ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
作らば堅城、天地を開き。
進む姿は激流の如し。
鋼の魂、鉄の業。
それが、時御流。
時御流とはすなわち、職人であり匠であり、そして何よりも勝ちにこだわる流派である。
その業は全てを凌駕する事が時御流の終着点、お酒造りであれ、農地開拓であれ、無人島開拓であれ、戦車作りもまた、その時御流の一部に過ぎない。
目指すべき終着点とはどこか? 答えはその道を極めた先にある。
それらを戦車とは関係ないと突き放せば、時御流という流派は成長が止まる。どんなことであれ戦車にも役に立つというのが時御流の考え方だ。
すなわち、今、こうして鶴姫酒造に来ているのも単なるビアガーデンの用意だけではない。
また一つ、時御流の流派をその極地へ極めるための修行の一環なのである。
そして、城志摩繁子一行はその新たなる一歩を踏み出していた。
「こんにちはー!」
鶴姫酒造にいつものように元気よく突撃する永瀬。
すると、そんな元気のよい永瀬の声が功を奏してか、屋敷の中から一人のおじいさんが繁子達を出迎えてくれた。
「はい、どなたですかな?」
「あ! 徳蔵のじっちゃん久しぶりやね!元気しとった?」
そう言って元気よく手を振り笑顔を見せる繁子。
すると、その繁子の姿を見た徳蔵と呼ばれたおじいさんは驚いたように目を見開くと、嬉しいそうに声を上げた。
「し、繁子お嬢様ではございませんか! これはご無沙汰でしたなぁ…!」
「あはは、お久しゅうです」
「こんなに可愛くなられて…、この徳蔵、嬉しい限りでございます」
「そんなお世辞はええよぉ、照れてまうやんか」
「いえいえ! 繁子様が来たとなればしずかお嬢様も喜びます! 嬉しい限りですな!」
徳蔵は笑顔を浮かべてギュッと繁子の手を握ってそう告げる。
繁子の母、明子の葬式にもこの徳蔵さんは参列してくれてしっかりとお見送りしてくれた優しいおじいさんである。
お酒造りで明子とここに訪れた時は繁子もいろんな事を徳蔵さんから教わった。
「しずちゃんは今…」
「屋敷におられます! 書道の最中でしてな」
「ほぇ…。書道かぁ…」
「和って感じだよね!」
そう言ってワイワイと賑やかな立江達は書道と聞いて目を輝かせ始める。
確かに日本の良き伝統である。字とは己の心を写すとも彼女達には聞き覚えがあった。
そして、その書道と聞いた彼女達はそれについての質問を多代子は徳蔵さんに投げかけはじめた。
「あ、徳蔵さん、ちなみに書道ってどのレベルから…」
「もちろん、私が和紙から刷っておりますよ」
それは満面の笑みだった。
同時にその徳蔵さんの言葉を聞いた繁子達五人は目を輝かせた。まさか、和紙から作るレベルの方が自分達以外にいるとは思わなかったからだ。
目をキラキラと輝かせた真沙子と繁子、立江はすぐさま徳蔵に駆け寄ると賛辞を送った。
「さすが徳蔵さんや! ウチにも刷り方教えてな!」
「どの木使ったんですか!?」
「梶(楮)の木だったり、麻から刷ったりしましたかねぇ…流石に私め一人では作業が大変だったのでお手伝いしてはいただきましたが…」
「ちなみに和紙の種類は…」
「美濃和紙ですな、しずかお嬢様が美濃和紙が書きやすいと申されておりましたので…」
「美濃和紙! すごい!」
そう言って、美濃和紙と言う言葉を聞いた立江はテンションが上がる。
美濃和紙。
現在の岐阜県で製造される伝統的な和紙がこの美濃和紙である。
特に岐阜県関市寺尾で生産される和紙が特に有名で、昔は障子用の書院紙、包み紙、灯籠用として使用していたとされている。
昔ながらの伝統的な製法で作られた和紙であり、国の重要無形文化財、また、伝統的工芸品にも認定されている和紙なのだ。
ただの紙と侮るなかれ、紙は神にもなり得ると言うのは明子の受け売りである。
さて、話は逸れたが、今回、繁子達がやって来た理由は…。
「ご老人、ビアガーデン用のノンアルコールビールをここで製造したいんだが…可能だろうか?」
「おや? こちらは…繁子様のご友人の方ですかな?」
脱線した本題について語るまほの姿を見た徳蔵は首を傾げる。
立江や永瀬達は以前、繁子と共に日本酒を明子と作りに来た事を覚えているのでわかるのだが、今回は見慣れない制服の女生徒が大勢いる。
その事に気がついた繁子は思い出したように改めて自分の友人達についての紹介を徳蔵にしはじめた。
「せやで、あ、すんません紹介が遅れてしもうた。…えと、こちらが西住流本家、西住まほ。うちの幼馴染です」
「はじめまして自己紹介が遅れました。西住流、西住しほが娘の西住まほです」
そう告げて深々と頭を下げて自己紹介をしはじめるまほ。
そして、同時に徳蔵は驚いたように目を見開くと『おぉ!?』と感心したような声を上げた。
本家西住流と聞けば誰しもがそうなるだろう。しかも、西住まほと言えば、先日の戦車道全国大会で繁子と激戦を繰り広げた黒森峰女学園の隊長である事は徳蔵の記憶に新しい。
「なんと…!? 西住流本家と時御流本家のお二人が幼馴染ですとな!?」
「いや…まぁ、ちっちゃい時に母ちゃん同士が仲良かった事もあってな?」
「初恋の相手でした」
「まほりん、そう言うカミングアウトはいらんって…」
