ポケの細道   作:柴猫侍

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第九十六話 夏休みは入る前が盛り上がりのピーク

「ここがスタジアムかぁ……!」

 

 眼前に佇む巨大なバトルスタジアム。近くに寄れば、その巨大さ故に全貌が窺えない程だ。

 彼―――ライトの眼前に佇むのは、今年も行われるカロス地方ポケモンリーグが開催されるミアレスタジアムだ。

 

 八つのジムバッジを集め、紆余曲折あったがなんとかミアレシティまで戻ることができたライトは、地図を頼りにこのスタジアムまでたどり着くことができた。

 

「……あれ、コルニは?」

 

 ふと、今迄旅を共にしてきた少女が居ない事に気が付いたライトは、辺りをキョロキョロと見渡す。

 今日は大会に出場する為だけの日であるにも拘わらず、スタジアムの周囲には移動式の売店などが多く立ち並んでいる。

 大方どれかの店に並んで食べ物でも買っているのだろうと呆れながら予想していると、ふと近くから香ばしい香りがライトの鼻腔を擽るように漂ってきた。

 

ふぁいほ(ライト)! ひはへふぁへっほ(ミアレガレット)!」

「……何個買ってきたの?」

ふぁふふぁん(たくさん)!」

 

 口にミアレガレットを詰め込みながらやって来たコルニは、手元にガレットがたくさん入った紙包みをライトに差し出す。

 明らかに二人分ではない量だが、ポケモン達の分も入っていると思えば適量(のはず)だ。

 厚意に甘えて一つ口に頬張ったライトは、久し振りに食べたガレットに舌鼓を打ちながらスタジアムの方へと向かう。

 

「受付って何時からかな……」

ほひふはははふぁふぁひ(お昼からじゃない)?」

「飲み込んで。お願いだから飲み込んで」

ふぇんふぅ(川柳)?」

「川柳じゃないから! はい、お水!」

「んっ……んっ……ぷはぁ! ふぅ……お昼からじゃない?」

 

 自身の水筒を手渡して、無理やりコルニの口の中の物を流し込ませたライト。

 コルニ曰く『お昼から』だが、

 

「まあでも、早いに越したことはないよね」

「そうだね! それじゃあ早速受付に行ってみたら?」

「うん。受付はどこかなぁ……」

「―――あっ、ライトじゃないか」

「ん? この声は……」

 

 聞いたことのある声。

 徐に振り返れば、金髪を靡かせて穏やかな笑みを浮かべる少年が、隣にカメックスを連れて佇んでいた。

 

「デクシオ! 久し振り!」

「久し振りだね、ライト」

「ここに来たって事は、デクシオも?」

「勿論、僕もバッジを八個集めたよ……言うなれば、ポケモンリーグの出場権を得たという事だね。一先ずは予選だけだけれど」

「そうだね」

 

 共に旅を始めた友人もバッジを八個集めたという事実に、ライトもデクシオも互いの健闘を讃えるかのように握手を交わす。

 グッと握りしめた手は、初めて握手を交わした時よりも逞しくなったように感じる。

 柔和な笑みは、好戦的な笑みへ。

 頂点を目指す以上、友人であれどライバルの一人だ。

 

「……もしバトルすることになったら、手加減無しでね」

「言われなくても」

「へへっ」

 

 デクシオの左腕に嵌められている白いメガリング。予選か、それとも本選か。いずれかでメガシンカさせるというのは目に見えているが、恐らくメガシンカさせるのはカメックスだろう。

 だが、ここで既にデクシオの対策をするのは早計か。

 

「デクシオはもう受付は済ませたの?」

「いいや、まださ。折角だから一緒に行くかい?」

「そうしよっか」

「―――お待ちなさいな!」

 

 聞いたことのある声(テイク2)。

 振り返る三人の視線の先には、ゴーゴートの背中に悠々と座りながらライト達の方へとやって来るジーナが居た。

 よくあの場所から自分達の所まで澄み渡る声を発することができたものだと、半ば呆れ気味で苦笑を浮かべるライト。

 

(速度が遅い……)

 

 思っている以上に距離を詰めてこないゴーゴート。焦らされているような気分はライト達だけではなく、乗っている当人であるジーナさえもだったらしく、我慢ならず途中で降りてこちらに早歩きでやって来た。

