ミュステーリオン   作:のんき三郎

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<登場人物リスト>

カドモス  (六合星の)中原からの流れ者
ダーナ   (勾陳星の)元オレア国天文官 魔法使い
イアソン  (貴人星の)知将、元行商人
ルキアノス (玄武星の)元オレアの武官、槍の名手
ネクタリオス(青龍星の)用心棒家業、弓の名手
タキス   (天空星の)双鞭の使い手 魔法使い
レアンドロス(白虎星の)元ハニア国海軍士官
ミルトス  (太常星の)僧侶 治療術使い
デルフィネ (太陰星の)パトライ国第五王女 女将
ミュージカ (天后星の)発明少女
芙蓉姫   パテリア第三王女

デクスター カドモスの弟分
ラエバス  カドモスの弟分
ラピス   ミュージカの祖父、発明博士
バシル   ラピスの弟子

シャヘル   冥界の王 十人の妖魔の主

ウーマー   妖魔一位(抽腸獄 月光のウーマー) 
コスタ    妖魔二位(穿肋獄 ミトラのコスタ) 死者を蘇らせる
ハスタ    妖魔三位(針山獄 一角獣のハスタ) ホーネスの仇
アエヌス   妖魔四位(焼手足 セルヌノスのアエヌス)戦いに疑いを持つ者 
ラング    妖魔五位(抜舌獄 漁色のラング)  大蛇に乗る
ベネノ    妖魔六位(毒蛇獄 美粧蓮歩のベネノ)女性、二匹の獣を連れる
カーサー   妖魔七位(鋸解獄 紅蓮刀のカーサー)巨象に乗る
カスピス   妖魔八位(尖刀獄 ヒュブリスのカスピス)
グラッシス  妖魔九位(寒氷獄 黒海馬のグラッシス)怪鳥に乗る
ベナ     妖魔十位(血汚獄 サキュバスのベナ)意馬心猿の術使い

<西部諸国>
パラ    ウンダ河上流左岸
タラース  ウンダ河中流左岸、大国(後のメディス)
ザンクレー ウンダ河下流左岸
ギオン   ウンダ側河口左岸
ユーベイ  ウンダ河上流右岸(後のアデベニオ)
オイア   ウンダ河中流右岸、大国
ロクロイ  ウンダ河下流右岸
シノーペ  後のシルバの森縁東
ソロイ   後のシルバの森縁西
アンキュラ 後のシルバの森の東、シノーペの北
エデサ   後のシルバの森の西、ソロイの北
シューロス 後のソサ南部
ヒスティア 後のカーボ、シューロスの東



第十一劇 西 部

 西部ウンダ河中流域の右岸にオイア国があった。ヒパボラ河流域に国がいくつも興っように、ウンダ河にも小国家が乱立してたのである。中原であるヒパボラほど文明は発達してなかったが、劣ったものでもなかった。都市国家の統合が初期段階で、これから発展をするところだった。そんな西部の中心国というのが右岸のオイア国であり、左岸のタラース国であった。両国はウンダ河を挟んで、覇権争いをしていた。

 故郷ナネティビタスへの帰郷を果たしたラピスは、孫娘ミュージカとともに、オイア国へと戻っていたのだった。

家に帰ったミュージカは、寝室で旅の疲れを癒やすかと思いきや、直ぐさま祖父の工房に卵を抱いて籠もったのだった。これには祖父のラピスは呆れ、いったい何をしようとしているのか、そっと後ろで見守った。やがて彼女は卵を掲げると、陽気に踊り回った。

「お爺様、ご覧になって。完成だわ」

 孫娘の言葉に、ついうたた寝を始めていたラピスは、呼び起こされたのだった。

「いつも大切にしていた卵形の物だが、何をしたのかな?」

「ナティビタスに置いてきたララと同様に、このルルも物に命を吹き込むことが出来るのよ」

 彼女は持った卵を、頭の上に乗せ、微笑んだ。

「そう言えば、ナティビタスで一体を創り上げたな。その原理はよく分からぬが」

「お爺様、世の中に魔法なるものが広まっているのはご存じでしょう。その源泉はナティビタスの姫様なの」

「確か、お前はそう言っていたが・・・」

 ラピスはまだ、その理屈が理解しかねていた。

「魔法が使える人は、姫に感応出来る人たちなの、それをこの機械で引き起こすのよ。魔法の源泉から力を呼び込むと同時に、供給し支配するの」

「そう言えば、パテリア国の舟に細工を施していたな」

 パテリア国は魔法の舟によって、テルプーサ国水軍を打ち破っていたのだった。

「ララが姫様の力を使い、舟を動かしたのよ」

「同様にこの卵も出来るのだな」

「そうルルも同じ仕組みなの、二つは姉妹のようなものだわ。お爺様、そこの物で実験してみましょう」

 ミュージカが指さしたのは、庭に放置された金属の乗り物であった。それはラピスが、かつて試作機として造った戦車だった。周囲を金属で覆う無敵の戦車だったが、あまりの重量に、使い物にならないと諦め、放置していたものだった。

 彼女は戦車の動力部分に細工をして、ルルに支配させた。戦車は音を立てて震えたかと思うと、力強く車輪を動かしたのだった。

 ラピスは人の力では動かすことが出来ない戦車が、巨体を軽々と動かしたので、歓喜した。

「孫や、お前は私を遙かに超えた」

 彼は戦車の動きに見とれ、魔法の力に数々の可能性を感じた。

「魔法とは何なのだね?」

 戦車を止めたミュージカに、彼は尋ねた。

「この世界のものではない力よ。魔法の世界のものね」

「そんな世界があるのかね」

「魔法の世界は此の世界と重なり合ってあるの。それは極微の世界に潜んでいるわ。でも私たちは感知することは出来ないの。奇妙だけど、世界は一粒、一粒の砂で出来ているの。そんな世界の事なの」