そう言って、冷静に真顔でそう徳蔵に告げるまほの言葉に苦笑いを浮かべ突っ込みを入れる繁子。
確かにあの頃の繁子は男の子の格好をしていた事はもっぱら有名であったため、そうなったとしても不思議はないなと徳蔵もこれには微笑ましく頷く。
女の子らしからぬ謎の凛々しさがあったのもまた事実であったので、そんな風になる事もある程度予想がついたのだろう。
ちなみにこの鶴姫酒造は時御流の分家にあたる。元を辿れば親戚というわけであるからして本家の繁子は徳蔵にとっても可愛い孫娘のようなものなのだ。
時御流は絆を大切にする流派。
親戚同士の結びつきは強く、困った時は助け合いまた、共に家族のような暖かさを持った家柄なのである。
それは、流派を学んだ立江や真沙子、永瀬、多代子も例外ではない。
そして、繁子は続いて、ミカ達の事も徳蔵に紹介をしはじめた。
「そんで…こっちが」
「島田流、島田ミカです」
「えぇ!?」
「嘘つけぇ! なんでやねん!」
そう言ってすかさずスパンッと勢いの良い突っ込みをミカに入れる繁子。
アキも急なミカのカミングアウトにびっくり仰天したような裏声を上げてしまった
おそらくはまほに対抗してからの口からでまかせなんだろう。今までミカが島田流だという話は一ミリたりとも聞いたことがない。
勢いよく頭をスパンッと繁子から叩かれたミカは頭を摩ると何事もないように繁子の方を向きこう告げた。
「痛いじゃないか…」
「痛いじゃないか、やないやろ! え? 島田流とか全然聞いとらんねんけど?」
「私は島田流だよ。気持ちは」
「なんでやねん、やからまほりんに対抗しての完全に口から出まかせやろ! それ!」
「もしかしたら島田流だったような気がする」
「なんで気がするん? 確信無いやないかそれ、てかこじつけ無理矢理すぎるやろ」
そう言って繁子は顔を引きつらせて何事も無くどこから取り出したかわからないカンテレをポロンと弾くミカに告げる。
徳蔵もこれにはどうしていいかわからず、とりあえず苦笑いを浮かべるばかりであった。
とりあえず、島田流云々は抜きにして、繁子はコホンとりあえず咳払いをすると、改めて徳蔵にミカ達についての紹介をしはじめた。
「コホン、えっと、気を取り直して…。今、ウチが短期転校先でお世話になってる継続高校の友人達で、ミカ、アキ、ミッコって言います」
「どうもはじめまして、アキと言います! …ウチのミカがすいません…」
「あはは、いや、構いませんよ、面白いご友人をお持ちで」
「ミッコでっす、おじいさんよろしくお願いします」
「島田だったかもしれないミカです。よろしくお願いします」
「かもしれないつけて過去形に変わっとるやないかい」
そう言って、未だに島田流(不明)な事を口走るミカに繁子はひたすら苦笑いを浮かべるだけである。
しかしながら、ミカは何事もなくカンテレを弾いているあたりかなりの強心臓の持ち主だ。確かにこのメンタルがあれば継続高校が強くなるはずだと繁子も感心するばかりである。
また、まほに対抗心を燃やしてるのも見てればわかるのでかなりの負けず嫌いだというのも頷ける。
さて、一通りの自己紹介も済み、徳蔵から屋敷の中へ繁子達は案内される。
廊下を歩けば綺麗な和風な襖がずらりと並んでいた。匠の技や侘び寂びがあるなと繁子達は感心しながら目を輝かせて徳蔵に案内されるまま奥の部屋へと進んでいく。
しばらくすると、奥の部屋にある襖の前でピタリと止まり。徳蔵は膝をつくと静かにその襖を開いた。
「お嬢様、御客人です」
「徳蔵か…。うむ、わかった」
そう言うと書道の筆を止める艶やかな赤い着物を着た少女。
見た限りではおそらく、一ノ宮達と同じように中学生くらいの年齢だろうか? だが、見た限りではとてもお淑やかで落ち着きがあり、とても中学生には見えない。
まほは自分の妹と同い年くらいだろうかと首をかしげる。見た限り、中学三年生くらいだろう。来年には高校生になるくらいかもしれない。
そして、お嬢様と呼ばれた少女はゆっくりと徳蔵の方へと振り返る。
「して、どなたが来られたのだ?」
お人形のような綺麗な容姿をこちらへと向ける少女。
そして、そんな彼女の視線の先には徳蔵とその背後に控えるある少女の姿を見つけた。
彼女の視線はその一点に釘付けとなる。お人形のように綺麗な目に映る彼女の姿が信じられないと言ったような表情であった。
驚いた表情を浮かべたまま、彼女は言葉を絞り出す。
「っ…! あ、 貴女は…っ!」
彼女の視線の先の少女はにこりと笑みを浮かべ手を振っていた。
先ほどまで凛として落ち着きのあった彼女はあまりの出来事に動揺が隠せずにいた。視線の先にいる少女、城志摩 繁子との再会はそれだけ、彼女にはとても衝撃的なものであったからである。
着物を着た彼女はすぐさま立ち上がり、駆け出すと繁子の元に駆け寄る。
それはさながら、武士のような身のこなしであった。
「お館様ぁ!!」
「ぼぁ!? ちょ…っ! しずちゃん!」
嬉しさのあまり、勢いよく抱きついてきた彼女にやられるがままの繁子。中学生と高校生だというのにはたから見れば繁子の方が小さく見えるのがまたシュールな光景である。
そして、従姉妹である繁子をお館様と呼び、繁子に抱きついて来た彼女こそが、鶴姫酒造の一人娘。鶴姫しずかその人であった。