『能登』物語 作:鋼鉄の咆哮
武生は洋上で途方に暮れていた。
腹に突き刺さった大剣を抜こうものなら、大量出血で即座にお陀仏だろう。時友に曳航させたりしても能登の自重が大きすぎて動かないことがわかった。かと言って突き刺したままではろくに航行もできない。
応急修理妖精に頼んでみたが、こればかりはどうしようもないとあっさり断られてしまった。
となると、這ってでも泊地まで自力航行しなければならないのだが─
「…ほんとに?」
「はい。最高速力は、9ノットです。」
「…泊地まで何キロあるっけ」
「あー…いや、その、なんというかですねぇ…」
「待ってくれ。とんでもなく嫌な予感がするん」
「当たりです。200キロくらいはありますね。」
食い気味に武生の発言を潰して更に爆弾を落とした副長。武生は天を仰いだ。
「なんてこった…じゃぁ、その、なんだ…」
「はい。全速力でも間違いなくここから10時間以上はぶっ続けです。」
「うわぁ…萎えるわそんなん…」
思わず関西弁が出てしまったが、武生はそれすら気づいていない。副長は武生の尻をひっぱたいて帰還させねばならなくなった。
「あーもう!そんなこと言ってても仕方ないでしょう!?早く行きますよ!ほら早く!」
「わーった!わーったから耳元で叫ぶなやかましい!」
ようやく夜の帳が下りた海上を能登は進み始めた。
「…眠い」
「…そうですね」
結局夜通し航行し続けても泊地はまだ見えなかった。既に朝日が眩く輝いている。波動砲で持っていた時計も壊れてしまっていたので、武生には早朝ということしか分からなかった。
「いつになったら泊地に着くやら…」
「そうですねぇ…くぁ…」
半分船をこぎながら副長が答えて────がくっと前に崩れた。
「えっおい…おーい副長ー」
「すー…くー…」
「こいつ、艦長ほったらかしで寝やがった…」
武生の手の中に崩れ落ちた副長妖精は静かに寝息を立てていた。
結局副長が目を覚ましたのはその2時間ほど後。飛び起きてから「ここはどこだ…敵地か…」と寝ぼけていたのは内緒だ。
そろそろ日が西に傾こうとしている頃、ようやく武生は陸の影を見た。どこかの泊地のようだが、果たしてここは柱島なのだろうか。柱島ならこれで助かったな…などと思った瞬間────
「艦長!敵数隻発見!十時の方向!」
副長が叫ぶ。どうやらここは敵の泊地だったようだ。しかし戦艦はいない。いるのは駆逐艦、雷巡、軽巡まで。しかも、金色や赤色のオーラを纏った「flagship」、「elite」はいない。普段ならこんな第二線の泊地まがいくらいは消滅させて進むが、いかんせん速度が出ない。しかも後部艦橋が崩壊してしまっているので、一斉射撃もできず、各砲塔でバラバラに撃つしかない。
「仕方ない。軽巡ホ級を潰して怯んだらさっさと去ろう。」
「絶対怯みませんよあいつら。頭が至極悪そうですから、死ぬまで追ってきますね。」
「そんなら魚雷は右舷機銃で迎撃。左舷に来た敵は可哀想だが容赦無く殺れ。今左舷に貰うのは危なすぎる」
「そうするしかなさそうですな。」
当座の作戦を決めて武生が左に首を回すと、既に駆逐ロ級が魚雷射程距離内に迫りつつあった。
「主砲、撃て!」
能登の61cm三連装砲が吼え、魚雷発射寸前の駆逐ロ級を抹殺。着弾の衝撃波で、近づいていたもう一隻の駆逐ハ級を崩壊させる。
しかし、敵もまるっきりの阿呆ではなかった。
軽巡ホ級は、能登の艦体後部が大破している事に気づいたらしい。現に、後部主砲は使用不可。さらに後部艦橋も崩壊しており、軽巡ホ級は艦尾に雷撃を撃とうとしていた。
「畜生!奴ら気づいてるぞ!転舵一杯!」
