ザ・鉄腕&パンツァー! 没落した流派を再興できるのか? 作:パトラッシュS
戦線にいる繁子達はマジノ女学院の武力偵察隊と交戦に入り、真沙子達の移動時間をなるべく稼いでいた。
武力偵察に向かわされた4輌のマジノ女学院の戦車との激しい砲撃戦、しかし、その技術の差は…。
「迂回して挟撃!」
「了解!」
「くっ! 躱された!?」
「やばい! このままじゃ…!」
知波単学園が圧倒していた。
繁子達の同級生達、チームメイトとてこの長い期間、東浜雪子の指導を経てその戦車の操縦技術、連携は格段に上がっている。
挟撃を受けたマジノ女学院のルノーはことごとくその連携の前に餌食となった。
元々、個の力が高い知波単学園、そのポテンシャルの高さは今や黒森峰女学園にすら匹敵する高さだ。
何故、ここまで高い技術を得る事が出来たのか? どうして、ここまで皆が一つにまとまる事が出来たのか?
それは、前年度に敬愛する隊長、辻つつじを日本一にする事が出来なかった悔しさがあったからだ…。
そして、その後に副隊長、山口立江から知らされる事になった繁子の病魔。
(…今年は譲れないっ! 私達はしげちゃんに何にも返せてない!)
(これまでの私達の戦車への価値観を変えてくれたのは、リーダーだからっ)
時には納得できずに立江や真沙子と喧嘩したり激突したこともあった。
けれど、繁子達は自分達の事をとても尊敬し、尊愛し、そして、仲間として気遣ってくれたりしてくれた。
困っているときは助けてくれる。手を差し伸べてくれた。互いに支えてくれた。
もう、時御流のやり方が気に入らない、反りが合わないなんて事は月日を重ねるごとに解消されていった。
辻を日本一の隊長に出来なかった事で涙を流し、己を1番責めた繁子の姿を皆は知っている。
「負けてたまるかぁ!? 根性だぁぁぁ!」
「嘘!? 右を取られ…」
ルノーの横を取ったホニIIIの主砲が火を噴く。
横からの強撃を受けて白旗を上げて、ルノーは沈黙した。
そう、立江から全体的に繁子の話を聞かされた日、改めて彼女達は心に誓ったのだ。
病魔に侵された身体、そして、ドイツへの治療を余儀なくされた繁子。その事について立江は隠す事なく皆に話をした。
それは、いずれは話さなければならない事。ただ、繁子が自分の口から話す事は苦痛であることを察し、彼女の了承を経て立江が進んで皆に話した事であった。
『…リーダーは…、戦車道全国大会が終わったらドイツに行くわ』
『!?…』
『う、嘘よね? …立江、冗談が過ぎるわ…』
『嘘なら…、良かったんだけどね…』
繁子の話をした立江はそうやって儚げに笑っていた。
悔しさを滲ませて、皆に言わなくてはいけない役目を自ら進んで繁子の代わりに皆に伝えた。
繁子の病気の事についての話を皆は俯きながら静かに立江から聞いた。
ようやく、戦車道の楽しさを身に染みて感じてこれた時期だった。
繁子や立江達と過ごす毎日が、とても充実していた。
『…しげちゃんに私達…何にもまだ返せてないのよ、こんなに苦しい訓練とかしててもあの娘が私達を引っ張ってきてくれて…』
『悔しいよ、立江、私は悔しい…っ!』
『…知ってるわ、私も同じ気持ちだから、だから、みんな…』
それから、立江は皆にこう話した。
『力を貸して欲しい』と、自分達の力だけでは限界があると立江は知波単学園の皆にそう話した。
これまでやってきた事はきっと大きな財産だと立江は一生懸命に皆に話してくれた。だから、今年は去年のような悔しい思いはしたくない。
「4輌の戦車を沈黙!」
「…よっしゃ! みんなナイスや!」
「強くなったね、本当にさ」
立江も繁子も嬉しそうにそう笑った。