 

「ごほん……ボンジュール! あなた方は元気でやっていて?」

「ジーナ、久し振り。調子は?」

「まあまあですわ! ジムバッジもこの通り!」

 

 鼻を鳴らしながら、自信満々にバッグからバッジケースを取り出し、中に納められている八つのバッジを見せつけてくるジーナ。

 こうして同時に旅に出た三人全員がバッジを集め切れたということになる。

 どこか感慨深くなりながらスタジアムの方へ視線を向ける三人は、スタジアムの外側からでも窺えることができる聖火台を見つめた。

 

 あの聖火台に火が点った時―――それはつまり、

 

「お互い、本選まで残れるよう頑張ろう」

「そうだね」

「勿論ですわ」

『ポケモンリーグに出場なさる方~~~! 受付、残り三十分となっていま~す!』

「「「っ!?」」」

 

 この後、全力疾走で受付にいったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ホロキャスター……ですか?」

「はい。今回の大会から大会用のホロキャスターが貸出されることになっています。予選の組み合わせや、スタジアム内の地図、予選や本選開始前にアラームが入って選手の方々にお知らせするなど、便利な機能がたくさんついています」

 

 受付の女性からホロキャスターを受け取ったライトは、メガリングを嵌めていない右腕に手渡されたホロキャスターを装着した。

 どうやら今回の大会からスポンサーにフラダリラボが入っているという理由から、商品宣伝も兼ねて選手の者達に主力商品であるホロキャスターを貸出しているということらしい。

 カロス版のポケギアといったところだが、性能だけで言えばホロキャスターの方が数段上だ。

 最先端を行ったような気分になるライトは少々愉悦な表情を浮かべながら、早速電源を入れてみる。

 

「おぉ~」

「抽選が終わり次第、何時何処に居ても対戦相手を確認できるようになっていますので、是非ご使用なさってください」

「あのう……使用ポケモンの登録とかは?」

「試合に使用するポケモンの登録についてですね? そのことについてでしたら、大会に伴って配布されるパンフレットに詳しい事が記載されています。手短に説明致しますと、本大会では予選開始前に手持ち六体を登録することになっております」

「六体だけですか?」

「いいえ。登録した六体を入れ替えは何時でも可能となっております。本大会では使用ポケモンの上限に関する規定はございませんので、何体入れ替えをしても大丈夫です。それと一つ注意点を。予選、そして本選準決勝以前の試合では登録した六体の内、使用ポケモンを事前に選択する必要がございます。予選等で、使用ポケモンの変更をする場合には、予選毎の間の時間にスタジアムに設置されているパソコンで選択の変更をお願いします」

「成程……分かりました。ありがとうございます!」

 

 それなりに掻い摘んで説明してくれたであろう女性にお辞儀をしてから、スタジアムのパソコンへと向かうライト。

 パソコン台の下には、通常転送装置として使用されるボールを置く場所が存在するが、使用ポケモンの登録は其処から行われる。

 

(……ようし)

 

 腰のベルトに装着していたボールを取り出し、六個全てを台の窪みに装着する。

 それからパソコンを少々弄り、トレーナーパスを翳して大会用のホームページへと画面を移行させ、登録に取り掛かった。

 登録自体は数十秒ほどで済み、パパパッと六体の顔の画像が画面に映しだされる。

 

「よしッ! これで予選に使うポケモンを選択するんだっけか……」

 

 タッチパネル式の画面を指で触れ、直感で二体のポケモンを選んだライト。

 これで先程の慌ただしさから解放されたことになり、ホッと安堵の息が漏れる。

 人とは、本当に焦っている時は涙が出そうになるということを知った時間であった。グッと背伸びをして緊張をほぐし、先にスタジアムの外で待っていてくれているであろうコルニの下へ戻ろうとしたその時、

 

「おや、君は……?」

「あっ、シトロンさん!」

 

 ミアレジムリーダーである少年・シトロンが、パソコンから離れるライトの事を見つけ、軽快な足取りで近寄っていく。

 

「ここでどうしたんですか?」

「ジムリーダーはポケモンリーグの開催期間は、一時期ジムの仕事を止めてポケモンリーグの警備やフィールドの整備をするんですよ。因みに僕は、この大会のネットワークに関することなので、こうしてここで困っている方がいないかと……」