「それは、誰がが称えていたな。世界は粒によって形成されるとな。そのことかね」

「そうよ。でも私の言うことは少し違うの、その粒は音でもあるの」

「砂と音が一緒だというのか?」

「音は世界の隅々まで響き渡るの」

「儂にはさっぱり聞こえないが」

「それだけではないわ、意思を持つの」

「そんなものが世界の元だというのかね」

「お爺様、私は、このルルを動かす時、竪琴を使うことしたわ。それは元の音に直接関与させようと思うから」

「世界は音で出来ているのか?」

 ラピスは、孫娘の言葉について行けなかった。

「それでその魔法の世界が何故我らの世界へ?」

「魔法の世界は背後に隠れ、決して表に現れないなずなのだけど、その均衡が破られたのよ」

「それは、何故」

「それはナティビタスの姫様が原因だわ」

「彼女が均衡を破ったのか」

「そう、姫様は世界の破れ目なの」

「そこから、魔法の力が拡散しているというのか」

「彼女は何者なのだ」

「人でない、なにか」

 ミュージカの言葉は簡単だったが、全てを語っているようだった。

 その後、ミュージカは取り憑かれたかのように、精力的に魔法力の応用技術を発展させ、ラピスの工房を珍しいもので溢れさせた。燃料もないのに輝くランプ、火が出ないのに煮炊きできる竈、水を凍らせる冷たい箱、水の渦を発生させ洗濯する瓶、など多種多様な物だった。彼女が竪琴を鳴らすと、それに反応し、これらの物は動き出すのだった。

 東方で噂される魔法の力は殺戮の道具としての物であったが、彼女の作り出す魔法の品々は日常に役に立つものばかりであった。ラピスは特殊な能力者に頼らない魔法に、興奮したのだった。

 ある日、ラピスを訪ねて、一人の男がやってきた。彼の弟子で、今は政府の高官になっている人物であった。名前はバシル。ラピスが王家に仕えその技術力で名を馳せた時代、弟子入りをし、一門で頭角を現した人物である。ラピスの技術を受け継ぎ、現在、国家事業の企画の任にあった。

 バシルは上等の衣装を纏い、うぬぼれた態度で、勝手に屋敷に入ると、ラピスの工房にやって来たのだった。

「お師匠さま。お元気で」

 バシルは帽子をとると、礼をした。

「なんだ来ておったのか」

 ラピスは作業を止めて、彼の方に振り向いた。

「ここの工房も静かになりましたなあ。かつて多くの弟子で溢れていましたが、弟子を取らなくなってから、忘れ去られたかのようです」

「その方が静かでよかろう」

「研究に没頭できるという訳ですか。師匠が引退されて、その後を我々が引き継いで国政にかかわっているのですが。師匠の数々の発明者の後釜では、比較されて難儀してますよ」

「儂は大した事をしなかったがな」

「ご謙遜を。水時計、竜骨、投石機、距離計など計り知れませんよ」

「相変わらず、土木や戦争の道具を要求されるのか?」

「昨今、魔法なるものが東方で流行しており、パテリア国なるものがこれを用いて中原を統一しました。隣国タラースでも魔法を軍隊に取り入れ、兵力を補強していると聞き及んでいます。我がオイア国でも同様の新戦法を取り入れようとしましたが、何故か魔法を使う人物が発生していないのです。そこで王は魔法に替わる兵器の発明を我々に求められるのです」

「魔法に代わる戦力とな。故郷に帰ったさい、魔法の使い手に会ってきたが、同等のものとなると、そう発明できるものではない」

「魔法を見られて来られたのですか?」

 バシルは顔色を変えて、師匠に歩み寄った。

「魔法使いは、森羅万象を支配し、意のままに自然を使うというか。火や水、風の属性を武器とする連中だった。私がナティビタスに居た頃は中原の北をおさえた程度であった」

「師匠の目から、それに対抗する兵器は考えられますか」

「それはない。だが・・・」

 ラピスは口を濁した。

「師匠、なにかお隠しではありませんか」

 ラピスは思わず放置された戦車に目をやってしまった。バシルはそれを見逃さなかった。

「あの戦車は重量があり、人の力では動かせない代物だったはず。まさか動くのですか?」

「まあ。そうだが・・・」

 ラピスは話をそらそうとしたが、バシルは逃さなかった。

「師匠は、隠棲されて居たわけではないのですね。この戦車が動くとなると、戦いを変えますぞ」

「危険なのじゃよ。計り知れない兵器は、発明者の予想を超え不幸をもたらす。後になって後悔しても遅いのだ。彼らが使う魔法も問題を抱えている。魔法使いの体が変化してしまうらしいのだ。それが長期に及ぶ場合は周囲の環境も同様な現象が発生するのだ。そこで彼らは、運用に制限を設け、対応している」

「ですが他国が、それを使う以上、それと同等のもので対抗しなくては、国が滅びるではありませんか」

「儂も、最初見たときは感激したが、よくよく考えれば、これを世に出していいものか迷うようになった」

 ラピスは慎重であることを察したバシルは、攻め手を変えた。

「師匠が、悩まれるのもごもっとも。しかし一人で悩んでも答えは出ません。私の目を加えて頂けませんか?」

「お主の目じゃと」

「左様です。第三者の眼です」

 この言葉に、ラピスは一理あると思い、バシルに発明品を見せることにした。ミュージカが創り上げた日用品は、バシルを驚かせるばかりのものばかりだった。しかし、彼が一番注目したのは兵器の数々であった。

