ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか?   作:パトラッシュS

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紡がれた想い

 

 

 前回、大洗女子学園に眠りし戦車を治しに出向いた繁子達。

 

 まず、見つけたのは泥に沈んだフランス戦車のルノーだったのだが、それを引き上げ、メンテナンスを行い次なる戦車を探しに大洗女子学園の散策に向かった。

 

 

「ってなわけで、探したわけだけどさー」

 

「まさか湖の底にあるとかねぇ…」

 

「普通わかんないよね」

 

「てか、隠した人どうやって回収するつもりだったんだろ…」

 

 

 繁子がクレーンを操作しながら戦車を引き揚げる光景を見つつそう呟く一同。

 

 確かに隠し場所には申し分ないが、誰が湖の底に戦車があると予想できるのだろうか?

 

 その思惑は当時の大洗女子学園の者達にしかわかり得ぬ事である。

 

 時御流の中間管理職、城志摩 繁子。

 

 重機歴13年のこの少女に掛かれば、湖の底に沈んだ戦車など意図も簡単に引き揚げることができる。

 

 だが、いくら馬力があるとはいえ戦車を引き揚げるクレーンはやはりどうしても大型のものになるというのに…。

 

 

「ちょっと、右に上げてみようか」

 

 

 重機歴13年には分かる。操縦しながら感じていたその手ごたえ。

 

 ベテランの落ち着き、これが、重機を扱う者である時御流の技の極意。

 

 そんな中、クレーンで戦車を湖の底から引き揚げていた繁子はふとクレーン車の中でこんな言葉を零していた。

 

 

「クレーン免許とユンボの免許は必ず持ち歩く」

 

 

 そう、それは明子が常々言っていた教え。

 

 家の鍵と財布と携帯は忘れても良いが、必ずクレーン免許とユンボの免許は持ち歩いている事。

 

 その昔ながらの母の教えが繁子の脳裏に浮かび上がってきたのである。

 

 

「しげちゃんめっちゃ真剣だよね」

 

「真剣にこれで食っていこうって顔だから」

 

 

 そう言いながらクレーンを眺める永瀬達。

 

 いつも見慣れた光景だが、やはり、重機歴13年の繁子が時御流の中では一番操縦が上手い。

 

 そんな中、賞賛する彼女達の横にいた大洗女子学園の生徒会一同は目を丸くしながらそれを見つめていた。

 

 

「ほぇー、ガテン系女子高生か、流行りそうだねー」

 

「会長、私には見えますよ。建築現場にいる彼女達の姿が」

 

「奇遇だね、私もだよ」

 

 

 その光景を目の当たりにしていた河嶋桃の一言に同意する様に頷く角谷杏。

 

 確かに重機歴13年のベテランの腕に間違いは無かった。間違いは無かったがここで素朴な疑問が思い浮かび上がってくる。

 

 

「…四歳の頃から重機動かしてるって信じられないわ」

 

「子供の時は流石に明子さんか親父さんの膝上で運転してたみたいだけどね」

 

「それもそれでどうなのよ…立江」

 

「それが、時御流」

 

「なら仕方ないね」

 

「仕方ないんだ!? もうちょい言う事ある気がしますけど!?」

 

「まーまー、副会長さん、世の中には摩訶不思議な事が溢れてるからね?」

 

 

 そう言いながら、立江は副会長の小山柚子ににこやかに笑みを浮かべながら軽く告げる。

 

 果たして、これで良いのか。時御流という流派はまさに、度肝を抜かされる予想を遥か彼方に上回る仰天する様な流派だったと彼女達は思い知らされた。

 

 さて、クレーンで回収し引き揚げた戦車を陸地におろし早速状態を確認しはじめる一同。

 

 

「これは…」

 

「うん、Ⅲ号突撃砲F型やね、ドイツ戦車や…、やっぱ、湖の底に沈んでたこともあってあちらこちら傷んどるね?」

 

「錆びてる箇所が多いかも、全体的に取り替えたり装甲張り替えたりしないとね」

 

「まぁ、これで2輌目や、残りもちゃっちゃと見つけよう」

 

 

 そう言いながら、繁子は潜り込んだⅢ号突撃砲F型の下からヒョコっと顔を出すと全体的なメンテナンスを一通り見終わり、皆にそう告げる。

 

 とりあえず、状態さえわかれば後は戦車の場所を見つけ出し、割り出してから各自修理に取り掛かり、早ければ明日の昼には修理自体は完遂する事が出来るだろう。

 

 一同は残りの戦車を探すために手分けして散策する事にした。

 

 

