ポケの細道   作:柴猫侍

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第九十八話 立つ鳥跡を濁さず精神を大事に

「これより、タイガ選手対ライト選手の最終予選を開始します! 両者、ポケモンをバトルコートへ!」

「行け、クロバット!」

「ハッサム、キミに決めた!」

 

 本選出場を賭けた大事な試合。

 観客も大勢いる中、二人のトレーナーは互いに信頼するポケモンの一体をバトルコートへ繰り出す。

 イッシュ地方では名の知れたベテラントレーナーであるタイガが繰り出したのは、こうもりポケモンのクロバットだ。

 素早い動きで相手を翻弄するスピードが売りのポケモン。

 

 対してライトが繰り出したのは、全ジム戦選出を果たしたパーティの大黒柱。

 新参者を寄せ付かせぬオーラを身に纏うクロバットに負けず劣らずといった雰囲気を醸し出すハッサムに、タイガの口角も自然と吊り上る。

 

「おう! 中々強そうなポケモンじゃねーか!」

「ありがとうございます! ハッサム、“バレットパンチ”!」

「躱して“エアスラッシュ”!」

 

 お世辞かどうか分からない言葉に礼を口にしたライトは、すぐさま先制攻撃を仕掛けるよう指示する。

 刹那、風を切るようにしてクロバットに肉迫するハッサムが、鋼鉄の如き鋏を捩じりを加えながら前に突きだす。

 

 並みのポケモンでは避けられない一撃であったが、クロバットは紙一重の所で“バレットパンチ”を回避し、そのままハッサムの背後に回り込む。

 そして四枚の羽を羽ばたかせ、地面に裂傷が刻まれる程の空気の刃を繰り出してきた。

 

 だが、それを予見していたかのように、ハッサムは先程空振った鋏をそのまま振りぬくようにして方向転換し、背後に迫る“エアスラッシュ”を粉砕する。

 たった数秒の間に行われる激しい攻防に、観ていた観客たちボルテージはグングン上昇していく。

 

 その後もクロバットとハッサムの攻防は暫く続くものの、中々決定打を見いだせない。

 しかし、タイプ相性的に不利なクロバットで攻め続けるのは不利だと判断したのか、タイガが先に動く。

 

「“とんぼがえり”だ!」

(退く……!?)

「頼んだぜ、カビゴン!」

 

 “とんぼがえり”を防御姿勢のハッサムに喰らわせ、ボールに戻っていくクロバット。

 代わりに出てきたのはいねむりポケモンのカビゴンだ。着地しただけで地震ではないかと思われる程の振動を起こすことのできる体重。その重さもさることながら、覚える技の種類も多い【ノーマル】ポケモンの代表格といえる存在のポケモン。

 

「ハッサム! こっちも“とんぼがえり”! ―――……ミロカロス、キミに決めた!」

 

 カビゴンがバトルコートの出てきた瞬間、クロバットと同じ技を繰り出すよう指示するライト。

 【ノーマル】タイプ故の技の種類の豊富さを警戒しての交代だ。

 

「“かみくだく”!」

 

 しかし、ミロカロスにノッシノッシと駆け寄ってきたカビゴンが繰り出したのは、【あく】タイプの“かみくだく”。

 

(【ほのお】技を持ってないのか? なら……)

「足元に“れいとうビーム”!」

 

 カビゴンに噛み付かれているミロカロスは、そのしなやかな体をくねらせて拘束から抜け出し、只でさえ動きの遅いカビゴンの足元を狙って動きを止めようとする。

 一瞬閃く水色の線はカビゴンの右足に当たり、そのままミロカロスが空を仰ぐように顔を上へ上げた為、カビゴンの右半身には大きな氷の結晶が出来上がった。

 

「ゴーン!」

(効いてない!? ということは、“あついしぼう”か……!)

 

 動きを止められるかと期待した矢先、ダブルパイセプスのポーズをとって氷をバラバラに粉砕してみせるカビゴン。

 【こおり】技の効果がイマイチということは、相手のカビゴンの特性が“あついしぼう”であるということ。

 

 そのことを理解したライトは、すぐさま指笛でバトルコートに響き渡る音を放ち、何かをミロカロスに指示する。

 だが、ライトが指示を出している間にも相手のカビゴンは動いていた。

 

「“ワイルドボルト”をブチかませ!」

 

 次の瞬間、カビゴンの体から眩いばかりの青白い閃光が閃く。

 

「“ハイドロポンプ”で押し返して!」

 

 電光を放ちながらミロカロスの下へ全力疾走するカビゴン。

 喰らえば只では済まない【でんき】タイプの技に、ライトは血相を変えながら“ハイドロポンプ”で押し返すよう指示する。

 消防車による放水の何倍もの威力を誇る瀑布は、迫りくるカビゴンのふくよかな胴を捉えた。

 