信頼できる仲間達、彼女達は悔しさをバネに切磋琢磨してきた努力を積み重ねてきた。
だから、今年は譲れない、何としても優勝してみせるのだとかつてはバラバラだった個性が心を一つに結束していた。
「こちら立江、終わったわ!」
『…こっちも射程圏内に弓を設置したわよ!』
「わかった! みんな、迅速に移動や! 目標! マジノ女学院本隊!」
「殴り合いに行くわよ!」
「「「了解!!」」」
そう言って、迅速に敵本隊へ向かう繁子達。
マジノ女学院の護りは堅い、だが、これを覆すのが時御流であり、今の知波単学園だ。分隊で分かれていたアヒル隊を率いる絹代達と合流し、繁子達は強固に陣形を取るマジノ女学院の本隊と対峙する。
「繁子隊長…」
「わかっとる、心配せんでも大丈夫や絹代」
「しかし、見るからに固そうな陣形ですし…」
毅然としている繁子にそう話す絹代。
それを見ていた立江は笑みを浮かべると冷静な口調で公式戦初出場になる絹代達一年生に対してこう話をしはじめる。
「一年生、見ときなさい。これが私らのやり方だから」
「…よし、頃合いやな」
『行くの? しげちゃん?』
「おぉ、盛大に頼むわ、永瀬」
そう言って、繁子はインカムを通して主砲をこちらに構えてくるルノー戦車を見据えて永瀬に指示を飛ばす。
その指示をインカムを通して聞いた永瀬と真沙子は互いに頷くとすぐさま準備に取り掛かり始めた。
「よく狙って!」
「弦をしっかり引くのよ!」
キリキリとしなる巨大な弓、そして、矢。
攻城兵器と相違ない、巨大な弓矢がマジノの本隊へと向けられる。そして、十分に弦が張ったところを見定めてから真沙子は大きく手を振り上げると…。
「発射ァー!」
それを勢いよく振り下ろして、発射指示を飛ばす。
その瞬間、張られた弦を引き離すと同時に弓矢は勢いよく発射された。
暫くして、遠方の方からキラリと何かが光ると物凄い速さでルノー戦車群の中に吸い込まれていく。
そして、次の瞬間、バフンッ! という音と共にマジノ女学院本隊の姿が一気に真っ赤な煙で包まれてしまう。
あの煙は一体…。
「しゃあ! 無農薬煙幕直撃ー!」
「ありゃ、ひとたまりも無いわー」
「あ、あの真っ赤なのは? 何?」
「多分、唐辛子の成分やな、結構今回多めに使ってもうたから」
そう言って、繁子は煙幕に包まれたマジノの本隊を見つめながらそうチームメイトに告げる。
真っ赤な煙幕、それは、無農薬を使った強烈な匂いと刺激臭、そして、涙腺にくる煙幕である。
そう、これを作り上げた弓矢に括り付けて発射。
地面に突き刺さると同時に付けらた無農薬煙幕が炸裂し、マジノ女学院の本隊は煙に包まれてしまったという訳である。
そして、その狙いは…。
「…ほら! 出てきよったで!」
その場から護りを散開させ、散り散りにさせる事。
固まっている敵本隊が雨粒のように散り散りになったところを叩くというのが今回、取り行った作戦の目的である。
ご当地PR宮城県作戦はここに成った。
繁子はすぐさまインカムを通して全隊に突撃指令を下す。
「今や! 知波単学園のお家芸の見せどころやで!」
「突撃だァー!」
そして、それに呼応し、全体が一気に動き始める。
それを目の当たりにしたマジノ女学院の戦車本隊は指揮系統が乱れ散り散りになるほかなかった。
周りに立ち込めた無農薬煙幕は強烈な匂いと視界を塞ぐように催涙効果もある。戦車から顔を出そうものならばそれを直に体験する事になるのは明白。
さらに、場合によっては戦車内にもその煙が充満し、視界や戦車の操縦手にも被害が及ぶのだ。
このような場になればマジノ女学院とてこの場にとどまり陣形を保ち続けるのは不可能、すぐさま、散開してその場から離れる事を優先せざるを得なくなる。
