ポケの細道   作:柴猫侍

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第十話 色々考えても最後はごり押し

 ポカポカとした暖かい日の下、二人の少年は多少整地されている道を進んでいた。整地されていると言っても、雑草が生えずに地面が曝け出されている道があるという程度である。

 町などではないため、コンクリートで舗装されていないは普通の事であろう。

 逆に考えてみると、町でないからこそこうして人が踏みしめて『道』が出来上がったのである。つまり、今迄に数えきれない程の人やポケモン達が、この道を踏みしめてきたのであり、只の道と言ってもそこには歴史がある。

 

「……そう考えてみると、一概に道って言っても、結構面白いと思わない?」

 

「そうですね! 逆に僕達が初めに歩いた道なき道が、後々に多くの人達が進む道になるかもしれないって思うと、興奮します!」

 

 こう語り合うのは、元カントーチャンピオン・レッドと、初めて旅に出る少年・ライトであった。

 会ったばかりでギクシャクするかと思いきや、意外と会話が弾み、こうしてテンポよく歩を進めていたのである。

 

 彼等が今歩いているのは、ヨシノシティから北に伸びている30番道路である。何の変哲もない、行ってしまえば普通の道路なのであるが、アサギシティまでプチ旅のような感覚でいるライトにしてみれば、これも初めての旅の一環。子供心を大きく揺さぶられるものがある。

 

 ライトがまだマサラに住んでいる頃は、ポケモンを一体も持っておらずポケモンの居る草むらなどには入ることを許されず、逆にポケモンを持っている時期にはアルトマーレに引っ越しており、草むらなどは目にしない生活を送っていた。

 そんな少年が、初めての旅の途中でポケモンが生息しているであろう草むらの近くの道路を歩いている際の、胸の高鳴りというものは想像できるであろう。

 

 ということもあり、普段よりも幾分かテンションの高いライトは、興奮気味でレッドと喋っていた。因みに、ヨシノシティに来る際に持ってきていたキャリーバッグは郵送でアサギシティに届ける為にポケモンセンターで手続きをしたので、現在は肩に掛けているショルダーバッグだけある。そのバッグにも、着替えや食料品など、様々な物が入っている為、パンパンな状態になっている。

 大分重い筈なのだが、ライトは特に気にしている様子を見せずに、会話に華を咲かせながら辺りを見渡している。

 

「そう言えば、ここら辺って結構人多いですね」

 

 ライトの言葉に、レッドも辺りを見渡す。

 まだ町を出たばかりである為、それなりに人はまだ見える。その中でも、たんぱん小僧やミニスカートなどの、ライトと同年代位の少年少女達が多く見受けられる。

 皆、己の手持ちと思えるポケモン達と遊んでいたり、所々ではバトルもしている。

 

「……次の町にはジムもあるし、特訓がてらにここでバトルしたり、ポケモンを捕まえたりっていう人も多いんじゃないかな」

 

「成程……」

 

 レッドの言う通り、二人が向かっている町であるキキョウシティにはポケモンジムがある。【ひこう】タイプを扱うジムであるキキョウジムは、リーグ公認のジムであるため、ポケモンリーグを目指す者達からしてみれば、一度は行くであろう場所だ。

 そのジムで勝つためには、やはりバトルで経験することが必要であるため、未来のライバルとも言える者達が、共に切磋琢磨しているのが、この場所であるということだろう。勿論、趣味の一環でバトルしている者も居る筈だが、強ち間違いでは無い筈だ。

 

 因みに、リーグ公認のジムは、各地方に八つ存在する。ポケモンリーグに出場するには、まずこの八つのジムに挑み、ジムバッジを全て揃える必要があるのだ。

 バッジを手に入れる方法は簡単。ジムに居る“ジムリーダー”なる存在に勝利すればいいのだが、初心者のトレーナーにしてみれば中々の鬼門である。

 ジムリーダーも、挑戦者の所持しているジムバッジの数で使用するポケモンの強さや数を調整するが、それでも中々勝てないというのがほとんどである。

 

 だからこそ、数か月以内に全てのジムバッジを手に入れたレッドやブルーの強さというのが際立つのである。

 

「なあ、お前!」

「ん?」

 

 突如、知らない少年に話しかけられ、ライトだけでなくレッドも反応する。

 振り向いた先には、帽子のつばを逆の方にして被る、元気の良さそうな少年が立っていた。服装は、辺りにちらほら見られる少年と同じで短パンである。

 

「俺、ゴロウって言うんだ! バトルしねえか!?」

 

 元気よく言いながら、ゴロウと名乗った少年はモンスターボールを見せつける様に取り出す。

 それを見てライトは、ちらりとレッドの方に振り向き、確認のようなものを取る。するとレッドは無言で頷いた為、バトルすることを了承したとライトは捉え、ゴロウと同じように腰のベルトからボールを取り出した。

 

