ミュステーリオン   作:のんき三郎

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<登場人物リスト>

カドモス  (六合星の)中原からの流れ者
ダーナ   (勾陳星の)元オレア国天文官 魔法使い
イアソン  (貴人星の)知将、元行商人
ルキアノス (玄武星の)元オレアの武官、槍の名手
ネクタリオス(青龍星の)用心棒家業、弓の名手
タキス   (天空星の)双鞭の使い手 魔法使い
レアンドロス(白虎星の)元ハニア国海軍士官
ミルトス  (太常星の)僧侶 治療術使い
デルフィネ (太陰星の)パトライ国第五王女 女将
ミュージカ (天后星の)発明少女
芙蓉姫   パテリア第三王女

デクスター カドモスの弟分
ラエバス  カドモスの弟分

黄武    パテリア第二王子、後パテリア王
紅花    パテリア第四王女

ドルアス  パテリア国宰相

カリローエ カーリア国第七王女 女将(にょしょう)

ミケーネ  占い師、(アルマロスのミケーネ)
ゼノビオス ミケーネと敵対する謎の人物

シャヘル   冥界の王 十人の妖魔の主

ウーマー   妖魔一位(抽腸獄 月光のウーマー) 
コスタ    妖魔二位(穿肋獄 ミトラのコスタ) 死者を蘇らせる
ハスタ    妖魔三位(針山獄 一角獣のハスタ) ホーネスの仇
アエヌス   妖魔四位(焼手足 セルヌノスのアエヌス)戦いに疑いを持つ者 
ラング    妖魔五位(抜舌獄 漁色のラング)  大蛇に乗る
ベネノ    妖魔六位(毒蛇獄 美粧蓮歩のベネノ)女性、二匹の獣を連れる
カーサー   妖魔七位(鋸解獄 紅蓮刀のカーサー)巨象に乗る
カスピス   妖魔八位(尖刀獄 ヒュブリスのカスピス)
グラッシス  妖魔九位(寒氷獄 黒海馬のグラッシス)怪鳥に乗る
ベナ     妖魔十位(血汚獄 サキュバスのベナ)意馬心猿の術使い

<諸国>
パテリア  北の山岳地帯ある小国
エーリス  パテリアの西にある同盟国、第二王女の嫁ぎ先
ピュロス  パテリアの東にある同盟国、第一王女の嫁ぎ先
テゲア   パテリアの南にある中立国
シプノス  ピュロスの南にある国。ピュロス領への野心あり
メガラ   山岳の諸国より盆地地帯にあり軍事力を強めている
カルキス  大河の上流あり、国力は十分。後の古都ナティビタス
ヨアニナ  メガラ国の東の隣国
カーリア  ナティビタスの西の国
クリッサ  ナティビタスの南西の国
パトライ  エヴェロス河西岸の国(後のカプット)

テルプーサ 中原北部の国
コザニ   テルプーサの東の隣国
パライ   テルプーさの南の隣国
パサカイ  コザニの南西の隣国
オレア   中原の大国。後の王都フローレオ近郊
バールバス オレアと覇権を争っている国。ユンクタス河から移動して来た。
シキュオーン オレアの南の隣国
オリュントス バールバすの南の隣国
ハニア   シキュオーンの南の隣国、海に面する



第七劇 強国への道

 カドモスを敵中に孤立させ、殺害するはずだったパテリア王黄武王の企みは、見事に裏目に出て、瞬く間にカルキスを滅ぼす結果をもたらしたのだった。当のパテリア王も驚いたが、もっと驚いたのが、永らくアルキスと敵対していた、西のカーリア国と南のクリッサ国だった。

これまでカルキスは川向かいのメガラ国とテルプーサ国と血縁関係を結び、背後の守りを固めると、西と南の国と争っていた。カーリア国とクリッサ国は屈強なカルキス軍にたいし同盟を結び国境を守ってきたのだった。

 その難敵であったカルキス軍を打ち破り、取って替わったパテリア軍を脅威に感じたのだった。そもそもパテリア国は北の山間の小さな国で、その何倍もあるカルキス軍を滅ぼすなど考えられず、本来なら山から平地には一歩も足を踏み居ることは出来ない存在だった。それがみるみる内に力を付け、メガラ、カルキスの地を掌中に収めたのである。次は自分たちの番であると、思うのが普通だった。

 警戒をしたのは彼らだけでは無かった、中原の大国の脅威から国を守るためカルキスと同盟関係を結んでいたテルプーサ国も同様であった。カルキスとパテリアが戦闘を始めたのはテルプーサ国も承知していたが、当初の読みでは、カリキスの圧勝のはずだった。ところが山猿連中が良い勝負を繰り広げたので、同盟のカルキスに加勢の軍を派遣しようと準備中に、一気にカルキス国が滅ぼされてしまったのである。結局、展開の早さにテルプーサは傍観も同然の状態になってしまったのだった。

 逃れてきた王族をかかえたテルプーサは血縁のよしみから、カリキス国復興のためパテリア国と戦うことになったのであった。こうしてパテリア国は、領地を得たもものの三国と戦うことになった。

 パテリアの強さは近隣の諸国に知れ渡り、特に魔法の戦力で秀でていることが、人々の捉えたところであった。注目されたのは、パテリア王の黄武ではなく、三の姫である芙蓉姫であった。彼女に抵抗するものは、魔法の火炎によって軍勢ごと焼き払われるという噂が飛び交い、彼女は実態からかけ離れ、人々から業火の王、あるいは炎王として恐れられたのだった。さらに彼女には無敵の武将がおり、数々の勇者を葬ったと、その人材有りのほどを知らしめたのだった。

 拠点を旧メガラ領からカルキス領に移した後、パテリア王はカルキスの王都をナティビタスと命名した。これはカルキスの建築が優美で、山国の茶色い城に住んでいたパテリア王には神殿のように思えたからであった。カルキス王宮はダーナが圧倒的魔法力によって無傷で落ち。さらに自国兵士には厳しく略奪を禁止したので、全ての美術品が荒らさずに元のまま手に入ったのだった。

