ポケの細道   作:柴猫侍

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第九十七話 ニックネームは呼んでも恥ずかしくないものに

 

(試合は……Fコートか)

 

 ホロキャスターで自分の予選会場がどこか調べる少年―――アッシュは、歩きながら予選会場であるFコートへと足を進めていた。

 予選が始まっただけあって、スタジアム周辺は熱気が凄まじいことになっている。

 一年に一度の祭典だ。これだけ盛り上がるのも無理はないだろうとも思いながらも、余り得意とは思えないアッシュは足早に目的地に辿り着こうと急ぐ。

 

(―――アイツ)

 

 だが、ふと通りかかったコートでバトルを繰り広げている少年とジュカインに目が留まり、同時に足も止めた。

 そんな主人の反応に、隣を歩いていたゲッコウガも思わず足を止め、熱心な眼差しで少年達のバトルを観戦する。

 

 ジュカインとバトルしているのは、【ドラゴン】・【ひこう】タイプのポケモンであるチルタリスだ。

 タイプ相性だけで言えばジュカインが不利だが、今Cコートで行われている試合では、ジュカインが優勢に事を進めている。

 

「おちるちる! “りゅうせいぐん”!」

 

 一方、劣勢であったチルタリスに指示を出す男性は、【ドラゴン】タイプの技の中でも究極と謳われる程強力な“りゅうせいぐん”を指示する。

 空を仰ぎ、口から光弾を解き放つチルタリス。

 放物線を描くかと思いきや、光弾は最高点に達した時に分裂し、文字通り流星群のようにバトルコートに降りかかる。

 

 絨毯爆撃かのようにバトルコートに降り注ぐ“りゅうせいぐん”。これを喰らえば、耐久力が低いジュカインは一たまりも無いだろう。

 

「今だ、ジュカイン! “りゅうのはどう”!」

「なにっ!?」

 

 しかし、“りゅうせいぐん”によって巻き起こった土煙を切り裂くようにして現れたジュカインが、チルタリスの前で四つん這いになって身構え、口腔から“りゅうのはどう”を解き放った。

 【ドラゴン】に効果抜群な【ドラゴン】技。

 それをゼロ距離で喰らったチルタリスは、煙の尾を引かせながら墜落し、目をグルグルと回して伸びている姿を審判に見せる事となった。

 

「チルタリス、戦闘不能!」

「よっし、ナイス! ジュカイン!」

「くっ、でも次はそうはいかない! 行け、いけめん!」

(ニックネームの癖が濃い……!)

 

 対戦トレーナーの使用ポケモンのNN(ニックネーム)を心の中でツッコむライトは、相手が繰り出したいけめんを前に、すぐさま気持ちを切り替える。

 【はがね】・【くさ】タイプのナットレイは非常に【ぼうぎょ】が高いポケモンだ。その代り動きが鈍重という欠点があるものの、物理攻撃を主体とするポケモンには特性の一つである“てつのとげ”も相まって、非常に厄介なポケモンとされている。

 

「でもジュカイン! このまま行くよ!」

 

 しかし、突破できない相手ではない。

 非常に耐性の多いナットレイではあるものの、弱点が無い訳ではない。そこを突いていけば、要塞のようなナットレイでも倒すことは可能だ。

 

「ジュカイン、“きあいだま”!」

「甘い! “パワーウィップ”で受け止めろ!」

 

 一体目を倒した勢いのまま攻めたいと考えたライトは“きあいだま”を指示する。

 だが、それに対してナットレイは通常壁や天井に張り付く為に用いる触手を突出し、ジュカインが繰り出した“きあいだま”を真正面から受け止めた。

 

(回転が弱かったか……!?)

「よくやった! そのまま“ステルスロック”だ!」

 

 命中することなく拡散したエネルギーの奥には、既に残りの触手を地面に突き立てるナットレイの姿を垣間見ることができる。

 次の瞬間、バトルコートのあちこちに罅が入り、地震のような重低音を響かせると同時に、コートの表面がバキバキとはがれていき、無数の尖った岩石が宙に浮遊し始めた。

 自身の周囲に突如として浮かび上がった岩石にジュカインは戸惑いを覚えたように挙動不審になるが、今繰り出された技の効果を知っているライトは眉間に皺を寄せながら声を上げる。

 

「大丈夫! “ステルスロック”は交代した時だけ襲ってくる岩だ! 今君を襲わない!」

「それはどうかな! ナットレイ、“ジャイロボール”!」

(なっ……!?)

