ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
さて、前回、本格的なビール作りに入ったダッシュ隊員達。
今は2日目の朝を迎え、繁子は清々しい朝を迎えていた。
というのは全くの嘘であるが、現在、寝床として鶴姫の屋敷の一室を借り、宿泊を取った訳だがここである問題が発生していた。
それは、繁子の横に寝てる無防備なミカである。
昨晩は一人一部屋、屋敷は広いのでそんな風に部屋分けをしたのであるが、どういうことか目を覚ませば繁子の前にはなんとミカが寝ていた。
寝ぼけてかそれとも故意にか、定かではないが、昨晩は一人で寝ていたはずだと繁子は顔を引きつらせる。
「…ほんま、いつの間に入って来よったんやこいつ…」
「zzz……すぴー…」
ほぼ下着姿、上にはTシャツを着ているみたいだが、おそらくブラジャーらしきものはつけていないのだろう。
嫌がらせもはだはだしいと繁子は思う。いつの間に自分の布団に潜り込んだのか、疑問が消えない。
「おら! 起きんかい!」
「ふが!?」
そして、なんだか無性に腹が立ってきた繁子はミカの鼻の穴に二本の指を突っ込んでやった。
豚のような声を溢すミカ、しかし、繁子を離す気配が全く無い。
たわわに実っている胸が繁子の目前に迫る。
だが、これは繁子には精神的な苦痛の方がデカイ。
目前に己が無いものが目前に自己主張されていればそうなるのは目に見えてわかるだろう。
そんな中、襖が開いて繁子を起こしにまほがやって来たようだ。
だが、パジャマ姿のまほは一緒の布団で寝ている繁子とミカの姿を見て身体を硬直させる。
「み、ミカ! お前! 話が違うじゃないか!!抜け駆けはずるいぞ!!」
「…zzz…返事がない、ただの屍のようだ…」
「起きとるやないかい!」
「あいたっ!」
そう言って、バシン! とミカの両頬を勢いよく手で挟む繁子。
それはそうだろう。繁子から鼻に指を突っ込まれ、これだけ騒がしければ起きるというものだ。
繁子はたゆんと揺れるミカの胸に顔をしかめつつもモゾモゾと布団から身をよじらせて脱出すると呆れたようにため息を吐いた。
朝から早々に騒がしい限りである。だが、これだけで終わるわけもなく、まほがすごい剣幕で繁子の肩に掴み掛かって来た。
「大丈夫か!しげちゃん! あいつになんかされなかったか!?」
「精神的なダメージをいくらか食ろうたわ」
「なんだと!? よしよし…それは辛かったな」
「ねぇ、まほりん、君、話聞いとったかな? なんで追い討ちかけるん??」
そう言って、パジャマ姿のまほから抱き寄せられる繁子だが、はたまたこちらも自己主張が激しい胸を押し付けてくる。
繁子の目は死んでいた。
胸とはなんだ。
脂肪のかたまりではないか、焼いたらよく燃えるんじゃないか、そうだ、BBQの油ひきに使ってやろう。
そんな腹黒い思惑が思わず浮かんで来そうであった。
最近、自分の周りには胸がおっきな女の子が増えすぎた。一人くらい胸が無くなっても問題なかろう。
「…この歳になると夢も希望も無いな。プラウダに転校したいわ」
「…え? しげちゃんなんか言ったか?」
「なんでもあらへん、大丈夫やから」
「そうか、それは良かった…!」
全然良くは無い。
もはや、こうなると成長しないであろう自身の胸を呪うしかない、夢も希望も最早無いのだ。
悲しきかな、繁子はなんだか虚しさを感じてきた。
プラウダにいるカチューシャなら自分の気持ちをきっとわかってくれるだろう。
この場にカチューシャがいれば繁子は迷いなく身代わりに使いたい程である。
この環境に入ってくるがいい、きっとカチューシャも目が死ぬだろう事が容易に想像できる。
もしくは既にノンナやジェーコから同じ目にあっているのかもしれない。そう考えると痛堪れない気持ちになってしまった。板だけに。
さて、安心した様なまほの表情を見る繁子は何も良くないと口に出した感情を堪えつつ、ビール作り2日目を迎えた。
まずは全員で朝食を摂り、そこから作業の続きに取り掛かる。
さて、この朝食であるが、立江の機嫌があまりよろしく無い。いや、ご立腹であった。
顔はニコニコと笑ってはいるが、完全に激おこぷんぷん丸である。
顔を引きつらせながら目の前に座るミカとまほは渋々朝食を摂っていた。
そんな、重苦しい中で口を開いたのはまずは立江からだ。
「さて? 弁解は?」
「…いや、私はしげちゃんを起こしに来ただけだ。なんの問題もない、私は無罪を主張する」
「私はつい寝ぼけてか部屋を間違えた様でね、いやはや、奇妙な事もあったもんだよ」