 輝く大理石の床を嬉しそうに黄武王は歩むと、玉座に座った。

「どうだ、まるで大国の王のようではないか」

 黄武は玉座にもたれかかると、宰相のドルアスに自慢げに言った。

「陛下、そう浮かれてはなりません」

「何故じゃ?これら全ての財が我らのものになったのだぞ」

 王は無邪気に言った。

「今回の件、上手くいったように見えて、良くありませんぞ」

「何がだ?」

「遙か遠くまで来てしまい、戻れなくなったことです。我々は相応以上のものを手に入れたのです。残念なことに我々はこれだけの国を治める術を持ち合わせていません。山間の田舎ではなく、ここは周囲に強大な軍事力を持つ国で溢れています。我々を長く苦しめていたメガラでさえ、単なる盆地の裕福な国程度でしかなかったのです。」

「お前は心配性だなあ。これだけの大きな城が簡単に落ちるものか」

「しかし、我々は盗りました」

「まあ、そうであるとしても、専守防衛でいけばよいではないか。我が国から戦いを仕掛けなければ良いのだ。我々が平和を望んでいると知れば、争いは起こることはないであろう」

「であれば、良いのですが。ともかく要らぬ争いはお避け下さい。今後は内政に力をお入れる時です」

「そうするとしようよう。そうだ、治める術ならば遊説者達がおるではないか。彼らの知恵を借りるとしよう」

「遊説者ですか、よろしいのではないでしょうか。ところで、陛下もご存じのことと思いますが。芙蓉姫の名声が上がり、王の権威を凌いでいます。これは由々しきことです」

 ドルアスは厳しい顔をしました。

「それは三の姫のせいではない。あの山賊のカドモスがいるからそうなったのだ。今回の成功はダーナと言う流れ者の魔法使いの力によるところが多かった。しかしその者は何処かに立ち去ったと聞く。ならば再びカドモスを始末すればよいのだ」

「しかし、なかなかしぶとい男ですが」

「次に戦いが発生したら、逆に奴に全権を与え作戦の指揮をさせよう。そうして失敗した暁には責任を問い、首をは刎ねるとしよう」

「大胆な計略ですが。しかし勝ってしまったら。どうなさいます」

「攻めてくるのは大国なのだろう。戦死してくれれば尚良し」

 黄武は不敵な笑いをした。

 黄武は宰相ドルアスに和平の道を目指すと述べていたのが、一変したのは遊説者の話を聞いてからであった。この頃、中原の大国を中心に大小様々の国々が群雄割拠しており、その国々を渡り歩き、アドバイザーとして職をなしている者達がいた。遊説者と言われる者達であり、彼らは諸国の情勢に明るく、知恵に秀でて人物であった。

 かつて山国であったパテリアには、遊説者はやって来ることはなく、もっぱら彼らの対象としたのが、大国や中堅の国々だった。今回中堅国のカルキスに代わり支配者となったパテリアに対して売り込みにやって来るのは自然な流れで、王は何人かの遊説者の説を聞くことになった。

 王は幾人の遊説者を招き、その説を聞いたが、その中で王が気に入ったのは覇道を唱える者の説であった。その説は以下のものであった。

 ガイアには無数の小国が興り、それは大地を覆い繁栄しているかのようであるが、その実態は争いに継ぐ争いで、真の平和はもたらせていない。せっかく豊かになり、生活も向上したかに思えると、戦乱によってそれは失われてしまう。このガイアにも徳や礼儀が唱えられているものの、口先だけで、なんら人の平和をまもる術となっておらす、かえって諸国に誤った正当性を与え、争いの道具と化してしまっている。

 争いの原因は、自分勝手な正義によって諸国が争いばかりして要るためで有り、その悪循環から向け出すには、全くそういった国々の掟に縛られない国にて天下統一を成すしかないのである。そうして全国を平定した後は、一つの法にて全土を支配し、争いに終止符を打つのである。こうして、ガイアは繁栄し、人々が安心して暮らせる世界になるのでわる。

 パテリア国は山間に興り、中原のしきたりに縛られない国である。この新しき国こそがガイア全土に光をもららす国となるのである。

 と言ったものだった。

 王があまりにも遊説者の説が気に入り、何度も招き入れ親しくなると、宰相ドルアスも自分の地位について不安に覚え、なにか口実をつけて、遊説者を国から追い払ったのだった。ドルアスも一応の安堵をえたものの、王の頭の中は天下統一に夢中になっており、自分の状況が見えなくなっていた。

 王は兵力の増強を強め、この動きに敏感に反応したのは、隣国カーリアとクリッサであった。両国はカルキスを滅ぼしたパテリア国に警戒感をもってはいたものの、自ら軍を起こす気などはなかった。しかし、パテリア側に兵力増強の動きが見られたので、領土拡張の野望ありと判断した両国は同盟して、パテリアの野望を阻止しようとしたのであった。このときカーリアと縁戚関係にあった、エヴェロス河西岸のパトライ国(後のカプット)は南方の国と交戦中で加わることななかった。

 こうしてカーリア国、クリッサ国の連合軍がナティビタスめがけて進軍を開始したのであった。さらにヒパボラ河の対岸にあったテルプーサ国もこれに呼応するかのように、密かに背後からパテリア国を襲うために動き始めたのだった。

「予は何か間違ったことをしたか?」

 黄武王はカーリア、クリッサ連合軍がナティビタス向けて軍を動かしたと聞き及び、狼狽えた。

「陛下、我々に侵略の野心ありと判断されたのです」

「これだけ大きな国を治めるのに、軍隊が不足していたのを強化しただけではないか、それの何が悪い」

「これまで両国には使者を使わし、争いを回避するようにしてきましたが、双心有りと判断されたようです」

「予にそのような器用なことが出来ると思うか?」

「まあ、無理でしょう」

「そちは良く分かっている」

 宰相ドルアスは、王が再び怖くなってどこかに雲隠れしまいかと不安になった。

「こうなったは、戦うしかありますまい。守りを固め、戦いが膠着状態になったとき休戦を持ち込むのです」

「それでよい。諸将を集め、対策を練れ」

「陛下なにかお忘れではありませんか?」

 ドルアスが微笑むと王は理解した。

「今度こそ、カドモスを葬り去るのだ。奴にはカルキスの投降兵を与え、困らさせてやるとしよう」

 かくして、パテリア国はカーリア、クリッサの連合軍を迎え撃つことになったのだった。

カドモス達は招聘され、軍議の席にあった。黄武王は、先の戦いでのカドモスの働きを褒め称え、彼に多くの将兵を与え、国境付近で迎え撃つように命令した。それは一見、篤い信任によるものに見えたが、兵員不足を理由に、投降のカルキス兵、老兵、新兵など、戦力としては心許ないものであった。パテリア軍の精鋭は本軍に集められ、それはナティビタスの王都の防衛に配置され、カドモスに旧カルキス兵を与えられたのは仕方ないことではあったが、果たして此の兵をもって、敵の進軍を食い止めることができるか、なかなか難しい問題であった。