「ちっ…まるっきりの阿呆でも無さそうですな」
魚雷直撃のギリギリのタイミングで艦体が軋み、大きく曲がる。
魚雷は艦尾すれすれを通過していった。
「ひぇー…あっぶねぇなぁ」
「直撃してたらただではすみませんね。更に速度を落とされて泊地に着くのがより遅くなっては事です。修理班!現在の最高速力は?」
「14ノット半可能、それ以上は艦体に危険が及ぶので推奨しません。」
「了解。艦長、最高速力で逃げ切りましょう。操艦で逃げればなんとかなります。」
「わかった、やってみよう。両舷全速!」
能登の速度が僅かに上がった。しかし、敵艦隊はなおも追いすがる。
「よし、副砲、威嚇射撃開始!当てても構わないぞ!」
その声に呼応するかのように砲声が響き、敵艦隊のど真ん中に水柱が林立する。何発かは敵艦に直撃し、深海棲艦が吹き飛んだ。それが合図になったかのように、敵艦隊が追跡をやめる。そのまま反転し、引き返していった。
「いやぁ、危なかった…」
「あと数分追われてたら厳しかったですね。なんで反転したのかがわかりませんが」
「おそらくあの泊地の担当す哨戒ラインを超えたんだろうよ。ある程度奴らも分業しているはずだ。」
「深海棲艦の官僚制ですか。なかなか興味深いですな。そういうことなら、これからまだ敵艦隊が現れるかもしれませんが」
「恐らく現れるだろうな。そうなればまた何隻か沈めて逃げ切るしかない。」
「前途多難とはまさにこのことを言うんですね。」
「そのとおりだ副長。せいぜい遭遇しないように祈っておくかね。」
しかし、その後の航海中には敵艦隊に出会うことは無かった。
「着いた…」
「どうやら着きましたね…」
「いやもう夕方だぞ…丸2日くらい航行しっぱなしなんじゃないか?」
「ですね、丸2日かそこらですわ…」
「で、どうする?今この状態で鎮守府内に入ったら殺されると思うんだ。」
「主に怯えきった艦娘にですねわかります」
「まさにな。幽霊か亡霊と思われて殺られかねん。本物の幽霊になるのは今しばらく御免だぞ…」
「でも説明すりゃなんとかなるでしょう。榛名さんやら赤城さん、今頃心配してますよ?」
「そしてその心配の種は目の前の港で入るべきか悩んでる、と」
「大丈夫ですよ、例え亡霊に見えても深海棲艦には見えませんから。」
「嬉しくないフォローだな。なまじ事実だから更にタチが悪い。」
「さ!諦めて入りましょう!」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「え?何のことですか?」
「腹立つわぁこいつほんま…」
軽口を叩きながら門を開けて入る。実際は冷や汗が流れていた。
食堂を通らないルートで────後で補給しないのに食堂にいるわけがないから無駄だと気づいた────うろ覚えの執務室に戻る。
執務室のドアを開けてソファーに崩れるように座り込む。
一時に疲れが溢れ出て、何も考えずに目を閉じた。
夢を見ている。
榛名がいる。赤城がいる。翔鶴がいる。鳳翔がいる。やたらと鮮明な夢。榛名が自分の体を揺すっている。声が聞こえる。呼んでいるような声。
「んー…」
変な声が出た。
段々と意識が冴えてくる。ああ、そうだった、丸2日くらい帰ってなかったっけ…帰ってからのことを覚えていないが、誰とも話さなかったかな…
「…督!提督!て い と く!」
「うわぁっ!?」
跳ね起きた。
「おいおい…そんなでかい声で起こさなくても…」
「何を言ってるんですか!そんな血だらけで寝て!丸2日なんの打電もなかったからどれだけ心配したか!」
「ご、ごめんわかったから!聞こえてるからそんなでかい声で怒んないで!」
あれ?血だらけ?