 

 『てへへ』と頭を掻くシトロンは、そう言って手をパソコンへの方へ向ける。

 確かに若き天才発明家と呼ばれる彼であればコンピュータにも詳しく、こうして電子機器の扱いを他人に教授・手助けすることも可能だろう。

 更にシトロンの話を聞く限り、他のジムリーダー達もこのポケモンリーグの警備などに関わっていそうだが、仕事中の彼らにわざわざ会いに行くのは仕事を邪魔している様な気がするライトは、シトロンの話を聞いて存在を把握するだけに留めようと考える。

 

「……あれっ? ユリーカちゃんは?」

「妹ですか? 流石にユリーカを公務に連れてくることなんてしませんよ」

「それもそうですね、ははっ」

「それと、こんな広い場所にでも連れてきたら、あの癖を止めるのが大変でしょうし……」

(……あぁ、あれか)

 

 幼女とは思えぬナンパの申し子を連れて来れば、一体どうなるか。

 以前、その癖を垣間見たライトは確かに連れてこない方が賢明だと、シトロンに憐れみを込めた苦笑を浮かべてみせる。

 互いに一癖強い姉や妹を持つ者同士、シンパシーのようなものを感じているのだろう。

 

 それは兎も角、シトロンはライトが右腕に着けているホロキャスターに目をつけ、キラリと眼鏡から光を放ってみせた。

 

「ふふふっ、それは本大会で貸出されているホロキャスターですね?」

「はい。さっき受付で貰って説明は聞いたんですけど……」

「彼を知り己を知れば百選危うからず。本大会では、そのホロキャスターを使って出場者の情報を得ることができますので、積極的に使うといいですよ?」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。例えば、予選でどのようなポケモンを使ったのかや、これまでポケモンの大会に関する経歴などですね」

 

 そう言ってシトロンは手際よくライトのホロキャスターを弄り始める。

 すると、画面にはずらりと番号と名前が映し出された。ポケモンリーグの出場者の名簿であると思われる画面をスワイプで操作するシトロンは、『おっ』と声を上げて一人の名前を指し示す。

 

「このテツヤという方は、去年のホウエン地方のポケモンリーグで優勝した方ですね」

「―――ッ!」

「そういった事前情報もホロキャスターで調べられますので、是非活用してみてください」

「……はい。ありがとうございます」

「それでは、僕は仕事に戻りますので!」

 

 笑顔で去って行くシトロン。彼の背中を見送ったライトは、すぐさま『テツヤ』なるトレーナーの情報をホロキャスターで調べてみる。

 ホウエン地方のキンセツシティ出身のトレーナーで、18歳でホウエン地方ポケモンリーグを勝ち抜き、優勝した男性。

 他にもホウエン地方の各所で行われているバトル大会でも優秀な成績を収めるホウエンの麒麟児といったところか。

 

「ホロキャスター便利だなぁ」

 

 スワイプタッチ方式の操作にはまだ慣れないものの、機能性はポケギアよりも数段上だ。

 

(でも、姉さんが買ってくれたポケギアを使わないって訳にもいかないし、僕は必要ないかなァ)

 

 しかし、機能よりも思い出。

 補足すればまだ三か月程度しか使用していないポケギアを使わないというのも気が引ける為、まだ暫くはポケギアユーザーで居ようと考えるライトは、今度こそスタジアムの外へと向かう。

 大会参加者と思われる者達が屯する人混みを掻い潜りながら、燦々と日光が照りつける外に出れば、中と違って吹き渡ってくる爽快な風をその身一杯に浴び深呼吸する。

 

「おー、ナイスモチーフ!」

「へ?」

 

 出た途端、右側から聞こえてくる抑揚のない声。

 徐に振り返れば、金髪を長く伸ばし、それを後頭部で一まとめにしている少女が、手でカメラの形を作ってこちらを向いている姿が見えた。

 それだけであれば特に何も思わなかったが、目の下に歌舞伎で言う『隈取』のように塗りたくられたピンクの絵の具の後に驚いたライトは、何者であるのかを詮索するかのように少女をジッと見つめる。

 