 

 声に出さないものの、驚愕の色を浮かべるライト。

 彼が見た光景とは、ナットレイが触手を次々と“ステルスロック”に突き刺しながら、ターザンロープのように伝ってジュカインへ肉迫する姿だった。

 思いもしない“ステルスロック”の使い方に驚くライトであったが、思考を止めることはない。

 

「ジュカイン! 上に飛んで躱して!」

「させるか! 追え!」

 

 驚異的な脚力で“ステルスロック”を掻い潜って上空へ逃げるジュカイン。

 それを追うために、自身を大きく振り子のように扱って上空に身を放り投げるナットレイは、標的を射程距離に捉えて体を高速回転させる。

 何とか体を捩じって回避しようと試みるジュカインであったが、遠心力によって飛び込んできたナットレイの速さに対応し切る事ができず、“ジャイロボール”を喰らってしまう。

 

「浅いかっ!」

 

 攻撃を喰らって吹き飛ぶジュカインであったが、その飛距離を見た対戦相手は攻撃が浅かったことを瞬時に把握する。

 それを証明するかのように、吹き飛ぶ途中で体勢を立て直したジュカインは、身軽にコーチに着陸した。

 そのまま、直線状に佇んでいる主人の瞳を一瞥する。

 彼の目はこう訴えていた。

 

―――攻勢に転じる準備は万端だよ

 

「ジュカイン、相手の着陸を狙って“きあいだま”だ!!」

「しまっ……ナットレイ! “ジャイロボール”で弾道を逸らせ!」

 

 隙が生じやすい着陸を狙っての技の指示に対し、対戦相手は攻撃を攻撃で逸らすよう口にする。

 先程は“パワーウィップ”で相殺されたが、今度は違う。

 しっかりと“きあいだま”に回転を掛け、突破力を通常のものよりも付加した上でナットレイに解き放った。

 その甲斐あってか、始めの時のように相殺されることなく、数秒の間“ジャイロボール”を繰り出すナットレイと拮抗した後に漸くエネルギーが拡散する。

 

 これで一旦の危機は回避できた―――が、

 

「“めざめるパワー”!」

「“パワーウィップ”で捕まえるんだ!」

 

 ナットレイが“きあいだま”を弾こうとしている間、既にナットレイの眼前まで迫っていたジュカインが、掌に溜めた“めざめるパワー”を解放しようと身構える。

 そうさせない為、自重を支えられるよう強靭に鍛えられている触手をジュカインに突きだす。

 が、着陸の為に一度地面に突き刺した触手を抜くために、一瞬のタイムラグが生まれる。

 

 ジュカインには、その隙だけで充分であった。

 

 白―――しかし、秘めたる【ほのお】のエネルギーが込められている“めざめるパワー”を、ゼロ距離でナットレイの顔面に叩き込む。

 掌打を繰り出すかのように叩きこまれた“めざめるパワー”は、一瞬眩い閃光を放った後に爆発した。

 

 見事攻撃を直撃させることができたジュカインは、反撃に備えてバックステップで距離をとる。

 だが、相手からの反撃は一向にやってこない。

 トレーナーが指示を出していないのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、ある程度育てられたポケモンは事前の指示で既に動いている可能性もある。それを考慮しての退避行動であったが、爆発による土煙が晴れ、既に必要のない行動であることを認識することができた。

 

「ナットレイ、戦闘不能! よってライト選手、二次予選進出です!」

「よっしっ……! やったね、ジュカイン!」

 

 緊張の糸が解けたライトはキレのいいガッツポーズを決め、嬉しそうに駆け寄ってくるジュカインとハグを交わす。

 その間に対戦相手であるトモは、悔しそうな表情を浮かべながらナットレイをボールに戻す。

 

「……はぁ、完敗だよ。君のジュカイン、とっても強いな! いいバトルだったよ!」

「ありがとうございます!」

「残りの試合も頑張ってくれよな!」

「はい! 勿論です!」

 

 しかし、すぐに清々しい笑顔を浮かべて見事勝利を勝ち取ったライトに歩み寄り、握手を求めるように手を差し出す。

 快く応じたライトは、がっちりと対戦相手と握手を交わし、礼儀正しくお辞儀を返す。

 試合の後の儀礼的なものを終えた両者は、次なる試合の為に待機しているトレーナーにバトルコートを明け渡すべく、颯爽とコートから去って行く。

 

 笑顔で空を仰ぎながら去る者。

 俯いてトボトボと去る者。

 

 どちらが勝者でどちらが敗者かは一目瞭然だ。

 これがポケモンリーグ。勝者が勝ち進み、敗者は去るだけの王者の祭典故の光景である。

 

(……勝ち進んだのか、アイツ)

 

 Cコートで行われていたライトの予選試合を眺めていたアッシュは表情を変えぬまま、ジュカインと嬉々とした様子で去って行くライトの背中を見送る。

 

