ポケットモンスター縮めて“ポケモン”。
この星に住む、不思議な不思議な生き物。海に、森に、町に、その種類は100、200、300―――いや、それ以上かもしれない。
その生態は多種多様。様々な姿形をしており、さらには“技”を繰り出しバトルをすることもある。そんなポケモンと一緒に戦う、“ポケモンバトル”というものがある。ポケモンに指示を出す“ポケモントレーナー”とポケモンが共に戦い、二人三脚で勝利を勝ち取る世界共通の人間とポケモンの意思疎通の手段として存在している。
世界中で大人気のポケモンバトルであるが、中にはそれを生業としている者達もいる。中には競技として存在する大会などもあり、その代表格が『ポケモンリーグ』。
これは、各地方に存在するポケモン協会が主催しているものであり、各地方のトレーナーはこのポケモンリーグで優勝することを夢見ている。
そしてそんなトレーナーが目指すのは、優勝した先にある最強のポケモントレーナーの称号“チャンピオン”。
夢見る少年少女にとっては、憧れの的である“チャンピオン”。
そんな“チャンピオン”に憧れる少年が、此処“水の都”と呼ばれる町『アルトマーレ』にも存在する。
その少年の名は『ライト』。
***
「フフ~フフ~フフフ~♪」
「グゥ~~♪」
「フフ~フフ~フフフ~♪」
「ガゥ~~♪」
「フフ~フフ~フフ~フ~フフフフフっフフっフフ~ん♪」
一人の少年が、巨大な水色のポケモンの背に乗って海の上で釣り糸を垂らしていた。艶のある茶髪で、目は碧眼。黒いシャツの上に水色のパーカーを羽織り、下は白いカーゴパンツをはいている。そんな少年は、陽気に歌を歌っており、それに相槌を打つように巨大なポケモンも鳴き声を上げていた。
水色の竜のような姿をしているポケモンの名は『ギャラドス』。分類は『きょうあくポケモン』とされており、その性格は極めて凶暴であり、昔の文献によればこのギャラドスによって破壊された町があると言う程、凶暴なポケモン。
だが、少年の乗っているギャラドスは、そのような様子など欠片も見せない。
楽しそうに、大きな尾ひれを水面にテンポ良く叩き付けている。だが平均の高さが6.5メートルあるギャラドスのそれは、水面に大きな水柱を作りだし、辺り一面には跳ねた水滴がキラキラと太陽に照らされていた。
天気の良い日であった為、その水滴が太陽に照らされて小さな虹を生み出し、傍から見れば綺麗な光景が出来上がっていた。
しかし、一応釣りをしている少年からすれば、釣ろうとしているポケモンたちが逃げるので、少しは抑えてもらいたいと考えているのが本心である。だが、このギャラドスとは長い付き合いであり、野生の『コイキング』であった頃からであり、年月で言えば五年でといったところか。
少年が現在十二歳であることを考えると、七歳からの付き合いである。
だが、そんな長い付き合いでありながらも、このギャラドスは野生のポケモンなのである。トレーナーがポケモンを所持する―――野生のポケモンであれば、モンスターボールで捕まえるのが普通。
しかし少年は、ボールで捕まえずに野生のまま、このギャラドスと長いこと付き合っていた。
晴天の下、少年は自由気ままに釣りを楽しむ。
この海の上にポツンと浮かぶ町―――水の都『アルトマーレ』は少年の故郷であった。地方で言えばジョウト地方に所属する町であり、最も近い町はヒワダタウンである。しかし、このアルトマーレに来る一般的な交通手段は、ヨシノシティ近くから出ているフェリーだ。
海の上に浮かんでいるという特徴的な町である為、他から来た者にしてみれば目が飽きないような街並みになっている。町中に水路が張り巡らされており、それを利用して町の移動手段として小さな舟を多用している。
さらに夏になれば、水路をコースとした水上をポケモンに引っ張ってもらうレースもある。
町の中央には博物館もあり、そこには古代のポケモンの化石や、アルトマーレにまつわる伝説のポケモンの話も聞けたりする。
水と共に時を刻み、水と共に生きてきた。それが『
「おぉ~~い、ライトォ~~~」
釣りをしている少年―――ライトに、船に乗っている初老の男性が声を掛けてきた。ライトは、知っている声にすぐに振り向き、燦々と降り注ぐ太陽の光のように明るい笑みを浮かべて手を振る。