「おっと、ごめんごめん。今の気にしないで」

「はぁ……」

「あ、ちょっと失礼。受付ってスタジアムの中?」

「受付ですか? リーグ参加の受付なら、スタジアム入って真っ直ぐ奥に向かうと大きなカウンターでやってますよ。もうすぐ締め切りだったと思うので、急がないと……」

「え、ホント? ヤバ……君、アリガトね。そんじゃ」

(……ずっと無表情でレッドさんみたいだったなぁ)

 

 ゆったりとした服―――絵画用のスモックを靡かせながら走っていく少女。

 喋り方は比較的今時な雰囲気であったが、抑揚がなく、少女の表情に変化がほとんど見えなかった為、知っている人物の中に一人が思わず脳裏を過ってしまった。

 あの子も参加者か、とポケモンリーグの参加者の多さを体感したところで、踵を返して歩み出す。

 

「コルニー」

ふぁひふぉ(ライト)ふへふへほはっはほ(受付終わったの)?」

「今度は何食べてるの?」

ふぁん(パン)

「……これからコルニの事『小麦』って呼んでいい?」

ふぇ()はんへ(なんで)!?」

「ガレットとかパンとか小麦製品たくさん食べてるから」

「ッ……んっ、んっ……聞き捨てならないよ! ガレットはそば粉で作ってるんだからね!」

「ツッコむ所そこ?」

 

 と、今度はパンを頬張り、それを胃袋の中に水で流し込んだコルニと他愛のない会話を交わし、辺りを見渡す。

 活気づく広場にはポケモンを外に連れ出して歩いているトレーナーたちが多く見受けられる。

 

「折角だしね。ブラッキー」

 

 自分も、と思ったライトはブラッキーをボールの外に出す。

 活気づいてはいるものの、バッジ八個を集めた者達が多いこの場所では、肌がピリピリとひり付くような感覚を覚えてしまう。

 そんな空気に自分も慣れる為にも、手持ちのポケモン達にも慣れさせる為にこうして外に連れ出すのは決して無駄なことではないだろう。

 

 コルニから受け取ったガレットを一つ食べさせた後は、半ばお祭り騒ぎとなっているスタジアム周辺を散策することに決める。

 

「あっ、ヒウンアイスだって」

「……」

「……まだ食べるって言うの?」

「そこまでお腹は減ってない……一口くらいは食べたいけど」

「じゃあ、一つ買ってくるから一口食べていいよ。残りは僕が食べるから」

「ホント!?」

 

 食に貪欲なコルニの為にヒウンアイスを買いに行くライト。

 ヒウンアイスは今イッシュ地方で大人気のアイスであるらしく、旅の途中でもポケモンセンターのテレビで観たライト。

 こうして稼ぎ時を見計らってやってきたのだろうが、折角こうしてやって来たのであれば食べてみたいと思うのが人の性。

 

 ヒウンアイスを販売している店にできていた行列の最後尾に並び、ブラッキーと少し戯れながら待ち時間をつぶす。

 すると、ピンポーンというチャイムのような音がスタジアム周辺に響き渡る。

 

『これより、カロスポケモンリーグ予選の組み合わせを発表します。参加者の皆さまは、お手元のホロキャスター、若しくはスタジアム前電子掲示板をご覧になり、予選の試合場所及び開始時間をご確認するようお願いします。一次予選は、三十分後より開始します』

「あ、今からか……どれどれ」

 

予選の組み合わせが決定したというアナウンスを耳にし、すぐさまホロキャスターの電源をつける。

ずらりと並ぶ名前の中から自分の名前を見つけるのは面倒―――と思いきや、案外すぐに見つけることが叶った。

 

「えっと、第三試合で会場はCコートっと。相手はコトブキシティのトモ……シンオウ地方の方かぁ」

 

 シトロンに勧められた様に相手の情報をホロキャスターで閲覧するライト。

 コトブキシティというと、ポケッチという腕時計型のアプリケーションツールを販売している会社の本社がある街だ。

 これまでの経歴をあっさり確認すると、シンオウリーグベスト16という好成績を残しているのが確認できる。

 一戦目からそれなりの強敵との組み合わせになってしまったが―――。

 

「……スタートはこれくらいの方が燃えるよね」

「ブラッ!」

 

 

 

 三十分後、カロスポケモンリーグ一次予選開始。

 


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