二人は涼しい顔を保ちながら冷や汗をかきつつ、凄い威圧感を醸し出す立江から視線を逸らす。
ゴゴゴ…と言わんばかりの立江の無言の笑顔には凄い威圧感があった。
二人はそんな立江の顔を直視する事が出来ない、かろうじてすっとぼけるのが関の山である。
「さぁて、私らは早くビール作りの続きやろうかー」
「どうぞごゆるりとしてください」
「いや大丈夫だ、私も作業に…」
「ダメです」
そう言って、さりげなく永瀬達に混じり退散しようとしたまほの肩ががっしりと立江から掴まれる。
お説教から逃げようとするのはやはり本能的なものだろう。当事者の繁子もこの光景には苦笑いを浮かべるばかりである。
「朝起きたらパンツとノーブラTシャツでしげちゃん布団に潜り込むとかなんて羨ま…、いや、けしからんことをやってるのかな? ねぇ?」
「いや、立江、羨ましいって…」
「偶然の産物にしては出来すぎてるわよね?」
「ウチの話聞いてへんね」
繁子は目が笑っていない笑顔を振りまく立江の言葉にゲンナリとするばかりである。
確かに立江の言う通り、どこの世界に年頃の女の子がパンツとTシャツだけで偶然にも他人の布団に潜り込むような人物がいるだろうか。
だが、ミカはどこ吹く風。むしろ清々しさを醸し出しながらいつもの様な飄々とした面持ちで立江にこう話をしはじめる。
「私は基本的にあれが寝巻きなのさ、開放感があって良いんじゃないかな?」
「アンタ、それ男の人おったら一大事やで」
「大丈夫さ。その時はお金取るから」
「いや…そう言う問題ちゃう気がするんやけどなぁ」
「やっぱりしげちゃんをこいつに渡すのは危険だな! 今日は私が一緒に寝…」
「いや、普通に一人で寝せてや…」
繁子は間髪入れずにまほの肩にポンと手を置くとそう告げる。
別に一人一つの個部屋があるのだからわざわざ二人で寝る必要性も無いだろう。修学旅行でもあるまいしと繁子は思う。
何が楽しくて女の子同士で添い寝をしなくてはならないのか、確かに野宿とかは無人島らしき場所でよくしていた記憶はあるがそれも遠い記憶である。
「という訳でこのアホくさい話は終わりや、とっとと作業に行くで。ビアガーデンまでそんな時間ないんやから」
「…うぐっ…しげちゃんがそう言うなら仕方ないな」
「命拾いしたわね貴女達」
「ん? なんだい? また戦車でケリつけるのかな?」
「お、やる? 私は構わないけど」
「はよ行くでー」
そう言ってバチバチと火花を散らしはじめた立江とミカにそう告げるとスタスタと鶴姫酒造の蔵へと向かう繁子。
こうして、繁子達一同は賑やかな早朝を迎え、再びノンアルコールビール作りを再開させるのであった。
さて、それからだいたい数日ほどの時間もあっという間に過ぎ。
ビール作りも大詰めに入った。樽状の容れ物に作り上げたノンアルコールビールを注ぎ込んで行く永瀬達は晴れやかな表情を浮かべると満足げに話をしはじめる。
「結構できたねー!」
「ほんと徳蔵さんにしずちゃん、助かったわ〜。ほんまにおおきにな?」
「お館様のお力添えになれたのならば、このしずか、嬉しき限りでございまする」
「あぁ、こちらこそ感謝するよ、これだけあれば盛大なビアガーデンを開けると思う」
「それは良かったですなぁ、徳蔵めも西住殿と繁子様にご協力できて嬉しきことこの上ありません」
「徳蔵のじっちゃん大袈裟だってー」
そう言いながらビールの入った樽をどんどんと軽トラに積んでいきながら告げる真沙子。
これだけのビールがあればおそらく両校の生徒にも行き渡る量だろう。軽トラを2台ほど持ってきて正解だったなと繁子達は思う。
しかしながら、軽トラだけでは今回作った全てのノンアルコールビールが入った樽を回収しきることは困難だ。
しかも、軽トラの一台は鶴姫酒造にあったものを今回特別に貸してくれるという形である。
積みきれない樽を前にして永瀬はうーんと頭を悩ませていた。
「積みきれないねー」
「なら、残りは戦車に台車引っ付けてそれに乗っけるってのはどうよ?」
「お! さっすがミッコ! 冴えてるー!」
「アキちゃん大丈夫かな?」
「多分、問題無いと思うよ多代子。道中は気をつけて運ばなきゃだけど」
「運搬業なら私達得意だから、主に物流関係の宣伝みたいなのやったことあるし!」
「え? 宣伝?」
「そうそう。そのおかげか2tトラックとか全然運転できるんだよね!」
「…業者の方かな? 本当に女子高生? 貴女達」
そう言うアキはなんの躊躇もなく言い切る真沙子に顔を引きつらせる。
どこの世界に2tトラックを運転できる女子高生がいるのだろうか?
