「いやぁ、レッド君のポケモン達が力持ちで本当に助かります」
「……ありがとうございます」
Yシャツを腕まくりして、キャンプに必要な機材を外に運ぶトレーナーズスクールの教師。
その中に混ざるレッドは、中々重い機材を効率よく運ぶために自分の手持ち達を動員させていた。
現在彼らが居るのはオツキミ山の麓にあるキャンプ場だ。今回のサマーキャンプはこのキャンプ場で開かれる。
「今頃生徒達はニビシティをバスで回ってるんでしょうね」
額に汗を滲ませる男性教師はYシャツの袖で汗を拭いながら、今キャンプ場に居ない生徒達の動向を口に出した。
朝早くからトキワシティからバスで出発し、次にニビシティの博物館を巡ったりしてからキャンプ場に着く手筈となっている生徒達。このキャンプ場に到着するのは昼過ぎといったところか。
「ふぅ……あっ、レッド君。ちょっといいかな?」
「はい?」
「キャンプの機材を全部運んだら、ちょっと他に手伝って欲しいことがあるんですが、大丈夫かな?」
「どんなことでしょうか?」
「いやぁ……生徒達に頼まれてしまったことでね。ははっ、でも大したことはないさ」
「……?」
生徒達に頼まれたこと。
一体それはなんなのか気になるが、百聞は一見にしかず。とりあえず頷くよりほかに選択肢はないだろうと考えたレッドは、『わかりました』と告げるのであった。
***
『今日は天気にも恵まれ、絶好のキャンプ日和ですね。元々このサマーキャンプは、我が校の先々代の校長が―――』
校長の話というのはいつの時代になっても長いものだ。
芝生の上に体育座りになって聞く体勢に入っている生徒達だが、実際真剣に聞いている生徒がどれだけいるか。
バスで長時間揺られ、生徒によっては既に疲労がMAXの者もいるだろう。
しかし、そのような彼等もトレーナーであるが故に、校長の最後の一言で一気に眠気が遥か彼方へと吹き飛んでいく。
『それではサマーキャンプ恒例、ポケモンバトル大会を開会することを宣言します!』
正直このバトル大会をメインと思っている生徒も少なくなく、その一言で多くの生徒達が歓喜の声を上げる。
「はぁ~い! じゃあ皆、バスで配ったクジの人とグループになるようにね~!」
『はーい!』
女性教師が手を叩き、早速グループに別れるよう知らせる。
すると生徒達は、俊敏な動きをしながら自分のクジの番号を口にし、パーティを組むことになる生徒を探し始めた。
仲が良い友人と組むことになる者達も居れば、普段はそれほど関わりを持たない者と組む者達も居る。
しかし、これを機にどんどん仲良くなっていってもらいたいというのも、このバトル大会の主旨の一つだ。
(あの子は……)
ミヅキを気に掛けざるを得ないレッドは、ワラワラと集まっている生徒達の中から、特徴的な赤いニット帽を被る少女をすぐに見つけることができた。
「えっと、よろしくね……」
「う、うん」
「よろしくね……」
会話がぎこちない三人だ。
恐らく今迄接点がなかったのだろうというのが丸わかりな会話。ミヅキと組むのは、おさげの女の子と、眼鏡を掛けた至って真面目そうな男の子。
(……不安だ)
コミュニケーションが苦手なレッドから見ても、不安な三人組だ。あれでチームとしてのコミュニケーションがとれるかどうか不安だが、条件としては他のチームも同じだ。
気にし過ぎであると自分に言い聞かせながら、レッドは昼間に用意した物の事を思いだす。
(まあ、ここは第三者として見守ってあげよう……)
出来るだけ隔たりなく接する立場を貫きたいレッド。