「複数の将にて、国境で迎え撃つのでなく、お前一人に大任を任すとはどういうことかな」

 イアソンは軍議が終わると、カドモスに話しかけた。

「俺の腕を見込んでのことだろうよ」

 カドモスは愉快そうだった。

「暢気な奴だ。これは王の嫌がらせだ。精鋭はナティビタス近郊にあり、お前は単身野原にいるようなものだ。しかも近頃編入した元カルキスの兵ばかりときた。戦いとなったら、一目散に逃げかねないぞ」

「かもなあ。敵の一撃を受けたら四散しかねない」

「状況が分かっているのか?一見栄誉を与えられたようだが、これはお前に多くの兵を与え、失敗したとき軍議により、お前を裁く魂胆に違いない」

「分かっているとも。しかしだな、我々が急速に大きくなり兵が足りないのも事実。これまでの小国の兵力では太刀打ち出来ないのは仕方がないことなのだ」

「それが奴らの言い分だろう」

「俺は、パテリア国に流れ着いた頃から、こういう多くの将兵を率いて戦うことが夢だったんだ。その点は王が俺に兵を与えてくれたのは、嬉しい限りだ」

「お前は苦労人だなあ」

 イアソンは呆れたように言った。

「まあ、そう心配はいらないだろうよ。今回は我々は近くにある。いざとなったら魔法使い等に働いて貰う」

 話を聞いていた魔法使いのタキスは、笑いながらイアソンの肩を叩いた。

「劣る兵力を魔法で補うのは賛成だが。俺は君らはカドモスの警護だけに励んで貰いたいとは思っていない」

「それはどういうことだ?」

「我々はカーリアとクリッサばかりに眼を向けているが、実は密かにテルプーサが背後を狙っているのを忘れてはならないということだ。諜報によれば、テルプーサ国にて軍に動きが見られるそうだ」

「ほほう。それは初耳だ。それで我々にどうしろと?」

「この度、水軍の将レアンドロスが仲間に加わった。お前は彼とともに水性の魔法使いを率いテルプーサを水上で撃退するのだ。テルプーサは中原の国でカーリア、クリッサ以上に強国だ。背後を襲われてはひとたまりもない」

「なるほど、実は主戦場はヒパボラ河にあったか」

「我々の同盟国テゲア、ピュロス、エーリスにはテルプーサ本軍が渡河を試み始めたら南下し背後を襲うように依頼してある」

「用意周到なやつだ。軍議で何故説明しなかった?」

「既に敵に通じた将も我々の中にいるからな。つまらぬ種明かしはせぬものだ」

「いやはや、恐れ入ったよ」

 タキスは手を上げた。

「テルプーサ国が動くとなれば、そちらに全力を注ぐしか無いだろうな。ますます俺は単体でカーリア、クリッサ国を相手にせねばならなくなったな」

 カドモスはやる気満々だった。

「我々は此の地を支配したばかりで、土地に疎い。地の利は無いといえる。どうやって大軍を相手にする?」

「勾陳星のダーナが置き土産をしてくれた。相手の位置を探る術だが。配下の魔法使いに適合者がいて、彼ほどの的確なものではないが、使える。これは我々に優位性をもたらしてくれる」

「なるほど、彼は去ったが術は残ったと言うわけだな。そうだお前は知っているか?カーリア国には女将軍がいるそうだ」

「ほう珍しいな。早駆けに誘ってみるかな」

 カドモスはにやけりとした。

「お前の女好きは分かるが、甘く見るなよ。この女強い」

「ほう、どんな女将なのだ?」

「カーリア国第七王女でカリローエという名だ。たいそう美しい姫らしい。女だてらに武術を好み、数多くの猛者を倒してきたらしい。気性がが激しく、強力な猛者達を従えて強襲を仕掛けてくるらしい。かつてカーリア国に攻め込んできたカルキス軍を幾度となく撃退している」

「いい女じゃないか」

「だが、これを聞いたら考えが変わるぞ。カリローエは我らが芙蓉姫の噂を聞きこの様に豪語しているらしい。パテリアの山猿どもは、食い物が無くなり村里に降りてきた。そして事もあろうか、我らの田畑を荒らすつもりである。その猿共には怪しい雌猿がいて残忍な所業を行っている。人を焼き殺すその雌猿は人の皮を被った醜い獣である。私がこれを捕らえ、山猿に服を着せ、言葉を教え、端女としよう。とな」

 これを聞いたカドモスは烈火のごとく怒った。

「おのれ、姫を雌猿呼ばわりをするとは許せん!どれだけの男を倒して来たかは知らぬがうぬぼれにもほどがある。撃退するだけと思っていたが、我らの恐ろしさを思いさらせてやらねばならぬ様だな。その傲慢な鼻をへし折ってくれん」

 カドモスは直ちに、出兵の準備を配下のデクスターラエバスに任せると、魔法使いとカルキス人を連れて西に向かったのだった。国境地帯を見渡したカドモスは地形を丹念に見渡し、カーリア国とクリッサ国の進軍の速度を計算し、迎え撃つ戦場を定めたのであった。

 

 旧カルキス領国境まで迫った、カーリア軍は同盟国クリッサとの合流地点に、予定より早く到達していた。それは王女カリローエの性急さに抗えなかった総司令が進軍の速度を速めたからであった。総司令はこの王女の性急さに頭を痛め、危機に陥るのを恐れていた。総司令はパテリアが魔法使いの軍団を持つことから、十分警戒しながら事に当たろうとしていたが、そういった新戦力に意を介さない王女は臆病風に吹かれたのだと揶揄していたのだった。しかも同盟国クリッサとの連携を無視し、単独でパテリアに当たろうとしていたのだった。総司令は新戦力の魔法について、情報を収集し、自らも魔法使い達を積極的に使おうとしていた。彼は、過去カリキスとパテリアとの戦を見て、従来の戦術では危ないと感じ、急ぎ魔法使い部隊を編成したが、パテリアに一歩足りていないのではないかとの不安感に満ちていた。魔法使いの戦力をどう実戦に使うか、彼にとって初めての経験であった。一方カリローエは魔法を野蛮な術とさげすみ、その術を使わせる暇も与えずに突撃し、乱戦に持ち込めば魔法など何の役にに立つものかと、あざ笑っていたのだった。

