ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
繁子が継続高校に短期転入してから数日が過ぎた。
クラスにも馴染み、皆と親しくなった繁子。
継続高校の皆は暖かく繁子を迎えてくれた。やはりそれは繁子の親しみやすく愛されやすい人柄もあっての事だろう。
だが、そんな彼女は現在ある事態に直面することになっていた。それは…。
「なんやこれ…」
「やぁ」
「やぁじゃ無いわ! このアホ!」
同じクラスメイトである三人トリオ、ミカ達から拉致されていた。繁子はミカ達三人から継続高校の戦車を保管してある倉庫まで縄で縛られ、担がれて連れてこられたわけである。
だが、繁子はこんな場所に連れてこられでも仕方が無い、繁子はこの学校では戦車道をするつもりは無いのだから。
そのことは再三、クラスメイトやミカ達には話している。
だからこそ、この拉致はとても意味あるものとは繁子は思えなかった。
繁子は苦笑いを浮かべながら拉致られたこの継続高校の車庫を見渡し、継続高校が揃える戦車を見渡すと深いため息を吐く。
「あのなぁ、うちはこの学校で戦車道はせえへんって言うたやろ」
「おや? そんな話聞いたかな? アキ?」
「いや、ミカ、言ってたよね」
「記憶に無いな、多分、風が運んできた虚言だろう」
「いや、拉致って来た本人がそう言ってるじゃんか…」
そう言って、ポロンとカンテレを鳴らすミカに苦笑いを浮かべてそう告げるアキ。
風が運んで来た虚言なら仕方ない。
兎にも角にも、こうしてミカ達三人から拉致られた繁子はこの継続高校の車庫を見渡す。
そこにはBT-42、BT-7、BT-5、T-34/76とT-34/85といった戦車が並んでいた。
そして、極め付けはKV-1である。
だが、この中には明らかに継続高校が所有しているだろう戦車以外の物が存在している。
「なーんでT-34/85とか76があるんや…しかもKV-1って…パクッてきたやろこれ」
「風が運んで来たのさ」
「ちょっと頭出し、アンタ、ホンマに拳骨したる」
「お母さん、すいません」
「お母さん!? しげちゃんお母さんなの!?」
そう、言って繁子に素直に謝るミカ。
プラウダ高校から盗んで来た戦車であることは車体を見れば大体わかる。継続高校がいくら貧乏だからといって盗みはいけない。
しかしながら、今更返す云々の話をしたところで最早、意味は無いだろう。プラウダ高校ほどの名門なら戦車の一台や二台なくなったところでどうにでもなる話だ。
だが、盗みはやはりダメである。戦車を作り自作する繁子だからこそ、そこはなおさら厳しかった。
縛られながらもオカンオーラ全開の繁子にミカも流石に謝るしかなかった。今、繁子に素直に謝らなかったら大阪風の長々としたお説教と拳骨が待っていることが明白であるからである。
ミカはコホンと咳払いをしてとりあえず気を取り直す。そう、本題は何故、繁子をこの場所に拉致って来たのか。
「もちろん、私達だってしげちゃんを無理矢理戦車道に引きずり込もうという訳じゃないさ」
「…なら何の用があって…」
「戦車道でなければ良いんだろう?」
そう告げるミカは不敵な笑みを浮かべていた。
確かに戦車道はしないと言ったし、繁子は自分を見つめなおす為にこの継続高校にやって来た。
しかし、そんな自分をこの車庫に連れてきたミカ達、そして、彼女達が提示してきたのは戦車道では無いものだ。
繁子もこれには眉をひそめた。戦車道でないならば何で自分にこの車庫をわざわざ見せてきたのか、しばらく思案した後に繁子はある結論にたどり着いた。
継続高校は貧乏、よって資金が掛からない戦車戦で資金を稼ぎたい。
ならば、それに当てはまる戦車での戦い方が確かにあった。
「…戦車強襲競技(タンカスロン)か」
「そうだと言えるしそうでないとも言える」
「なら、うちは必要あらへんな」