初老の男性は、髪の毛の無い日の光を反射しそうな頭で、尚且つ鼻の下と顎にたっぷりと白い髭を蓄えていた。赤いシャツに、オーバーオールをまとっている男性は、そんなライトに笑みを返しながら手を軽くあげる。
男性は、ライトの乗っているギャラドスの近くまで舟を寄せる。
「ギャラドスも一緒なのだな。調子はどうかのう?」
「グァ!」
「はっはっは! そうかそうか! そりゃよかった!」
ギャラドスが男性の問いに元気よく声を上げたことに、男性は恰幅の良い体形から高らかな笑い声を上げる。
「ボンゴレさんはどうですか?」
「儂は元気だぞ? ライトも釣りをしてるようじゃが、釣果はどうじゃ?」
「全然です!」
「はははっ! そこまで言ったら清々しいのう!」
全く釣れていない事を満面の笑みで言うライトに、ボンゴレという男性は再び大笑いする。
彼は、このアルトマーレの博物館の管理をしている男性である。普段は舟の修理工などをしており、時間のある時はアルトマーレに伝わる伝承などを伝えるために、ガイドなどもしている。
ちなみに孫が居り、『カノン』と言う少女であり、ライトよりも一つ年上だ。
「まあ釣りもいいが、もう昼じゃ。家に帰って、昼餉を済ませたらどうかのう?」
「あぁ…もうこんな時間かぁ。それじゃそうしよ! ボンゴレさん! じゃあ、また今度!」
「うむうむ、子供は元気が一番。気を付けて帰るんじゃぞ」
「はぁーい!」
ライトは大きく手を振って、ボンゴレに別れを告げる。ギャラドスに口でお願いして、海原から町の船着き場辺りまで行くように伝えた。
その気になれば水路を通って家まで行くことも可能であるが、何分ギャラドスの体が大きいため、そんなことをすればちょっとした騒ぎになる。幾ら凶暴でないと言っても、狭い通路を通るギャラドスの身を考えて、そこまではさせないというのがライトの考え。
それはともかく、ライトは家に帰るがてら地平線へと伸びている海原を眺める。何度も見た光景であるが、何度見ても飽きない景色であった。
青と白だけで塗られたような自然は、少年の心に世界の広さを教えてくれる。
ライトはアルトマーレに引っ越す前には、カントー地方のマサラタウンに住んでいた。そこも自然が豊かで空気も澄んでおり、アルトマーレに負けず劣らず自然が美しい場所であった。
だが、父が研究職の者であり、研究の一環でこの水の都に来ることになり、それに伴いライトも引っ越してきたのである。家族構成としては父と母、そして三つ上の姉が居るライトであるが、母と姉とは同居していない。
あくまで父がアルトマーレに来たのは仕事の関係であるので、仕事が終わり次第マサラタウンに帰るつもりであるため、既に家を構えていたマサラタウンから退くわけにはいかないと、母と姉が残ったのだ。
さらに姉は、ポケモントレーナーとして旅立ち、現在はイッシュ地方でポケウッドの女優をしている。時折家族団らんで過ごすこともあるので、家族が不仲という訳ではない。
ライトもアルトマーレに来た理由が、『マサラに居ないポケモンが見れる!』という子供らしいものであったので、特に家族離れ離れが寂しいということはない。
「―――っと。ギャラドス、ありがと!」
「ガァ!」
景色を眺めている内に船着き場に着き、軽やかな身のこなしでギャラドスの背から飛び降りる。
その際にしっかり労いをかけるライトの姿は、一人前のポケモントレーナーに見えるだろう。ポケモンと信頼を作るのがトレーナーとして必要不可欠のものであり、それが無ければトレーナーではないと言っても過言ではない。
ライトの労いの言葉に、ギャラドスは大きくうなずいて自分の住処へと戻っていく。コイキングの時はよく家の前の水路まで来たのだが、前述のように体が大きくなったのでそれが出来なくなっており、ギャラドス自身はそのことを結構落ち込んでいたのは、また別の話。
ライトは軽い足取りで自分の家まで駆けて行く。マサラとは違い、鼻孔をくすぐるのが土や草木の匂いではなく、潮風であることが未だに新鮮であり、冒険心を昂ぶらせる。
それも、アルトマーレが迷路のように複雑であるということが原因である。ライトがまだ来たばかりの時は、冒険心のままにあちこち歩き回って迷子になったこともある。その際にカノンと知り合ったのだが、これもまた別の話。