 単独パテリア領に進行したカーリア軍はそこで立ち止まってしまった。というのも領内を探らせていた偵察部隊の連絡が途絶えたからだった。あり得ないことでしたが、カーリア軍は目隠しの状態で知らぬ土地を進むことになったのだった。総司令はこの事態に、一度留まり、原因を探ることにしようとしたが、姫は現れれば撃退するだけのことと、先を進めさせた。

 カーリア軍はパテリアの防衛網が完成する前にナティビタスまで到達しようとしたが、その早さは兵士達の負担になり、武具類を身につけた兵士達には疲労が積み重なっていった。不思議なことだったが、いつも以上に足は重く感じられ、道のりが三倍にも四倍にも感じられたのだった。兵士達は息を切らせ、ふらふらになりながら先を急いだ。

 此の状態に何か変だと感じた総司令は、既に術中にあるのではないかと怪しみ、姫に兵に休息を取らせるように説得すると兵を休ませた。ところが休息もつかの間で、突然森の中からパテリア軍の一団が現れ、兵士達に緊張が走ったのだった。パテリア軍を追って将が戦いを挑んだが、敵は逃げ去りそれを追いかけた将と兵はそれっきり戻ってくることはなかった。その後、度々どこからともなく現れる、パテリア軍に休息の邪魔をされると、その度に追った将兵失ったので、これに怒ったカリローエは卑怯者と敵を罵り、今度現れたら、小出しでなく全軍をもって追いかけ懲らしめてくれようと誓った。すると再び、パテリア軍が森の中から奇襲をしかけると、待ったとばかりにカリローエは後を追いかけた。敵は森の中に逃げ込むのでなく、森の中の道を逃げ去り、これは危険だと察した総司令は追跡を中止させようとしたが出来なかった。この時姫の軍勢が既に先に有り、止められぬと悟った彼はその護衛に回った。森を追いかけていると、道は次第にぬかるんだものになり、最近雨など降っていないにもかかわらず、森の道は足首が埋もれるほどのものに成っていたのだった。パテリア軍はこのぬかるんだ道でも平気なのかと小首を傾げながら総司令は後を追いかけたが、パテリア軍を間近まで追いついた時兵士達の足は疲労で震えていた。それに対しパテリア軍の動きは軽く、同じ道を走ってきたのにこれはなんであろうかと、総司令を悩ませた。彼はたどり着いた場所で、周囲を見渡して唖然となった。そこはかつてカーリア軍がカルキス軍を打ち破った谷間だった。かつてカリローエは敵領内で大軍を打ち破る偉業を成し遂げたが、それがこの土地だったのだった。

 すると突然背後の森から火炎が起こり、カーリア軍を驚かせた。これは魔法攻撃だと察した総司令は軍勢を谷間の中央に待避させると、新しく編成した魔法隊を背後に送り込み、魔法戦を挑ませた。谷間の入り口ではパテリア軍とカーリア軍の魔法使いの戦いが繰り広げられ、それは兵士が恐怖で引きつるものだった。新編成の魔法使隊の働きに総司令は満足したが、今度は左右から魔法使いの攻撃を受け、パテリア軍の魔法使いの多さに驚いたのだった。谷間には複数の出口があり、一番近い道が、異様に静かだった。

 わざと逃げ道を開け、背後から削り取る策と読んだ総司令は、逆に背後の善戦している自軍の魔法使のいる道を使って脱出を試みようとしました。ところがそのとき、前面に現れたのはパテリア軍でした。一見がら空きの道に、あくまでも追い込むつもりだろうが、その手には乗りはしないと総司令はあざ笑ったが、戦いは違う展開に進んでしまったのだった。

 一方、カドモスはうまくカーリア軍を谷に呼び込んでいたので上々の出来だと思っていた。カーリア軍は数が多く、しかもそれを迎え撃つパテリア軍は投降の兵ばかりでいつ四散しかねないものだった。そこであえて全軍を固めるように谷間に配置し、魔法の力で勝負を決めようとしたのだった。しかし魔法戦力も強国テルプーサ対策に大勢回し、通常兵力を用いなくてはならない状況でもあった。カーリア国は兵士も精鋭揃いで、まともにぶっかったのでは、寄せ集めのパテリア軍が太刀打ちできるものでは無かった。そこでカドモスがとった手は、敵を疲弊させることだった。魔法を駆使し、カーリア軍の足を奪ったのだ。彼らの足は重く、武具もやっと持って立っているのがやっとであろうとカドモスは動きから判断した。それに対し、パテリア軍は早くからこの森で待ち構え、十分な食事と休養を与えている。烏合の衆としても疲弊しきった兵に対してそれなりの働きをするであろう。さらにカドモスは、カルキス王家の墓を荒らし、そこで得た財貨を、此の戦いで敵将の首を取った者の賞金として与え、また勇敢に戦ったグループにも与えると宣言し兵士の金欲をかき立てたのだった。

 カドモス等が姿を現すと、直ぐに反応したのは案の定カリローエの軍勢だった。カーリア軍が誘いの退路を目指さず、魔法使いげ激戦を繰り広げている背後に去ろうとした時、カドモスは不味いと思った。というのは一見魔法使い通しの戦いは華々しく、近寄りがたい雰囲気であったが、意外と魔法使いは白兵戦に弱く、これは先のメガラ領内でのカルキス軍魔法使いがパテリア歩兵に殺されたことからも実証済みだったのである。従って、カーリア軍がそこを目指しては不味かったのだった。

 しかし女将カリローエが差し出された鯛に食らいつき、見事カーリア軍は正面を向いてくれたのだった。カドモスは女将カリローエが、油断を突く電撃戦を得意とすることから、前触れも無く総攻撃を仕掛けると判断し、パテリア兵の主力を中央に集め薄く配置すると、両翼に元カルキス兵を厚く配置したのだった。そうしてカリローエ軍が本軍めがけて突撃を仕掛ければ、中央軍は攻撃を受け止めつつ少しずつ後退し、カーリア軍が突破に成功したような錯覚に陥らせ、そして分厚く配置した右翼と左翼がカーリア軍を包み込むようにして、両脇から、襲うという作戦だった。

