ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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繁子の帰還

 

 東浜雪子。

 

 彼女が明子と出会ったのは、中学生の時の事だった。

 

 戦車道で敵なし、公式戦で無敗を誇る東浜雪子。

 

 だが、最初からそんな実力を彼女が兼ね備えていたわけではない。

 

 

『…わぁ…!』

 

 

 彼女が戦車道に本格的に興味を持ち始めたのはある戦車強襲競技の試合を観てからだった。

 

 時御流、その流派は当時、中学生だった雪子には憧れの流派であった。

 

 友人達は西住流、島田流がいいからと学んでいったが、初めて観た戦車強襲競技の試合で雪子が目の当たりにした時御 明子という存在はそれよりももっと輝いて見えた。

 

 鉄を扱う業、地形を変え、戦車も変え、そして、己自身の戦術や腕さえ変幻自在に変えてしまう。

 

 己だけでなく周りさえも変えてしまうその存在は東浜雪子にとっては夢の様な存在だった。

 

 

『あら、お嬢ちゃん? 戦車好きなんか?』

 

『え…? う、うん』

 

『ほうか! あ、ならわざわざさっきの試合見にきてくれてたんか? おおきにな』

 

 

 試合を終えた明子はそう言うと戦車から降り、試合を眺めていた雪子へと足を進めてくる。

 

 戦車強襲競技はギャラリーとの距離が異様に近いことも魅力の一つ。だが、逆にギャラリーの安全が保障されてない危険な競技でもある。

 

 明子は自己責任でそんな自分の戦車強襲競技を見にきてくれた中学生の雪子に興味を持ったのだ。

 

 すると、雪子は戦車から降りた明子に近寄ると目を輝かせてこう言った。

 

 

『…えと、さっきの試合凄かったですっ!』

 

『えー、ホンマかいな? さっきのは及第点やけどなぁ…』

 

『あれで及第点なんですか!?』

 

 

 そう言って、頭を掻く明子の言葉に目を丸くする雪子。

 

 それはそうだ、明子の戦車の戦術も動きも戦い方も、雪子が見た限りでは凄まじいの一言だった。

 

 決して、西住流や島田流にも劣らない、綺麗で妥協しない仲間との絆を体現した様なそんな素晴らしい戦車戦を繰り広げていた。

 

 

『西住流、島田流は齧った事はありますが…あんな戦車戦を見たのは私は初めてです』

 

『ん…? なんや、島田流や西住流を学んだことがあるんか自分』

 

『あ、はい…少しだけですけれど…』

 

『あー、ならもっと二つともしっかり学ばなね? 妥協はいかんよ? 妥協は』

 

『はぁ…いえ、けど私は…』

 

『まだまだ、やろ? 大方魂胆はわかっとるで?』

 

『!?』

 

 

 そう言って、雪子に明子は微笑んでそう告げた。

 

 西住流、島田流が肌に合わないが今、明子が使っていた時御流ならば雪子自身の肌にやり方に合っていると言いたい事を既に明子は見抜いていたのだ。

 

 でなければ、わざわざマイナーな戦車強襲競技の試合なんかに足を運んだりはしないだろう。

 

 どこから噂を聞きつけたのか、彼女が戦車強襲競技を見にきていた理由を明子はそう結論付けた。

 

 その事を踏まえた上で明子はこう雪子に語りはじめる。

 

 

『ま、観客の中にやたら見かけん顔がおるなとは思うとったんよ。中学生の戦車道の公式戦で戦っとったやろ自分』

 

『…うっ…』

 

『元からギャラリーが少ない中に自分みたいな娘が居ったら気づくよって、…名前は?』

 

『ひ、東浜ですっ! 東浜雪子!』

 

『雪子ちゃんか…。ウチは明子や』

 

『明子…さん?』

 

『そ、時御 明子。 ま、あんたがウチの技をやりたいんやったらまずは島田流と西住流をしっかりマスターしてくる事やな!』

 

 

 そう言って、明子は雪子に笑いかけた。

 