「嘘です、タンカスロンだよ! 何言ってんのミカ!?」
「図星やったから言えへんかったんやろ?」
「さぁ…なんのことだか…」
「目を逸らさずにこっち見ようか〜」
そう言いながら自分から視線を逸らすミカににこやかな笑みを浮かべて告げる繁子。
ミカは涼しい顔ですっとぼけている様に見えるが至近距離に迫る繁子の顔に圧倒されて背中には冷や汗をかいている。図星なのだ。
そんな事は百も承知である繁子はため息をひとつ吐くと呆れた様な表情を浮かべる。捻くれ者だとは思っていたがミカはプライドもどうやら高い様だ。
「とりあえずこの後ろの縄取っ払ってくれへん?」
「あ、うん、わかった」
「ふぃ…これでようやく身動き取れるわ」
そう言いながら繁子は縄を解かれ、縛られていた手首を確認しつつコキリと首の骨を鳴らす。
とりあえず、ミカ達の要件はわかった。確かにタンカスロンならば戦車道では無い、それに規定車数をクリアする必要も無く1輌でも十分に試合が行えるだろう。
しかしながら、その試合を行うに当たってはそれ相応の準備がいる。
アキは申し訳なさそうな表情を浮かべて縄を解いた繁子にこう話をし始めた。
「ごめんね、しげちゃん、ミカも私達も悪気があったわけじゃないの…ただ、貴女の試合を見てたら…その…勿体無く感じちゃって」
「ん…見てたんか」
「…うん、決勝もその前のグロリアーナ戦もサンダース戦も全部見たよ私達」
「…そっか…」
だが、繁子には当然、それでも戦車に乗る事自体に抵抗があった。
この学校に来たのは自分を見つめ直す為、果たして、こっちではやらないと決めた戦車に自分が乗るべきか否か。
繁子には知波単学園で待つ立江達がいる。そんな彼女達を置いてきて、自分が果たしてこの学校で再び戦車に携わっても良いものか。
だが、目を潤わせてこちらを真っ直ぐに見つめてくるアキを見ていたら無下にすることも出来ない。
彼女達は繁子の試合を見て、感動し共に戦車に乗りたいが為に今回の強行手段に出た事も繁子には理解出来ていた。
共に戦車で戦いたいと言われれば確かにうれしくないわけが無かった。
「ダメ…かな? 私達はもっと戦車道を強くなりたい。だから、貴女の戦車道を少しでも良いから盗んで上手くなりたいの…折角出来たこの縁を無駄になんかしたくないんだ」
「しげちゃん、私からもお願い! 一緒に戦車に乗って欲しい!」
「…んー…せやな…」
繁子はそう言いながら困った表情を浮かべて頬をかく。
三人はこの継続高校をもっと強くしたいと強く願っている。だからこそ、自分の戦車戦を見せてくれと乞うてきた。
そんな願いを繁子は無下には出来ない。この三人の姿が知波単学園に入学したばかりの自分達五人の姿になんとなく重なった。
最初に知波単学園に入学した時、繁子は立江と交わした話を未だに覚えている。
『あー…このネジ、バカになっとるね』
『そうだねぇ、ねぇしげちゃん』
『ん…? なんやぐっちゃん?』
『私らどこまで行けそうかな?』
『ん〜…せやねぇ』
スパナを回し、履帯を修理しながら繁子はそんな他愛のない会話を立江としていた。
自分達の目標、入学した当初は時御流を復活させる為、自分達の戦車道を貫く為に知波単学園に入学した。
けれど、明確とした目標なんてものは無かった。ただ五人でこの学校で行けるところまで行きたい。
もっともっと、戦車道を強くなりたい気持ちだった。
『行けるところまでやね!』
繁子はそう言って笑っていた。
行けるところまで、この五人なら行けると繁子は信じて疑わなかった。時御流の戦車道を皆に認めて欲しかった。
繁子はその時の事をふと思い浮かべていた。きっといつかその時はまた訪れる。だけど、待ってるだけではきっとそのチャンスはつかむ事は出来ないだろう。
繁子はふと笑みを浮かべると継続高校の三人にこう告げはじめた。
「えぇよ、やろうか…強襲戦車競技(タンカスロン)」