 女将カリローエを先頭にカーリア軍は突撃を仕掛け、両軍は激突した。カリローエとしては、パテリアが魔法戦力を投入する前に、通常戦にて一気に決着をつけるつもりでいた。また、パテリア軍が実態は肥満した軍隊でパテリア人は少なく、ほとんどがカルキス人であると読んでいたのである。全軍を動かしているのは本軍の少人数のパテリア人のみで、以外は烏合の衆であると判断していた。そこで彼女は一気呵成に勝敗を決しようとしたのだった。

 戦いはカドモスの計画通りに進み、パテリア中軍に突進したカーリア軍は圧力を強め、パテリア中軍がどんどん後退していった。此の出来に、パテリアの精鋭もたいしたことは無いとほくそ笑んだカリローエだったが、背後の方の自軍の混乱を知ると、策にはまったことを悟った。軟体動物のように、押せば下がり抵抗してくる中軍を突破し、自軍右翼と左翼を救援に向かわなくては完全に包囲戦になってしまうのだった。

 馬上で指揮をしていたカドモスは策が成功したことを見て取ると、カリローエの自慢の将が奮戦をしているので、配下のデクスターとラエバスに始末を命じた。二人は直ちに向かいこれを打ち倒したが、これに激怒したのがカリローエだった。彼女はパテリア兵を蹴散らし、デクスターとラエバスに戦いを挑んだのでした。二対一の戦いで、しかも女将であったので、カドモスは傍観していたが、その目の前で、信じられないことにデクスターとラエバスが切り伏せられたのだった。

 二人の義兄弟が倒されると、カドモスは烈火のごとくに怒り、太い鉄の棍棒を片手に兵を蹴散らすと、カリローエに迫った。彼女はカドモスを再び剣のつゆとしようと待ち構え、すれ違いざま、首をはねようとした。両者名乗り合うこともなく、戦いは一瞬で決まった。カリローエは鮮やかにカドモスの鉄の混を交わし、切りつけるつもりだったが、カドモスの混は素早く、カリローエは交わす暇も無く、剣をたたき折られると、そのまま顔半分を鉄混にて砕かれてしまったのだった。美女と知られる彼女の顔半分は肉片と化し、体液とともにあたりに散らばった。かろうじて残った顔半分も衝撃で眼球が飛び出し、その姿のままカリローエは馬上から草の上に落ちたのだった。

 直ちに、カドモスは義兄弟に所に向かってみると、デクスターは剣を杖に立ち上がっており、カドモスを少し安心させた。デクスターは股を切られてはいたが、内股でなかったのが幸いだった。しかしラエバスは心臓付近を刺され瀕死の重体だった。カドモスは二人を戦場から急ぎ待避させた。

 カリローエが倒されたことは、カーリア軍に動揺を与えた。総司令は包囲網を破るべく奮戦していたが、動揺が広がるにつれ、軍の規律は崩壊していった。兵の各自が思い思いに逃げ始め、カーリア軍は逃げ惑う群衆と化してしまったのである。皆がパテリアの罠の退路に向かい、命を失い。総司令とともに、魔法使い等の戦いの場を突き抜けた僅かな兵達のみが安全に脱出したのだった。

 かくしてパテリア軍はカーリア軍を破り、深刻な被害を与えたのだった。一方、カーリア国と合流しパテリア領内に攻め込もうとしていたクリッサ軍は、カーリア軍は単独行動をして自滅したことを知り、戦意を失い本国に帰還し今後の対策を練ることとした。

かくして西部方面の戦いは終了したが、南東部での戦いは続いていた。

 

 テルプーサ国はイアソンの読み通りに、パテリア国とカーリア国と戦いが始まると軍勢を北上させた。船を持ちいた機動力は素早く、多くの軍船が集結すると、瞬く間に大軍勢を船に集結させ、ナティビタス近郊の水上まで迫ったのだった。しかしこれにはパテリア軍は対策を練っており、テゲア、エーリス、ピュロスの同盟軍を密かに南下させ、空き巣の領地を襲うそぶりを見せたのだった。やもうえず、テルプーサは兵を半分割き、パテリア同盟軍の進軍を阻止の向かわせ、もう半分でネティビタスを目指すこととしたのであった。

 パテリア国には水軍を指揮するレアンドロス、さらに魔法軍団を率いるタキス、さらに知将のイアソンが国の運命を背負って迎え撃とうとしていた。

 

 ヒパボラ河にはパテリア国、テルプーサ国の多くの軍船が対峙していた。水の中に、白い帆を立て浮かぶ無数の船の優美さとは裏腹に、これから、雲には黒煙が立ち上り、河が真っ赤に染められる戦いに両軍の兵は緊張していた。軍船の数は国力に比例してテルプーサが勝り、パテリア国は防ぎきれないようにも見えた。遠く離れた岸部では民間人が、弁当持参でこの様子を眺めている姿が見受けられた。

 戦いはテルプーサ側から始まった。意外なことに魔法戦を挑んできたのはテルプーサ側からだった。川の水が盛り上がると竜のようになって、パテリアの軍船を襲ってきたのだった。しかし、既に魔法戦を経験してきたパテリア軍には通じなかった。レアンドロスは旗で軍船に指示を出すと、魔法の竜の射程外に長蛇の列で移動し、空振りに終わらせたのだった。そうして反転すると、此の度は各三隻の集団に分離し、拡散すると、一気に魔法使いがいる軍船めがけて強襲をかけたのだった。魔法使いの反撃に二艘が沈められたが、軍船は見事、敵魔法使いの軍船に取り憑き、白兵戦になった。こうなると魔法も効力を弱め。次々に魔法使い他達が、始末され。船に火が付けられると、パテリア水軍は一目散に離脱したのだった。かくしてテルプーサ国は、傍観している間に貴重な魔法使いの大半を失い、軍船の有意さのみで戦うこととなったのだった。

 テルプーサ軍の失敗は、卵のような魔法使達を一つの籠に入れすぎたこと、魔法が万能と思い込んだこと、魔法使い達の所在を早々に教えたことの三点であった。とはいえまだまだテルプーサ国の水軍は強力であった。