 それにも拘らずカビゴンは一切勢いが衰えることなく、ミロカロスの下へ直進してくる。

 

「くっ……横に逸れて躱すんだ!」

「もう遅い!」

「あぁ!?」

 

 押し返すことが不可能だと判断するも、後の祭り。

 “ハイドロポンプ”を突破してきたカビゴンは、全体重をかけてミロカロスの巨体へと激突する。

 余程の威力であったのか、ミロカロスは轟音を奏でながら後方へ吹き飛び、ライトのすぐ後ろに建てられているコンクリートの壁にぶち当たった。

 

「ミロカロス、戦闘不能!」

「ゴメン、ミロカロス……ハッサム! もう一度お願い!」

 

 あえなくミロカロスを戦闘不能にさせてしまい、自分の判断の遅さを悔いる様に歯を食い縛りながら、エースであるハッサムをバトルコートに繰り出す。

 

「“つるぎのまい”!!」

「カビゴン、コートに“ヘビーボンバー”だ!!」

 

 カビゴンという壁を突破するべく、【こうげき】を上げる戦法に打って出たライト。

 一方、タイガのカビゴンはその体からは想像もできないほどの跳躍力で飛びあがり、ふくよかな腹が下に向くよう、まるでスカイダイビングのようにバトルコートへ落下してくる。

 ハッサムに直撃する軌道ではない。

 しかし、次の瞬間目の当たりにした光景に、誰もが信じられないような表情を浮かべた。

 

 ボールから繰り出された時以上の高さからバトルコートへ着地―――もとい、“ヘビーボンバー”を繰り出したカビゴンだが、攻撃がコートに決まった瞬間、コートに亀裂が入っる。

 亀裂は瞬く間に全体に広がっていき、ハッサムが“つるぎのまい”を終える頃には、着地の衝撃で地面が割れ、岩地の如く足場が悪いコートへと変貌していた。

 

「っ……“バレットパンチ”!」

「正面から受け止めろ!」

 

 それでも驚異的な脚力で地面を蹴って飛翔するハッサム。

 “つるぎのまい”によって【こうげき】が上昇した状態での“バレットパンチ”は非常に強力だが、相手はあえて正面から受けるよう指示する。

 

 弾丸のように速い鋏。

 ライトの瞳に映ったのは、ハッサムの鋏がカビゴンの厚い脂肪の中へと吸い込まれる光景であった。

 

「なっ……!?」

「そのまま“のしかかり”だ!!」

 

 思いもよらない攻撃の防御方法。

 脂肪に包まれるよう吸い込まれた鋏をすぐに抜くことができなかったハッサムは、そのまま前のめりに圧し掛かってくるカビゴンから逃れることができなかった。

 地面が悲鳴を上げるようにバキバキと音を立て、何とか膝を着いて堪えるハッサムも次第に地面へめり込んでいく。

 

「―――ッ!!!?」

 

 突如、目を見開いたハッサム。

 だが、ハッサムの背中しか見ることができないライトはその様子を窺うことができない。

 

 ライトが打開策を捻出しようと考えている間、焦燥の汗を頬に垂らすハッサムは、左の鋏に全身全霊の力を込める。

 そして、

 

「ゴッ……ゴンッ!!?」

「~~~!!!」

 

 『退けろ』と言わんばかりに殺気に満ちた瞳を浮かべるハッサムが、徐にカビゴンの腹に左鋏も突き立て、あろうことかカビゴンの巨体を両腕で持ち上げた。

 ミシミシと軋むハッサムの体。だが、あのまま“のしかかり”を受け続けても同じ結果になると判断したハッサムは、無理にでも突破口を開く為、賭けに打って出たのだ。

 

 

 

―――まだだ……

 

 

 

 そのまま両腕を前に動かし、カビゴンを放り投げるハッサム。

 

 

 

―――まだ、始まってすらいないのに、ここで負けてたまるかッ!!