「しげちゃん…いいの?」
「うん、ええよ、なんか大事なものを思い出した気がする。ありがとな」
「やった! ミカ! ミッコ! しげちゃんタンカスロンやるんだって!」
その繁子の返答にアキは嬉しそうに声を上げた。
戦車道じゃない、繁子の戦車戦の原点。強襲戦車競技(タンカスロン)。
それならきっとまた何か大事なものを取り戻せる気がする。今、以上の自分の戦車道を信じて戦える。
だから、繁子はこの継続高校で再び戦車に乗る事に思い至る事が出来た。
「なら準備せなあかんね、ちょっと電話するけどええかな?」
「うん! …大丈夫だけど…誰に電話するの?」
「ふふ、ウチの相棒や」
そう言って繁子は携帯端末を取り出して連絡を取りはじめる。
彼女が自分が学園を離れる前にくれたお守りはまだ大事にとっている。麦入りのお守り、繁子は思った、そう、戦車道に最初から一人なんてものは無いと。
時御流の戦車道とは皆との絆で紡ぐ戦いだ。
まほのように一人だけでも状況を変えられる人間だけが勝てる競技では無い。甘えていたと思っていた考え方が間違っていたと繁子は気づかされた。
「あ、立江か? ちょっとお願いがあるんやけど。対戦車ライフル10丁程用意してくれへん?」
「…え…? ちょ…ちょっとしげちゃん…?」
「せやせや、…んー、クレーン車かぁ…。ならパワーショベルとブルドーザーも頼むわ」
「クレーンに…ショベルにブルドーザー!?」
繁子の口からどんどん出てくる言葉に目を丸くするアキ。
確かに戦車ではなく繁子から飛び出てくるワードは働く車達ばかりである。しかも建築関係ばかりの車だ。
これで一体何をするというのだろうか。
「た、タンカスロンなんだよね…?」
「ん…? せやで、せやから…」
繁子はそう困った表情で訪ねてくるアキに応えると一旦言葉を区切り、意味深な笑みを浮かべる。
そして、再び話し出した繁子の雰囲気は今までにないほどの威圧感を帯びていた。
戦車強襲競技(タンカスロン)。それはすなわちなんでもありの戦車戦。
すなわち戦車道というタガが外れた。戦車道というリミッターが外され、時御流の真価が発揮できるであろう戦場になった訳である。
現西住流、最強である西住しほをもってしてもタガが外れた時御流はもはや西住流、島田流を凌ぐと言わしめるほどだ。
本来の時御流の力を100%出すことのできるまさに、天下無双の戦場なのである。
「…ちょっとだけ本気を出すだけやで?」
そう三人に告げた繁子の笑み。
だが、それとは裏腹にアキ達三人が見た繁子の背中には鬼神か阿修羅がそびえ立っているような錯覚さえ感じた。
背筋が思わず凍りつく。
一見、普段は温厚であるような繁子、この時の三人は確かにこの繁子が放つ異質な雰囲気に思わず目を丸くしてしまった。
あんなに親しみやすく、話しやすい繁子がこんな空気を醸し出すなんて思わなかった。
だが、そんな中、アキ達三人の中でも笑みを浮かべている者がいた。
「確かに…、黒森峰女学園と決勝であれだけの戦い方をするだけはあるね」
ミカは不敵な笑みを浮かべて繁子にそう告げる。
背筋が凍りつくどころか、ミカは血潮が熱くなるのを感じた。圧倒的でありながらもミカ自身もまた、繁子と同じくして怪物並の実力を持っているからかもしれない。
異質な雰囲気の中、携帯端末を仕舞った繁子にミカは手を差し伸べる。
「…君のことをもっと教えておくれよ」
「それは、ウチの戦い方を見てれば嫌ほどわかるようになるで」
一見、互いに笑顔で握手を交わした二人。
けれど、この握手の元、後に戦車強襲競技にもたらす激しく吹き荒れる嵐は時御流の恐ろしさを世に知らしめるきっかけに過ぎなかったのである。
今、鎖が外れた虎が再び、野に放たれる時がやって来た。
時御流、城志摩 繁子の戦車強襲競技(タンカスロン)での戦いが継続高校にて幕をあける事になった。