今日は黙って観戦しようというオーラを身に纏いながら、和気藹々としている生徒達を眺める。
『それじゃあまずは1番のチームと6番のチームからバトルを始めま~す!』
「……あっ、6番ってあたし達だ!」
始めの試合のマッチングが自分達のチームだと分かったミヅキは、驚いたように声を上げながら、同じく驚いた様子の1番のチームの生徒達を見遣る。
校長の開会宣言から興奮冷めやらないままのミヅキは鼻息を荒くしたまま、ゴンベの入っているボールをギュッと握りしめてバトルコートのある方へと突き進んでいく。
勇み足でコートへと向かう彼女の背中を追っていくチームメイトは、若干オドオドした様子だ。
最後の思い出作りに気合いを入れている彼女に気圧されたといったところか。
しかし、そんなプレッシャーをチームメイトに与えているとはいざ知らず、ミヅキは逆にチームメイトに迷惑を掛けないよう内心ドキドキしている状態だった。
「よーし、頑張ろう!」
他人が思っていることなど眼中に入らない程。
「皆、並んだね? じゃあ、コートの線に並んで……よろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
スポーツを始める前の整列のように並んで始まりの挨拶を交わす二つのチーム。
子供らしく元気且つ大きな声を発した後は、誰からポケモンを繰り出すかのかを決める為に話し合う。
といっても、相手がどう出てくるのかなど知った事ではない為、大抵はじゃんけんできまる場面だろう。
実際生徒達はすぐさまじゃんけんを行い、先鋒をすぐさま決定する。
順番も決まり、先鋒のポケモンも繰り出された所で、審判を務める教師は見計らうかのように一歩前へ歩み出して張りのある声を上げた。
「決まった? じゃあ、これより1番のチームと6番のチームのポケモンバトルを行います! それでは、バトル開始!」
『いぇーい!』
『いっけー!』
「イシツブテ、“たいあたり”!」
「ニョロモ、“あわ”攻撃!」
生徒達の歓声が山中にも響く中、バトル大会の初戦の幕が切って落とされた。
「がんばれっ! がんばれっ!」
自分のチームの応援をしっかり努めようとするミヅキ。
じゃんけんの都合上、最後になってしまったミヅキは若干の安堵を心に覚えながら応援に励む。何故安堵を覚えているのかと問われれば、それは勿論、自分の前二人がもしかしたら自分が出るよりも早く相手を倒してくれるのではないかという希望的観測を抱いたからだ。
しかし、現実はそう甘くない。
「イシツブテ、戦闘不能!」
「あっ……ド、ドンマイドンマイ!」
自分のチームの一人が負けたことにあからさまにシュンとした表情を浮かべる。
だが、まだ巻き返せると普段以上に張り切って声を上げて、応援に徹しようとした。
「ファイト! ファイト! ファイ、ト……」
我武者羅に声を上げ続けるが、次第に自チームのポケモンが劣勢に陥っていくのを前に、声が尻すぼみしていく。
そして―――。
「ロコン、戦闘不能!」
(うあぁ……残りがあたし一人……)
味方が二連続ニョロモ相手に敗北を喫したことに、ミヅキの表情はどんどん険しいものへと変わっていく。
そして心なしか、キリキリと胃が痛み始めるのを感じた。
自チームがゴンベ一体であるのに対し、相手はまだ三体健在。ここから巻き返すのは至難の業だろう。
(はぁ、これじゃ勝てないよ……ううん! ダメ、ミヅキ! ここでへこたれちゃ!)
「ゴンベ! 出てきて!」
「……ゴ~ン?」
「ゴンベ! 勝てたら、ご飯大盛りにしてあげるよ!」
「ゴンッ!? ゴ~ン!!」
(よし! ご飯作戦成功!)