…あっ。
武生の意識がようやく覚醒し、自分の今の状況を思い出させてくれた。
《おい俺の意識!頭!起きるの遅せぇよ!説教ルートじゃんか!》「済まん、いや、その…」
「言い訳無用ですっ」
びしっと。
鳳翔にたたっ斬られた。
「はい…」
仕方ない。もうこれは自分が悪い。武生は覚悟を決めて正座した。
こってり三十分程絞られて、ようやく何があったか聞いてもらえた。
後部艦橋が崩壊して無電機が故障したこと。インテゲルタイラントとの戦いでボロボロになったこと。鳳翔がその間に在籍している艦娘とその状況を調べた事。榛名が「早く入渠して下さい!ほら早く!」と言ってきたが、武生はしばらく入渠する気はなかった。
「何でですか!そこまで大破してるなら入渠最優先です!」
「いや、この泊地には数ヶ月補給も入渠もしてない艦娘が沢山いるんだろう?」
「それはそうですが!それでも今の龍城の損傷は命に関わります!」
「龍城…?あらあらー、榛名ちゃん下の名前で呼ぶ程仲が良かったのねー?」
愛宕が茶化してきたが、まあまあ正鵠を射ている指摘なのでなんとも言えない。
「いや、まぁ、付き合い長いからね?」
「ふーん?とっても羨ましいわぁ〜」
「不幸だわ…」
「そうかよ…ゴホン。まぁとにかくだ。今は入渠する気はない。先に基地の艦娘を入渠させてからだ。」
「どうしてですか?榛名ちゃんの言う通り今のあなたの損傷は命に関わるレベルですが…」
「今まで数ヶ月誰も入渠してなかったのに、突然提督が入渠したらどう思う?」武生は質問で返した。
榛名もそれを聞くとむーっと唸っていたが、やがて納得したように言った。
「そこまで言うなら仕方ありません。ただ、念のため私がついておきます。」
「ん?あぁ、いいけど」
「提督さん鈍感ねぇ…」
「ホントですね…」
何やらその辺でゴニョゴニョ言っているが俺には聞こえていない。聞こえてないよ?キコエテナイキコエテナイ。いいね?
「じゃぁそういうことで、これから基地にいる艦娘みんなを集めてくれないか?伝えることがある。」
「ダメです!ただでさえ基地艦娘の子達は提督に敵意を抱いています!危険すぎます!」
「なに、腹に大剣突き刺した奴を殺そうなんて奴は普通いないさ。もしいるならそれはその時。受け入れるさ。」
「それでも…!」
「これだけは、自分で言わなければならないことだ。お願いだから、やらせてくれ。」
「…わかりました。私も同行します。」
納得してくれたので早速放送をかける。今はヒトキュウサンマル。フタマルマルマルに食堂に集まってもらうことにした。
さて、そうなると食堂に行かなくてはならないのだが────
「…うぉっと」
「だ、大丈夫ですか!?だからさっき止めたのに…」
────上手く歩けない。
どうやら、右足を痛めてしまっていた。榛名に肩を貸してもらい食堂に向かう。
結局、執務室から食堂まで二十分近くかかった。
食堂の扉の前には鳳翔がいた。手だけで武生を呼ぶ。
近寄ると、耳元で囁いてきた。
「全員揃っています。ただ、気持ちは荒れているので気をつけて。」
頷くと鳳翔は扉を開けた。
死んだように静かだった食堂が一瞬ざわめく。まぁいきなり血だらけの男が艦娘に連れられて食堂に闖入してきたのだから無理もない。
とりあえず艦娘達の前まで歩いて止まった。ぐるりと見回すと、最初に世話になった龍田、遠征艦隊に入っていた阿武隈と一瞬目が合う。
────そうだ、阿武隈に遠征の報告を聞かせてもらってないな、後で聞かなくては────
「…おい」
思考は男っぽい低めの声で中断された。声のした方に首を向けると、天龍がこちらを睨んでいた。
「…お前が提督か?」