 テルプーサの提督は魔法戦慣れした、パテリア軍に舌を巻き、また軍船集団を手足の様に運用する人物にただ者ならぬ力量を感じたのだった。魔法使いが意外ともろいことに気がついたテルプーサの提督は、大型船でなく速度の速い小型船を繰り出すと、敵陣近くを泳がせ、魔法戦力を調べ始めた。多くの小型船が魔法の餌食になったが、提督は攻撃の傾向から敵右翼に多く配置されていると読んだのだった。テルプーサの提督はわざとまず敵右翼に船を向け、敵を引きつけると、一気に反転し敵左翼を襲ったのだった。パテリア軍が迎え撃ったものの、軍船の数に抗しきれず四散し離脱を始めた。提督は策が成功したと判断し、直ちに追撃を指示したが、この時提督は、自分たちの周囲に異様に等間隔にパテリア軍の軍船が散らばっているのに気がついた。彼は一瞬に逆に策にかかったと悟ったが遅かった。周囲から一斉の魔法攻撃を受け、軍船は砕け散ってしまったのだった。

 じつはパテリア軍の左翼に多くの魔法使いが集められており、右翼の魔法攻撃は罠だったのである。テルプーサ水軍が左翼を襲うと、白兵戦に持ち込まれないように、負けたふりをして散開し遠くから魔法攻撃の一斉攻撃を仕掛けたのだった。

 この一瞬の戦いで、テルプーサは多くの軍船と将兵を失い、パテリア領上陸は不可能となり、撤退を余儀なくされたのであった。かくしてパテリア国は新領地を守り抜きナティビタスに根を下ろしたのだった。

 

 カーリア軍を見事倒したカドモスは沈鬱な顔をしていた。

義兄弟のラエバスは女将カリローエに受けた傷が深く、重体であったからだ。同行させていた軍医も手の施しも無く、死を待つばかりだった。

「彼の女、俺が先に倒していればこんな事には。ラエバスも長くはもたないだろう」

 カドモスから悔しさに満ちた言葉が漏れた。

「兄貴、これも彼奴の運命だったんです。せめて奴の旅立ちを二人で見送りましょうや」

「そう言ってくれるな。故郷の村を三人して出て、いつか奴にはいい思いをさせようと思っていたのに」

「兄貴、俺たちは十分満足だったですぜ。ラエバスのやつも楽しかったと思います」

「空しいものだな、勝利を得たが、それと引き替えに義兄弟を失うことになるとは」

 悔やんでも悔やみきれない様子を見た、負傷した兵士の一人が、恐れながらと話しかけて来た。

「将軍。その傷を治せるかもしれない人物を知っています」

 この言葉にカドモスの瞳が輝いた。

「それは誠か?」

「はい、ただ信じて頂けるか」

「なんでも構わん。話してみろ」

 カドモスは迫った。

「丁度この地の南に、先頃流れ着いた若い僧侶がいまして。手をかざして民衆の病気を治し、敬われているのです。この人物であれば助けることが出来るかもしれません」

「僧侶か」

 しばしカドモスは考えた。

「デクスターお前はラエバスの近くに居てやってくれ。おれはその僧侶に賭けてみる」

 そう言うと、カドモスは一頭の馬を引き連れると全速力で南を目指した。

森を全速力で駆け抜けると、町にでたラエバスは町民に手当たり次第に若い流れ者の僧侶について尋ねた。該当の人物は町で尊敬を受けているようで、簡単に見つかった。

 一軒の荒ら屋にたどり着くと、そこは人々で溢れていた。その民衆の視線の先を追いかけると、一人の僧侶が人々に説法をしていたのだった。カドモスは馬から駆け下り、民衆の背後から呼びかけた。

「説法中申し訳ない。私はパテリアの将カドモスと申す。火急の用にてお相手お願い申す」

 大きな声に、何事と人々は振り返った。

「ずいぶんとお急ぎのようですな。私に何かご用かな」

 ゆったりとした声に、柔らかな表情の若い僧侶がカドモスの前に立った。

「私の兄弟が剣で刺され重体となっています。あなたなら命を救うことが出来ると聞きおよび参上いたしました。私の兄弟をお救い下さい」

「私は確かに、治療術を施しますが、果たしてあなたの兄弟を、お救いできるか分かりませんよ」

「構いません。私はなんの手立てもなく、兄弟を見送りたくないのです」

 カドモスの真剣な眼差しは、若い僧侶を動かしました。

「分かりました。では試みてみるとしましょう。その兄弟はどちらに?」

「この北の森の中です。馬は準備しました。お乗りになれますか?」

「もちろんです。さて皆さん、私は急ぎの用が出来ました、今日の法話はこれにて終わります」

 若い僧侶は振り返ると人々に言った。

 こうしてカドモスは僧侶を連れて、今来た道を引き返し、陣地に戻ったのだった。帰ってみると、ラエバスはさらに弱っていて、虫の息だった。彼の手を握りデクスターが祈っていた。

「デクスター。坊さんを連れてきたぞ」

 カドモスは負傷兵を収容したテントに飛び込んだ。

「兄貴、良かった。まだ生きてます」

「そうか」

 カドモスは安堵し、僧侶を中に招き入れた。

「こいつが、俺の義兄弟なんです。なんとか助けて下さい」

「分かりました。まずは包帯が邪魔です。外して下さい」

 言われてカドモスは短剣で包帯を切った。

「なるほど、ずいぶん傷は深そうですね」

 そう言ったかと思うと、僧侶は両手を傷の上に重ねた。やがて手に間から光らしきものが漏れ出し、ラエバスの辛そうな表情が和らいだものと替わったのでした。

僧侶は手を放すと、不思議なことに胸を貫いた傷は跡形も無く消え、ラエバスは意識を取り戻したのでした。

「兄貴おれは」

 ラエバスの口から言葉が漏れました。

「何ともないか?」

「いつも通りですぜ」

 これにカドモスは大喜び、ラエバスに抱きつくと、涙を流した。

「有り難う御座います。おかげで兄弟は元通りです。なんとお礼申し上げたらいいか」

「礼には及びません。私は大衆の心と体を治すのが仕事。ご兄弟のご心配はなくなりましたが、ここは負傷者で一杯ではないですか。ついでに治してあげよう」

 この申し出に、カドモスは大喜びだった。

「ただし、敵兵も連れてくるのですよ。彼らを家族の元に返さなくてはなりません」

「兄貴、そいつはちょいと不味いじゃないですか」

 デクスターが耳打ちすると、カドモスは制した。

「俺はラエバスが生きていたことで大喜びなんだ。祝いの大盤振る舞いだ。戦場の全ての負傷兵を坊さんの前に届けろ」

 かくして敵味方関係なく、僧侶の手によって救い出され、彼の名は帰還兵によって、カーリア国のみならずクリッサ国まで知れ渡ることとなったのだった。

 