「師匠、まさしく神業です。我々では到達でいない域の作品ばかりです」

 バシルは興奮し、師を褒め称えた。

「実は、これらは、孫娘が造ったものなのだよ」

「なんと」

 バシルは耳を疑った。

「儂は、魔法がなんたるかも分からないし。これらがどういう原理で動いているのか理解出来ないのじゃ」

 バシルは、師匠が孫娘は天才だと周囲に吹聴しているとの話を聞いていた。それは良くある孫可愛さに、大げさに言っていうものだと思い込んでいたのだった。しかし、これらの作品を見て、嘘ではなかったと実感したのだった。

「では、師匠はどうやって動いているかご存知ないのですか?」

「彼らの物が、そこにある卵から力を供給されているのは分かるのだが。皆目見当もつかない」

 子供がこの様なものを。

 バシルは内心、不愉快に感じた。ラピスが引退した後、一門を率いたのは彼の息子であった。此の人物も父に劣らず優秀で、バシルは常にその二番手にあった。バシルは彼との実力の差に苦しみ、密かに恨んでいた。ところが流行病により、ラピスの息子が無くなり、自分に役が回って来た。彼は喜び、自分の天下を謳歌していた。

 そこに、かつての敵であった者の娘が表に現れ、その力をまざまざと見せつけられ、彼は嫉妬したのだった。彼奴が娘を使って俺の前に立ちはだかった。そう彼は感じたのだった。

 その終日後、バシルは朝議にあった。王の前に臣下が揃い、数々の報告がなされていた。昨日は内政が主であったが、その日は軍事関係が主要な議題であった。東方のパテリア国の動きと、隣国タラース国の軍事情報がもたらせたのだった。それによるとパテリア国は西に向け進軍を開始し、それを迎え撃つべくタラース国が兵を東部に集中させていた。

 そこで王が、何故パテリア国が中原を統一出来たかのか、尋ねると、臣下はパテリアは魔法を部隊を初期に設立し、円熟した組織となったこと。魔法戦力は同様のに中原の国も持ち始めていたものの、パテリアの運用が勝り、数の劣勢を跳ね返したとのことだった。

 ここで議題に上がったのは、パテリアの炎王の魔法の尋常ならざる破壊力であった。その威力は一撃で大軍勢を壊滅させるほどで、どの魔法使いも追従を許さないほどの威力を秘めているたのだった。これまで諸国は炎王の暗殺を企て、失敗し止めをさされている。

 さらに、パテリアは水上戦において、中原の水軍を圧倒するほどの、成果を収めている。

目撃者の証言によると、パテリア水軍には水面を馬のように疾走する舟をもっており、大水上戦において、敵の船をおおいに翻弄させたとのことであった。

 これについては今まで報告された魔法の形態と違っており、道具として魔法のようであった。この問題について、オイア国の臣下は侃侃諤諤の論議を始めたのだった。

 ある者は、船を自由に動かす能力者が船に乗り込んで、操っていたのだと主張し。他の者は、船そのものが魔法の船であったのだと力説した。この時一人の臣下が、パテリア国がこの船を建造した頃、我が国のラピスが故郷に帰省しており、何らかの情報をもっているのではいかと主張したのだった。

 そこで王は、ラピスの弟子であったバシルに尋ねると。彼は困惑した顔で、恭しく述べたのでした。

「かの船の技は、我が師ラピス秘伝の技です。残念ながらその技は危険性が高く、どの様な災いが発生するのか見当もつきません」

 バシルは一門の自慢をしたい欲望に振り回され、思わず口を滑らせてしまった。

 すると、王は上機嫌になったのだった。

「我が国の技ではないか。ラピスの技であれば信頼に値する」

「陛下、あれは完成していないものなのです。師でさえどんな原理で動くのか分からないしろものなのです」

 バシルは自分の失態に気がつき、慌てて否定しようとしたが、訴えも空しく、朝議は魔法船の技術で進み、隣国タラースの魔法軍団にこれで対抗できるとの判断に致ったのだった。王は早速、バシルに師を説得し、魔法の道具を作成するように命じたのだった。

 思わず口を滑らせ、取り返しも出来ない状況に陥ったバシルは、直ちに師のもとに向かうと、必死に助けを求めたのだった。

仕方なく、ラピスはミュージカに助けるように頼んだのだった。彼女は王や臣下の者が集まる所に行くのに抵抗して、これを嫌がったが、バシルが全てを自分がやると述べたので同意した。バシルにとって、かつてのライバルの娘が台頭するのを恐れ、功績を自分のものにするつもりだった。両者の利害が一致し、バシルはミュージカより操作方法を教わったのだった。

 選ばれた道具は、かわいい犬形の人形だった。ミュージカが竪琴を奏でると、犬はしっぽを振り跳ね回った。替わってバシルが奏でると、犬は奇天烈な動きをみせ、制御が思うようにいかない。何度も試みて失敗したので、仕方なくミュージカは大切にしている卵のルルを貸し与え、卵を仲介して制御させることにしたのだった。