「崖のくぼみに戦車なんか置くかね普通」

 

「ほんとだよね、私らじゃなかったら大変だよこれ」

 

「んじゃ回収しよう! フックそっち引っ付けて!」

 

「あいあい」

 

 

 その隠し場所は様々であった。

 

 ある戦車は崖のくぼみに隠してあったり、はたまた、学園艦の内部にあるこんなところにも…。

 

 

「うわー、確かに人が通りそうにない場所だけどさー」

 

「まさか、こんなとこにぶち込んでるんなんて、一度解体して持って行かなきゃなんないじゃん」

 

「しゃあない、この場でメンテだけ済まそう、解体作業しよったらキリないしな」

 

「仕方ないわねぇ、流石にこれは上には持ってけないか」

 

 

 学園艦内の艦の下層区に戦車が置いてあった。

 

 幸いにも状態も他のに比べると悪くはなさそうだが、流石に一度、分解して上に持ち上がる事は手間が掛かるのでこの戦車はここでのメンテナンスになるだろう。

 

 ここまで、戦車の隠し場所にこだわっていたのならば、よほどこの戦車達には愛着があったのだろうと繁子は思う。

 

 これから先、この戦車に乗る者たちにもその想いを引き継いで欲しいものだ。

 

 メンテナンスに熱が入る中、繁子はそう思った。エンジンも必要なら取り替えようとも考えたがその必要はなさそうだ。

 

 

「愛されとるねぇ…」

 

「戦車もこれだけ愛されていれば本望だろうね、メンテナンスのやり甲斐があるってもんだよ」

 

「右の履帯が少し傷んどる。立江」

 

「あいよ、しげちゃん」

 

 

 戦車の修理をしながら息を合わせる立江と繁子。

 

 顔が黒くなりながらも彼女達は戦車を最高の状態にする為に尽力した。これだけ愛されて乗られていた戦車達にはそれ相応の手入れがあるべきだと思ったからだ。

 

 いつでもいい、この戦車がまた人を乗せた時にその力が存分に出せるように。

 

 

「よし、あらかた済んだな」

 

「そんじゃ地上に戻って合流しましょう」

 

「賛成やね、ふー、休暇なのにクタクタや」

 

「でも清々しいじゃん?」

 

「言えてる」

 

 

 立江の言葉に繁子はニカッと笑みを溢す。

 

 例え、自分たちの益にならなくても戦車への愛情はめい一杯注いであげる。それが、時御流の流儀であり、やり方だ。繁子はこの流儀に誇りを持っていた。

 

 だからこそ、戦車が自分たちに応えてくれる。いつも、繁子の母、明子はそう言っていた。

 

 

「しげちゃん! おかえりー!」

 

「こっちも終わったよー!」

 

 

 そう言って、地上に戻り大洗女子学園の車庫に足を踏み入れた繁子に近寄る多代子と永瀬。

 

 もう今は使われなくなった大洗女子学園の戦車を仕舞う車庫。

 

 そこは風が吹き抜け、寂しく戦車が1輌だけ鎮座していた。そんな戦車を多代子と永瀬は真沙子と共にメンテナンスをしていたわけである。

 

 そんな中、スパナを担いだ真沙子は煤だらけの顔を擦りながら親指で車庫にしまってあった戦車を示し、繁子にこう告げる。

 

 

「このIV号戦車、なかなかの上物ね。すんごい良い状態にしてあったけど」

 

「…IV号戦車なんてあったんだ」

 

「IV号戦車か…」

 

 

 そう言って繁子は静かにその戦車に近寄る。

 

 車庫に1輌だけ寂しく佇むそのIV号戦車を見て繁子はふと懐かしい気持ちになった。

 

 そう言えば…、子供の頃、夏の日に3人で作った戦車はこのIV号戦車ではなかっただろうかと。

 

 優しい面持ちでそのIV号戦車にそっと触れてみるとわかる。きっとこの戦車がこの大洗女子学園での戦車道の象徴として戦場を駆け抜けた戦車だったと。

 

 

「懐かしいな、…子供の頃、3人で作った戦車もこんなんやったね」

 

「え? これってしげちゃんが作ったの?」

 

「どうやろうか、あん時に作った戦車はまほりん達に任せて、ウチは母ちゃんと帰ったから…。その後の事はわからんのやけど、なんとなくかな? 多分、そうかなと思っただけや、勘違いかもしれへんけどな?」

 

 

 そう言って繁子は立江達に向かい優しい笑みを浮かべてそう告げた。

 

 もしかしたら思い過ごしかもしれない。

 