それこそが繁子達の狙いであった。
「皆! 散開してはだめ…! 護りを固めて…!」
「ケホケホ!? む、無理です! あそこで護りを固めるなんてできませ…」
「もらったぁ!」
そして、その隙を見て繁子達は一気にマジノ女学院を畳み掛けはじめる。
次々と各個撃破し、2射目の弓矢が飛んでくる頃にはあたりは煙で真っ赤に染まり視界が悪くなっていた。
だが、知波単学園の生徒達はマスクを着用し、しっかりと視界を確保している。
マジノ女学院は戦車から顔を出す事すらままならず、ひたすら逃げる事しか出来ない状況に陥ってしまった。
「甘い甘い、永瀬!行くわよ!」
「よっしゃ真沙ねぇ! 待ってました!」
そして、頃合いを見た頃に真沙子と永瀬が率いる別働隊が2射目の弓矢を打ち込んだ後に横槍を入れるようにマジノの戦車に奇襲を掛けた。
混乱に陥ったマジノの戦車群に追い討ちをかけるように戦線に加わり、マジノの敷いていた守備的な戦法はほぼ崩壊しかけていた。
そして、繁子はその隙をついて一気に畳み掛ける。
勝負を長引かせても持ち直される可能性があるからだ。戦いは一気に勝負を決めるところはしっかりと決めるのが鉄則。
その結果…。
『マジノ女学院! フラッグ車行動不能! 勝者知波単学園!』
繁子達は混乱に乗じて一気にマジノ女学院のフラッグ車を討ち取るまでに至った。
完全にマジノの伝統である守りの陣形を崩し、各自、散開してしまった今回。その戦闘はあっけないもので終わってしまった。
機動力、個人の戦車の操縦技術、指揮。
どれもが知波単学園が上回った結果、これを目の当たりにしたマジノ女学院の女生徒、エクレールは後にこう語る。
『時御流と戦う時はガスマスクと酸素ボンベが必要』であると…。
こうして、戦車道一回戦、マジノ女学院を難なく降した知波単学園の勝利で終わる。
一致団結し、繁子を日本一の隊長へ。
心を一つにした知波単学園は二回戦へと駒を進めた。
だが、安心するのはまだ早い、立ちはだかる強敵は黒森峰女学園だけではない。
そう、ここにも今年こそ長きに渡る因縁に決着を着けようと意気込む1人の女生徒がいた。
「山口立江…」
静かな物腰に綺麗な黒髪、プラウダの制服を身に纏う彼女はまっすぐに知波単学園、副隊長の立江の乗る戦車を見つめていた。
今や互いにその立場は同じ、そして、長きに渡る勝負に決着をつける。
マジノ女学院との試合を見て、その気持ちは、より一層強くなった。
「また強くなりましたね、…それでこそ、倒し甲斐がありますよ」
彼女はいつも浮かべる涼しげな表情とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべていた。
それは好敵手への渇望、ずっと待ち望んでいた対決。
互いに本能の赴くままに戦える、それが楽しみで仕方がない、そんな笑みであった。
そして、そんな彼女の様子を見ていたプラウダ高校の隊長であるカチューシャは面白そうにその横顔を眺めてこう告げた。
「…楽しそうね? ノンナ」
「そうですね、こんなに血潮が滾るのは久々です」
「良い顔してるもの、心配しなくても繁子達とは準決勝で当たるわ」
そう言って、試合を眺めていた彼女、ノンナにカチューシャは宥めるように静かにそう告げた。
いつもは物静かな参謀である彼女のこんな顔を見るのは隊長であるカチューシャも初めてだ。
普段は氷の様な静かな参謀である彼女が内に秘めた獣の様な本性を垣間見せる。見たことがないもう一つのノンナの素顔。
彼女は身体中から溢れ出る闘争心を抑えながら不敵な笑みを浮かべ、二回戦へと駒を進めた知波単学園の戦いをその目に焼き付けるのだった。