ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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繁子の苦悩

 

 

『しげちゃん、まだまだやで踏み方が足りへん、麦はこうして力強く踏みつけて育てるのが一番なんよ』

 

『そうなん?』

 

『せやで? 麦は踏まれて強くなるからなぁ、しげちゃんも麦みたいに逞しくならなね』

 

 

 遠い日の記憶。

 

 いつの頃だったか、繁子は母、明子にそんな風な事を語って貰った。麦は踏まれてよく育つそんな食物であると。

 

 繁子にそう語る明子の顔は暖かく慈愛に満ち溢れたものだった。時に厳しく、時に優しく、そして、愛情をもって明子は繁子に生き方の術を教えた。

 

 そんな夢を繁子は見ていた。

 

 朝日が顔に差し込み、繁子はそんな夢から覚める。

 

 いつの日だったか忘れてしまった。繁子は寝癖がついた頭を掻きながらゆっくりとベッドから上体を起こす。

 

 

「…たくっ…なんやねん…ほんまに」

 

 

 繁子は眠そうな顔を擦りながら見た夢についての愚痴をつい溢した。

 

 このタイミングであんな夢を見れば、今の繁子にとってはなんとも言い難いモヤモヤとしたものを感じるだけだ。

 

 自分はしばらく戦車道からは離れると決めた矢先にアレだ。繁子の目覚めはそこはかとなく悪かった。

 

 いつものように朝の支度をしはじめる繁子、制服に着替えて準備をする。

 

 だが、朝の支度をしている繁子はいつも着ている制服の前でピタリと手を止めた。その制服はいつも着ている知波単学園の制服である。

 

 

「あ、制服間違えてもうた…今日からこっちやったな」

 

 

 そう呟いた繁子は制服を取る手を変えて、横にある制服に手を伸ばしそちらに着替えた。

 

 先日、立江に知波単学園の事を任せてから、繁子は全員に挨拶を済ませ、一週間くらい経ってからすぐに短期転校先の学園艦に移動した。

 

 なるべく速やかに、あの学校を離れる事で永瀬や真沙子達に余計な事を考えさせないようにと思い繁子はそうしたのである。

 

 今はご覧の通り、違う学園の制服に袖を通し、今日から登校となる。もちろん、この学園にいる間は繁子は戦車道をするつもりは微塵も無い。

 

 一度、戦車道から完全に離れてみようと思ったからである。

 

 

「さて、行くか…」

 

 

 トレードマークのタオルを頭に巻いて玄関で靴を履き替える繁子。

 

 朝ごはんは適当に作って食べた。後は学園で勉強して、何事も無く過ごすだけである。

 

 転校初日であるし、繁子の趣味であるギターをする時間もありそうだ。他にも家庭農園も学校に作るのもいいだろう。

 

 よくよく考えれば、戦車道をしなくともやりたいことがたくさんあるでは無いか、と繁子は登校しながら思い浮かべて笑みを溢す。

 

 一時の別れを告げた知波単学園。

 

 永瀬や真沙子達は自分がこの知波単学園から短期転校することに当然、反対だった。

 

 

『しげちゃん! 私達聞いてないよ! そんな話!』

 

『転校って…!新隊長任されたんだよ! なんでこのタイミングに…!?』

 

『このタイミングやからや…真沙子』

 

 

 真沙子、永瀬、多代子はいきなり聞かされた話に驚きを隠せなかった。

 

 まさか、繁子が短期転校するなんてことになるなんて思ってもみなかった。当然ながら真沙子も多代子も永瀬も納得が出来ない。

 

 だが、先に話を聞いていた立江は彼女達に繁子の代わりに代弁し話をし始める。

 

 

『別にしげちゃんは戦車道を辞めてこの学校を辞める訳じゃない、数ヶ月の短期転校でまた知波単学園に帰ってくるわ』

 

『でも…』

 

『一度、自分を見つめなおす時間が欲しいのよ、ね? しげちゃん?』

 

『立江…』

 

『そういうことだから、しげちゃんをこれ以上責めるのは酷よ。…きっと何かしら考える事もあるんだろうしね?』

 