 

 

 

「―――ハッサム! “かわらわり”!!」

 

 この時、トレーナーとポケモンが考えていた事は同じだった。

 ハッサムが無理を推して切り開いた活路を前に、ライトは“かわらわり”を指示する。そしてハッサムも無防備なカビゴンを前に繰り出そうとしていた技が“かわらわり”であった為、指示から攻撃までほぼタイムラグなしで繋がった。

 

 直後、バトルコートが割れる音が鳴り響く。

 カビゴンの顔面に叩き込まれた“かわらわり”の威力が凄まじく、そのまま衝撃によってカビゴンの体がコートにめり込んだ為である。

 

 攻撃が決まると同時に、打って変わって静まり返る観客たち。

 スッとハッサムが鋏をどければ、目をグルグルと回しているカビゴンの姿が露わになった。

 よく見るとカビゴンが顔面蒼白となり、状態異常に陥っていたのが周囲の者達に知れ渡る。

 

「カビゴン、戦闘不能!」

「【どく】……いや、【もうどく】をいれられてたか。でもよくやってくれた、カビゴン! 次はお前だ、クロバット! イケるな!?」

「ハッサム! ここが正念場だよ!」

 

 カビゴンが戦闘不能になったことより、最初の対面に戻る。

 しかし、体力的にはハッサムの方が少ない。長期戦は厳しく、ハッサムのメガシンカは体力の消耗が激し過ぎる為、今の体力で行使すれば後の試合に響く筈。

 後を見越しながらも、今出来る最善の方法は何か模索するライトが見出したのは、

 

「コートに“かわらわり”だ、ハッサム!!」

「なにっ……これは!?」

 

 カビゴンが先程行ったように、バトルコートへの攻撃を指示する。

 ハッサムが左鋏を振り下ろし、コートに“かわらわり”を叩きこんだ瞬間、既にひび割れていたコートの表面がとうとう剥がれ、無数の破片が宙へと舞い上がった。

 それには、忙しなく翼を羽ばたかせて宙を飛ぶクロバットも、思わず回避行動をとらざるを得なくなる。

 

 俊敏な動きで飛び回り、跳ね上がるコートの破片を回避するクロバット。

 そんなクロバットの目の前に、跳ね上がる破片を物ともせず肉迫してくる一つの影が―――。

 

「“エアスラッシュ”で牽制だ!」

「翼を掴んで!!」

 

 “エアスラッシュ”で肉迫するハッサムを止めようとするクロバットであったが、技を繰り出すため後ろに広げた翼を、両腕を突きだしてきたハッサムの鋏によって挟まれる。

 基本、翼と牙が主な攻撃手段となるクロバットにとって、翼を拘束されるということは攻撃手段の一つを封じられる事と同じと言っても過言ではない。

 

 そして何より、飛行できないクロバットなど移動手段を封じられたに等しいのだ。

 

 翼を掴んだハッサムは、徐に右の翼―――ハッサムからすれば左鋏で挟んでいる方を放す。

 しかし、依然右鋏で挟んで拘束していることに変わりはない為、クロバットは現在宙ぶらりんの状態だ。

 そこへ、

 

「“バレットパンチ”!!!」

 

 サンドバッグを殴るかのように振りぬかれるハッサムの鋏。

 同時に、顔面を殴打されたクロバットが放物線を描きながら宙を飛び、タイガの目の前に墜落する。

 

「~~~……はぁ、負けか」

「クロバット、戦闘不能! よって、アルトマーレのライト、予選突破!」

「っ……しゃ!!!」

 

 眉間を指でつまんでうなだれるタイガ。その直線状に佇むライトは、自身の勝利を意味する審判の言葉を耳にし、グッとガッツポーズを決めた。

 観客たちも大いに盛り上がり、見応え抜群の激戦を繰り広げてくれた二名へと惜しみない拍手を送る。

 

 勝敗が決した後は、互いの健闘を讃える握手をがっちりと交わし、それぞれの場所へと去って行く。

 

「ふぅ~~~! ギリッギリだった……お疲れ様、ハッサ―――」

「~~……ッ」

「……どうかしたの?」

 

 険しい表情を浮かべるハッサムに、ライトはどうしたのかと顔を覗き込む。

 するとハッサムは、『何でもない』と言わんばかりに首を横に振り、試合後の木の実を求めるように左腕を差し出してきた。

 

(あれ?)

 

 得も言えぬ違和感が、ライトの胸の中に込み上がってくる。

 しかし、その違和感がどういったものかすら分からない程の微妙な違和感であったが故に、深く考えるよりも先に労いの意味を込めたオボンの実をハッサムに差し出した。

 それを受け取って頬張ったハッサムは、口の中に広がる酸味にブルッと身を震わせながら、栄養補給に勤しむ。

 

 違和感は拭えぬまま、彼が木の実を食べ終えたのを見計らってボールの中へと戻す。

 

「おっつかれ、ライト!!」

「いっづ!?」

「本選進出おめでとー!! いやー、予選なのに迫力満点だったね!!」

「ははっ、ありがと……」

「どうしたの、浮かれない顔して? これから本選だっていうのに、そんな辛気臭い顔してたら運気が逃げちゃうよ!」

 