 戦場の兵士を治療した僧侶も流石に疲れたのか、最期の一人を終えると、息をついた。

「お疲れでしょう。お茶を用意しました」

 カドモスは部下に茶を運ばせた。

「何故、人は此の様に戦い合わなくてはならないのか」

 僧侶は呟いた。

「それは意地と意地の張り合いだからです。お互い信じ合い、譲り合うようなら戦いになりません」

「まるほど、将軍は面白いお方だ」

「人間エゴとエゴのぶつかり合いが、人の性てやつなんです。だれでも自由気ままにしたんです。ですからぶつかり合う。同質同士だからですからさらに譲れない。雌を取り合う雄みたいなものですか。雄は雌相手に凶暴になれませんや。雄同士だからですよ。相手が異質の獣なら、そいつは狩りになります」

「興味深い見解ですな」

 僧侶は茶を口にした。

「そういえば、お名前をお伺いしてませんでしたが」

「おお、そうですな。私はミルトス。ご覧の通り僧侶をしております」

「まだお若いようですが、なにか悟られた落ち着きが感じられますなあ」

「まだまだ、青臭い坊主にしか過ぎません。煩悩で溢れております」

「ご謙遜を。どの様な理由で修行道を目指されたのですか」

「たわいもない事が理由です。始まりがなく、あるとき気がついたら世界の中に一人有り。目的も意味も分からず、何となく自分が消滅する存在だと気がつき、本能が生きなくてはと焦る。闇雲に周囲を見渡しては生きる術を習得していく。そんな人のありように、疑問を持っただけです」

「我々は、そこまで深く考えずに、無頓着に目の前の欲求に突っ走りますな」

「でしょうな。私は自己の存在のありようが、喉に刺さり我慢できなかったのです」

 カドモスには僧侶ミルトスの心情は理解しかねた。

「治療術は寺で学ばれたのですか?」

「これは偶然なのです。つい最近のこと、怪我をして伏して動けない鹿と出会いまして、可哀想にと思い、なんとかして傷を治してやりたいものだと、手を置いてみると治ってしましたのです。鹿は元気に森に帰っていきましたが、自分でも何が起こったのか分からないのです」

 この話を聞いて、カドモスは僧侶にも魔法の発現があったのだと察した。僧侶は魔法の存在については知らない様だった。

「今あの町で説法をされておいででしたが、修行された寺はこの近くですか?」

「私は、ずっと西の地でウンダ河上流から来ました」

「それはずいぶん遠くから、彼の地は別の世界。なぜ東方を目指されたのですか」

「山の巨石の上で瞑想していると、太常星が東を指しているので、その後を追いかけて此の地までやって来たのです」

 カドモスは顔色を変えた。

「貴方はもしや。私は仲間を待っていたのです」

「仲間ですか?」

 ミルトスは困惑した。

「私は六合星。他に貴人星、天空星、勾陳星、白虎星などのが集まっています。貴方も同類なのです。我々は芙蓉姫を主として、働いています。是非仲間に加わって頂きたい」

「貴方たちは家臣団なのですね。しかし私はご覧の通りの求道者。政治とは結びつきません」

「還俗せよと申しているのではありません。そのままでよろしいのです」

 カドモスは説得しようと必死だった。

「しかし、謀略知略が日常の政治の世界いることは、求道に反することではないでしょうか」

「いやそれは違いますぞ。むしろ汚れきっているこそ修行となるのです」

「面白いこと言われる。それは何故」

「僧侶は何故僧侶なのでしょうか。その衣服のおかげでしょうか?」

「それは違う、心に法を備えるからだ」

「法衣を纏い、しきたりを守ることは、一見道を行っているようですが、それは単に僧侶という役目を演じていることではないでしょうか」

「確かに演じることは可能だ」

「つまり僧侶の弱点は、中身はなくても演じられるということです。そして怖いことに自分が演じているだけなのに道を修めたと勘違いすることにあります」

「なるほど」

「真の求道者であれば、寺という場所や、法衣なとという道具は必要ないはず。そしてその人物の徳が一番はっきりと現れる場所は、どろどろした人間の世界です」

「確かに、暗い闇の中だからこそ灯りは、さらに明るい」

「あなたは清浄の世界において法を実現なさる。しかしそれは修行としては優しいものではないでしょうか。道を究めるとするなら、全ての欲の至る頂点である政治の世界に身を置くことが真の証となるのではないでしょうか」

 カドモスはミルトスの眼を見た。

「分かりました。私は貴方たちの近くにあって修行を行うといたしましょう。しかし私は戦争には賛同しかねぬので、距離を置かせて頂きます」

「それで結構です。仲間が貴方を待っています。きっと喜ぶことでしょう」

 

 ナティビタスの王宮では黄武王が宰相ドルアスと戦況について語り合っていた。

王はテルプーサ国が攻めてきたと報を受けた時は、驚き寝室に籠もって、振るえていたが、テルプーサ水軍を撃退したとの報を受けるとたちまち元気になり、玉座に堂々と腰掛けたのだった。

「中原のテルプーサと言えど、我らの敵ではないわ」

 黄武王は高らかに叫んだ。

「我々は良将に恵まれていたと言えます」

「テルプーサの軍船がヒバボラ河を埋め尽くした時は、心の臓が止まるほどだったが、よくぞ打ち破った」

「誠に、レアンドロスは投降の将ではありますが、水軍の運用は見事なものでした」

「国が大きくなれば、この様な将を得ることも多くなるだろう。我々山の民には水にちと疎いからな」

「今回の件についてはイアソンの策が効を奏してます。同盟国軍を南下させ、テルプーサ軍を二分させ、圧力を弱めました。しかし、これは承認のない、勝手な行動ですが。いかに処断しましょうか?」