 こうして、バシルは朝議に出ると、魔法で動く犬のお披露目をしたのだった。王や大臣は只の人形である犬が、歯車でカクカクと動くと思いきや、バシルが竪琴を奏でると、耳を立て、いきなり起き上がり跳ね回ったので驚いた。大臣等はまるで本物のように生きているような動きに見とれていたが、やがて犬が変な動きをしてきたので、怪しみ始めたのだった。ここでバシルはうっかり卵を持参していなかったことに気がついた。あれ無しに犬は制御できなかったのである。犬の動きは次第に怒りの動きになり、凶暴化を見せ始めていた。これに気がついた、衛兵は犬を取り抑えようとしたが、擦り抜かれて、それは王目がけて牙をむいたのだった。王は首を噛みつかれそうになり咄嗟に手で防ぎ、傷を負った。王は必死で剣を抜き、犬に一太刀浴びせたが、生き物でないそれには効果がなかった。逃げる王を追いかけ犬は足に噛みつき、王は必死で何度も剣で突き刺した。犬が今度は服に食いつき、引っ張ろうとしたところ、将軍が犬に背後から飛びかかると、力任せに犬の体を引きちぎると、やっと人形は動きを止めたのだった。

 血だらけになって、震えた王は、息を切らしてバシルに詰め寄った。

「貴様、予を殺す気だったのか!」

 バシルは震え上がった。

「滅相もありません。これはラピスの孫娘が造ったものです。私はこのような仕組みだとは知らなかったのです」

 バシルは卵を忘れたのが原因だと分かっていたが、罪をすべてミュージカになすりつけたのだった。

「ならば、その娘の首をはね。さらし者とせよ」

 王は、犬を踏みつけると、足を引きずり去っていったのだった。

 将軍は直ちに、ミュージカの捕縛に兵を向かわせたのだが、これに慌てたのがバシルだった。かれは恐怖から、咄嗟にミュージカの名を出して、難を逃れたのだが、罪の意識を感じていた。それに彼女に死なれては、その技術は無くなってしまい、バシルが技を吸収するまで生きて貰う必要性があったのだった。

 彼はその場を逃れると、人形に問題が生じたときの為とミュージカが渡してくれた魔法の道具を用いて、師匠のラピスと連絡をとったのだった。その道具は間近で話しているかのように、声を届ける優れものだった。驚くべき技に、賞賛とともに嫉妬がバシルに湧き上がった。

 王が怒りミュージカを処刑しようと、兵が向かっているとの連絡を得たラピスは飛び上がらんばかりに驚いた。部屋を右往左往した後、名案が浮かんだのか、急ぎミュージカの部屋に向かうと、彼女に旅支度をせき立てた。

「お爺様。いったいどうなされたのです?」

 ミュージカは首を傾げた。

「人形の犬が王を襲い、王は激怒され、お前を処刑なされようとしている」

「ルルも一緒だったはずですのに。どうしてそうなったのでしょう」

「分からぬ。ともかくここに居ては危険だ。お前はこの国から逃れる必要がある」

「しかし、お爺様。私一人では、どうして良いやら」

 ミュージカは困惑しているようだった。

「心配することはない。とびきりの人物をお前につける。さあ儂の後について行くのだ。捕り手が直ぐにやってくる」

 ラピスはミュージカを急き立て、荷物をまとめさせると、その手を引いて街にでた。

着いたところは、荒くれ共が集まっている所だった。彼は一軒の家の前に立つと、激しく門を叩いた。すると、ドアが開いて、中から、涼しい感じの男が顔を出したのだった。

「おや、爺さんか珍しい」

 男は最初は不機嫌そうな顔をしていたが、ラピスだと分かると愛想良くなった。

「ネクタリオス。以前儂に恩を返したいと言ったことがあったな」

 ラピスの真剣な眼に、男は何事か起こっている事を察した。

「俺は、あんたに命を救われた。それは忘れていない。それで一体どんな望みなんだい」

「儂の孫娘を国外に逃したいのだ。王の逆鱗に触れ、捕り手が間もなくやって来る」

「こんな可愛い娘が、何をしたというのか」

 ネクタリオスは、あどけなさの残る少女を見つめた。

「儂にも分からぬのだ。しかし城外に逃れ、追っ手を振り切るには、お主の力が必要なのだ」

「しかし、罪人を逃したとなると、俺もこの国には帰れぬなあ」

「お主だけが頼りなのだが・・・」

 ラピスは、渋るネクタリオスに顔を落とした。

「まあ、俺はもともと流れ者だからな。他所の地でも用心棒家業ができるというものだ」

「引き受けて暮れるか?」

「ああ」

 ラピスは満面の笑みを浮かべ、ネクタリオスの手に金袋を掴ませた。

「これが、報酬だ。頼むぞ」

 老人は彼の手を強く握り、全てを任せた。

「確かに、依頼は受けた。嬢ちゃん。少し怖い思いをするが、俺が守ってやる」

 ネクタリオスは馬に鞍をつけると、ミュージカを乗せて出発したのだった。

 その頃、捕り手の兵はラピスの屋敷に行ってみると、使用人以外いないので、城外に逃れない様に城の門番に連絡し、逃亡に備えていた。

「嬢ちゃん。もうすぐ城の門だ。戦いが始まるから、振り落とされないように」

 そう言うとネクタリオスは、馬を門に走らせた。

 番兵が彼らに立ちはだかり、彼は馬を止めると緊張が走った。

「検閲だ。馬から下りろ。後ろにいるのは娘だな」

 番兵はネクタリオスの背中にしがみついているミュージカに眼をやった。

「こいつは、俺の娘です。親子で実家に行くところだったんですが。どうしたんですか。今日はやたらと検問が厳しいみたいですが」

「王の暗殺を企てた娘が居てな、捕らえよという命なのだ。都の娘という娘は足止めとなる」

「そりゃ困りましたね。こちは急いでいるんですがねえ」

「ならばお前の娘をここに置いて、一人で行くんだな」

「それは出来ないな」

 ネクタリオスはそう言うやいなや、馬を駆け出させた。

 これに番兵は驚き、馬の蹄を避けると、笛を鳴らした。兵の視線はネクタリオスの馬に注がれ、瞬く間に兵が集まって来た。彼は短槍を取り出すと、馬上から次々と兵を刺し、蹴散らした。すると、門を突き抜けられた番兵は、逃さぬと、城門の上から矢を無数に放ってきたのだった。何本の矢がネクタリオスの馬の近くに刺さり、一本は彼の左腕をかすめた。