 

 繁子の代わりにそう永瀬達に告げる立江はニコリと笑みを浮かべた。

 

 きっと、繁子が何か思うことがあるのは立江にもわかっている。もしかしたら、これを機に戦車道を辞めてしまうかもしれない。

 

 けれど、立江はそれでも良いと思っていた。その道も繁子が選んだ道だ。その道を選んだ時は自分達の身の振り方くらい立江や永瀬達もわかっている。

 

 仲間との絆を大切にしている繁子がその事を話さずして戦車道を辞める筈がないと立江はそう信じていた。

 

 この短期転校の期間できっと繁子は何かしらの決断を下す筈だ。

 

 立江はどんな状況にも繁子が立ち直る事を祈るしかない。だからこそ、今は繁子を見守るしか立江には出来なかった。

 

 

『…来週からでしょ? 転校。 はいこれ』

 

『…これ…』

 

『お守りよ、私の自作のね! 中に麦の種入れてるから、頑張りなさいしげちゃん』

 

 

 そう言った立江は繁子に麦の種が入った赤いお守りを手渡した。

 

 手作りながら綺麗に縫られたお守りである。確かに触ってみると中に麦の種が入っている様な感触があった。

 

 向こうに繁子が行けば自分は何にも力にはなれないが、このお守りくらいなら今の繁子に預ける事ができる。立江は繁子に立ち直ってまたこの学園で共に戦車道をやりたい一心でこれを作った。

 

 麦は踏まれて逞しくなる。きっと繁子も短期転校を終えて帰ってくる頃には何かまた逞しく帰って来て欲しい、そんな、立江の願いがこのお守りには込められていた

 

 繁子はその立江から手渡されたお守りをギュッと握りしめると静かにそれをポケットにしまう。

 

 

『ありがとう立江』

 

『あ、それじゃ、私からはこれ!』

 

『これは…なんや?』

 

『いつも持ち歩いてる大工用のトンカチ! なんかあってもしげちゃんならこれ一つあればなんでも作れるっしょ!』

 

 

 そう言って、永瀬は立江の横に並ぶと繁子にいつも愛用しついるトンカチを手渡した。

 

 お守り代わりとはいかないが、せめて自分達の事を思っていて欲しい、永瀬は戦友である繁子にそういった意味でこのトンカチを手渡した。

 

 これは、建築物や物を作る際、永瀬がよく使うトンカチだ。このトンカチで永瀬は幾つもの物を作り上げて来た。トンカチを使って船や納屋だって作った事もある。

 

 このトンカチを繁子に預ける事で真沙子達や自分もまた共にいつも戦っていると、繁子にそう思って欲しかった。

 

 思わず涙が出そうになるのを繁子は堪える。永瀬もまたそんな繁子を笑顔で送り出そうと満面の笑みを浮かべていた。

 

 そして、多代子もまた繁子のもとに寄る。

 

 彼女はポケットを漁り、綺麗に纏めてある。自身の思い入れのあるものを繁子に手渡した。それは、多代子がいつも愛用している軍手である。

 

 

『全く、世話が焼けるリーダーだね、あんたは! ほら! 向こうでもしっかりするんだよ! しげちゃん!』

 

『多代子…』

 

『この軍手、だいぶ丈夫な軍手だから! 頑張ってね! リーダー!』

 

 

 多代子はそう言って軍手を手渡すとギュッと繁子の手を握りしめて握手を交わした。

 

 暫しの別れ、いつも戦車道の試合で操縦席に座る自分を指揮してくれた繁子がこの知波単学園から居なくなる。

 

 だから、この軍手は繁子の手足に成れない自分の代わりに繁子を支えてくれる筈だ。多代子はそう思い、この思い入れのあるいつも作業に使う軍手を繁子に預ける事にした。

 

 そして最後は仲間思いの真沙子。彼女は繁子に色んなものを手渡す永瀬達を横目に見ながら腕を組み呆れたようにこう告げる。

 

 

『…全く! どいつもこいつも!』

 