「良いではないか。おかげで助かったのだから。不問とせよ」

「仰せのままに」

 ドルアスは軽く一礼した。

「ところで、上手く行き過ぎて気に入らないのが、西部方面の戦いだ。カドモスが敗れたあと、主力で撃退するつもりだったのではないのか」

「精鋭の軍が防衛網を築いていましたが、敵がそこまで至らず戦いは終わってしまいました」

「やつには、使えない兵ばかりを集めたのではなかったのか?」

「そのように手配しましたが、上手く運用したようで」

「前回といい、今回といいなんと運に恵まれたやつなんだ。これでは罪を問うことが出来ないではないか」

 王は歯ぎしりをした。

「陛下機会は今後も御座います。カーリア国は大打撃を受けましたが滅んではいません。彼らのカドモスへの恨みは深くなったはずです。さらにクリッサは全くの無傷です。再び戦いは起きます」

「ならば良いが」

 王はカドモスがどこまでも罠を上手く交わしていくので、ますます狡猾な奴だと思うようになった。

 

 一月後、パテリア王黄武は諸将を集め、クリッサ国、カーリア国遠征を命じた。パテリア軍が大国を破ったことから、遊説士が説いた覇道が頭を占領し、パテリアこそ神に選ばれ世界を統一する存在なのだという、選民思想が芽生えたからであった。

 本来臆病な王だからこそ、このような妄想を逆に発想したという皮肉な出来事だった。諸将は未だカリキス国を支配したばかりで、政治的に安定していないで、先に伸ばすべきと述べたが、王はがんとして聞き入れず、遂行を命令したのだった。

しかし諸将はその条件として芙蓉姫の出陣を願い出、王は渋々これを承知したのだった。

 パテリア同盟国には背後の守りとしてテレプーサを牽制してもらい、パテリア軍は全軍をもって、西に進軍したのだった。まず目指すのは先の戦いで、兵を失ったカーリア国であった。先の戦いの傷が癒えていないカーリア国は、パテリア国が攻め込んで来たことに、急遽平民を兵士に仕立て、戦わせたが、戦いにならず、野戦で敗北すると、そのまま王都での戦いとなり、落ちた。

 この事態にクリッサ国もカーリア国救援の軍を起こしたが、パテリア軍の電撃の侵攻速度に間に合わず、同盟国を失ったのだった。クリッサ国は魔法戦が鍵を握ると判断し、魔法使いを招集すると、国境付近で待ち構えた。通常戦力も魔法戦力もパテリアを圧倒できると読んだクリッサ国は平原で一気に決着をつけるつもりだった。カーリア国主力が谷間で全滅したことへの警戒がこの選択を選ばせたのだった。

 両軍平原で向かいあって、戦いは始まった。初戦は魔法戦から始まったが、クリッサ国の指揮官は質の面で、パテリア魔法軍がまったく違うものであると気がついたのだった。

それはパテリア軍の魔法攻撃が多彩で、しかも規則だって、高速で動き、思わぬ変化をみせるからだった。その為、魔法使いの数では大差ないものの、クリッサ国は全くの受け身になってしまったのである。

 そこでクリッサの指揮官は魔法戦を主戦法とするのを止め、従来の通常戦を挑むことを決したのだった。クリッサの兵は鍛えられた精鋭揃い、これに対しパテリアの兵は投降兵が大多数の編成だったので、勝算があったわけである。

 魔法使いの援護のもと、精鋭を突撃させ、左翼を叩くと、案の定パテリア軍の陣が乱れた。効果有りと見たクリッサの指揮官は次々に軍勢を突撃させ、パテリア軍を砕いた。

パテリア軍は陣が崩れ、指揮系統が乱れ始めた。この瞬間を見逃さずクリッサの指揮官は全軍を敵本体めがけ突入させたのだった。一撃によってパテリア中軍は崩壊し、あとは烏合の衆と化したはずであったが。勝負はそうはならなかった。

 クリッサ国の指揮官が、全軍突撃を命じた瞬間、巨大な火玉が彼らを襲ったのだった。芙蓉姫の火炎だった。一瞬にてクリッサ本体は蒸発し、離れた所の兵士は爆風で吹き飛ばされた。遠くに有り免れたクリッサの魔法使等は自分たちとは桁違いの破壊力を持つ魔法に震え上がったのだった。

 こうして、魔法の一撃でクリッサ主力は崩壊し、野戦で勝利したパテリア軍はクリッサの王都に達したのだった。王都に残った僅かな兵でパトライ国の援軍が来るまでクリッサの兵は持ちこたえるつもりだったが。城門に魔法の集中攻撃を受けると流石に持ちこたえられず。城内への侵入を許し、クリッサ国は落ちたのだった。

こうして瞬く間に二国を滅ぼしたパテリア国は、周辺国から大いに脅威を感じさせる存在となっていったのだった。

 

 

 

 




<ヒパボラ川上流広域地図>

______エヴェロス河(ヒパボラ河支流)___________北A____
峰高山山^^^河^^^^山山山高高高峰峰山山山山^^^河河^山山山高山山山高山
高山山^^^河^^^^^^^山山山高山山山^^^^^河河^^^山山山^旧領地^
山^^^^^^河^^^^^^^^山山山^^^^^^^河河^^^^^^山山山
山^^^^^河^^^^^^丘^^^[パテリア]^^^^^^河河^^^^^山山山
^^^^^河^^^^^^^^^(王都ナティビタス)^^^河河^^^^^^山山山
^^^^^^河^[カーリア]^^^^^^^^^^^運^^河河^^^^^^^^山
[パトライ]^^^河^^^^^^^^^^^丘丘^^^^河河^^^^^^^^^丘
^^^^^^^^河^^^丘^^[クリッサ]^^^^河河^^^^^^^小諸国^^丘
^^^^^^^^^^河^^^^^^^^^^^^河河^^^丘^^^^^^^
^^^^^^^^^^^^河^^^^^^^河河^^^^^^^^^^^^^丘丘
丘丘丘丘^^^^^^^^^^^河^^^河河^^^^^^^^^^^^^丘丘
丘^^小諸国^^^^^^^^^^河河^^^^^^[テルプーサ]^^^^^^
丘丘丘^^^^^^^^^^^ヒパボラ河^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
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