数日前、サラッと教えられた言う事を聞かせる方法を実践するミヅキ。
反応は上々。これであれば言う事を充分に聞いてもらえるだろうとミヅキの期待は膨れ上がってきて、『もしかしたら』という場合も脳裏を過る。
「行くよ、ゴンベ! “たいあたり”!」
「ニョロモ、“さいみんじゅつ”!」
「ふぁっ!?」
やる気十分なゴンベに“たいあたり”を指示する。
しかし、次に瞬間にゴンベは、ニョロモが繰り出した“さいみんじゅつ”によって夢の中へと落ちていく。
期待を胸に抱いた状態からの【ねむり】だ。この落差はミヅキをメンタルブレイクさせる足り得るインパクトを有していた。
まだバトルは終わっていないにも拘わらず、ミヅキの目尻にはじんわりと涙が溜まっていく。
しかし、これも授業の一環。投げ捨ててはいけないという責任感を一身に背負い、腹をボリボリと掻きながら眠っているゴンベに声を投げかける。
「ゴンベ~! 起きて~!」
「チャンスだ、ニョロモ! “おうふくビンタ”!」
必死に呼びかけるも、ゴンベが起きる気配は一向にない。
その間にもチョコチョコとした足取りで、ニョロモがゴンベの下へ駆け寄っていく。
「えっと、あぁ~……あっ、そうだ! ゴンベ、“ねごと”!」
何か対抗する手立てがないか。
今迄授業で習ったことのある知識を掘り起こしていたミヅキは、【ねむり】状態でも繰り出すことのできる技を思い出し、藁にも縋る想いでゴンベに指示を出す。
【ねむり】状態の時、覚えている技をランダムで一つ繰り出すのが“ねごと”だが、一体ゴンベが何を繰り出すのか―――。
「グ~~~ッ!」
「ニョロッ!?」
「あぁ、ニョロモ!?」
徐に飛び上がりニョロモの“おうふくビンタ”を繰り出すための尻尾を避けるゴンベ。それだけに留まらず、ダイブするかのようにニョロモに全体重を掛けて“のしかかり”、周囲に激震を走らせる。
「ニョロモ、戦闘不能!」
「おおっ! やったね、ゴンベ!」
「グ~……グ~……」
「……まだ寝てる」
依然【ねむり】のままのゴンベだが、今迄のことを鑑みると相手を一体倒せただけでもかなりの健闘だと言える。
できればこの勢いのまま勝ち進んでいきたいと考えるミヅキであったが、次に相手が出してきたポケモンを前に目を点にさせた。
「やっちゃえ、ムウマ!」
「あっ」
察し。
【ゴースト】タイプであるムウマには、先程ニョロモを一撃で伸した“のしかかり”が喰らわない。
もしかしてもしかすると詰んでしまったのではないか。
「ムウマ、“のろい”!」
そんなことを考えている間にも、相手はゴンベに“のろい”を掛けてくる。使用したポケモンのタイプが【ゴースト】タイプかそれ以外で変わる“のろい”だが、【ゴースト】であるムウマが使った場合には、自分の体力を半分削って相手に呪いを掛けるという効果になる。
呪い―――時間が経つたびに体力が減る状態変化の一つだ。その体力の削り幅は【どく】や【やけど】の比ではない。
自チームが残り一体となった時に、こうして呪いを掛けてくるのは戦略的に正しいことなのだろうが、やられている側からすれば堪ったものではない。
一刻の猶予も無くなってしまった今、ミヅキにできるのは攻撃の指示を出すのみだ。
「ゴンベ、“ねごと!」
心の中で【ノーマル】や【かくとう】以外の技が出る様に祈り続ける。
もしかすれば、“のろい”を繰り出したことにより既に体力が半分削れているムウマを一発KOできるかもしれない。
淡い期待だが、今はそれに賭けるしかないのだ。
「グ~! グ~!」
「!?」
徐に走り出したゴンベがムウマの眼前まで迫ったかと思えば、大口を開けたゴンベが厚く広い舌を出し、ムウマの顔をベロリと一舐めした。
―――“したでなめる”
【ゴースト】タイプの技だが、【ドラゴン】に【ドラゴン】が効果抜群であるのと同じように、ムウマに効果抜群な技だ。
飴を舐める感覚でムウマを舐めるゴンベは、夢心地なままムウマを掴み、ベロベロと舐め続ける。
呪いで体力を削られ、若干苦しそうに顔を歪めることもあるが、夢の中で巨大な飴を舐め続けているのだろう。ムウマをがっちりと掴んだまま舐めるのを止めない。
暫しゴンベがムウマを舐め続けるというシュールな光景が続き、途端にムウマがぐったりと首を垂れる。
「ムウマ、戦闘不能!」
『わぁ~~~!』
相手チームの二体目をも倒すという大健闘を見せたゴンベに、観戦している生徒達の歓声が一層大きくなる。
それに伴い、ミヅキの心の昂ぶりも最高潮へと達した。
(あと一体……もしかしたら―――)
しかし、その希望的観測はすぐに潰えた。
「ゴ~ン……」
「……あれ? ゴンベ?」