「オッケー! 僕はライト! よろしく!」

「おう!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 互いの同意を確認した二人は、バトルの為に適当な場所に移動していた。短めな雑草が生えている至ってシンプルな草むら。

 天気が晴れなのもあり、燦々とした太陽の光が降り注ぎ、気持ちの良い場所である。見晴らしもよく、辺りに障害物になりそうな物も無い。

 もしこれがリーグ戦などであれば、いくつか設定されているフィールドの内のどれかで戦うのだろうが、今回はポケモンバトルで最も基本的なフィールドである“フラット”というところだろう。

 

 兎も角、障害物が無いというのは、トレーナーとしても実力がはっきりと出る。しかし、当の本人たちはそのような堅苦しいことを考えてはいない筈だ。

 

(お手並み拝見……)

 

 レッドは、両手の中でピカチュウを撫でまわしながら、ライトの実力を見ようと座ってスタンバイしている。

 曲がりなりにもブルーの弟。姉の才能が、弟にもあるかというのは、ブルーの実力を知っているレッドからすれば気になるところである。

 静かに見ていると、ゴロウがモンスターボールを一つ、宙に投げた。

 

「いっけー! コラッタ!」

 

 ボールの中から赤い光と共に出てきたのは、紫色の体毛を持つ、小さなネズミのようなポケモン。大きな耳と、くるんと渦巻いている尻尾。そして、口からはみ出している大きな歯が愛らしい。

 “コラッタ”。カントー・ジョウトのほぼ全域で確認出来る、誰でも一度は目にするようなポケモンである。

 見た目通りすばしっこく、その大きな歯から繰り出される一撃は、舐めて掛かった相手を痛い目に合わせることだろう。

 

(それに対してライト君は……)

「出てきて! ヒトカゲ!」

 

 ゴロウと同じく、ライトが天高く放り投げられたボールから出てきたのは、とかげポケモンであるヒトカゲであった。

 かなり身軽なのか、出てきた際に宙で一回転する様は、まるでサーカスに出ている者の如き身のこなしである。

 腕を組み、仁王立ちする姿はどこか威厳があるように思える。

 

「お願いしまーす!」

「……うん。審判は任せて」

 

 審判を任されたレッドは、右手を上げる。それと同時に、ライトとゴロウ、そしてヒトカゲとコラッタが身構える。

 

「……試合――」

「ピッカァ!!」

 

 バトルは、ピカチュウの元気のいい声により開幕する。同時に両者が手持ちのポケモンに指示を出したことにより、既にバトルが始まっていることは一目瞭然であろう。そして、レッドは上げていた右手をゆっくりと下げる。

 視線は、自分の手の中で満足気な顔をしている相棒に向けられていた。

 その視線は、どこか寂しげである。

 

「……ピカチュウ。俺の……役」

「ピカァ?」

 

 だが、可愛いので許す事にしたレッドであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「コラッタ! “たいあたり”!」

「コラッ!」

 

 ゴロウの指示を受けて、コラッタが勢いよく走りだす。目標は勿論、目の前に居るヒトカゲである。

 基本的な技の代表格である“たいあたり”は、自分の体を相手に思いっきりぶつける【ノーマル】タイプの技である。他にも【ノーマル】タイプで似通っている技で言えば、“はたく”や“ひっかく”があるが、体の一部分で攻撃を繰り出すそれらに対し“たいあたり”は体全体で攻撃を仕掛ける為、その分威力が高い。

 

「ヒトカゲ! “なきごえ”!」

 

 “たいあたり”に対し、ライトがヒトカゲに指示したのは“なきごえ”。指示を聞きとったヒトカゲは、迫りくるコラッタに対し幾分か可愛らしい鳴き声を発する。

 それと同時に、コラッタの大きな耳がピクリと動き、若干動きが遅くなる。

 だが、コラッタはそのままヒトカゲに激突する。

 

「そのまま抑えてから、“ひっかく”!」

 

 “たいあたり”をヒトカゲに喰らわせたコラッタであったが、“なきごえ”によって威力が減退した為、大したダメージにはならずに、逆にぶつかったタイミングで合わせられ抑え込まれる。

 がっちりと両腕で抑え込まれたコラッタは、あたふたとその場で足をバタつかせるが、抜け出すことが出来ない。

 そして、タイミングを見計らったヒトカゲが、目の前のコラッタに向けて右手を振り下ろし、“ひっかく”を繰り出す。

 

「コッ!?」

 

 抑え込まれた上に、タイミングを見計らって繰り出された“ひっかく”は、確実にコラッタを捉えた。小さい体で繰り出した一撃は、コラッタを数十センチ吹き飛ばすほどの威力であった。

 コラッタは、地面を滑った後に何とか立ち上がろうとする。

 

「コラッタ! 頑張れ!」

「ヒトカゲ! “ひのこ”!」

「カゲ!」

 