色彩様々な煉瓦作りの建物。潮風に晒されて変色した土壁も、古き良き町並みを現してくれて、ライトにとっては好きな光景。
わざと狭い路地裏を通ったりするライトであるが、それが理由であった。さらに路地裏にはよくポケモンたちが集まっていたりなどして、その度に観察眼を向けてしまう。
これは研究職の父を持つ血ゆえか、それとも少年故の好奇心か。恐らくは、どちらもだろう。
路地裏に居るポケモンだけでもかなりの数が居る。ポッポやヤンヤンマ。ヤミカラスやオタチなど、海上に在るとは思えない程ポケモンが多く住みついている。
これが周辺の海洋ポケモンなども含めると、さらに数は多くなるだろう。だからこそライトの父は興味を惹かれ、探究心のままにアルトマーレに引っ越してきたのだろう。
閑話休題。
駆け出して数分程で、ライトは家に着いた。海上ゆえに一つの家にそこまで大きさを取らないので、基本住民達はアパートのような建物に住んでいる。
それ故に近所付き合いも多くなり、この温暖な気候の町に似合う、暖かい人柄が生まれるのだと、ライトは子供ながらに考えていた。
「ただいま~~」
家の扉を開けて、自分の帰宅を知らせるように声を出す。だが、家には誰も居ないだろうとライトは思っていた。
それも、父が普段から研究の為に博物館の一室を丸々一部屋借りて、一日中籠っているか、船を借りて一日中海に出ているかの二択であるので、日中家に居る事がほとんどないのだ。
「おっかえり――――♡」
いや、誰か居る。
驚く間もなく、ライトは自分の背丈よりも高い少女に抱き着かれる。ライトに抱き着いた少女は、そのままありったけの力で抱きしめる。
それに抵抗するライトであったが、中々の力である為抜け出せない。
数分格闘した後、ライトは何とか少女の拘束から抜ける。そして疲弊した顔で、目の前の少女に話しかける。
「………姉さん……来るなら言ってよ……」
「ええ――!?『姉さん』って言わないでよ――――!!前みたいに、『ブルーお姉ちゃん♪』って呼んでよ―――!!」
そう言って、ライトの姉―――『ブルー』は頬を膨らませる。彼女こそ、マサラタウンから旅立ち、現在ポケウッドで女優として活躍している者。
カントー地方のポケモンリーグ出場の経験もあり、その際は三位という好成績を残した実力者である。それも三年前の話であり、現在は女優の方に力を入れており、中々の人気を博している。
それはともかく、いきなり姉が家を訪ねてきたことに、弟であるライトは多少の動揺を隠せない。
「いきなり家にいるから泥棒かと思ったじゃん……」
「ひっど――い! 大丈夫……お姉ちゃんが奪うのは、ライトの愛情だ・か・ら♪」
「弟離れして下さい、姉上様」
「さらに離れた!?」
ポケウッド仕込みの演技で、現在着ているワンピースのスカート部分を揺らめかせながら言い放ったブルーであったが、弟は遠い目で距離をとった。それにブルーは若干……否、かなりのショックを受ける。
床に手を着き、不穏なオーラを背に纏っている。
それを苦笑いで見ていたライトであったが、ブルーはすぐに立ち直り、バッと立ち上がる。
「ま、それは置いといてぇ……」
「うん。どうしたの?」
何やら言いたげそうな顔をしている姉に、ライトは首を傾げる。そんな可愛いしぐさをする弟に、ブルーは眼福とばかりに目を輝かせてニヤニヤする。
「ふふふふ……見たい?」
「何かお土産あるの?」
「そーよ♪ ライトへの、とっておきのね♪」
自分にお土産があるということに、ライトは目を輝かせる。
「なになに!?」
「ふふっ! ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャーン♪ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャーン♪」
何やらリズムを口ずさみながら、ブルーは部屋の奥へと歩いていく。そんなブルーにライトはそそくさと付いて行く。
そしてブルーは部屋の中央に置いてあるテーブルに、ライトを案内する。
そこには、布の被さっている何やら箱のような形をしている物があった。
「……ごほんっ! ジャッジャジャ―――ん!!」
「―――っ!」
ブルーは勢いよく布を引っぺがす。そして箱を開けると、そこにはモンスターボールが三つ並んでいた。
「さ……どの子がいい?」