「そうだ。僕が「武生 龍城」、ここの新しい提督だ。」
「それなら、この前俺を気絶させたのも、お前か?」
《させてねぇよ、勝手に気絶したんじゃねぇか…》「ああ、そうだ。別に気絶させようとは思わなかったがな」
「嘘をつくな!人間なんていつも…!俺達を虐げて楽しんでいやがるんだ!俺達から搾取して自分の楽しみにあててやがるんだ!人間なんざ、俺たちの敵だ!」
一気に怒りを爆発させる天龍。武生は静かに聞いている。
そして、ゆっくり口を開いた。
「天龍」
「あぁ?んだよこの野郎!」
「君は本当に、僕を変哲のない人間だと思うか?」
「はぁ?んなもん当たり前だろ!人間なんかせいぜい狡賢いか、無能のビビりなだけだ!」
「そうか…『顕現』《power》」
それと同時に武生の体が燐光を発する。
光が弱まると、空手道着に艤装が同化した武生が立っていた。
「つまり僕は艤装顕現が可能だ。これはある種の特殊能力とも言える。ちなみにこの状態の時は僕は戦艦『能登』だ。」
「ふーん、で?お前も結局その能力で俺達を脅して言うことを聞かせるのか?本当に人間なんかは屑だな。」
「いや、それはないだろう。第一こいつは、艦娘には手を出せない設計だ。だから────」武生は主砲を天龍に向けた。
「そうか、お前いきなり俺を殺すのか。まぁいい、これ以上生きていても仕方が無いからな。」
「なら君にとっては残念なお知らせだ。こいつは艦娘に対して砲を発射することはできない。無論、君が深海棲艦に捕まったりした場合は、その深海棲艦を撃つことはできるがね。」
「で?そのデモンストレーションで何が言いたいんだ?」
「僕は『提督』であり、一応ここの最高責任者となる。だから、僕は命じなければならない。」
「いいさ、やれるもんならやってみろよ。それが無茶なら今この場で、大破しているお前を────」天龍は刀の鯉口を切った。
────シャッ。
「殺す」刀を抜き放ち、天龍は宣言した。
「そうか。別に構わない。要点だけ伝えるぞ。一つ目、大破している艦娘は、被害の順に入渠を行え。『バケツ』を使っていい。できるだけ早期に、艦娘の損傷を治す。二つ目、入渠の終わった艦娘や、ダメージの少ない艦娘は補給を行うこと。それと────第三艦隊旗艦、阿武隈。君は入渠と補給が終わったら執務室に来てほしい。では、解散。」
「お前は入渠しないのか?」天龍の声だった。
「最後でいい。深夜に入渠を済ませておく。」
「ふーん、どうだかな」捨て台詞のように残して、天龍は歩いていった。
「ふぅ…終わったな。」
「あまり心配させないでください。ただでさえ敵意を抱かれてるんですから…」
「だからといって引きこもっているわけにもいかないさ。今回のこれは必要なステップだ。」
「そうですか…まぁ、それならすぐ執務室に戻りましょう。」
「わかった。」
「龍田、どうする?」
「あら〜?天龍ちゃん、頭が回ってないわよぉ?できるだけ入渠を引き伸ばし、時間を稼ぐ。そして、全員の入渠完了、補給完了を確認してから殺る。金剛さんから言われているでしょう?」
「わかった。やはり、利用だけはして用済みになれば殺る作戦だな。」
「当たり前よぉ〜。人間なんて利用するくらいしか価値がないじゃないのぉ〜。あんなもの生かしていてもなんの得になるのかしらぁ?」
「そうだな、全くその通りだ。ただ、そうすると阿武隈が…」
「そうねぇ〜…阿武隈ちゃんに酷い目にあってもらうのは忍びないわぁ〜。だから、早く入渠を終わらせてさっさと殺ってしまいましょうか♪」
「分かった、急がせてくるぞ。」
最後部分に布石をw
いきなり重くなったりしますのでご了承下さい…w