 今でもその時の明子の顔は東浜の脳裏に焼きついている。あれが、自分の目指すべき戦車道を気づかせてくれたきっかけだった。

 

 肌に合わないから学ばないではない。肌に合わなくてもそれがどこかで役立つという事を東浜雪子は明子から学んだのだ。

 

 だが、時御流は結局…東浜雪子は全て明子から学ぶ事は叶わなかった。

 

 枯れ木が舞う季節。東浜雪子は遠い日の思い出に浸りながら、亡くなった明子の墓前にいた。

 

 

「…明子さん、見ててください。あの娘達はきっと…きっと貴女の残した道をまた新たに切り開いてくれる筈ですから…。私がその道標になります。私にとっての貴女の様に」

 

 

 病と戦った明子の姿を東浜雪子は知っている。

 

 彼女が目指した戦車道も示してくれた己の戦車道のあり方も雪子は明子から学ぶ事は出来なかったが教えてもらった。

 

 誓いを胸に抱き、雪子はそう呟くと静かに明子の墓前に手を合わせるのだった。

 

 

 

 

 数週間後。

 

 知波単学園にある校門の前で小柄な女の子が佇んでいた。

 

 久々に訪れたその校門の前で彼女はふと考える。嗚呼、懐かしい光景だなと。

 

 そう、城志摩繁子。彼女がこの学校の校門の前に立つのはなんだか感慨深いものがあったのだ。

 

 

「ちょっと帰るのが遅すぎた気がするけど、ま、ええか」

 

 

 そう言って繁子はニカッと笑みを溢す。

 

 継続高校で学んだたくさんの事。そして、得た新たな戦車道の経験。

 

 きっと、これが後々、次回の戦車道全国大会で戦っていく中で大切なものになるはずであると繁子はそう思った。

 

 自ら経験したもの全てが無駄ではない。

 

 母、明子もまた、そうして時御流という流派を信じ己が戦車道をただひたすらに貫いてきたのだ。

 

 娘である繁子はならば自分に貫けぬ道理はないと、今、その確信を持っていた。

 

 それからしばらくして、繁子は知波単学園の車庫へと足を向ける。

 

 久々の知波単学園。色々と思うことがある中、繁子は仲間達に会うべく継続高校での経験とお土産を手に車庫へと足を踏み入れた。

 

 

「今帰ったでー…。って…なんやこれー!?」

 

 

 そして繁子の開口一番に出た言葉がこれである。

 

 あたりを見渡せばボロボロの戦車ばかりである。チハもケホもチヌもみな例外なくコテンパンにされていた。

 

 下手をすれば繁子が入学した当初よりもボロボロの状態である。彼女が声を上げてしまうのも仕方ない事であった。

 

 そんな中、戦車の下から整備服に身を包んだ少女がひょっこりと繁子のその声に反応し、顔を出した。

 

 

「あー! リーダー!」

 

「…永瀬、これどないなっとるん」

 

「帰って来たんだ! ? うぅ…聞いてよーリーダー!!」

 

 

 そう言って、戦車の下から顔を出した永瀬は涙目になりながら煤だらけの顔ですぐさま繁子に抱きついた。

 

 なんだかわからないがよほどの事があっだのだろうと繁子は想像できる。でなければ戦車がこれだけボロボロの状態で広がる光景なんてそうそう拝めるものではない。

 

 

「な、なんがあったんや…これ…」

 

「うん…じ、実はね?」

 

 

 そう言って、永瀬は涙目になりながら事の経緯を話し始めた。

 

 あの東浜雪子が知波単学園の指導官になった事。さらに、その過酷な戦車道の指導について包み隠さず全てを繁子に話した。

 

 それを聞いた繁子は顔を引きつらせながら永瀬の話について口を開く。

 

 

「じゃ、じゃあ、68時間もぶっ通しで戦車戦しとったんかい」

 

「合宿だからって言ってたけどこれはやばいよ…食事は戦車の中、風呂は川で水浴び、戦車が動くだけ戦うってどんだけって思った」

 

「んで、動かんくなったら自分で整備か…かぁ、かなりしんどいなそれ」

 