「……コウガ」

「っ、どうしたゲッコウガ?」

 

 隣にジッと佇まっていたゲッコウガの鳴き声を耳にして我に返ったアッシュは、腕を組んでいるゲッコウガの顔に視線を映す。

 するとゲッコウガは手首の辺りを指でちょんちょんと叩いた後に、顎で別の方向にあるコートを示して見せる。

 

「……そうだったな。俺達も予選があるんだったな」

「コウガ」

「すぐ行く。急かすなよ」

 

 予選の時間を心配してくれているゲッコウガ。

 そんな彼の気遣いを理解しながら、わざとぶっきらぼうに応えて自分達の予選が行われるバトルコートへ向けて足を進めるアッシュ。

 

(……やっぱりか)

 

 ポケットに突っ込んでいた手。

 武者震いでも緊張によるものでもない震えに襲われる手に、アッシュはとある日の事を思い出した。

 いっそ清々しく思える程の豪雨だった日だ。

 

 出会った日がそうだった。

 

 挫折を味わった日がそうだった。

 

 決心した日がそうだった。

 

 そして、彼を捨てた日も―――。

 

(もし試合で当たったなら、その時証明させてくれ。あの時の俺の判断が正しかったってことを)

 

 

 

 ***

 

 

 

 カツカツとヒールが床を踏む音が鳴り響く廊下。活気あふれるスタジアムの外と違い、関係者以外立ち入り禁止である廊下は閑散としたものだ。

 そのような廊下を凛とした佇まいで歩む女性―――カルネは、廊下の奥にひっそりと在る部屋に向かって足を進め続ける。

 

「失礼します、タマランゼ会長」

「おおっ、カルネ君。久し振りだのう」

 

 軽くノックしてから入った部屋の奥には、豊かな白い髭を蓄えた小柄の老人が、厳かな部屋の内装に似合わぬラフな格好で椅子に座っていた。

 

 ポケモンリーグ委員会最高責任者・タマランゼ。

 

 ポケモンリーグ本部が設置されているカントー・ジョウトリーグを始め、各地方に存在するポケモンリーグ委員会のトップとも言える人物が、このタマランゼという老人である。

 カロス地方チャンピオンであるカルネは、忙しい時期にやって来てくれたタマランゼを歓迎するべく、こうして部屋までやって来た訳だ。

 

「お忙しい中、よくカロス地方へいらしてくれました」

「いやいや。熱いバトルを観る事ができる場所であれば何処へでも……と言いたいのですが、カロスに来るとどうも畏まってしまう。不思議なものだ」

「うふふっ、お気楽になさってくれればいいのに」

「はっはっは。おっと……そう言えば、四天王の方々は?」

「四人集まってから、と考えているんだと思います。日中は会場警備等ありますし、落ち着けば追々来ると思います」

「おお。それは楽しみですのう」

 

 パキラはスタジアムの各所でトレーナーに取材を。

 ズミはリーグ関係者に振る舞う料理の準備を。

 ガンピは会場警備を。ドラセナもまた然り―――といった具合だ。

 

 四天王にすぐ会えない事を少し残念がるタマランゼの様子に、クスクスと微笑むカルネは徐にタマランゼの背後にある窓辺に歩み寄り、外の様子を窺う。

 そこから覗けるのは、本選出場を掛けて激闘を繰り広げるトレーナーとポケモン達の姿だ。

 

「カルネ君は気になっているトレーナーは居るのですかね?」

「うふふっ、まだ初日ですよ? 少し気が早いですよ、会長」

「はっはっは! だが、もし居たら教えて欲しいものですぞ」

「そうですねぇ。他の地方で優秀な戦績を残しているトレーナーの参加も確認されていますし……あぁ、そう言えば、プラターヌ博士からポケモン図鑑を託された子達も出場するみたいですよ」

「ほぉ! ポケモン図鑑を……成程、それは楽しみですな」

「ええ。友人のご兄弟も出るようですし―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 現在、最も盛栄を極めているリーグはどこかと問われれば、トレーナーは揃ってカントー・ジョウトリーグを挙げるだろう。

 二地方を合併したリーグは、それだけトレーナーが流れ込む訳である為、必然と言えば必然かもしれない。

 しかし、そのようなカントー・ジョウトリーグに負けないよう、他の地方では交換留学等で数多くの新人トレーナーを迎え入れ、リーグの発展に貢献させようと試みている。その甲斐あってか、今年のカロスポケモンリーグでは過去最高の出場者数を誇り、更には新人の出場割合も過去最高となった。

 