しかしながら安心してほしい、繁子をはじめ真沙子や永瀬達はだいたいトラックもそうだが、クレーン車、ロードローラー、シャベルカー、ブルドーザーに至るまで働く車はなんでも運転できるという変態スペック持ちである。
最早、2tトラックぐらいでは驚いてはいけないんだろうなとアキは内心で呟くしか無かった。
「さぁ、そんじゃしげちゃん達も積み終わったかなー?」
「おーい!」
「こっちは終わったでー」
「よし! じゃあ、ぼちぼちいきますか!」
そう言いながら、軽トラのエンジンをかけはじめる真沙子。
鶴姫酒造、数日の間であったがまたここで繁子達は貴重な再会と出会いを果たした。
またいつか、きっかけがあればこの場所を訪れる事もあるだろう。次はまた別の形で。そんな事を予感しつつ繁子は真沙子の乗る軽トラの助手席に座る。
そして、窓から顔を覗かせるとお世話になった徳蔵と鶴姫しずかにお礼と別れの挨拶を告げはじめる。
「お世話になりました! それじゃウチらはそろそろ行くわ、しずちゃん、じっちゃん」
「はい! お館様! 御武運を!」
「…いや、戦に行くわけやないからね」
そう言って、目を輝かせながらフンスッ! と息を吐く鶴姫しずかに苦笑いを浮かべて告げる繁子。
立江やまほ、ミカは戦車に乗り込むとしっかりと戦車にノンアルコールビールを積んだ台車を固定した。
「それじゃ、私達は出発するよ。しげちゃん」
「オーケー! とりあえず向こうに着いたら連絡頂戴な! まほりん」
「わかった。任せておいて」
そう言って、まほとミカが乗る戦車は音を立てて出発した。とりあえず行き先は港に停泊してる黒森峰女学園の学園艦だ。ひとまずそこと知波単学園の車庫にノンアルコールビールを置いておこうというわけだ。
とりあえず、繁子達も軽トラを発進させるためにエンジンを掛ける。
「そんじゃ私らも行くわ、じゃあね、しずちゃん」
「はい、御館様」
「次来る時は…」
繁子はそこで一旦言葉を区切ると何を思ったのかしずかな笑みを浮かべていた。
繁子がこの場所に次に来た時。
その時は、鶴姫しずかに求める事は必然的に決まっている。繁子はゆっくりと鶴姫しずかにこう告げはじめた。
「戦車の戦場にて待っとるでしずちゃん」
「……え?」
「ほんじゃさいなら!発進!」
「はいな!」
繁子は間髪入れずに軽トラを発進させるように永瀬に告げ、ノンアルコールビールを積んだ軽トラは鶴姫酒造を後にする。
そんなトラックを見送る鶴姫しずかと徳蔵。
ふと、隣にいた徳蔵が横を見れば鶴姫しずかは静かに笑っていた。
戦場にて待つ、まさか、繁子からこんな風に言われるなんて思ってもみなかったからだ。
「…戦場にて…待つか…。お館様、いつか」
きっとその時は訪れる筈だ。
その時はきっと心踊る事だろう。まだ、鶴姫しずかの物語は始まってもいない。
だが、その時は全力で、時御流という戦車道に挑ませて貰おう。
鶴姫しずかは立ち去る軽トラの後ろを見送りながら静かに心の中でそう誓うのであった。