 コラッタにエールを送るゴロウであったが、コラッタが立ち上がる直前にライトがヒトカゲに指示を出す。

 それと同時にヒトカゲが軽く駆け、助走の後に大きく体を捻らせて火が点っている尻尾を前方に振り回した。メラメラと火が点っている尻尾の先からは、小さな火の粉が飛び出し、今まさに立ち上がろうとするコラッタに向かう。

 

「しゃ、しゃがめ!」

「コラッ!」

 

 ゴロウは咄嗟に、コラッタにしゃがむよう指示する。切羽詰った状況での指示であったが、コラッタにはしっかりと届いておりすぐさましゃがむ光景が見えた。

 ふーっと息を吐くゴロウ。

 

「――……って、尻尾尻尾!」

「コラ? ……コラッ!!?」

 

 しゃがんで胴体に“ひのこ”が命中するのを避けたコラッタであったが、くるりと渦巻いている尻尾を下ろすのを忘れ、尻尾の先に“ひのこ”が命中し、ヒトカゲのように火が点っていた。

 尻尾の先の熱に驚いたコラッタは、我を失いその場をぐるぐると走り回る。やがて火が消える頃には、コラッタは走り回った故に疲れ果て、その場で目を回して倒れ込んだ。

 

「……コラッタ、戦闘不能。勝者、ヒトカゲ」

 

 審判をしていたレッドが、コラッタの様子を見てバトルの継続が無理だと悟り、ライトが居る側の手を上げて、勝者を示す。

 レッドの前では、レッドの動きに合わせる様に短い腕をプルプルとなるまで上げているピカチュウの姿が見受けられる。

 

 レッドの言葉を聞いたヒトカゲは腕を組んで、さも『当然!』というような態度をとる。そんなヒトカゲに向かってライトは駆け出し、目の前でしゃがんでヒトカゲを撫でる。

 

「ヒトカゲ、ナイス! いいバトルだったよ!」

 

 ライトは、頑張ってくれた自分のパートナーに労いの言葉を掛ける。

 

(……うん、中々……)

 

 微笑ましい光景を見ながらレッドはうんうんと首を頷いていた。

 それは、今のバトルの流れを見ての事であった。傍から見れば、初心者同士の迫力が欠けるバトルであったが、レッドからしてみればかなり出来上がっていた試合に見えていた。

 コラッタの“たいあたり”をヒトカゲの“なきごえ”で威力を下げ、確実に捕えた状態で放った“ひっかく”で吹き飛ばす。それに伴い、止めの一撃である“ひのこ”を放てる距離を取っていた。

 

 まだまだ技のレパートリーが少ないため取れる手段が少ないが、その上で的確な手段を選びとっていた。

 これがもしヒトカゲがリザードンで、相手が同レベルのポケモンであったら、迫力満点のバトルになったろうと、レッドは一人で思っていた。

 

(この先が楽しみ……)

「ピカ? ピ~カ~チュ」

「……ピカチュウ。痛い……」

 

 じっとライト達を見つめていたレッドだが、動かないレッドを不思議に思ったピカチュウがレッドのほっぺたを摘む。そのまま横に引っ張るため、傍から見るとかなり間抜けな状態になる。

 その間にも、ライトとゴロウは互いの健闘を称え合い、握手していた。

 

「いや~、ライト結構強いんだな。見直したよ」

「へへっ、ありがと!」

「そういや、ここら辺で見かけない顔だけど、どこ住みなんだ?」

「アルトマーレ! だけど、カロスに留学しに行くから、アサギまで向かうつもりなんだ!」

「へぇ~!留学か!すげえな!」

 

 短いバトルであったが、二人は既に意気投合していた。トレーナーたちの足元では、先程まで戦っていた手持ち達が仲良さげに触れあっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「じゃ、ライト! 留学頑張れよ! 応援しているからな!」

「ありがと、ゴロウ! またね!」

 

 暫く話し合っていた二人であったが、ゴロウは諸事情により帰ることになった。その際にゴロウはライトに激励の言葉を送り、手を振りながらヨシノシティの方向に歩いていった。

 それに対しライトも手を振り、足元に居たヒトカゲも手を振っていた。

 別れを見送ったレッドはゆっくりとライトの下に近付いていく。

 

「……お疲れ」

「あ、レッドさん。すいません、時間取らせてしまって……」

「ううん。いいバトルだったと思う…」

「ほ、ほんとですか!?」

 

 レッドの言葉に、ライトは照れて頭を掻く。

 

「……まあ、それも歩きながら話そうか」

「は、はい!」

 

 ハッとしたライトは、ヒトカゲに労いの言葉を掛けた後にモンスターボールに戻し、キキョウシティの方向に体を向けた。ライトの顔は満足気であり、まだ笑顔が抜けていない。

 そして再び、ゆっくりと晴天の下歩き出すのであった。

 

 旅はまだまだこれから。陽気にゆっくり、一歩ずつ。

 


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