 そこでネクタリオスは短槍を弓に持ち変えると、背後の城門の上目がけて矢を放ったのだった。彼は一瞬にして何本の矢を放し、それは正確に城門で矢を放す番兵の喉を射貫き、果てさせたのだった。城門からの矢の攻撃が無くなったので、ネクタリオスは安心して城から逃れようとした。しかし、そう簡単に終わるはずもなかった。彼は背後から追いかけてくる七頭の馬に気がついたのである。

 そのまま郊外まで逃れ、姿をくらますつもりであったが、ミュージカを乗せていたので、次第に追いつかれていたのだった。馬と馬の間隔が近くなったところで、追っ手は馬上から矢を放ってきた。馬上から矢を放すほどの、熟練した使い手が追ってきていたのだった。

 すると、疾走する馬の上から、振り向きざまにネクタリオスは矢を放った。一瞬にして、矢は二騎の心臓を貫き、草地に男達を転がした。残った男達は警戒し、弓で反撃使用としたが、振り絞った瞬間、一人は眼を。もう一人は額を射貫かれ落馬した。追っ手の中で一番の弓使いであった男は、同時に二本の矢を放し、ネクタリオスを仕留めようとしたが、陽動の一本目の矢は見抜かれ、二本目の矢は、ネクタリオスの矢によって弾かれたのだった。代わりに気がつかない間に彼は、脇に矢を受けて血を吐いて落馬したのだった。

 瞬く間に五騎が射貫かれたので、一人がネクタリオスに挑戦しようとしたが、もう一人が制したのだった。

「よせ。彼奴は弓で名高いネクタリオスのようだ。迂闊に挑んでは命を落とすぞ」

 そう言うと、男は矢が届かない距離まで離れると、遠くからネクタリオスを追跡することとした。

「彼奴等は遠くに退いたが、さてどちらに逃げるかだが」

 ネクタリオスは周囲を見渡した。遠く北に白い山脈が見え、彼は手綱を引こうととした。

「おじ様、お待ち下さい」

 それまで必死にしがみついていたミュージカが初めて声を出した。

「その呼び方は止めてくれないか。俺は良い所の生まれではないからな。ネクタリオスでいい」

「では、ネクタリオス様。このまま東に向かって頂きませんか」

「行くのは構わないが、ウンダ河に行く手を阻まれるが」

「私の星、天后星が東を指しているのです」

「なんだって。お前は星を見るのか」

 驚いたようにネクタリオスは背後のミュージカに眼を向けた。そして静かに笑うと東に馬を向けたのだった。

「どうやら、同じ趣味らしいな。俺の青竜星も東を指している」

 オイヤ国の王都はウンダ河の支流にあり、ウンダ河までは離れた小高い丘にあった。都からウンダ河までは、麦の穀倉地帯となっていた。ウンダ河は度々洪水を引き起こし、肥えた土を此の地に運んでいたのだった。ネクタリオスは馬を東に走らせると、やがてウンダ河に至ったのだった。

「この下流に、俺の知り合いが居て、船で渡してくれる。だがその前に追っ手がやってきたな」

 馬の背後には三十騎の兵士が、迫ってきていたのだった。

「奴ら今度は重装備で来たか、矢を恐れてか、盾を用意しているな」

 ウンダ河の河畔は湿地帯だった。背の高い葦が茂り、迷路のようになっていた。対岸のターラスへの渡しがある所は整備され、見通しがよかったが、少し離れると見通しがきかなかった。

 ネクタリオスは追ってを、葦に隠れ振り切り、知り合いの所まで着いたのだった。そこには網の手入れをしている一人の男がいて、馬のいななきを聞き、不審に思い表にやってくると、ネクタリオスが居たので驚いた。二人は再会を喜び、肩をたたき合った。ネクタリオスはこれまでのいきさつを説明すると、男は真剣な顔に成り、急ぎ船の準備を始めたのだった。ネクタリオスが男の手伝いをしている間、ミュージカは馬が見事に船に乗る様に面白がっていた。

 ところが、馬の蹄が大地を叩く音がしたので、男は驚いた。筏でなく帆船だったので出港にまだ時間がかかったのだ。ネクタリオスは屋根に飛び移ると、葦の森を見渡した。馬の形跡を追っかけてここまで、兵士がやってきていたのである。船着き場の小屋はもう発見され、敵はすぐそこだった。

「ミュージカ。お前は、船に乗り込め。俺は時間稼ぎをする」

 ネクタリオスが葦の茂みに眼を光らせると、ミュージカが言った。

「私もお手伝いします」

 何を言っているのだ、とネクタリオスは少女に眼を向けると、彼女は奇妙なものを渡した。

「ここはまだルルの力が及ぶ範囲です。丁度私は火を起こす道具を携帯してきました。これで撃退しましょう」

 彼は少女の言っている意味が分からなかった。ミュージカの差し出した道具を、彼は不思議そうに受け取った。

「ネクタリオス様、弓をお貸し下さい。小屋の近くのにあった木箱を取り付け、竪琴とします。私が琴をを奏でたら、それを葦の林に向けてください」

「敵は直ぐそこだ。何をしている」

 彼は、少し焦った。

「風は河から陸へと流れています。こちらは風上です」

 少女がそう言うか否や、兵士達が葦から一斉に飛び出してきた。辺りが一瞬で騎兵で覆われ、船に飛び移る暇もなかった。

「ネクタリオス様、構えてください」

 ミュージカが竪琴を奏でると、ネクタリオスの手に持った道具から、炎が噴き出した。それは騎兵を飲み込み、葦の森を一気に燃え上がらさせたのだった。赤い炎が立ち上がり、空は煙で覆われた。