ムウマが倒れると同時に、ドサリと前のめりに倒れ込むゴンベ。
まだ寝ているのかと思い『ゴンベ~』と呼びかけるも、いびきさえも帰ってこない。
その様子にどうしたものかと審判の女性教師がゴンベの下まで歩み寄り、うつ伏せになっているゴンベの顔を覗き込んだ。
「……ゴンベ、戦闘不能!」
「……えっ?」
教師の言葉が信じられず、思わず駆け出してゴンベの下まで近づくミヅキは、うつ伏せになりながら目を回しているゴンベの姿をはっきりと目の当たりにした。
―――あぁ、“みちづれ”かぁ……
ふと辿り着いた答えが脳裏を過り、どこか達観したような気分になる。
これで自チームのポケモン三体が全員倒れたことにより、ミヅキ達の敗北が決まった。しかし、余りにも呆気ない終わり方にミヅキはどこか茫然としながら、倒れたゴンベをボールへと戻した。
横で教師が『よく頑張ったね』と笑顔で励ましてくれるも、ミヅキはどこか上の空だ。
(そっか……これで、終わっちゃうのかぁ)
***
バトル大会は滞りなく進行した。勝てば喜び、負けては悔し涙を流し、最終的には最も勝ち進めた組を褒め称えるところまでやってきて、漸く終了する。
メインともいえる催し物が終了すれば、時刻はもうそろそろ夕方といったところ。
頑張った分腹を空かせた生徒達が、自分達の力で夕食を作る為懸命に励んでいる頃、レッドはバトルコートの整備をしていた為何を作っているのかは窺えなかったが、漂ってくる香りでカレーであることは予測できた。
子供であれば大好きであろうカレーの香りを嗅ぎながら、手持ちのポケモン達とバトルコートの地ならしをするレッド。
終わった頃にはカレーも出来上がり、美味しそうな香りに誘われるようにレッドも食卓の席に着く。
そして代表の生徒が『頂きます』のコールをすれば、他の生徒達も一斉に復唱し、目の前に並ぶカレーにがっつくのであった。
自分にもこのような頃があったようななかったような―――と考えるレッドは、生徒達が一生懸命作ったカレーを頬張る。
(……甘口だ)
甘口のカレーなど久しく食べていなかったレッドは、小さい頃好き好んで食べていた味をもう一度味わい、自身の成長に伴う好みの変化を実感した。
(今ならわさびを食べられる気がする)
そのような他愛の事のない考え事をしながらどんどん食べ進めながら、生徒達の様子も窺う。
相当腹を空かせていたのか、ほとんどの生徒がレッドよりも早くカレーを食べ進め、既に食器を片づけようとする者達も多く見受けられる。
その中、ゆっくりと食べ進めている者は目立つものであり―――。
「ミーちゃん、具合悪いの?」
「……え? う、ううん! すっごいお腹減ってるよ!」
「そ、そう……?」
カレーを口に運ぶためのスプーンの動きが止まっていたミヅキに、友人の一人が心配そうに声を掛ける。
対してミヅキは、ハッと我に返りニカッと笑みを浮かべ、残ったカレーを一気に口の中へかきこむ。
ミネズミのように頬を膨らませたミヅキは、熱々のカレーを数度咀嚼し、ゴクンと音を立てて飲み込んだ。その食べ方には見ていた友人たちも唖然とした。
「ふぅ……お腹一杯! 皆、食べ終わった? あたし食器係だから洗いに行くよ?」
「じゃあお願いね!」
「うん、まかせて!」
食べ終わった者の食器を自分の食べ終えた食器に重ね、洗い物をする為の場所へと向かって行くミヅキ。
手際よく集めた食器を抱えて走る彼女の背中はどこか寂しげで、何かを急いでいるように見える。
「(―――ッド先生。レッド先生)」
「……ん?」
「(先生! 委員の人がもう準備に行ってるので、先生もお願いします!)」
「ああ、なるほど……じゃあ、行ってくるよ」
「(よろしくお願いします!)」
この一か月何度も見たことのあるクラス委員の生徒が声を掛けてきた事に対し、レッドは『よっこいしょ』と年寄りのように呟いて立ち上がり、コテージがある方向へ駆け足で向かって行く。
準備といってもバトル大会が始まる前には大方終わったことから、最終チェックといったところだ。
チラッと遠くの方を見れば、食器係の生徒達が洗い物をしているのが見える。勿論、ミヅキの姿も―――。
(よし……全く気付いて無さそう)
肝心の人物がこちらに全くといっていい程気付いていないのを確認したレッドは、忍び足でコテージの中へと入り込む。
これから始まる大事なレクリエーションを開くための部屋を目指して。
***
「お皿はここに戻してっと……あれ? 皆は?」
「ん~? 七時からレクリエーションがあるから、コテージの107号室に集まってるはずだよ? 私達も急ごっ!」
「レクリエーション?」
(そんなのあったっけ……?)