 背中を勢いよく叩いてやって来たコルニ。

 今迄共に旅をしてきた友人が漸く夢を叶える上での大きな一歩を進めて興奮しているのか、ギュッとハグをしてくる。

 慣れない挙動に苦笑を浮かべるしかないライトは、暫し為されるがままにしていようとも思ったが、公衆の面前で少女にハグされているのも恥ずかしいと、途中でやめるよう口にし、ポケモンセンターを目指して歩く。

 

 やや疲労した顔を浮かべながら歩むライトに対し、満面の笑みで本選進出を喜んでくれるコルニ。

 ちょっとカワイイと少しだけ思ったところで、近くのスピーカーから大音量でアナウンスが流れ始める。

 

『現在をもちまして、本選進出者三十二名が確定致しました。開会式は、本日午後七時からとなっております。本選出場者は開会式に遅れぬようご注意ください。詳細につきましては大会用ホロキャスター、及びスタジアム前電子掲示板に記載しておりますので、ご確認の程をお願い申し上げます』

「へぇ~、開会式は七時……夜なのかぁ」

「おっ、遂にって感じ?」

「うん……まあ」

 

 とうとう本選出場者が確定した。

 そのアナウンスを耳にしたライトの表情がキュッと引き締まるのを、コルニは見逃さなかった。

 するとコルニは、ゴッとライトのわき腹に肘うちを入れる。

 かなり不意を突いたようであり、ライトは『うっ!?』とうめき声を上げながらヨタヨタとたじろぐ。

 

「きゅ、急になにするのさ!?」

「もっと気楽に! 今から体に力入れてたら疲れちゃうから!」

「そうだけどさぁ……」

「それじゃ、アタシお爺ちゃんトコ行ってくるから!」

「お爺ちゃんって……コンコンブルさん?」

「うん! ライトはその間、ポケモンセンターに頑張った皆を元気にしてあげなきゃね! それじゃ!」

「あっ……行っちゃった」

 

 捲し立てるように喋ったコルニは、ローラースケートを用いてスィ~っと人混みの中を駆け抜けていく。

 

(そう言えば、初めて会った時もコルニってローラースケートしてたなぁ)

 

 自分達の出会いは、ミアレシティの街角。

 当時、ジム戦を終えたばかりの自分と、ローラースケートで滑っていたコルニが曲がり角で激突したという、余り良い出会い方とは言えないものだった。

 しかし、今となってはそれも思い出。感慨深ささえ覚えてしまう程、このカロスにおいてコルニと共に過ごす時間は多かった。

 

「……よし」

 

 ライトは何かを決意したかのように頷き、ポケモンセンターへと駆け出していく。

 

 

 

 ***

 

 

 

「おまちどおさま! 貴方のポケモンは元気になりました!」

「ありがとうございます、ジョーイさん!」

 

 ボールが二つ入ったケースを受け取り、ベルトに装着することなく手に持ったままポケモンセンター―――もとい、スタジアムの外へ駆け出していくライト。

 人にぶつからぬよう気を付けながら外に出たライトは、ちょうどいい広さの広場を見つると同時に、手持ち六体を全員外へ繰り出す。

 

「皆出てきて!」

 

 次々と姿を現す六体のポケモン。

 そろそろ日も沈み始め、空が明らみ始めた時刻に外に出てきた六体は、全員が赤い太陽の光に照らされている。

 しかし、そのように眩しい中でもジッと自分の事を見つめてくれる六体にライトは、少しばかり気恥ずかしくなり、柄にもなく咳払いをした。

 

「ごほんっ! えっと……最終予選ではハッサムとミロカロスが頑張ってくれて、僕達は本選に進むことになりました」

 

 どこか白々しい言葉に、リザードンは呆れた顔を浮かべるも、ジュカインやブラッキーなどは素直に本選進出を喜ぶように笑顔を浮かべる。

 

「……旅の途中、色々あったよね。ホント色々……良い思い出も、悪い思い出もね。でも、それは全部このポケモンリーグの為にあったと思うんだ!」

 

 今一度、手持ちのポケモン達の結束を固めようとするライトの言葉。

 否応なしに、六体のポケモンの表情が真剣なものへと移り変わっていく。

 

「漸く、皆で目指してきた夢のスタートラインに立てた! これからどんなことがあっても……負けて泣いたとしても、勝って笑ったとしても、それは一人のものじゃない! 皆のもの!」

 

 徐に右手の甲をポケモン達の前に差し出すライト。

 その意図を理解した六体が、順々に手を重ねていく。因みにブラッキーはリザードンに首根っこを掴まれた状態で手を重ねているが、誰もそこにはツッコまない。

 

「ここまで来たなら、後は全力で駆け抜けるだけだ! 思い出今はしまっておこう! あの場所(チャンピオン)目指してスパートかけよう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポケモンリーグ本戦開幕までもう少し。

 


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