「これはいったい?」

 事態を飲み込めず、ネクタリオスは手にした道具を見つめた。

「魔法の道具です。さあ、おじ様、船に逃げましょう」

 時間稼ぎをした二人が、急ぎ船に飛び乗ると、勢いよく船は出航した。去りゆく岸には燃え続ける葦の原野があった。

 

 冥界では針山獄のハスタが傷ついて帰ってきたので、妖魔達を驚かせていた。自分たちと同等の存在が地上にいるという事実と、仲間を殺られたことに、妖魔達は復讐に燃えていた。八位の尖刀獄のカスピスと寒氷のグラッシスは冥界の門を潜って地上に出現すると、芙蓉姫がいる、都レオに向かおうとした。

「お前達、待て!」

 二人を引き留めたのは、第一位、抽腸獄のウーマーだった。

「引き留めるな、カーサーを殺した恨みを返すのだ」

 肩を掴んだウーマーの手をカスピスは振りほどいた。

「我々はワルコの将について、何も知らない。ベナの二の舞になるぞ」

「ベナだと!彼女の身になにかあったのか?」

「帰って来ない。ハスタと一緒に地上にでたはずが、未だなんの連絡も無い」

「我々は二人も殺られていたのか」

 カスピスは歯ぎしりをした。

「ワルコの将侮り難しといったところか。しかし、冥王様の地上支配の障害となるのなら排除せねばなるまい」

 グラッシスは、ウーマーに反発した。

「俺は、戦うなとは言っていない。お前達には、相手の戦力を調べて貰いたいのだ。どんな実力の者が何名いるかだ」

「慎重だな」

「敵を侮りすぎて、我々は二名も亡くしたのだ。攻撃は威嚇する程度でいい。深入りはするな。ある程度分かったら引き返してくるんだ」

「回りくどいな、一人捕縛してくれば良いではないか。心を支配して聞き出せば済むことだ」

 言うやいなや、カスピスは飛び立った。

「考えは分かった。しかし始末できる相手なら排除するぞ」

 続いてグラッシスも出撃した。ウーマーは地上を楽に攻略できると思っていたが、地上を支配しているワルコが同等の戦力を有している様子に、我々は慎重に事に当たらねばならぬのだと心に言い聞かせた。

 

 旧オレア国の都レオにいた芙蓉姫は、ルキアノスが酷く傷つき帰還したので、心配していた。イアソンが郊外倒れていた彼を都に連れ戻し、助かったのだったのだが、刺された気傷は深かった。また東門の兵が多数殺され、彼女は心痛めていた。

 妖魔の出現に、イアソンは遠征に出かけているカドモス等を呼び戻すかで悩んでいた。レオには、他にミルトスが居るものの、僧侶の彼が戦えるかはなはだ疑問だったからである。彼は海賊退治に出かけたレアンドロスを呼び戻そうとしたが、時は既に遅かった。再び東門に何者かが降り立ったのだった。

「東門で何か大きな音がしました」

 不安そうに芙蓉姫は部屋から外を眺めた。

「おそらくこの前の敵が城内に現れたのでしょう。私が見て参ります。姫はミルトスと共にお逃げ下さい」

 一礼すると、イアソンは、急ぎ東門へむかった。

 到着すると、土煙が舞い上がる中に二人の男が立っていた。その衣装は、ルキアノスが戦った相手に似た、漆黒の衣だった。二人相手に戦えるのだろうかと自問自答したイアソンは、考えるのを止め、羽根を一振りすると武具を身に纏ったのだった。

「この人でない奴らを二人相手して、勝つには無理がある。ここは己の舌がどこまで通用するのか確かめてみよう」

 イアソンは決心すると、勇気を出して、堂々と妖魔の前に姿を現したのだった。

「来たかワルコの僕」

 待ち構えていたかのように、カスピスはイアソンを視界に捉えた。

「あんた達、妖魔の人だね。ようこそと言いたいところだが。こんなに宮殿を壊されてはね」

 イアソンは両手を開き、戯けた風に見せた。

「俺たちが来たことをお前達に知らせるためだ」

「そうだったのかい。門番に連絡してくれれば、出迎えしたんだけどね。ところでご用件は何かな」

「仲間の礼をしに来た」

「なるほどねえ。お仲間は随分痛んでおいでのようだった。しかし、あれはうちのルキアノスとの決闘だったはず。恨まれる筋合いはないと思うが」

「他にも、我々の仲間を殺っただろう」

 カスピスに怒りの形相が現れた。

「なるほど、聞くことによれば、貴方たちの主である冥王シャヘルは、我らが主と決闘されるよし。ならば臣下の我々としては、主に見習って堂々と決闘で活着するのが筋というもの。いかがかな」

 イアソンは一対一の戦いに持ち込み、芙蓉姫がミルトスとともに逃れるだけの時間を作ろうとしていた。これまで彼はその舌で相手を惑わし、外交で成功を収めてきたが、人間に通用する策が、果たして妖魔を惑わせることが出来るのかは、なはだ疑問であった。