夕食の後のレクリエーションなど耳にしていないミヅキは、自分がサマーキャンプのしおりに書かれている日程を確認し忘れたのかと考える。
しかし、さほど気にした様子を見せないミヅキは、『早く早く!』と声を高らかに自分の事を呼び寄せる友人の後を笑顔で追いかけていく。
「ちょっと早いよ~!」
「こっちこっち! ほら、急いで!」
「廊下走ったら先生に怒られるよ~!?」
こんな他愛のない会話を交わせるのも数える程度しか残っていないと思うと寂しくなる。
だが、それを表情に出してしまえば、友人達の思い出の中の自分が黒く塗りつぶされてしまいそうで、必死に堪えて笑顔を取り繕う。
そのような事を考えている間にも、軽快な足取りで皆が集まっているという部屋の前までたどり着いたミヅキ。
友人に『ほら、開けて!』と何故か扉を開ける様催促されたミヅキは、首を傾げながら灯りのついた部屋の扉を開ける。
すると―――。
パァン!
「ふぇ!?」
突然鳴り響くクラッカーの音と、自分の頭に降りかかる色とりどりの紙に驚く。
部屋中を見渡せば、撃ち終えたクラッカーを手に持ったクラスメイト達の姿と教師達の姿があり、全員がニコニコとソーナノのように目を細めて笑っているのが見えた。
何が何だか分からないとミヅキがオドオドしていると、クラス委員の一人である女子生徒が、四角い色紙のような物をミヅキに差し出す。
そこには、小さかったり大きかったり細かったり太かったりと、個性豊かな文字体で書かれた文章が所せましと書かれていた。
「あ、え、これ……」
「皆で引っ越しちゃうミヅキちゃんの為に、色紙に寄せ書き書いたの! 受け取って!」
「えっ……あ、ありがとう……」
「そしてこれから始めるのは、ミヅキちゃんとの最後の思い出を作る為のお楽しみ会でーす!」
呆けるミヅキの片手を手に取って、バッと掴んだ手を上に掲げてみせる女子生徒。
次の瞬間、教室は大歓声に包まれ、余りの歓声に部屋全体が揺れるような感覚さえ覚えることができる。
その部屋の隅に佇むレッドは、自分なりに盛り上がりを表現しようと腕を掲げていた。
因みにレッドやクラス委員がしていた準備とは、ミヅキのお別れ会兼お楽しみ会を開くために必要な椅子やテーブル、部屋の飾りつけなどなどキャンプの機材運びに続く力仕事のことである。
かなり体力を使う準備であったが、今この和気藹々とする雰囲気を見れば、報われたような気分になることができたレッドは柔和な笑みを浮かべた。
「うっ……みんなぁ、ありがとう~~~……!」
「ほらほら泣かないで! これから楽しいお楽しみ会の始まりなんだから!」
「う゛んっ!」
自分と最後の思い出を作る為の場を、わざわざこうして作っていてくれていた。
自分がバトル大会で必死に思い出を作ろうとしていたのが、次第に馬鹿馬鹿しく思えてきたミヅキは、泣きじゃくった顔を浮かべながら皆の輪の中へと入っていく。
温かく迎え入れてくれる友人達の下へ。
最後の思い出を作る為に。
***
後日、トキワシティのとあるファミリーレストラン。
とある席に座る三人組は各々が頼んだ料理を口に運びながら、とある話をしていた。
「……で、お前がその観戦する為のチケットを手に入れたから俺たちに来い、と」
「ええ、そうよぉ~! こうして三人分ね!」
「ほ~う……」
面倒くさそうに頬杖をつくグリーンの向かい側の席では、つい先日カントー地方に帰ってきたブルーがチケット握りしめて熱く語っていた。
はぁ、と溜め息を吐くグリーンの横では終始無表情でジュースをストローで啜るレッドが居る。
彼女が手にしているチケットとは、今年のカロスポケモンリーグの観戦席のものであるが―――。
「あのなぁ、ブルー。まだ予選も始まってねえんだろ? 幾らバッジ八つ集めたからって、本選のチケット買うなんて馬鹿じゃねえの?」
「あ゛ぁ?」
「悪い」
「……まあ、許してあげるわ。ねえ、レッドは来るでしょ!?」
「バイト期間が終わってフリーだから……行けるはず」