 同時に、今年の本選出場枠を巡る試合は、熾烈と極めるものとなったのは言うまでもないだろう。新参者に負けじと立ちはだかる中堅の壁に、為すすべなく敗北を喫してスタジアムを前に立ち去るのを余儀なくされる者も多い。

 だが、その壁を打ち砕いて前に進む者も当然いる。

 

 他地方のリーグで優秀な戦績を残す強者。

 

 各分野で名を轟かせるエキスパート。

 

 そして、そのどちらでもない超新星(スーパールーキー)

 

 更に今年は例年になく『メガシンカ』の使い手が出場し、巷で話題となっている。カロスの伝承―――トレーナーとポケモンの絆の体現。練達となれば、通常のポケモンとは一線を画した力を得ることになるメガシンカだが、意外にも予選でお披露目する者は多くなかった。

 

 それはライトにも言えることであり、一度もメガシンカを使わずに現在まで予選に勝ち残っている。

 

 予選初日に、シンオウリーグベスト16の相手に勝利を掴むという金星を上げたライトは、その勢いのまま二次、三次予選へ着々と駒を進めていた。

 

 二次予選では、カバルドンとダイノーズを使うトレーナーと当たり、砂嵐下で起こる【いわ】タイプの【とくぼう】の上昇と、ダイノーズの特性“すなのちから”に伴う技の威力の上昇に苦しめられるライト。しかし、その威力を逆手にとってのミロカロスの“ミラーコート”が決まり、見事突破する。

 

 一方、三次予選ではソーナンスを使ってくる相手を前に読み合い合戦となったものの、最終的にはブラッキーの“どくどく”による【もうどく】で体力を削り切るという形で対決を制した。

 

 ポケモンリーグの予選のレベルの高さを身に染みて感じながら、それでも勝ちを掴みとる。

 

(次は最終予選……これで勝てば本選に出られる!)

 

 残るは本選を賭けた最終予選のみ。

 本選に出るトレーナーが決まるとだけあって、予選試合を行う各所のバトルコートには一次予選を超える観客が集っている。

 

「ピジョット、“ぼうふう”!」

「あぁ! ネオラント!?」

 

 Dコートではたった今決着が着いたようであり、審判がピジョットのトレーナーが佇む方へ旗を掲げ、高らかに声を上げた。

 

「ネオラント、戦闘不能! よってフウジョタウンのガーベラ、予選突破!」

「やったー! ピジョット、よくやったです!」

 

 フウジョタウンのガーベラ。カロスにおけるスカイトレーナーの中でも屈指の実力を誇る彼女は、ポケモンリーグでもその実力を存分に振るっていた。

 その光景を移動するがてらに見物していたライトは、以前少しだけ手合せした時の事を思い出しながら、自分の試合が始まるコートまで早足で歩いていく。

 

「ねえ、ライト。緊張してる?」

「してないけど……」

「けど?」

「その手に持ってるのなに?」

「これ? チアリーダーが持ってるボンボンしてる奴!」

「ポンポンね。どこで買ったの?」

「売店!」

(なんで買ったのかなぁ)

 

 後ろから付いてくるコルニは、両手に握るポンポンを掲げてみせてくる。別名『玉ふさ』と呼ばれるそれを掲げれば、楽しそうな物を見つけたと言わんばかりにブラッキーがピョンピョンとじゃれつこうと跳ねた。

 

「どう?」

「ドヤ顔で言われても……」

 

 普段の恰好が恰好であるから、ポンポンを持った状態でもさほど違和感はない。寧ろ、本職ではないかと思う程似合っているとは思うが、そんなコルニの応援対象が自分達であると考えると、複雑な気分になったライト。

 

「正直に言えば、恥ずかしいから止めて欲しいかな」

「んなっ……!?」

「だって、ねぇ……」

「……分かったもん。ルカリオに持たせるから」

「それはそれでどうかと思うけど、あ~、う~ん……それでいいっか」

「バウッ!?」

 

 ライトの羞恥心を解消するために、ルカリオは犠牲となったのだ。

 

「それでライト。最終予選はどの二体選んだの?」

「ハッサムとミロカロス」

「へぇ、その二体なんだ。どうして?」

「対戦相手……確かベテラントレーナーのタイガって人だったと思うけど、その人が予選で選んでたポケモンに有利かなって思って」

「成程! じゃあ、勝てるよね!」

「……バトルするのは僕達なんだけど」

「気にしない気にしない! ほら、ファイト!」

 

 溌剌とした様子でライトの背中を叩くコルニ。

 結構な力である為、ライトは痛そうに顔を歪めながらコルニに止めるよう声を掛けながら、正念場である最終予選を行う会場へ足を向ける。

 

 

 

 

 この時は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 これから始める試合の所為で、あのような事になるなど。

 


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