「面白い。大した自信だ」

 カスピスは乗ってきた。

「よせ。数的優位を無駄にするな」

 グラッシスは押しとどめようとしたが、カスピスは従わなかった。イアソンが構えて、間合いをゆっくりと狭めようとして、足を進め、瞬きをした時、一瞬でカスピスはイアソンの懐に入り込んだ。遠く離れた敵が、目の前に現れ、間近でカスピスの冷たい眼を見た。イアソンは慌てて、飛び下がろうしたが、それより早くカスピスの一撃が彼の体を襲った。 イアソンは激しい圧力を受け、はじき出されれ、宮殿の壁に打ち付けられると、何層も壁を打ち抜くとやっと止まったのだった。全身が痺れきったイアソンは、かろうじて体を起こした。

「驚いたな、今の一撃を受けて死なないとは」

 カスピスは感心し、次は仕留めようと決心した。

 イアソンは胸に衝撃を受け、吐き気がしたが、激しく打ち据えられ建物が多く破損したのに死ななかったのは、羽根の力によるものと実感した。そして生身の人の力では妖魔は倒せないが、羽根の力を借りれば、なんとか出来るかも知れないと思った。

 次にカスピスが動いたとき、イアソンは体を交わしていた。羽根の力を信じ、力を抜いたところ、自然にカスピスの高速の動きが見えたのだった。そのままイアソンはすり抜け腕をカスピスの首に回すと、一気に頭を地面にたたきつけた。地面に大きな穴が開き、土煙が舞った。イアソンが仕留めたかと思った瞬間、カスピスは姿を消し、遠く離れ場所に首に手をやり、立っていた。

「貴様、俺の動きが見えるというのか」

 イアソンは敵が何か隠し持ったものを使おうとしているのが、直感的に分かった。彼は構えると、自分も何かを放そうとした。彼は何も技をもって居ないはずなのに何故か、敵と同等のもので迎え撃とうとしていたのだ。

 カスピスは自分の技を出そうとしたが、何かに気がつき止めてしまった。イアソンがグラッシスの手にかかっていたからだ。 

「どうして横からちょっかいを出す。俺はこいつを仕留めるつもりだったのだぞ」

 カスピスは怒り、グラッシスに詰め寄った。

「こいつは、お前に魔法の技を放そうとしていたぞ。お前の技と、こいつの技がどちらが上だか分からぬが。相当の痛手を被る気がしたのだ」

「人間に俺が負けると思ったのか」

 カスピスは親指で自分の胸を突いた。二人が言い争いをしている横では、イアソンが意識を失って、膝をついていた。

「我々の目的は、奴らの情報を手に入れること。そうウーマーに言われなかったか。お前が此の男を仕留めたら、誰から聞き出すのだ」

 カスピスは舌打ちすると、渋々グラッシスに従った。

「今からこいつの意識の中に潜入し、全てを聞き出す。お前はその間待っててくれ」

 グラッシスはそう言うと、うつろな目をしているイアソンの額に手をやり、彼の意識の中をののぞき込んだ。暫くして、グラッシスは記憶の中の旅を終え、カスピスに顔を向けた。

「此の男は貴人星を己の星とする、イアソンという名の男だ。奴らは星々に導かれ、ワルコのもとに集まって来たらしい。ワルコの配下の中心となっているのが、六合星のカドモスだ。今は遠征に出かけ、ここには居ない。現在ワルコの将の内、此の男と太常星のミルトスが居るのみだ。ハスタに痛手を被らさせた玄武星のルキアノスは居はするが、戦闘不能のだようだ」

「これで任務は完了だな。こいつを始末した後、ルキアノスとミルトスをかたづけるか」

「此の男、自分が戦って居る間に、ワルコを遠くに逃がすつもりだったようだ。ミルトスは同行しているようだ」

「獲物は一人減ったというわけか」

 カスピスは残念そうにした。

 その時、グラッシスは周囲の異変に気がついた。彼は身構え、気配の方に目をやると、僧侶がゆっくり彼らの方に近づいて来るのが分かったのだった。カスピスもグラッシスの驚きように、その視線を追いかけたのだった。

「妖魔よ。真理への道はいかなる者にも開かれている。私とともに歩む者はいないか」

 ミルトスは落ち着いた声で呼びかけ、ゆっくりと階段を降りていった。

 あまりにも場違いな問いに、妖魔達は奇異な眼を向けたのだった。

「奴が天常星か」

「用心しろ。我々は奴の術中にいるような気がする」

「馬鹿な、なんの攻撃も受けていないそ」

 仲間の杞憂をあざ笑うと、カスピスは一気にミルトスを仕留めようとした。しかし自慢の高速の動きは、ミルトスに達しなかった。彼は僧侶の眼前に立ったつもりであったが、横を振り向くとグラッシスが居たので呆然となった。

「俺は何故ここにいる?」

「何を言っている。さっきからここに居ただろう」

 仲間の答えに、カスピスはミルトスの術に嵌まったことを悟った。

「寒氷獄。注意しろ気がつかぬ間に、我々は技をかけられた」

 二人は改めて、ゆっくり近づいてくるミルトスを警戒した。

「生きとし生けるものよ、汝等の心の中には真理があるのだ」

 また奇妙な説法が行われた。

「不味い、今の言葉が印だ。ますます、やつの術に陥ったぞ」

「その前に、奴を仕留める」

 二人は一斉にかけ出したが、やはりミルトスに近づくことは出来なかった。それで逆に退避行動をしたが、なんとミルトスとの距離は離れなかったのである。

進むも逃れるも出来なかったのだ。

「イアソンの記憶を探った際、奴の能力は治療能力である事しか引き出すことが出来なかった。他にもあったか」

 グラッシスはウーマーが情報収集を第一とした意味を痛感した。

「離れて居ても、奴は倒せる。俺たちの魔法で仕留めればいいこと」

 カズピスは魔法奥義のラッペーソを、グラッシスはラ・テンペランツアをくりだした。しかし、それらの技は、彼らに跳ね返ってきたのだった。激しい衝撃が彼らを襲い、二人は崩れ落ちたのだった。