「これくらいしなきゃやっぱり強豪には勝てないのはわかるけどやっぱりしんどいよう」

 

 

 そう言いながら繁子に泣きつく永瀬は泣き言を言いながら訓練の過酷さを繁子に伝える。

 

 確かに内容としてはかなりハードなものだろう。合宿とは言えどほぼほぼ戦車で生活を行い、抱えるストレスは相当なものに違いない。

 

 けれど、そんな環境に追い込む訓練については素直に繁子にはプラスに働いている部分もあると思った。

 

 実際に無人島で五人で生活した経験に比べれば割と優しい方だと感じる。

 

 

「ま、けど強くなっとるんやない? 立江達は?」

 

「まだ東浜さんとやり合ってるんじゃないかな? 特に真沙子と立江がヤバイよ、あれガチンコだもん、多代子は東浜さんの戦車の操縦」

 

「やろうなぁ、あいつらも相当鍛えられるやろうなぁ…東浜さんやもんなぁ…」

 

「やっぱあの人、鬼だね」

 

「知ってた」

 

 

 繁子は永瀬の言葉にうんと頷きそう告げる。

 

 前に一回、東浜さんから戦車道の指導を受けた事があるのでどれだけキツイ訓練をさせられているか繁子が想像するのは容易い。

 

 むしろ、繁子が心配なのは他の知波単学園の生徒があの過酷な訓練についていけているかどうかの方である。

 

 

「あー…それなら大丈夫じゃないかな?」

 

「ん? ほんまに?」

 

「だいたい知波単学園の娘達って身体の80%は根性で出来てるから」

 

「あ、なら大丈夫やな」

 

 

 そう言って、永瀬の言葉に安心する繁子。

 

 これも、辻隊長の指導の賜物だろう。引退してもなお彼女の精神は紛れもなく知波単学園に浸透している事に繁子はこの時感謝した。

 

 そして、永瀬、ここで、繁子があるものを持っている事に気付く。

 

 

「あ、しげちゃん、ところでそれ何?」

 

「あ、これな? 継続高校からもらった餞別のお土産やで」

 

「わぁ! ほんとに〜!なんだろう!」

 

「おっとこれは…みんなが集まってからのお楽しみや」

 

 

 繁子はニヤリと意味深な笑みを浮かべて、お土産に興味を抱く永瀬にそう告げる。

 

 繁子とて、過酷な訓練をしていた立江達同様、戦車道の腕をミカやアキ達と共に見つめ直し己の戦車道を見つけてきた。

 

 迷いはもう無い、さらに以前、指導を受けた東浜雪子が指導官としてこの知波単学園に来たと思えば、繁子としても俄然モチベーションは高くなるのは必然であった。

 

 これまでの戦車道だけでは無い、世界を渡り歩いた東浜の戦車道。

 

 きっと、時御流だけしか極めてきていない自分にとっても良い経験になり得ると繁子はそう感じていた。

 

 そして、そんな期待を胸に抱く繁子を前にして、永瀬はふと思い出したように繁子にこう告げはじめる。

 

 

「あ、あと来週アンツィオと練習試合だってさ」

 

「アンツィオ? イタリア戦車が主流の?」

 

「そうそう、だからみんな追い込んでるよー。次の練習試合が楽しみだね」

 

「せやな、ほんじゃ、永瀬、整備まだ途中やろ? ウチも手伝うで」

 

「えー! ほんとに! リーダーがいれば百人力だよー! 助かるー!」

 

「ほんまかいな」

 

「うん! はぐれメタルに出会うくらい私、感動してる!」

 

「ウチははぐれメタル扱いかいッ」

 

 

 そう言いながら、永瀬にスパンッと突っ込むドラクエが好きなのはわかるがはぐれメタル扱いはいただけないと繁子もこれには苦笑いである。

 

 久しぶりに繁子が舞い戻った知波単学園。

 

 さて、気になる繁子の持ち帰ったお土産とは? 繁子と東浜雪子との再会はどんな展開を知波単学園にもたらすのか?

 

 この続きは…次回! 鉄腕&パンツァーで!

 

 


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