選んだ。
きっと彼女ならば、今年成し遂げる事ができなかった知波単学園の全国大会優勝を成し遂げる事ができる、少なくとも辻はそう思い繁子を新しい隊長に任命したのである。
だが、そう言われた繁子の表情はどこか暗い、何かを考え込んでいるようなそんな顔つきであった。
そんな顔つきの繁子を心配した辻は顔色を伺う様にこう尋ねた。
「大丈夫か? 繁子?」
「…ん、あぁ、大丈夫ですよ、隊長。それじゃいきましょうか」
そう言って辻の後についていく繁子。
その後、知波単学園の生徒達と合流した二人は試合会場を後にした。数々の激戦を繰り広げた初出場となった全国大会もこれでようやく終わりを迎える。
その時の引退する辻の背中は繁子にはとても大きなものに見えた。
それから数週間の期間が過ぎ去り。
知波単学園での隊長に任命された繁子による新生知波単学園の活動が始まる…かに見えた。
ここは知波単学園の所有している畑。ここに二人の女子高生の少女が鍬を持ち、汗水を流しながら土を耕す光景があった。
山口立江と城志摩繁子の二人である。
「久々のクワだね!」
「数週間前は私達戦車乗ってたからね!」
「こっちのほうが落ち着くな」
そう言って久々のクワを振るい畑の開拓に勤しむ繁子と立江の二人。
この日、繁子は立江に話したい事があると彼女を呼びつけ、こうして畑を耕しているわけである。それは、数週間前の戦車道全国大会の事についてだろう。
畑を耕して心を落ち着かせる術を習ったのは母、明子からの直伝である。
辻から隊長に任命された繁子は立江にこの日、大事な事を話したかった。
「なぁ…ぐっちゃん」
「ん? 何? しげちゃん?」
そう言って、汗を拭いながら鍬を振るって畑を耕しつつ、声をかけてきた繁子にそう問いかける立江。
繁子は鍬を振るいながらこう、立江に自分が考えている心情とこれからの事をゆっくりと語りはじめた。
「ウチな…、この学校、少しの間離れようと思ってんねん」
「………そう、なんで?」
「いろいろ考えることがあってな。みんなに甘え過ぎたなって…。思って」
そう言ってクワを振るい畑を耕している繁子は静かな声色で立江に語る。
立江や真沙子達に甘え過ぎた。繁子は西住まほに負けた理由をそう感じていた。彼女達が繁子にとって頼もしい仲間である事は間違いない。
けれど、繁子はその環境に甘えていた部分が自分にあったのではないかと感じていた。そして、出した答えがこれである。
「短期的な転校ができるって聞いてな、数ヶ月、転校して他の高校で時御流を磨こうって考えてるんよ」
「…それは自分だけでって事よね?」
「せやね…」
繁子はそう言って鍬を担いだまま、立江に優しい笑顔を浮かべていた。
それは、立江達を見捨てて勝手な事をした自分は彼女達から責められても仕方ないと思っていたからだ。
辻から隊長を任されたにも関わらず、勝手にその持ち場を離れ他の学校に短期的な転校すると言いだせば、当然、繁子についてきた立江達が反対すると彼女は思っていた。
「先生から短期転校先で上手くいけばそちらの受け入れもしっかりするって言われたわ」
「…そっか…」
「…うん…」
「しげちゃんは…その…戻ってくるんだよね?」
立江は悲しげな表情を浮かべて繁子にそう問いかける。
戦車道全国大会を共に戦った戦友であり、自分達のリーダーである繁子。そんな、繁子が出した答えが短期的な転校。
この知波単学園が嫌いになったのか? 自分達と共にいるのが苦痛になったのか? 時御流を捨てたくなったのか?
立江の中にはいろんな不安があった。けれど、繁子はそんな立江の言葉に笑顔を浮かべてこう告げはじめる。
「当たり前や!今日はウチがおらん間、あの娘達の面倒見てくれってお願いしたくて呼んだんや!」
「なんだー…もう、びっくりしたわよ、てっきり戦車道を辞めるかと思った」
「…まぁ、あれや、ちょっとだけ考える時間が欲しいだけなんよ」
繁子はそう言って立江の肩をポンと叩いた。
正直なところ、繁子には迷いがあった。それは当然ながら戦車道を続けるか否かである。立江にはこうは言ってはいるが繁子の心情としてはそれだけではなかった。
母の誓いを守れず、辻との約束を果たせず。挙句、時御流の仲間を犠牲にする戦術をとるしか勝てる見込みがなかった試合をした。
確かに接戦だったかもしれない、けれど、この出来事が繁子に戦車道を辞めるかどうかを考えさせる原因となっていた。
(…結局、話せんかったな…)
繁子はそう立江の笑顔を見て内心で呟いた。
付きあってくれた仲間を裏切るような言葉を話す勇気がこの時の繁子にはなかった。時御流が果たして強いのかどうかは結局、西住流を倒すことが出来ない事で証明ができなかった。
繁子はそんな今の状況が苦しかった。知波単学園の隊長に任命されたが自分なんかよりも相応しい者がいるだろうとも思った。
今回の短期的な転校も繁子は本来は休学するつもりだったのだ。しかし、担任の先生の勧めで『短期的な転校により学校をしばらく離れてみては?』という代案を出された。
知波単学園の戦車道は今や辺りに知れ渡っている。その立役者の繁子が休学となれば、学園側としても了承はしたくはなかったのだろう。だからこその短期的な転校であった。
戦車道から距離を置いて己を見つめ直したかった。自分の戦車道はいったいなんなのかをもう一度考える時間が欲しかったのである。
繁子はそんな内心を悟られる事が無いように畑を耕し終えた後に立江にこう告げた。
「そういうわけやから、立江、後は任せたで」
「任せなさい! てか! 私ら置いてくなんてしげちゃん酷いじゃん!」
「あはははは! ごめん! ごめん! 帰ってきたら時御流のみんなで全国の学校を旅しよう!」
そう言って繁子は畑を耕していた鍬を担いだまま立江にそう告げた。
帰ってくるかはわからない、けれど、繁子はいつか立江達には話さないとはと思っている。
辻の言葉にあの時、断りを入れておくべきだった。自分が隊長に任命されるべきではなかったと繁子はそう感じていた。
きっとまた、時御流で知波単学園と共に戦車道全国大会の舞台に戻る。
そんな、強い思いは、今の繁子の中には…、感じる事が出来ないようになってしまっていた。