『真沙子』

 

『わかってるわよ! 立江! ちょっと待ってなさい!』

 

 

 そうぶっきらぼうな言い方をしながらも真沙子は立江に言われて自身のバッグの中を漁り、ある物を取り出しはじめる。

 

 そして、真沙子はバッグを漁り取り出したそれを持って繁子の前に来ると顔を背けたままその何かを突き出した。

 

 それは、綺麗な皮に包まれた業物の包丁、いつも真沙子が料理に使っている愛用の包丁である。

 

 

『これ、私の打った包丁。しげちゃんにあげるわ』

 

『でも真沙子、これ…っ!?』

 

『包丁なんてまた打てば良いの、それよりしげちゃんの力になるならこの子も本望だろうしね。…勘違いしないでよね! しげちゃんが心配でこれをあげるわけじゃないんだから!』

 

 

 そう言って真沙子は綺麗に皮に包まれた包丁を押し付ける様に繁子に差し出す。

 

 繁子はそんな真沙子に笑顔と涙を浮かべていた。皆が自分の為にこんな風にしてくれる事が繁子には心の底から嬉かったのだ。

 

 繁子は流れ出そうな涙をタオルで拭い、皆が笑顔で送り出してくれているのに応える様に笑みを浮かべそれぞれから貰った思い入れのある物を大事に仕舞う。

 

 そして、仲間達から色んな物を貰った物を仕舞い終えた繁子を見つめていた立江は彼女にこう告げはじめる。

 

 

『私らからはそんなものしか送れないけど、知波単学園のみんなからも、しげちゃんにこれ渡してってさ』

 

『これは…』

 

『激励の寄せ書きと、後は梅干し』

 

『梅干しって…』

 

『おいしいから食べてみなって、それじゃ向こうで頑張ってくるんだよ』

 

 

 立江から知波単学園の皆が書いてくれた寄せ書きと梅干しを受け取った繁子は苦笑いを浮かべ、そんな繁子に立江は肩を叩いて笑顔を浮かべてそう告げる。

 

 この梅干し、知波単学園の皆が協力して繁子の為にと用意してくれた梅干しである。事前に立江が皆に話したおかげもあり、話に来た繁子を迎えるこのタイミングで渡す事が出来た。

 

 皆が待っている。

 

 繁子のいつでも帰って来てもいい居場所を知波単学園の皆も立江達も作っておこうと思っていた。

 

 新隊長になった繁子はこの学園に確かに暫く居なくなる。だけれど、この学園でまた全国の舞台で繁子を含めた全員で戦いたい。

 

 その思いはみんなが一緒だった。

 

 繁子はそんな立江達の思いと知波単学園の生徒達の思いを受け取り静かに話をしはじめる。

 

 

『うん、それじゃ行ってきます』

 

『行ってらっしゃい』

 

 

 そして仲間に告げる別れの挨拶。

 

 きっと永遠の別れではないがその時の繁子の心情は複雑なものであった。戦車道を捨てるか、それとも、続けるのか。

 

 時御流という流派を捨てるのか否か。

 

 立江の行ってらっしゃいという優しい言葉を受けて繁子は知波単学園の学園艦を後にした。

 

 正直、知波単学園を離れ、戦車道から離れた今、自分にとって時御流とは一体なんだったのか、夜になると寝る前にいつも考え込んでしまう。

 

 繁子は学園艦にある自身の家から出ると鞄を担いでいつもとは通学路を歩き学校を目指す。

 

 水色に縦白の線の入った制服、知波単学園とは違うその制服は繁子にはどこか着慣れない違和感を感じさせる。

 

 

「ま、最初だけやろうけどな…」

 

 

 他の生徒同様に何食わぬ顔で新たな学園へと足を踏み入れる繁子。

 

 戦車道から離れて、暫く自分を見つめなおす為に繁子は今日から普通の女子高生としてこの学園に滞在する。

 

 その繁子が新たに足を踏み入れた学園の掲げている校章には…。

 

 

 一文字だけ『継』という文字が記されていた。

 

 


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