「ほら! レッドもこう言ってるんだから、グリーンも来なさいよ!」
幼馴染をどうしても弟が出場する大会に呼びたいブルー。
レッドは行けると口にしたが、グリーンは難色を示したままだ。
「俺も仕事がなぁ……ジムリーダーも暇じゃないんだぜ?」
「えぇ~!? 買ったんだから来なさいよ! あと、あんたが昔カロスに行ったの知ってるんだからね!? 向こうを案内してよぉ~!」
「お前だってこの前行ったっつってたじゃねえか。お前らだけで行きゃあいいだろうがよ」
「チケットだって安くないのよぉ~!? 来てよ~!」
「行かねえって」
「来てったらぁ~!」
「行かねえ」
「来い」
「頑張ってスケジュール合わせるわ」
「もう、素直じゃないんだからぁ~♡」
(女って怖ぇ~……)
最後のドスが効いた声に屈したグリーン。
グリーンが行くとしったら打って変わって『きゃぴ☆』と笑顔を浮かべるブルーであるが、幼馴染にしてみれば恐怖の対象でしかない。
現にレッドは、今の声で啜っていたジュースが気管に入り、勢いよく咽た。
「げほっ……ねえ、ブルー。カロスって飛行機で行くの?」
「勿論でしょ! なぁに? もしかして飛行機が怖くて乗れないとか?」
「……そんなんじゃないけど」
「けど?」
「……元気かなって」
***
一年中燦々と降り注ぐ太陽の光によって温暖な気候となっているアローラ地方。
主に四つの島から成り立つアローラ地方の内に、『カプ・テテフ』と呼ばれる土地神が住んでいるアーカラ島がある。
観光名所となっているのは、ミルタンクやケンタロスが大量に飼育されている『オハナ牧場』。そして活火山の近くに存在する『ヴェラ火山公園』だ。
他にも『せせらぎの丘』や『シェードジャングル』と呼ばれる場所もある。
これらのように自然溢れるアーカラの土地において、首長―――島キング・ライチが住むコニコシティに、今日一人の少女とその家族が引っ越してきた。
赤いニット帽を頭に被り、ゆったりとしたシャツを身に纏い、パステルカラーの緑のホットパンツを穿いた少女は、新居に運ばれる段ボールを遠目から眺める。
「わぁ……おっきいおうち」
「ミヅキ~?」
「ん? は~い! なあに~!?」
「ちょっと荷物運ぶのに時間かかるから、近くの広場で遊んで来たら~!?」
「わかったぁ~! ようし、行こ! ゴンベ!」
「ゴ~ン」
母親の言葉にグッと拳を握りしめて、この新居にやって来る途中に見かけた広場へダッシュで向かうミヅキ。
(あそこでピカチュウ踊って可愛かったなぁ~!)
その広場では、三体のピカチュウがトレーナーが指示するテンポに合わせて、愛らしい踊りを見せていたのだ。
願わくば、近場でそのピカチュウ達の事を眺めたいと思うミヅキであったが―――。
「あっちゃぁ。もう居ないよぉ……ん?」
「ゴン?」
ダンスを踊るピカチュウたちが居ないのを確認したミヅキは肩を落とすが、その代わりにとある場面に遭遇した。
自分より少し年上に見える子供達が広場でポケモンバトルをしているという場面だ。
一人は筋肉質で半裸の少年。
一人は釣竿を片手に持つ青髪の少女。
最後に、緑髪で褐色肌の少女だ。
彼等が行うポケモンバトルに目をとられていると、その視線に感じたのか、観戦していた緑髪の少女がスタスタと近寄ってくる。
「君、ここら辺じゃ見かけない顔だね。どうしたの?」
「あっ……今日、この街にカントーから引っ越してきて……」
「えっ、ホントッ!? カントーから来たんだぁ~! 遠かった!?」
「それなりに……」
「ほおほお! ねえ、カキ! スイレン! こっち来なよ! ……あっ、そう言えば名前訊いてなかったね。名前は?」
「ミ……ミヅキ!」
「ミヅキちゃんって言うんだぁ! アタシ、マオって言いまっす! まあ、引っ越してきたのに色々訊くのもあれだと思うけど、これだけ言わせて!」
「へ?」
「―――アローラ地方へようこそ!」
こうして、とある南国の島の一角で少女の新しい生活が始まるのだが、それはまた別の話。
次回からポケモンリーグ編、開幕です。