「怒り、嫉み、愚痴の思いは、やがて己に跳ね返ってくるものだ。さあ、私が心の静寂に導こう」

 グラッシスは次に、ミルトスが何かを仕掛けてくるのが分かった。しかし、自らの技を受け瀕死の状態になっていたので、動けなかった。

 その時、ミルトスの技、三千大千世界が打ち破られたのだった。

 カスピスの前に立ったのは妖魔第一位のウーマーだった。二人を送り出したものの、心配になって後を追いかけてきたのだった。

「無様だな。立て」

 ウーマーはカスピスを叱咤すると、立ち上がらせた。

「ワルコの将、仲間をここまで痛めつけるとは褒めてやる。お前の技は魔法奥義イル・モンドとみた。もう少しで仲間を異界に連れて行かれるところだった」

 ウーマーは次にグラッシスを助け起こした。

「私の三千大千世界を解くとはな。その二人には安らぎに導こうとしたのだ。火宅の世界に何故引き戻すのかね」

「ものは言いようだな。妖魔にとってそれは消滅を意味する」

「有無を離れ、空に至る。それは妖魔も違いは無い」

 ミルトスは微笑んだ。

「貴様また魔法奥義イル・モンドを放ったな。他の者には分からぬだろうが、俺の目には周囲にお前の曼荼羅が展開しているのが分かるぞ」

 ウーマーはそう叫ぶと、腕を振り出した。曼荼羅は砕け散り、技は解かれた。

「我々妖魔にお前の技は危険だと分かった。本来であれば引き返すはずだったが、お前だけは葬らなくてはならないようだ」

 ウーマーがいうやいなや何者かが、彼を攻撃してきた。ルキアノスだった。

 ミルトスは姫を連れて逃げても、妖魔追跡をしてくると判断し、ルキアノスの傷を治療し、イアソンの加勢に向かったのだった。

 ルキアノスの鋭い槍がウーマーを襲ったが、彼の槍は空転した。ルキアノスはウーマーを補足できないでいた。そうこうする内にウーマーの一撃を受けて、ミルトスは倒れた。

ルキアノスはその瞬間、背後からウーマーを襲ったが、霧のように姿が消え、見失い、次には一撃を食らい地面にたたき付けられた。

「槍の奴はいいとして、この僧侶は始末が悪い。障害は最初に除くとしよう」

 ウーマーは一撃を食らい動けなくなったミルトスに近づくと、首を切り落とそうとした。しかし、彼は何者かが、この場に近づいて来るのを察知した。

 見上げると、大鷲から一人の男が舞い降りて来たのだった。勾陳星のダーナだった。

「妖魔が三人もいるとはな。冥王は地上にやってきたのか?」

 二本の聖剣を背中に背負ったダーナは近くで意識不明になっていたイアソンの息を確認した。

「貴様、なに者だ」

 ウーマーは突如現れた男が、ただ者でないことに、気配で感じた。

「星を見る者だったが、今は魔法の探索者と言うべきかな。どうやらいざこざ程度の様だな。冥王は地上に現れていないのだろう」

「冥王様のことを何故お前は知っている?」

「お前の仲間の妖魔が言っていたのだ。少し手を焼く女性だった」

「貴様がベナを殺したのか!」

「私は無慈悲なことはしていない。彼女は自ら求めた喜びの中で逝ったのだ」

 ウーマーの怒りが爆発し、魔法の一撃がダーナを襲った。しかしダーナはそれを軽々と受け止めたのだった。

「俺の攻撃を平然と受けるとは、お前は他の奴より一段上ののようだな」

 ウーマーは目の前の男が、ただならぬ実力を秘めているのを感じていた。

「お褒めの言葉には感謝すべきかな。しかし、芙蓉姫の臣下を倒すとは、あなたも大したものだ」

「お前がワルコの将、第一位なのか?」

「私は求道者に過ぎない。序列など関係ない。私は地上が騒がしくなるのが嫌いなだけだ」

 ウーマーはひどく傷ついた仲間を見ると、ここで新たな敵と戦って自分が傷ついては不味いと思った。妖魔にはやっかいな存在である僧侶には気になったが、仲間を冥界に連れ戻すことを優先させた。

「なるほど、平穏が好きか。ならば我らはここで矛を収めよう」

 そう言うと、ウーマーは仲間の抱え、空間を渡ったのだった。

「命拾いしましたぞ。私はミルトス。貴方のことはカドモス殿から聞き及んでいます」

 ミルトスは助け起こされると、服の埃を払い、明るく笑った。

「私が居ない間に、新しい仲間が増えたようですな」

「そうですな、カドモス殿は十名いると申されていました。ところで、今日はどの様な、で参られたのです?」

「私が背中に背負っている二振りの剣のことです。その所有者を確かめるべく参りました」

 ミルトスはダーナ−の肩から飛び出して姿を現している聖剣を見つめた。

「此の剣の所有者が、芙蓉姫ではないかと、私は思うのです」

「なんと神々しい剣でしょうか」

「ワルコ誕生の地でこれを見つけました。魔法存在の謎。それを解き明かす鍵が、此の剣なのです」

 二振り剣は日の光を浴びて、輝いていた。

 

 こうして妖魔と魔将の四度目の遭遇は痛み分けに終わり、お互いが相手の実力を認めることとなったのだった。両陣営はやがて壮絶な戦いを繰り広げることになるのであったが、しばらくは妖魔の動きも陰を潜めるのだった。

 




<西部ウンダ河地域の地図>

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