 だけれど、繁子はこのIV号戦車に触れた時にふと懐かしさを感じた。あの子供の頃に作ったIV号戦車に触れた時の感覚に近いものを感じたからかもしれない。

 

 プロは触れただけでそれがなんであるかを理解する事が出来る。

 

 繁子はその領域に達しているかはわからないが、このIV号戦車がただのIV号戦車出ない事は理解できていた。

 

 そんな中、メンテナンスをしていた真沙子はため息を吐くと呆れたようにこう語りはじめる。

 

 

「それ、あらがち間違ってないかもよ?」

 

「え?」

 

「何年一緒にいると思ってんのよ、履帯の箇所とかいろいろメンテナンスしたけどさ、このIV号戦車、何箇所かあったよ、しげちゃんの癖が」

 

「癖?」

 

「印付けるっしょ? こんな風にさ」

 

 

 そう言いながら真沙子はメモとペンを取り出してその戦車に残されていたマークを書き、繁子に見せる。

 

 そして、それを確認した繁子は目を丸くしながら同様のマークが記されて無いかをすぐさまIV号戦車に近寄って確認しはじめた

 

 それは微かに消え掛かってはいるが、残っている。繁子が付ける小さいボコのマークとバッテン印。

 

 これは繁子がメンテナンスを終えた後に付ける癖みたいなものだ。

 

 メンテナンス箇所に不備が無いかをわかりやすくする為に繁子だけがわかるようにと付けるマークであった。

 

 ということは、このIV号戦車はつまり…。

 

 

「ほんまかいな。…何年振りかな…、こんなになって」

 

「感慨深いね…」

 

「なんの巡り合わせなんだろう。なんだかちょっとだけ泣きそうなんだけど私」

 

 

 そう、あの時に作ったIV号戦車。

 

 まさか、この場所にこんな形で再会するなんて繁子は思いもしなかった。

 

 果たして、なんの悪戯だろうか、目の前にある歴戦のIV号戦車はあの子供の頃に西住姉妹と共に作り上げた戦車だった。

 

 3人の絆と想いを紡いでくれた戦車。

 

 それが、大洗女子学園にあった事実は繁子の心を揺さぶった。

 

 その隣にいた立江はIV号戦車を眺めながら静かに語りはじめる。

 

 

「この戦車に乗ってた人。このマーク消さなかったんだね…」

 

「きっと、わかってて消さなかったかもね…だって、これ洗車しても落ちないように付けてるわけだし」

 

「じゃあさ、この戦車を作った人の想いを消さなかったって事じゃん…。凄く心に響くよね」

 

「あかん、泣きそうになるわ」

 

 

 そう言いながら繁子は涙が出そうになるのを目頭を抑えて耐える。

 

 戦車には想いが宿る。その想いを消さずにきっとこのIV号戦車に乗っていた人は大事に自分とまほ達が作り上げた戦車を乗ってくれたのだ。

 

 自分達3人で子供の頃に作った戦車に大事に乗って戦場を駆け抜けてくれた。

 

 

「しげちゃん最近、ほんと涙もろくなったよね」

 

「…グス…っ。 う、うるさいわ…。やっぱりこうして作った戦車を大事に乗ってくれたって思うと嬉しくてな」

 

「気持ちはわかるよ」

 

 

 そう言いながら、永瀬は笑みを浮かべて繁子の肩を優しく叩いてあげた。

 

 このIV号戦車にはいろんな想いがあるだろう。

 

 時御流の繁子と西住流の西住姉妹との邂逅。

 

 そして、大洗女子学園で戦った戦場での日々と戦車道を諦めるほかなかった先代達の意思。

 

 それから、これから先に紡がれる物語。そんな様々な想いがこのIV号戦車にはたくさん詰まっている。

 

 これも何かの運命なのだろうか。

 

 

「仕上げは?」

 

「まだ終わってないよ、しげちゃんやる?」

 

「ならみんなでやろうか?」

 

「それいいね! やろう! やろう!」

 

 

 そう言ってIV号戦車を見る時御流の面々の目は輝いていた。

 

 それなら、繁子と同じように自分たちの想いもこのIV号戦車に乗せようと思ったのである。

 

 繁子の問いかけに皆が頷いた。これから先、このIV号戦車を誰が乗るかはわからない。

 

 だけれど、きっと誰かが乗った時にこう思って欲しいのだ。

 

 このIV号戦車には、数々の想いと願いが込められているという事を、そして、戦車に乗った時にこの戦車によって紡がれた絆を思って欲しい。

 

 それが時御流という流派だから。

 


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